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essay

◆植物園レストラン◆

 小学生のころだった。
 母が、植物園みたいなレストランがあると言うので、家族全員で、ドライブがてら行こうということになった。いつものワンボックスカーに6人で乗り込み、出発したのは夜8時ごろだった。
 西海橋を渡って、まだずっと先のほうまで走っていった。街頭もまばらな暗い道が続いていて、私たち姉妹4人は、窓を開けて風を顔に受けながら、その、植物園のようなレストランとは如何なるものか、互いの想像を語り合ったりしていた。
 1時間ほど走ると、暗い道をひときわ明るく照らしている建物が見えてきた。植物園レストランだ。
 私たちは、「お腹すいたね、何が食べれるかな」などと言いながら、これから入るであろうステキな空間に、少なからず胸を躍らせて車から降りた。
 ところが、その時である。大きな窓いっぱいからあふれていた光が、瞬時にして消えた。それと同時に、一組のカップルが、店の中から出てきて車に乗り込んだ。
 私たちの動きは止まった。
 時計は、8時59分である。オーダーーストップが、9時だったのだ!
 「あらー、残念!」 
 父が言った。
 姉たちや妹は、「えーっ!!」 と叫んだ。
 母も悲しそうに、
 「いやー、食べたかったねぇ」と言った。
 私は、何も言わなかった。悲しくて悲しくて仕方がなかった。涙まで出てきそうで、慌ててこらえたほどだった。
 そのまま、みんなでまた車に乗り込むと、家路についた。
 帰りの車の中でも、みんなが店の人に対する文句を言っているあいだ、私はほとんど何もしゃべらなかった。
 私は、とても期待していたのだ。そのレストランに。

 母の植物好きはよく知っていた。
 街を歩いていても、花屋を見れば必ず立ち止まり、道端にリヤカーで花を売りに来るおばちゃんたちから薔薇の花束を200円で買ったとうれしそうに帰ってくる母である。
 その母が見つけた植物園レストラン。一体どんな空間なのか、期待で想像が大きく膨らんでいたのだ。
 しかし、一瞬のうちにその楽しい想像を打ち砕かれてしまった。
 このレストランで食事をするために、家族6人で出かけてきたというのに。はるばると、1時間もかけてやって来たというのに。
 オーダーストップ1分前だったからといって、店内に入ることさえ叶わなかった。
 何も電飾を落とさなくてもよいではないか。
 店主から「オーダーストップが9時ですので」と一言もらえれば、私とて、あそこまでショックではなかっただろう。 しかし、車から降りたとたん、電気を消されたのだ。いかにも帰れと言わんばかりではないか。それで、私はよけいに悲しい気持ちになったのだ。
 期待が大きかっただけに、そのショックも相当なものだったのである。

 それから2年後、家族でドライブ中に、その店の前を通りかかった。そこはもう、レストランではなくなっていた。本当に、ただの植物園になっていた。
 しかし、建物のあちこちにある大きな植物の影に、かわいいイスとテーブルを見つけた。レストランだった頃の名残だろう。私は、2年前のあの日のことを思った。
 あの日、ほんの10分ほど早く着いていたら、私たちはいったい何を食べたのだろうか。

 しかし、思い出してもくやしいのは、電気を消される瞬間に店を出てきたあのカップルの顔である。
 私たち家族を見て、「かわいそうに」という同情の表情を見せただけならばまだしも、勝ち誇ったような笑顔までくれていった。あの笑顔にまた、私は激怒したのである。
 いや、私のひがみから来る思い違いか。
 それにしても、あのカップルがうらやましかったのは、言うまでもない。