
篠原 優美
NPO法人ロイヤルセラピスト協会認定講師
ベビーマッサージが、子育ての中のひとつの手段として、心地よい時間を創ってくれることを信じて…大好きな大分で教室を始めました。幼稚園教諭・保育士免許あり

5人兄弟姉妹の真ん中に生まれました。
兄・姉・弟・妹に囲まれ、にぎやかに育ちましたが、小さい頃は「一人っ子」に憧れていました。人は無い物ねだりする生き物ですネ。
「おさがり」の服や物が多かったし、3時のおやつは「60円まで」と決められていましたので、子どもながらに「うちはお金がない」という事を感じていました(笑)
でも山に囲まれた自然の中で育ちましたので、遊びを自分たちで創り出しては走り回っていました。ひたすら遊んでいました。
思うようにならないこともたくさんありましたが、「兄弟姉妹」という小さな社会の中で学んだ我慢やルールはたくさんありました。
「幼稚園の先生」になりたくて、短大へ進学することを決めました。早く現場で実践がしたくて大学は短大を選びました。
勉強は嫌いじゃなかったし、難しい大学でもなかったので、ナメていたのでしょう。2回も不合格を言い渡されてしまいました。
周りの友だちは合格が決まって春休みを満喫していましたし、両親には「3度目は知らない」と言われてしまって、追い詰められていました。
「3度目がダメでも、私は幼稚園の先生に必ずなる!!」と、強い想いだけで受けた最後の受験で念願の合格。
その時面接官だった教授が、その後の担当であり、今でもお世話になるほどの恩師に!
バイトと看病に明け暮れる日々。この時期は本当に辛かったけど、「生と死」について考えさせられた大事な時期でした。

夢だった幼稚園教諭。でも、いざ子どもたちの前に立つと、子どもたちの叱り方も、何がいいことで何が悪いことなのかも基準が分からなくなってしました。
そんなとき、私が先輩に注意されたのが、
「今がよければ…という援助の仕方だとだめ。その子の5年先、10年先を考えてみて。」と
子どもたちに、きまりやルールを教えるだけではなく「子どもたちを引き付け、引き出し、伸ばす」という先生の役割は容易なことではありませんでした。
子どもたちは、遊びの中で、算数も国語も、理科も社会も、人との関わり方も…「生きる力」となる全てを学んでいて、その時の子どもたちの眼はすごくエネルギーに満ちていました。
春・夏・秋・冬…季節や自然を感じながら過ごす生活は私自身の生き方にも大きな影響を与えてくれました。

3年間勤務する中で、足の力が弱くなっているのを感じ病院へ。筋肉病と診断され、退職することを決めました。
途方に暮れていたところに、沖縄に住む知り合いから声がかかり、1~2年療養がてら滞在することになりました。
ひたすら自分と向き合った時期でした。
「ホメオパシー」「食事療法」「はり灸」などの東洋医学を通して、自分の体の力や自然の中で生きるということについて見直すことができました。
「子育て良品ショップ」で、たくさんの親子と接する仕事をしたり、オーナーと過ごす中で、これからの仕事についても考えるようになっていきました。
…節目の時だったのでしょうね。
「何もない」気がして、どん底に落ちた時、
「キラキラしていないと、いい治療も、いい仕事も、いい出会いも、ついてこない!!」
と気付かされました。
「大変だ!大変だ!」と言っていると、きっと人は逃げていく。でも、だまってにっこり笑うだけで、きっと人は引き寄せられてくる。
そんな風に思えるようになった矢先「ベビーマッサージ」と出逢いました。

テレビもまともに映らない、畑しかない島で、4ヶ月生活をしました。
コンビニも情報も、何もないけれど、満点の星空や人のあたたかさは生きることをシンプルにしてくれました。

私が、様々な時期にあった辛い出来事を乗り越えてこれたのは、家族をはじめとする、周りの人たちの温かさ、優しさがあったからでした。
どんな出来事にも意味がある。
どんな状況でも、プラスに変えていく方法はある。
泣いたり笑ったり、心を動かしながら
自分が活き活きと生きられる方向へ
ゆっくり歩いていこう
ベビーマッサージをしていると、こんな前向きな温かさが生まれてきます。
そして、肌と肌を通して伝わっていくメッセージが必ずあると信じています。
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