マッキャートというのは、イタリア語で”染みがついた”という意味です。その通り、エスプレッソに白いミルクの染み??をつけたような、少しの泡立てたミルク入りということを指しています。今となってはスターバックスのメニューなどで、一般の方もご存知ですよね。
今回は、イタリアに留学して最初の難関、滞在許可証のお話。
カナダにも留学したことがあるので、カナダの移民局でも納得のいかない書類手続きや、法律の変更で引っ張り回されたことがありますが、イタリアは、少ない情報で知っていた限り、この手続きが大変ということ。しかも日本でも、大阪のイタリア領事館の電話での対応がすごいのです。日本人の男性でしたが、必要書類を説明し始めてから、急に私に「どこにお住まいですか?」と聞くので、「奈良です。」と答えると、「ああ、奈良だと東京の管轄です。東京の大使館にかけてくださいっ!」ガチャンっと電話が切られました。対応も対応!しかも大阪に領事館があるにも関わらず奈良を東京に振り分けるというのも、信じられない!!と憤りつつ、結局、ビザ申請、1ヶ月後の受け取りにと、東京への2往復の旅費も必要になったのでした。
イタリアでは、当時はホームステイのプログラムで個人レッスンのイタリア語を受講し、選んだ場所ががトスカーナの田舎だったので、、なかなか来ない各駅停車の列車でフィレンツェまで出かけました。イタリアは警察がいくつか分かれていてややこしいのですが、その一つクエストゥーラが滞在許可証を出します。朝早くでかけましたが、外には長蛇の列。しかもイタリア語は勉強始めたばかり。散々待ってから、中の職員の一人が何かを叫びに出てきたところを呼び止めて英語で聞くと、中に通してくれました。そこでは、イタリア語で書いた、必要書類の一覧を渡してもらい、一応用意してあった、自分の書類で足りないものを確認しました。残高証明書も、写真も必要そうなものは日本で用意しておいたので、収入印紙だけが必要でした。それも、英語が通じたので、TABACCHIという看板のある店(タバコ、テレホンカードなどを扱うキオスクのようなもの)で買えると説明してもらえ、買いに行って終了。いつできるかというのが心配でしたが、意外にも一度目はスムーズに手続きが終わりました。
フィレンツェでの手続きで助かるのは、留学生も数多いので、就労用の手続きの(長蛇の)列に留学生が並ばなくていいようにしていることです。留学生の少ない、隣のアレッツォ県で後に行った手続きでは、この区別がなく苦労しました。イタリアは大量に外国人労働者がいるので、この滞在許可証を出すクエストゥーラは絶えず混み合っています。ちなみに当時必要であった書類は、写真、入学許可証、INA(国営の保険)への加入、(正確な金額を忘れてしまいましたが、高くはない)印紙、住んでいる家(私の場合ホームステイ先)の大家さんによる証明書、滞在費を保障できる預金残高証明書(日本から日本の銀行で英語で作ってもらって持って行きましたが、フィレンツェではVISA/MASTERのクレジットカードのコピーでいいと言われました。)でした。
ところで、無事3ヶ月後に出来上がった滞在許可証は、写真はホッチキスで止めてあるだけで、公式スタンプ以外こんなものでいいのかというような書類でしたが、できると1年有効なので、とりあえず当分落ち着けるなあという安心感があります(注:1997年時のお話です。現在はヨーロッパ共同体共通、シール状の機会読み取り式滞在許可証で、パスポートに直接貼り付けられます。)
ところが、その頃はさらに田舎の小さな村でゆったり暮らしていた私は、日本人というだけで狙われているような危険なフィレンツェで、うっかりとスリに財布ごとパスポートと滞在許可証を盗まれてしまいました。よりによって、銀行に用事があり、書類が必要だったのです。これからが大変です。パスポートもローマまで大使館に出かけないといけませんが、何より青ざめたのが、滞在許可証の紛失です。
また一から書類をそろえないといけないとなって、嘆いていたところ、ホームステイ先で、先生でもあったデジの叔母さんで、私の家の隣に住んでいるマリアが、同じ通りの住人にフィレンツェのクエストゥーラに勤めている警察官がいるから、頼みに行こうと言ってくれました。夜お宅にお邪魔したところ、警察官である娘さんはいませんでしたが、そのお母さんと話をして、私の件をお願いしてくれるとのことです。パスポートを再発行しないと話しにならないので、ローマにも行き、パスポートを再発給してもらいました。大使館では、私の後からも今ローマでパスポートを盗まれたという人がやってきたりして、大使館員も、「ああ(また)パスポートの紛失ですね。」という淡々とした対応です。よっぽど日本人のパスポートが盗まれる件数が多いんだろうというのが印象でした。
さて、パスポートもそろえて、クエストゥーラへ向かいました。運悪く、お願いしていた警察官の方が怪我をして、しばらく職場を離れたのですが、同僚に頼んであるからと前日に連絡をいただいて、その同僚の方の名前を教えてもらっていました。番号札を取って番が来るまで待ち、その同僚の方のブースへ行くと、「ああ、あの件ね。全部聞いてるから大丈夫よ。」といって、普段のクエストゥーラの役人とは全く違う、笑顔一杯でとっても感じのよい人です。書類をチェックした後、「じゃあ、ちょっと時間かかるけど、待ってくれる?」といって、ほんの40分くらい待ったでしょうか。彼女が私を呼んで、「はい、できたわよ。」といって、何かを渡してくれます。できたっていうのは、何ができたんだろうかと思って書類を見ると、信じられないことに、どうみても新しい滞在許可証です。いくら助けてもらっても、まさか当日、1時間もしないうちに滞在許可証ができるなんて思いもしていなかったので、嬉しさとショックが混ざり合った気分の中、お礼を言って立ち去りました。これは、イタリアでは、コネがあるかどうかで、生活全てが変わってくるという一例かと思います。小さい村に住んでいたおかげで、どれだけ、この人間関係に助けられたかわかりません。イタリア人のさらに良いところは、伝統のカンパネリズモが、村意識というネガティブな面もありますが、同じ村人同士は、本当の意味で助け合うということ。それに、外国人や他人に対してもオープンに接して、その人の価値をいったん認めると、大変大事にしてくれます。