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7.ギリシャの夏のコーヒー:フラッペ

イタリアにて復活祭の休暇があり、アテネにある現代ギリシャ語学校の集中コースを受けに、またギリシャへ出発したのは、オリンピック開催も決まって盛り上がっていた2000年。地下鉄の工事も進んでいて、発掘品の展覧会などが興味深かったのを覚えています。9日間だけですが、初めてのアテネでの生活。学校は考古学博物館のすぐそばというのも魅力です。アルファベットなどは無理せず読める程度に独習していたので、初級コースですが、同じレベルの2人のドイツ人とたった3人の授業となりました。びっくりするほど高い授業料だったとはいえ、内容が本当に充実していて、今でもあの7日間の授業が私のギリシャ語の基礎になったと感じます。

学校となっている建物の地階が、カフェで、クラスメイトとなった二人とよくお茶をしました。このひとり、ニュルンベルク出身カローラがすでにギリシャによくバカンスで来ていて、今回も旦那さんと一緒に滞在しつつ授業へ通っていました。彼女から、ギリシャの夏の飲み物、フラッペを教えてもらってからは、私も、もう一人のハンブルク出身アンニャも、病みつき!! 毎回授業の合間に、3人でフラッペという日課になりました。フラッペというのは、ギリシャには独自のグラスがあるくらい、ギリシャの伝統(?)ドリンクなのですが、実はネスカフェです。ネスカフェがギリシャ向け専用のフラッペ用インスタントコーヒー工場を持つことになったとか。

ギリシャのどのスーパーでも、インスタントコーヒーのコーナーにフラッペ(今では、ネスカフェ以外のメーカーも競争で売り出しています。)が売られています。私がいつか、別に普通のインスタントコーヒーでもできるんじゃない?といって、ネスカフェゴールドで作ったら、ギリシャ人に邪道だと怒られました。味だけでなく泡立ちが違うみたいです。

前述のエリニコス・カフェスもそうなのですが、フラッペも砂糖の量を、注文時に指定します。砂糖なしは、スケト(=直訳では「そのまま」の意味)、砂糖たっぷり甘めは、グリコー(=甘いの意味)、その中間の甘さが、メトゥリオ(中間の意味)という単語。さらに、ミルクを入れるかどうかも好みがあるため、注文時に例えば「甘いフラッペをミルク入りで一つ!」と一気に言う必要があります。大概のギリシャ人は超のつく甘党なので、多数がグリコーを注文しています。

作り方は、シェーカーであれば、スプーン2杯分のフラッペ用インスタントコーヒー、好みの量の砂糖(ギリシャでのグリコーという甘さは、ティスプーン山盛り3杯くらい砂糖が入っています!)、水を少し入れて、しゃかしゃか振ります。よく泡立つようにできています。用意するグラスはできれば高さのある、ずんどうに近いもの。最初のシェーカーのコーヒーをグラスへ注ぎ、氷を入れ、コーヒーがグラスの上まで届くくらい水を足します。最後に、ギリシャではどの家庭にも置いている、オランダのメーカーNOYNOYのミルク(ちょっと濃厚な味)を少し垂らし、ストローを挿してできあがり!(このミルクは、日本でアメリカンコーヒーについてくる、ミルクに似て見えますが、植物性脂肪でできたまずいものではなく、コンデンスミルクを薄めたような味です。)

時は過ぎて、2003年、ギリシャでの長期滞在を決めました。今回は、アテネのような短期留学ではないので、イタリア留学で経たような書類手続きが必要になります。まず、ギリシャの大使館のHPをチェック。何やら無理そうな書類のことも書いてあります。電話をすると、領事担当の方は不在。ここから、何回電話したかわかりません。それも日本語は通じないので、英語のみ。まあそれはいいとして、どうしていつもいないのか後でわかったのが、丁度大使の入れ替わりの時期だったらしいのです。なんとか、留学に間にあうタイミングぎりぎりの、授業スタート一ヶ月前に、新しい担当の方と話すことができました。

まず、HPを見て知っていたイタリアなどへの留学との大きな違いは、留学ビザは私立のどんな学校にも出ない(!!!)ということ。そして、日本の住民票のある地域の警察署で、指紋を登録して、無犯罪経歴書というものを大使館あての密封封筒で作ってもらうことになります。京都市では担当の方が慣れていて簡単に作っていただけましたが、何よりも指紋押捺というのが悪いことをしていないのに何だかショックです。それから、健康診断というのも、日本でも(というのは、また現地到着後、現地の国立病院という指定でまたまた強制されます!!!)国立の機関によるもの、という指定で、結果を提出しないといけません。最後に、領事館と予約を取り、直接面接が必要です(全て英語です。)。

ひとつ入手が無理で心配であった、ギリシャの教育省による許可書とかいうものは、結局要りませんでした。留学先にもよるのだと思います。私の留学先は、日本人にはとてもマイナーなパトラス大学の語学コース。これは、FAXですぐ入学許可証を送ってもらえました。書類は全て揃え、速達しました。最初の手続き開始が遅れたせいで留学に間に合うのか心配で、何回も領事官の方に確認し、大使館に面接の予約も取り、六本木ヒルズの隣にある、大使館へ出かけました。領事官は感じのよい方で、日本にはまだきたばっかりで慣れていないんだとか、パトラスに行くんだったら、ナイトライフが充実(実際クラブがたくさんあって、ギリシャ人の大好きな夜遊びにはことかかない!)してるよ、とうれしそうに微笑んで、まあ面接といっても簡単に終わりました。

ついでにと、滞在許可証に必要な書類を教えてもらえるか聞いてみたのですが、「現地の警察署、いや市役所の扱いにかわったんだっけな?」と不確かな返事で、「大使館の仕事ではないので、現地で行く学校に聞いてみて。」ということでした。ちなみにビザは、当時25ユーロの印紙代を円建てで払いました。そして、ちょっとミスがあったのが、ビザ開始の日付。私の渡航日より後から開始で、授業の始まる予定より遅い日にちが、入国審査で問題にならないか心配になりましたが、領事官が「ビザは3ヶ月で切れてしまうから、期限が遅いに越したことはないですよ。」という返事。遅いに越したことはないというセリフが疑問でしたが、この意味は後でわかることになります。

 

さて、無事ギリシャへ入国。アテネーパトラスも200キロほど離れていますが、知り合いが迎えにきてくれて、やっと安心。まず学校へ平日にでかけました。タイミングよく先生が学校にきていたので、滞在許可証について質問すると、めったにヨーロッパ共同体外からの留学生がいないということで、書類の束から以前の留学生の書類を探し、どの役所が扱っているかを教えてくれました。パトラスにある、西ギリシャ地区所(ペリフェリア・ディティキス・エラドス=正確な日本訳は難しいのですが、日本で言えば、関東、関西、四国などに区切った大きな地域の役所です。)で必要書類を確認できるとのこと。週3日、午前中のみという時間のみ質問や書類の状況などの確認を受け付けています。とても感じよく、必要書類も紙に書いてくれました。写真、パスポート(これは写真のページ・ビザのコピーだけでなく、入国スタンプのコピーも。)

印紙が147ユーロも必要です。(これは実は、労働ビザと同じ値段とわかりました。)住んでいる家の大家さんのサインした、どこに住んでいるという証明書(手書きでもOK)。(国営でも私営でもOKだが、とにかく)保険に加入している証明。生活できると証明するための、ギリシャの銀行への預金証明書(これがイタリアと違って、海外の預金や、クレジットカードでは駄目でした。)。もちろん学校の入学証明書も。そして、国立の病院における健康診断書。

まず、イタリアとの大きな差は、学生ビザなのに、すぺてが高くて、留学を歓迎している様子がない(?)というシステム。保険も、イタリアのINAのような簡単で安いものもなければ、語学留学の場合、IKAという普通の(一般的にはサラリーマン用の厚生年金のようなもの、大学へ普通に入学する場合は学生もこの保険を作れる。))保険もありません。イタリアでは住民票を獲得して住んでいれば全ての学生が安くて質のよい国民保険に入れて、保険制度はとても優れていたのですが。。。結局一般の保険会社の中から選びました。学生向けというのがあるわけではないので、ある程度普通にカバーされるものを選ぶと高いです。そうかというと、安いものも、そう安くもないのに何もカバーされていないので、難しい選択です。

必要なものを書いて渡してくれた女性の方が、最後に「書類は急がないと、ビザが切れる前に揃わなかったら、ビザが無効になるので気をつけてくださいね。」と恐ろしいことを言います。さらに「日本人の女の子が一人だけ去年留学していたんだけど、ビザの期限にすこし間に合わなくて、日本に帰らないといけなくなったのよ。」と心配そうに私のパスポートを確認して、「ああ、この日にちならまだ余裕があるわね。」と言ってくれました。つまり、ビザの日にちのミスのおかげで、私の場合、実際の3ヶ月より10日くらい余分に期限までの余裕があったということです。

ここで比較的簡単そうなので、大丈夫だろうと思い始めていた書類手続きが、公務員のストライキのスタートで本当に間に合うかわからない事態となります!ギリシャのストライキはいつ終わるかわかりません。まず健康診断をしてもらわないといけないのに、病院のストライキが続きました。X線は、知り合いがX線科だったので、すぐ撮れました。普通は予約して、当分待つということで、大分時間をかせぎます。ただしレントゲンに関して役所で文句を言ったのですが、「日本でビザを取るのにX線を先月撮ったばかりで、どうしてまた撮らないといけないんですか?」という質問に、「私たちは、日本のギリシャ大使館が要求する書類のことは知らない(!!)し、何もできないけど、これを提出しないと滞在許可証がでないのよ。」と親身に言われてしまいました。なんというか、これがギリシャなので、仕方がないとあきらめるしかありません。

またもや運が良く、今度は血液検査も別の知り合いのつてで、なんとかしてもらうことになります。そして、最後の診断書とサインをしてもらうお医者さんも、大学病院の従業員である知り合いのコネで、ストライキ中、一般の患者さんたちが座り込んで途方にくれていた中を、裏口から直接お医者さんの所まで連れて行ってもらい、あっさりサインをもらうことができました。そろえた書類は、市役所に提出することになりますが、ストライキは続いていて、いつ開くのか最後までハラハラでした。唯一ストライキをしていなかったのは、皮肉なことに147ユーロも払う印紙の為の税務署(ギリシャでの印紙は最寄の税務署にて購入します。)。手続きに10月半ばから走り回って、全てを市役所に提出したのは、11月27日のことでしたが、こんなに早く出せたのは、全て知り合いが助けてくれたおかげ。とりあえず一安心です。

「滞在許可証は3ヶ月でできますよ」とのこと。滞在許可証ができると市役所に名前が張り出され、市役所での受け取りとなります。日本へは6ヶ月以内に戻って他の荷物も持ってこようと計画していたので、航空券は6ヶ月オープン。3ヶ月で滞在許可証がでれば、まあ問題なく帰国できるはず(というのは、滞在許可証ができる前に出国をしたりすると、ビザもキャンセルになって再入国できなくなる為。)とここで計算したのは間違いでした。

3ヵ月後に市役所へ行くとまだできていないということで、最初に行った役所で状況がわかるから聞いてくださいとのこと。行ってコンピューターでチェックしてもらうと、「あらおかしいわねー。警察からの書類がまだきてないなんて。」といって、電話で確認もしてくれます。ところが役所は確かに申請したと言う書類を、警察がそんなFAXは来ていないから何もしていないと言い、そこが問題で遅れているらしいとわかりました。「FAXがなくなるはずがないし、その方が返事が早いから警察署に行って聞いてみなさい。」と言われ、今度は警察へ。たらいまわし状態だなあと思いながら、警察に行くにあたって知り合いに携帯で説明すると、「一人で行くと適当にあしらわれる(!!)から、一緒にいくから待ってて。」と言います。

とりあえず先に着いたので、所定の部署へ行ってみました。一人でまず問題を説明すると、困った顔をして、どうやったらそんな書類見つけられるかというあいまいな態度。しばらくして私の知り合いが到着。彼が顔見知りの警察官にちょっと状況を説明した途端、コロッと態度の変わった最初の警察官が指示して、何人かが真剣に書類の束から探し始めました。やれやれです。奇跡的に、ないと言っていたFAXが見つかって、これでなんとか3月半ばまでには許可証が出そうだなあとほっと一息。ところが、今度は、揃った書類は再度アテネの内務省へ送られ、そこから滞在許可証が送られてくるとのこと。

結果、今もパスポートに残っている滞在許可証発効日は4月5日。入国後の手続き開始から6ヶ月も経過していました。もちろん、リターンの航空チケットもパアで、残るは、ため息。

注意:留学を目指す方へ。滞在許可証の必要書類は、留学先の県によって違ったり、法律の変更で変わることがありますので、必ず留学する時点での最新の情報を、現地にて確認してください。

記載日:2006年3月12日

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