
意思を表示できない人が心肺停止状態で救急搬送されてきた場合、その施設の医療チームは、一生懸命に救命治療を行います。気管に管を入れられて人工呼吸器を装着させられるだけではなく、中心静脈注射、胃チューブ、膀胱カテーテル、動脈ラインなどのたくさんの管につながれている状態になってしまい、回復する見込みのない場合では長期間この状態が続き、最期に死を迎えます。終末期に、いわゆるスパゲッティー症候群になっても救命に全力を尽くして欲しい意思があった場合は別ですが、このようにならずに人としての尊厳を尊重した治療とケアを行ってもらいたいと希望する場合には、前もって意思を表示しておくことが大切です。
意思を表示しておく方法には3つあります。一つ目は、家族に口頭で自分の意思を伝えておくことです。意思表示ができなくなった時に、家族が医療チームに意思を伝えてくれます。二つ目は、通院している施設の医療チームに口頭で自分の意思を伝え、診療録や看護記録にその内容を記載してもらうことです。三つ目は、自分の意思を文書にして家族に渡しておくことです。生前の意思表示(リヴィング・ウィル)に、個人末期治療要望書を追加したり、自分が意思表示できなくなった時のために代理人を委任した文書を事前指示書といいます。
米国では、終末期患者さんの自己決定を尊重し、事前指示書による尊厳死が法律で規定され、患者さんの希望に沿った終末期医療が行われています。なお、尊厳死とは、不治で末期の患者さんが、本人の意思に従い、生命維持装置による無意味な延命治療をせず、人間としての尊厳を保ちつつ、自然のうちに死をとげることを指し、無理な延命により、患者さんの尊厳が損なわれるのを避け、個人の生死観を尊重しています。
一方、日本では、事前指示書による尊厳死が法律で規定されていません。厚生労働省は、よりよい終末期医療を実現するために、患者さんおよび医療従事者ともに広く理解が得られ医師の十分な説明を基盤として、医療従事者による適切な情報の提供と説明、医療従事者と患者さんとの話し合い、患者さん本人による決定、医療・ケアチームによる医療行為の開始・不開始・変更・中止の判断、医療・ケアチームによる緩和ケアを重要な原則として、2007年5月に「終末期医療の決定プロセスに関するガイドライン」を作成しました。延命治療中止プロセスの指針である厚生労働省のガイドラインは、患者さん本人の意思を尊重することを基本としていますが、事前指示書による尊厳死に対する医師の刑事訴追免責基準は明記されていません。なお、2015年に、「人生の最終段階における医療の決定プロセスに関するガイドライン」に名称変更しています。
自己決定権は、本国憲法第13条で保障され、エホバの証人輸血訴訟事件の最高裁判決によっても確立しているため、終末期の治療とケアに自分の希望をかなえるためには、意思を表示しておくことが最重要ですが、日本では家族の同意も必要であり、家族に意思を伝えておくことも重要です。皆さんには、日本尊厳死協会のリヴィング・ウィル、日本レット・ミー・ディサイド研究会のレット・ミー・ディサイド、じんぞう病治療研究会の尊厳生のための事前指示書などを作成する権利がありますし、作成しない権利もあります。終末期における延命治療(人工呼吸器装着、人工栄養、人工透析など)を受けるか受けないかについての権利を行使するかどうかについて、よくお考えください。なお、事前指示書を作成した場合には、考えが変わることがありますので毎年見直して更新するようにしてください。