ここではホウ統について紹介したいと思います。





ホウ統は字は士元、孔明とならび称される天才軍師である。
しかし風貌は鍋のように黒い顔にげじげじ眉とししっ鼻。不細工な顔であった。
演義での登場は、呉の周瑜に呼ばれ、魏の間者・蒋幹と曹操の陣へ向かった時の事。
曹操に北兵の船酔の予防に船と船を鎖でつなぎ、ゆれを少なくと「連環の計」にはめた。
帰るとき徐庶に捕まった。徐庶は「連環の計」の真意を見破っていた。 ホウ統は、徐庶に曹操から逃げる策を与えた。
のち、周瑜が死んだとき、孔明は呉に弔問に訪れ、ホウ統と再会した。 孔明はホウ統に「劉備に仕えないか」と勧めた。
呉の魯粛もホウ統を評価していたので、孫権に対面させたが孫権はホウ統の風采があがらないので、評価しなかった。
ホウ統は孔明、魯粛に推薦状をもらうが、劉備の元にやってきたホウ統は、推薦状を出さずに、劉備に面会した。
劉備は耒陽県の県令を命じた。しかしホウ統は、赴任しても毎日酒の日々で、政務などはやらなかった。劉備は張飛と孫乾を視察にだした。
ホウ統は、張飛と孫乾の前で百日分の仕事を半日で片づけてしまった。 孔明は視察から戻り劉備によく話した。
よって、改めてホウ統は副軍師にとりたてられた。
のち、蜀の張松が蜀を献上しようとしていることについて、ホウ統は劉備に受けるように勧める。
張松から「対面するとき、劉璋を斬れ」と手紙が届き、ホウ統は劉璋を斬るように勧める。
しかし、劉備は聞かない。仕方ないので、魏延に命じて、剣の舞とみせかけて、斬ろうとするが、劉備にばれて引き下がった。
呉の張昭が、漢中の張魯に「荊州を攻めよと」仕掛けてきた。
ホウ統は、劉璋に援軍を送るようにと言ったが、劉璋は老兵ばかり送ってきた。
劉備は怒った。ホウ統は、劉備に益州攻めに3つの策を与えた。
劉備は「フ水関をとって成都へ進む」の策を採用し、フ水関をまもる、2将軍を捕えた。
ホウ統は宴席で楽しむ劉備に、「親戚の国を取って楽しむとはあなたらしくない」と皮肉を言ってたしなめた。
蜀の彭永年が、フ城は危険な土地だと告げて来ので、戦っている黄忠と魏延に忠告した。
このとき、馬良が孔明からの書状を持ってきた。星が凶を告げているというのである。
ホウ統は劉備を励まし、さらに、ラク城へ進行する。
しかし途中、ホウ統の馬が暴れだし、ホウ統は落馬した。
劉備は自分の馬をホウ統に与えた。ホウ統は南の道を進んで行く。
山間の道でふと胸騒ぎを感じたホウ統は、地名を聞く。「落鳳坡」と言われ、驚く。
ホウ統の道号は鳳雛、すなわちそれが落ちるのだから不吉きわまりない。
あわてて後退させたが、敵(劉璋の軍)は的櫨鐙に乗っているのが、劉備だと思い込んでいた。
ホウ統はいっせいに矢を射かけられ落命した。まだ36歳だった。



おじいさんからの言葉

ここではかなり悲しい話に進んでますがそれでもホウ統は好きです。
ホウ統については管理人のHNの由来となった人物です。
無双2、3では洗濯機みたいな無双乱舞で管理人を圧倒させました。
とてもかっこよかったです。