三度目の正直&封印された希死年慮
その後今思う事
私の死へ対する強い衝動は過去の三度目の自殺未遂で葬られた。
死のぎりぎりまで行った事、人間は200錠ほどの強い薬を飲んでも、そう簡単には死ねないようにできている事・・・。
下手をしたら障害が残ったかもしれなかった事、ようやく、意識が戻ったとき、いつも怒鳴りつける父が怒鳴りつけなかった事・・・。とてもとても辛い思いをした事。
それでもう三度目の正直と、三度目の自殺未遂と名づけ死に対する思いを断ち切ったつもりだった。
現在の私は、障害者雇用枠での就職活動の真っ只中だが、こんなに働きたく思っているのに、スキルを磨いたりこつこつ努力しているのに、なかなか内定をもらえずに時が過ぎていく事にだいぶ焦りを感じ、疲れ始めている。
そして、最近、付き合っていた彼とお別れしたこと。
いつも、前向きで打たれ強いことで作業所では通っている私だが、本当は結構疲れ始めていること、苦しいこと、そろそろわかってほしいような気がする。
今年に入って、長年同じ作業所のメンバーだった女性が自殺で亡くなった。
過去に、未遂した事があったのでもっと注意していなかればならなかったのに、彼女が弱みを見せなかった事、最近安定してきている事などで、彼女の変化を見過ごされていたようだった。
ショックだった。ちょうど震災の日に彼女が子供のころ思い入れの強かった公園の池で遺体が発見されたのだった。
彼女には病気のお姉さんがいて、その心配と、自分自身が生きていく事に疲れてしまった事、福祉を受けて身寄りのないことから作業所の電話番号と、疲れました。あとはお願いします。という遺書が見つかった。ショックだった。
震災で亡くなった方が沢山いて、それなのに、自殺をするなんて、罰当たりだ、と思う方もいるかもしれない。
でも、日ごろの彼女の優しさと、一途さと、美しい心を知っている私は、彼女の事は罰あたりだなんて思えなかった。
一人で苦しみを抱えて、池の中へ持っていってしまった・・そしてその儚さから、「美人薄命」という言葉が浮かんだ。以前助けを求める電話がうちにかかってきたときも、翌日は「私は強いから大丈夫!電話かけた事は内緒にしてね。」といわれたことがあった。もっと力になりたかった・・。
私は過去の、病気が重いときの三度にわたる自殺未遂のことを、病気の症状の一部であっあったと認識するようになっていた。
あの時苦しかったとき、父に未遂するたびに怒鳴りつけられた事、当時付き合っていた彼に別れをつげられてしまったことをどうして、こんなに辛い気持ちを理解してもらえないんだろうととてもかなしかったし、身近な人にこそわかって欲しかったのに。大丈夫だよ、といって欲しかった・・と思っていた。
病状がよくなってから私は特に死にたいと思う事もなく、どんなに辛い事が合っても乗り越えて行く事に生きる意味があると頑張ってきたつもりだった。
でも・・今、私は辛い。
でも、最近付き合っていた彼の突然の自殺未遂を通して当時未遂を繰り返す私を怒鳴りつけた父の気持ちや、別れをつげられた彼の気持ちがようやくわかった。
彼の自殺未遂はしばらくの間、自分のせいなのかと責めたり、彼を無責任と思ったりしたが・・。
彼とは、いつか一緒に暮らす事を前提にしていたにもかかわらず(特に彼の方が)、彼の病気の症状の幻聴がおもな原因で作業所が終わったあと、一人電車に乗って、仙台の夜の海に入ってしまったこと・・。
彼とは彼のお母さん、妹さん、と家族ぐるみで繋がっていたので、突然連絡が付かなくて心配なのですが・・と電話した翌日、仙台で見つかったとの連絡がお母さんからあり・・
彼は、仙台まで迎えに行ったお母さんと東京へ戻ると直ちに病院の保護室に入院した。
私は、彼が落ち着いて、ようやく面会ができる日までじっと耐えて、一生懸命手紙を送って、面会が可能になれば毎週遠くまで電車に乗って面会に行った。冬の寒い病棟の外の庭で。
退院して、彼が元の生活を取り戻すまで、一時、子供帰りみたいになってしまったこともあったが、目を瞑って一生懸命受け入れて、作業所が同じということもあって、職員さんにもまめに報告したり、一生懸命彼を支えたが・・・
だんだん彼が元気になると、「一緒に住みたい」といいながら、「またどっか行ってしまわないとは約束できない」といわれ、それから、彼のことを信用できなくなってしまって、私と付き合う前も何度かそういうことがあったようなので、今後、またそういうことが無いという確立のほうが少ないと思った私は、自分が今度彼がまたどうかなったら壊れてしまうのではないかと思い始め、彼を支える自信をなくし、徐々にお別れする方向へ話が進んでいった。ちょうど、そのころ、私のほうも疲れが出て、彼の前で少し症状が出始め、彼に、症状と理解してもらえず苦しんで・・・。
ようやく私は、その彼のおかげで、私が何度も未遂を繰り返していたとき回りの人たちが取った反応が、気持ちが、よくわかった。
やっぱり、何度もそんな事をしてしまったら、やっぱり、どうしても信用を失ってしまう。
恋人からは、「どうして自分がいるのに死のうとするのだろう・・・?」と、自分の存在意義がわからず、愛を信じられなくなって離れられてしまう気持ちも・・。
それは、私自身が彼に対し感じた気持ちだったから。
それでも・・・私は彼とお別れして、彼から愛される事によって沢山の自信を得ていたからか、喪失感が多く、お料理も、彼はとっても喜んで食べてくれたので作るのが、すごく嬉かったけど、なんだか、自分だけのためにこった事をするのがばかばかしく感じ、気分も沈み食欲もなく、やつれ、どうでもいいや・・の境地に近い感覚に見舞われたり、彼と付き合うまで、恋愛なんてなくても生きていかれる、そんなものがないほうが強く生きていかれる・・という私の心情ががたっと崩れ、人間的に弱くなり、明日から生きていく喜びを失い、どこかで彼を心の支えにしていたから、全て失った喪失感と・・・。
本当は、彼と出会うまで、もう決めていた。病気同士でお付き合いするのは無理だからやめようと。
やはり、心の病を抱えた同士結婚前提でお付き合いするのは、やはり普通よりいろんなことに対して弱く、崩れやすいからむずかしいのだと・・。なのに・・・。
あと、作業所にずっといれば、恋愛経験も社会人に比べてずっと少なく幼い。
作業所も時々、人疲れする。狭い、狭い世界だから、就労を目指す人は全てを諦め、福祉を受けて生きてい人には、働ける気力、能力があることを妬まれ、僻みっぽいことを言われたり、仲間同士で足の引っ張り合いばかりしていたり、この病気の薬はすごく太りやすいから、痩せていると「太ってるから・・」ばかり言われたり、何かと僻みっぽい事ばかり言われたりすると本当に疲れる。頑張っている人ほど悪い事をしているようないたたまれない気持ちになる。
時々悪口の幻聴が聞こえる。だから、長期化する就労活動はとても消耗する。
弱みは見せたくない、信用を失いたくない・・でも・・私も一人の人間。泣きたいときもある。
「大丈夫です!」という強気な言葉の裏側に潜む壊れそうな気持ちを汲み取って欲しいと思うときもある。
自殺は、したくない、して欲しくない。
でも・・・罰当たりだとか攻めるのもどういうものかと思う。
私も、大切な人には「失いたくない、何があっても一緒に生きてくれ」といってしまった。
今回被災してなくなった方には本当に申し訳ないけれど、生きたいのに生きられない人と、
生きられるのに明日を迎える事に疲れたり、乗り切る自信を、気力をなくしてしまった人の、自分と、この世の全てに絶望して苦しみから逃れたい、という強い気持ちと・・・。
私は今、弱音を吐ける友達がいない。いても、きっと弱音は吐けない。
これから先、何の希望も持てず、明日に光が見えず、この先もずっと光が見えず、それが死ぬまで続くとしたら・・。
今、障害基礎年金が私の唯一の収入だけど、一月当たりで換算すると家賃だけで消えてしまうか、家賃にもならないほどの金額。そこで、今まで、ずっと貯金をしてきたけれど、もうさすがに、三十路も半ば、親に迷惑もかけたくないので、世帯分離し、親の保険からも抜け、働いたら固定資産税の一部を払うという約束で、私の今住んでる部屋にプラスアルファでユニットバスとキッチンを着け、リフォームをし、親と生計を別にして実質完全ではないけれど自立する方向で動いている。
ずっと、肩身が狭かった。でもなすすべが思い当たらなかった。決心も付かなかった・・。
就職活動も書類選考は通過するものなかなか面接は緊張でうまくいかず、日の目が見えない。
そして、おそらくこの先永遠に満たされることのないと思う人からの愛情。私は、恋愛に対して、どきどきすることや、駆け引きよりも、ありのままの私を受け入れ、包み込んでくれる、お兄さん的な愛情、癒しをどこかに求めているのかもしれない・・。彼には、最後の最後に、私の症状が病気の症状とやっとわかったと、別れる日に言われ、もう一度チャンスをくれないか?といわれたが、先に私が参ってしまうと、私は断った・・。でも・・・やっぱり寂しい。あんなに、私のこと大切にしてくれた人、今まで、いたかなあ??
そして、私は作業所にいきぐるしさを感じている。頑張っているものが苦しくて、諦めた人が開き直っている現状。自分よりよい立場になろうとしている仲間の足を引っ張ろうとしたり、人と比較して妬んだり・・もう疲れた。
最近自分が、素直に生きていないなあ、と感じる。無理やり強がったり、人にたたかれないように、発言の一つ一つに気を使いすぎて、なんだか計算高くなっているなあとふと、感じることがある。
そして、なかなかもらえない内定・・・。
去年の私はもっと、未来が素晴らしいものになると信じる事ができたけど、今は、根拠のない希望や自信は持てない。
何せ、あの大地震が起きてから、いつ、なにがどうなるかわからない、何をどれだけ積み上げても、一瞬で壊れてしまうとか、色々価値観が変わってしまったような気がする。
最近、妹が妊娠をして、いわゆる、「できちゃった結婚」をする事になったが、あんなに、強気に働いていた妹が、一瞬で、不憫な存在になってしまって、どうにか当人たちに今後よい夫婦になり幸せな家庭を築くように願うしかないのだが、そんな事で色々考えてしまうことが多くなり・・・。
考えてみれば、この世に確かな事なんてないのかもしれない。理不尽な事を抱えながらいきて行くのが大人なのだろうか・・・。
私自身、ひどかったアトピーにマクロビオティックがよく効いて体調もよくなり喜んでいたけれど、一年以上過ぎたら体力が衰えてきて、また見直さなければならない時期が来たり、絶対なんていうものはきっとない。できることならヴィーガンを目指したかったけれど、動物性たんぱく質を食べないとうまく機能しない体の人もきっといる。
そもそも、人間も食物連鎖の中にいて、「動物がかわいそうだから」などといって避けるのは人間のエゴなのかもしれない。もちろん、環境問題や飢餓のことを考えると、産業的に家畜を育ててまで肉を食べる必要はないのかもしれないが、せめて自然に捕獲できる範囲の魚や、卵ぐらいは食べてもいいと思う。
これからまた、しんどい事が続くのだろう。それでも強がって頑張る事だろう。私のことだから・・・。
2011.6.8
追記:ヴィーガニズムに思う事
私は子供のころからベジタリアンになりたいと思う事もあったが、母に動物性たんぱく質たっぷりで育て上げられ、大人になってから酷いアトピーに見舞われたとき、
当時通っていた鍼灸院でマクロビオティックを実践する事を勧められた。
そのころ、障害者雇用で憧れのアパレル会社でデザイナーの作るサンプルの作成補助の仕事を張り切っていた。
しかし、布に触れるだけで手ははれ上がり、編み棒に触れば金属アレルギーを起こす始末。仕事のためにどうにかしなくてはとマクロビオティックに踏み切る事にした。
一年も経ったころにはアトピーの痕跡もなくなりIGEが10000もありながら食事以外はほとんど支障なく生活できるようになっていた。
あれほどつけていた皮膚科の薬も効かなく、それが治ったのだった。
体調も精神状態もすっかりよくなり、マクロビオティック万歳!!のようなときもあったが、健康を害している人にも進めたいと思う事もあったが、それからしばらくして著しく物忘れが激しくなったり、疲れやすくなったり、エネルギーがなくなり、5月に入っても、しもやけが治らない状態になって戸惑っていた。
私は何かを追及すると徹底していきたくなるたちなので、ヴィーガンでいられたら一番ベストだとおもあったがそれは私の体には無理だと思い知った。少なくとも最近卵を食べ始めてから随分体が楽になった。原因は、玄米食はものすごい毒素の排出能力を持っており、それが、アトピーなどの体の毒に働くときはよいのだが(ガンにさえ効力があるらしい)、ある一定の期間を超えると今までとっていた栄養素まで排出され、栄養失調になる可能性が高い事を知った。何より筋力、記憶力、水分の代謝が衰えた。やる気も・・。まるで早すぎる更年期障害のように・・。
私だって、人間として、苦しむ生き物を殺さずに生きていけたらどれだけ素晴らしいことかと思う。
ガンジーのように、無抵抗の抵抗、食べられる事を拒まない生き物(フルーツ、牛乳など)だけを食べていければどれだけすばらしいことか・・。
でも、モチベーションを維持するためにベジタリアン雑誌を買って読むようになったが、ヴィーガンの中には矛盾した考えがあると思った事も合った。
もちろん、ファッションのために毛皮のために動物を捕獲する事はよくないと思うが、人間だけの習性である愛玩動物を飼って捨てる、というような事は間違っていると思う。
ただ、生きるためにある程度の殺生は仕方ないと思うのだ。
仮に、よくないベジタリアンの例で、人との外食に付き合えない=人との間に壁を作る事=平和ではない
出された食べのに、肉片が少しでも入っていたら食べない、あるいはよけて残す・・・
その気持ちはわからなくもないが、自分が身を汚したくないだけで、食べるられるために殺された動物の命を本当に犠牲になることになる。
それはよく、ヴィーガンの掲げる、世界平和、動物の命を守る事と矛盾するのではないか?
私が学生だったころ初めて呼んだわかりやすい栄養学の本、「食べ物さんありがとう」シリーズ・・。
そう、食べ物に対しては「ありがとう」という気持ちを持って食することが一番殺生された動物のためのレスペクトなのではないかと・・。
もちろん私だって、そんなに肉を食べたいと思わないし、健康のためにも粗食を心がけたいと思っているが・・。
人間も動物。もちろん自分の寿命がちじまるリスクを覚悟しながらヴィーガンに徹する自分の信念を貫く気持ちに感銘する事もあるが、せめて人と垣根を作らない事、
出された命は浮ばせてあげる事。これは大切なことであると思う。靴だって、合成皮革のものはすぐぼろぼろになるがよい作りの皮製のものはものすごく長い間持つ。
そういうときに、犠牲になった動物の命に感謝の念を抱きながら履いている。