↑Homeに戻る

台湾四大山岳道路 「四横」制覇の旅

この旅行は私にとって初めての海外ツーリングだ。
それまでは、北海道一周をはじめ、日本縦断、信州の峠など国内を旅行して回っていたのだが、そろそろ自転車の自信も付いてきたので次は海外へというわけである。

●はじめに

 11月6日から24日まで念願の初海外ツアーに行って来た。9月に走った渋や乗鞍よりも高い所があって、初めて走るのに無難な国ということで行き先は台湾。
 自転車で台湾と言えば台湾島一周や、太魯閣峡谷や台湾公路最高地点武嶺のある中部横貫道路(以下中横と略)を走るのがメジャーなコースだ。
 今回、峠にこだわる私は中横と同じく中央山脈を横断する北部横貫公路(以下北横と略)、新中部横貫公路、そして南部横貫公路(以下南横と略)、この4つの山岳道路「四横」を  まとめて走ることにした。このコースはあまり日本人の知らないコースらしく自転車旅行記は見当たらなかった。
 台湾はGIANTの本拠地だけあって本領はやはり林道やオフロードを走ることにありそうだが、舗装路とはいえ、これら四横も景観の美しさと高みを目指して駆け上がる楽しさに満ちた極上のコースだ。距離も長く標高差が大きいので、自転車で走り切れば「好利害!(すごいよ、あんた!)」と賞賛されたり、あきれられたりすること間違いなしだ。坂バカは行くべし!

出発当日は国内ツアーのときと同じように直前までバタバタしたが、とにかく11月4日の午前0時50分フェリー飛竜は大阪南港を出港した。沖縄本島、石垣島を経て台湾基隆港に到着したのは11月6日の午後6時半。今夜の泊まりは基隆。

なお、道路状況などの情報は私の走った2001年11月当時の情報である。現在は改善されているかもしれない。

北横公路 11月7日〜11月9日

 北部横貫公路は7号省道として西は桃園県大渓鎮に始まり東は宜蘭まで全長123キロ。
 その途中復興から棲蘭までの71キロは峡谷、滝、森林、棚田、温泉等各種の景観により北横の旅の一番の見所、走り所となっている。
 今回私は基隆駅から鶯歌駅まで輪行、第一日目はそこから三峡、湊合を通って三民から7号省道に合流し復興までというルートを取ったため大渓から三民までの区間は走っていない。

11月7日 基隆から鶯歌まで輪行 鶯歌 − 三峡 − 大捕 − 湊合 − 三民 − 復興
基隆から鶯歌までは輪行。鶯歌駅前で自転車を組み立てる。
今日が台湾自転車旅行の初日。予定走行距離も短いし時間もたっぷりあるのであせる必要はないのだが、なぜか初心者のような間違いをして組み立てに手こずる。この旅のために用意したヘルメットをかぶって写真も撮ってさあ出発。
ここ鶯歌は台湾最大の陶磁器の街で有名な窯元もたくさんあるらしい。でも、速く走りたくて気がはやる私はもちろん素通り。車もバイクも怖いし、右側通行は初めてだし、とにかく三峡方面へ恐る恐る進む。
三鶯大橋をわたってすぐいきなり大きな間違いを犯してしまう。なんか自動車専用道っぽいなあと思ったらそこは高速行路。緊急電話で車を呼んでもらい何とか脱出。やれやれ。
三峡も歴史のある町らしいがもちろんパス。省道7乙に入って車やバイクがぐんと減りようやく山道らしくなってきた。途中で食べた竹筒飯は美味。
3時前には復興青年活動中心に到着。清潔で健全で申し分の無い宿泊施設だが高い!12人部屋とか8人部屋とかもあるけど全て套房(一部屋いくら方式)。一番安い2人部屋1600元を値切っても1280元まで。800元にはしてくれなかった。テントと寝袋を持ってこなかったことを深く後悔する。
11月8日 復興 − 巴陵 − 明池
巴陵でお昼。日本語を話せるおじさんのやってる食堂兼売店で粽子(ちまき)と豆漿(豆乳)を食べる。食料と水もついでに調達。おじさんに見送られて出発。
巴陵(標高590m)から四陵(標高1200m)のあたりまで上りが続き頑張りどころである。四陵から下りが入ってくるが明池森林風景区まで後2キロの看板を見てからがまた長く感じる。そのうち、ふっと前方が開けてコテージが立ち並ぶ場所に出る。そこが明池山荘。四割引にしてもらって「蜜月小屋」(ハネムーン用?ダブルベッドの二人部屋)に落ち着く。途中から降り出した雨が激しくなってきた。テレビでドラえもんを見て心を慰める。
11月9日 明池 − 宜蘭 宜蘭から新城駅まで輪行。
雨はまだ降りやまず。霧も深い。予定では中横宜蘭支線を梨山の手前の武陵農場まで走るつもりだったが、雨の中の1000mUPは考えただけでうんざりしてくるし、道路状況も気になるので宜蘭まで走って北横公路を終えることにする。小雨の中電灯をつけて走る。工事中でドロドロの石頭路(ガレ道)をいくつか通り抜け、そのうち雨も止んで長い下りに入る。途中犬に追いかけられてあせったりしたが棲蘭の分岐から宜蘭市の手前までは交通量も少なく久し振りにアウターギアを使って気持ちよく走れた。
宜蘭からは花蓮の一駅手前の新城まで輪行することにする。輪行袋に入れた自転車と荷物を行李処(手荷物預かり)に預けて食事に行く。素食自助餐。紙皿に盛ったおかずとおわんによそったご飯を一緒に量った重さで値段が決まる。野菜たっぷりのおかずが60元。安い。
列車の中でMTBを輪行してきたおじさんと知り合う。明日は天祥まで一緒に走ってくれると言う。新城駅で自転車を組み立ててからおじさんの後について走り、着いた所が小学校。おじさんはそこでテント泊、私はそこの用務員のおじさんのはからいで学校の近くの孤児院に寝かしてもらえることになった。感謝。
中横花蓮支線、霧社支線 11月10日〜11月12日 

 台湾公路最高点の武嶺(3725m)へは中横宜蘭支線、霧社支線、花蓮支線、梨山支線の4方面から到達することが出来るが1999年の九・二一集集大地震以来、台中省道8号から梨山方面へは未だ不通状態。 太魯閣峡谷を抱えるこの道が四横の中では一番有名で、観光車両、大型バスなどの交通量が多い。 霧社支線、花蓮支線を走破。

11月10日 新城 − 太魯閣入口 − 長春祠 − 燕子口 − 九曲洞 − 天祥
気持ちよく目覚める。子供たちのお世話をされている方に志を手渡したらえらく恐縮されて朝食に大盛りのご飯とおかずと牛乳をいただく。迎えにきたおじさんと一緒に子供たちに見送られて出発。
新城から太魯閣入口までは9号線を走ってすぐだ。遊客中心(ビジターセンターみたいな所)で地図をもらう。この中横花蓮支線、天祥から武嶺まで宿泊できる所は5ヶ所あるがその内、洛詔、慈恩、大兎嶺の各山荘は現在休業中であるという情報を得る。今日は天祥まで20キロ弱の行程で時間はたっぷりある。で、おじさんのお薦めでちょっと寄り道して神秘谷歩道を散策することに。
遊客中心に荷物をあずけて自転車を担いで橋の下の遊歩道へ降りるが走りだしてすぐに後悔。何で人の多い狭い遊歩道をわざわざ自転車で走るわけ?おじさんには「私の輪胎(タイヤ)は登山車(マウンテンバイク)用じゃないから爆胎(パンク)が心配だ。」とか何とか言ってオフロードの散策は適当に切り上げてもらって先に進む。
燕子口、九曲洞、慈母橋と各見所で写真を撮ったりしながらゆったりと走る。午前中早くに走り出したせいか観光バスもそんなに多くなく快適に走れる。天祥の手前のキャンプサイトでご飯休憩。すでに盛り上がっている先客の皆さんがバーベキューなどいろいろと振舞ってくれる。28年前に日本各地のクラブを歌手として廻って営業してたなんていうタイヤル族のおじさんもいた。出発のときに残り物の肉やら野菜やらパンやジュースをたくさん貰ってこれは後で今晩の夕食に。天祥まではほんの2、3キロで、今日の宿は天祥天主堂の36人房1人200元也。 今まで何くれとなく面倒をみてくれたおじさんとはここでさよなら。本当に親切でいい方なんだけど開放されてちょっとホッとする。それからバス停周辺のお店を冷やかして、自転車の整備をして、食事をして、シャワーも浴びて、広い部屋に私1人きり。ああやっぱり一人はいいな!
11月11日 天祥 − 慈恩 − 関原
中横2日目は天祥から関原までの約50キロ、標高480メートルから2374メートルまでの1900メートルup。なんせテントを持って来ていないものだからとにかく宿泊施設のある所まで走らなくてはならない。文山温泉を数キロ通り過ぎたあたりから激しく雨が降り出して来てまた憂鬱。
この中横公路さすがに超有名観光路線だけあって道路の舗装状態は北横よりもずっと良いが問題はトンネルの中だ。暗闇の中ついふらふらと真中に出てしまいそうで自転車を降りて壁際を手で確かめながら歩く程のお粗末な照明のトンネルが多い。ヘッドライトをハンドルの前につけてみたが光量は全く足りない。この状態は四横公路全てに共通していた。全身ずぶぬれになりながら何とか走りきる。観雲山荘泊。
11月12日 関原 − 大兎嶺 − 武嶺 − 霧社 − 日月潭
3日目 武嶺アタックの今日は昨日とは打って変わった快晴だ。ここから武嶺までは約14キロ、900メートルup。
車で写真を撮りに来ていた同室の女医さんは九州大学に留学していたことがあり、今まで勉強のし続けでもう勉強はこりごり、今は写真に夢中で個展を開くのが夢だなんて言っていた。こりごりするまで勉強したことなど一度もない私の人生はこのままでいいのかしらん?などと考えてるうちに大兎嶺(標高2600m)に到着。ここから武嶺まで10キロ650メートルup。狭い道幅にえぐるようなカーブで押しが入りまくり、人生について考える余裕は全く無くなる。結局「武嶺3275m」の碑の前にたどり着いたのは出発から3時間ほども経った後だった。観光バスや車で来てる人達がねぎらったり誉めたりしてくれたけど自転車を降りずに上りきれなかったのはちょっと残念だ。
霧社までは33キロひたすら下り、抗日記念碑の前でちょっとボーっと休憩してまた走る。哺里までは久し振りの平坦な道が続く。省道14号のこの沿線は梅の産地で梅や梅を使った加工品を売るお店が立ち並ぶ。情人梅、相思梅、珈琲梅、蜂蜜梅、鳳梨(パイナップル)梅・・・。梅干のおにぎりにかぶりつきたい欲望に駆られながら日月潭まで一気に走る。派出所で民宿を教えてもらい、あとはご飯を食べてビールを飲んでテレビで日本のアニメのGTO(台湾でのタイトルは麻辣教師すなわちピリカラ教師)をみて就寝。
11月13日〜11月15日 新中横公路

 新中横公路は嘉義玉山線、玉里玉山線(未開通)、水里玉山線の3つの路線からなる。 嘉義線(省道18号)は約97キロ、嘉義市を起点とし石卓、阿里山、自忠を経て塔塔加遊客中心が終点そこで水里線とつながる。水玉線は全長74キロ、途中の信義から塔塔加までの約70キロは海抜200メートルから2600メートルに達する。 今回は嘉義玉山線、水里玉山線を走破した。

11月13日 日月潭 − 信義 − 同富(和社)
今日は新中横の起点から27キロの和社まで走りそこから8キロの東捕温泉にも寄る予定。11時過ぎには同富に着いたが当てにしていた和社教育中心は鍵がかかって休業中。同じ敷地内の台湾大学農学院営林区の事務室に行って相談してそこの職員宿舎に泊めてもらえることになった。免費(タダ)也。学生のフー君が部屋まで案内してくれた。
お昼を食べた後温泉行きのバスを待つが自転車こいでるときあれだけすれ違った水里−温泉間のバスが一向にやって来ないのであきらめて部屋のお風呂に入る。夕食は排骨飯とその他おかずの便當(弁当)。事務所のコンピューター使わせてもらってメール打ったりテレビを見たりしてすごす。明日泊まる東捕山荘に予約の電話を入れて貰う。あちらは相当寒いようで夜は6度まで冷え込むそうだ。明日は40キロで約2000メートルUP。天気がよければいいのだが…。
11月14日 同富(和社) − 塔塔加
6時に起床。7時前には準備を終えてお腹にマントウ2個と豆乳を流し込む。朝早いので起こさずに出発しようと思っていたフー君がMTBで途中まで送ってくれた。ほんとに気持ちのいい青年で、これで私が後十数年若かったら恋が芽生えたかもなどと妄想をたくましくしているうちにまた雨が。昨夜の天気予報では晴れだったのに…。
この新中横、道幅は中横よりも広くて走りやすいのだが、夏の台風後の土石流による倒壊がまだ修復されておらず工事中の回り道が数ヶ所ある。それがまたこの雨でぬかるんでとってもうっとうしい。
それに落石が多いのはここが一番。ヘルメットをかぶっていてもいざとなれば役に立たないような大きな石が路の真中から端までごろごろしている。トンネルも数は少ないが相変らず暗い。しかし傾斜はきつくなくほとんど押し無しで塔塔加まで行ける。これで晴れていて玉山の姿を拝めれば文句は無いが観峰、観山の2箇所の玉山ビューポイントからは今日はもちろん何も見えず。このルート大雨で景観も楽しめなければ単なる修行である。
夫妻樹(ここも観光ポイント)ではスクーターに二人乗りのカップルに、1人で自転車でここを走るなんてすごいね、って言われた。
塔塔加鞍部(2610m)には予定よりかなり早めに到着。遊客中心でTシャツと絵葉書を衝動買いした。
すっかり濡れそぼって震えながらようやく東捕山荘にたどり着く。夕食はここを管理なさっている張先生と玉山国家公園管理処の職員の皆さんと一緒にさっきの遊客中心でいただく。テレビの天気予報では明日も雨、それになんだか強烈な寒気が来ているようだ。修行は明日も続く。
11月15日 塔塔加 − 石卓 − 嘉義 嘉義から台南まで輪行
修行2日目、雨は止む気配も無い。いやいや出発の準備をしてたら公園管理処の職員の方の1人が磨り減ったブレーキシューを見つけて、雨の中これで嘉義までのダウンヒルは危ないからと新しいのに付け替えてくれた。感謝。ほんとは自分でやらなきゃいけないんだけど億劫でほったらかしていたのだ。
記念撮影の後みんなに見送られて出発。雨の中のダウンヒルはつらい。かじかんだ手はブレーキングのし過ぎですぐに感覚が無くなる。石卓まで降りると雨が小降りになってちょっとひと安心。このあたりはお茶屋さんがいっぱいで茶畑が広がりしばし和んでいい気分で走っていたらいきなり霧の塊に突入、視界が利かないままくねくねと続くダウンヒルをやっと抜け出した時は嘉義までもう20キロを切った所まで来ていた。
嘉義では、自転車屋さんでハロゲンの電灯を買って本日2度目のブレーキシュー交換して(なんともうすっかり磨り減ってた)、駅で台南行きの切符買って、とそこまではよかったが間違えて北行きの列車に乗ってしまい台中まで行ってしまった。そこから自強号でUターン、やれやれ2時間のロスであった。
南横公路 11月16日〜11月19日

台南県玉井から台東県の海端を結ぶ全長182.6キロの道路で、最高地点の大関山トンネルは海抜2719メートル。
景観よし道路状況よしで四横の中で私が一押しするルートである。このルートは全線走破である。

11月16日 台南 − 玉井 − 甲仙 − 宝来温泉
今日はもう、はなから決めてたんだ、絶対温泉に入るって。と言うわけで今日の目的地は宝来温泉だ。省道20は車も少なく広くて走りやすい道。マンゴーの産地玉井まであっというまだ。もちろん今はシーズンではない。
お次は甲仙。甲仙と言えば芋。たぶんタロイモだと思うがとにかく町じゅう芋だらけ。芋アイス、芋ケーキ、芋餅、なんと芋麺まで。ここの芋アイスはあっさりした甘さで芋特有のねっとりした所も残っていて本当においしい。
そして宝来到着。日本の山間の温泉街と似ているようだけどどこか違う。看板が赤、青、黄色やピンクだったりする所かな。SPAやクアハウスなどの温泉施設が中心なところかも。露天風呂はここにはない。どこも軒並み高い。私が泊まったのは部屋の浴室に温泉がひいてある所だけどこれで十分。
お風呂2回入って水餃子食べてビール飲んで部屋に帰ってまたビール飲んで寝る。
11月17日 宝来温泉 − 桃源 − 復興、− 梅蘭 − 梅山 − 梅蘭
今日もまた快晴。今日の行程はたったの30キロほどだから朝風呂に入ってご飯食べて新中横でドロドロになった自転車を掃除してチェーンに油さして11時前にゆっくり出発。今日も道中「加油!」(がんばれ)の声が掛かる。この南横、他の三横に比べて落石がひどかったり工事中で道ががたがたの所が少なく他の三横に比べて圧倒的に走り易い。それに天気さえよければ多少上りがきつくても屁でもない、軽快にペダルを回す。
桃源、復興、梅蘭この辺に来ると人々の顔つきがだいぶ違ってきて皆心なしか山地同胞の面構えに見える。梅山口(海抜1014メートル)。まずは遊客中心の展示をゆっくりと丁寧に見る。隣にある布農(プヌン)文化展示中心も参観。中央山脈を走り抜けてきたのはまさにプヌン族の故郷を通って来たと言うことなんだなと実感。彼らの重要なお祭りのひとつ、打耳祭の様子を写したビデオも見る。今日泊まる予定の梅山活動中心はすでに満員だったが職員の方が3キロほどバックの梅蘭の民宿に電話で連絡してくれた。食堂兼民宿の南横飲食店。ここのおばさんもプヌン族で、親切で食事も部屋も安いしお薦めだ。この夜がしし座流星群の見られそうな最初の機会だったがもちろん熟睡していて見られず。
11月18日 梅蘭 − 梅山 − 天池 − 大関山トンネル − 利稲
いよいよ私の四横制覇の旅も大詰めである。
梅蘭から大関山トンネルまで755メートルから2722メートル、約2000メートルup。今日も早めに出発したから交通量が少なくて走りやすい。MTBに乗ったお兄さんが追いついてきて天池まで併走してくれた上にオレンジとお菓子もいただいた。日台チャリダーしばしの交流。お互いの自転車をチェック!と言っても私に判るのは彼が乗っているのがMTBで変速機が私と同じ前3段後ろ8段の24速ということだけ。(彼が持ってたインフレーターが使いやすそうだったのでその後台東で購入した。TOPEAK製のMTB用。1000元)この彼、上りのときはヘルメットなんて要らないよ、なんて言ってたけど落石は怖くないのかな?天池からは再びひとり旅。トレーニングのつもりで、フォームを意識して丁寧に走る。大関山トンネルはやっぱり洞窟のようだったけどライトで照らしてくれた一台の車に助けられて無事通過、そしてトンネルを抜けるとそこが唖口(2731m)。すばらしい雲海が待っていた。
この日は利稲(1026m)まで一気にダウン。利稲山荘泊。果たして獅子座流星雨は見られるのか…。
11月19日 利稲 − 霧鹿 − 海端 − 関山 − 台東 台東から台北まで輪行
トイレに行きたくなって午前2時に目が覚めた。これはきっと神様のはからい、玄関に面した食堂兼談話室のドアを開けると、外は青い流星の夜だ!流星の尻尾がはっきりと見える。今この場所では流星も私が独り占めだ。今回の台湾ツアーが無事に終わること、そして今後のツアーの成功も星に祈る。
朝9時過ぎ、同宿の桃園から来たファミリーと一緒に写真を撮った後出発。約35キロで南横の終点海端。ここで20号線は終わり、9号線が台東まで続く。
台東では2泊し知本温泉の露天風呂にも入った。
台東から台北へは自強号で移動。台北の街中を走るのはまるで自分がメッセンジャーになったようでなかなかスリリングで楽しかった。

総距離 : 836キロ

●リンク
今回は舞台が台湾だけに台湾のサイトを参考にした。いずれのサイトも文字コードがBig5なので注意していただきたい。

マーク・チョー工作室
台湾の自転車乗りの聖地となっているマーク・チョー氏のサイト。たとえ中国語がわからなくても何とかなる(気がする)。
「我的記録」に走行記録があって、 路線資料などはとっても有益。
わたしはここを見てルートや1日の走行予定、大まかな宿泊地点などを 決めた。
ここの資料のコピーと現地書店で入手したロードマップがあれば没問題。国道から林道まで幅広くカバーしている。
「車友交誼」のなかの掲示板(留言簿)が活発で 、私もお世話になった。中国語で話されているが、たぶん英語でも質問することは出来ると思う。

御風
台中にある国立中興大学の自転車部のページ(らしい)。長らく放置されているようだが、創部10周年記念の部誌らしい「社刊(御風)」のリンクをたどるべし。中横各路線のレビューがある。大学生らしい若さに満ちた文章で大変好感が持てた。
ところで、パンクって中国語で何というか知っていますか? インフレーターは?
答えは「旅遊之單車修護 」にありますので、ぜひご覧あれ!


↑Homeに戻る