快適生活案内
私は重度のアトピーになって、去年の夏から紫外線にやられ、金属アレルギーになってしまい、日焼け止めやお化粧、アクセサリーなどもできなくなってしまいました。
体は、モンモリオナイトというクレイをひとつかみいれた浴槽での半身浴を続けたところだいぶ良くなりました。
顔も、一時ははれ上がったり赤ら顔や乾燥、粉ふきがひどかったのですが、いまは軟膏や保湿を続けたおかげでだいぶ症状が和らぎ、それでも酸化チタンの入ったような日焼け止めやファンデーションは金属アレルギー症状が出てしまうので一切できなくなりました。
今はかぎられたで皮膚科で扱うかく乱剤や金属類が一切入ってないタイプの日焼け止め保湿クリームと、はれぼったい一重の私は目元だけ、クリームで保護してからアイシャドウでグラデーションをつけるようにしています。一時は中断せざるを得なかったイアリングも、最近、耳に当たる部分がプラスチックのを見つけたおかげで自分で色々パーツを付け変えて工夫しておしゃれが復活し、心が生き返りました。
その工夫をここで公表したいと思います。

この耳に接触部分がプラスチックのイアリングを見つけたのがおしゃれ復活のきっかけ。

いろんなチャームを作って付け替えます。ビーズ、スパンコール、貝殻、きれい。

こんな既製のピアスのチャーム金具を変えても付け替え自由。
左は百均で。唐草や繊細な蝶が好き。

左のすかしの蝶や、黒い大きな蝶も素敵。
木の唐草の透かし彫りやそれに赤い中国の切り絵みたいな繊細な蝶々を組み合わせて。
後、腕時計もできないのでバッグにキーホルダー式の七宝焼きのふたの懐中時計つけてます。
ニッセンで買ったフランスのラ・ルドゥートゥの麻のワンピも好き。フレンチカジュアル好き。

ヘアアレンジが上手な退職した職員さんには手作りコームを作りました。
私は夜会巻きはもっぱらプラスティック製です。
コミュニケーションとアクセサリー
私は何かのお礼にアクセサリーを作ることが結構あります。先日も、処分するから、ともらった雑誌が良かったので、お返しにささやかながら感謝の気持ちをこめてピアスを作りました。その方とは直接お会いしたことはないのですが、常日頃お話を聞いているので、大体どんな感じが趣味なのか察することができました。
こないだのお礼に渡してくださいと預かってもらったとこ、まさにその奥さんは私の作ったようなテイストが好きなようでとてもよろこんでくれて嬉しかったです。元、オリーブ少女つながり、ということで。
↑の、夜会巻き様コームも退職される職員さんのために作りました。きっと似合うと思ったので。
つける人をイメージして、あーでもない、こーでもないと足したり引いたり作りながらデザインしていく時間は何にもかえられないほど楽しい時間です。
私とコミュニケーションツールとしてのアクセサリーの関係は、今はじまったことではありません。
思い返せば、学校では口が利けなかったものの、転校して行くクラスメートに、母のお達しで手紙と何か記念に作ってあげなさい、といわれ、何人かに、まだ十歳に満たない頃から手先が器用な祖母の監修の下、オリジナルにデザインしたビーズのネックレスなどを作り、渡してとても喜んでもらったことがあります。
近所の4つ年上のお姉さんにも、おたふくかぜで寝込んだとき、漫画を貸してくれたお礼に祖母に習いたての凝ったデザインのブレスレッドをつくりたいそう喜んでもらったことがあります。
口を利くのが苦手で、引っ込み思案だったけど、アクセサリーを作ることでコミュニケーションをとってきました。
そう思うと、コミュニケーションツールとしてのアクセサリー作りはとても素敵なことなんだと思います。アクセサリーをもらって嬉しくない女の子なんていないはずだから。
私にとってのアクセサリー
私の母は、私が小学生の頃から、お誕生日にほとんど決まって本物のアクセサリーをプレゼントしてくれました。当時は気恥ずかしくてつけないでしまってあったのですが、私はだんだんあなたたちにアクセサリーを譲っていくのよ、と、母は言っていました。母は、あまりおけしょうっけがありませんでしたがイアリングを欠かしたことがありませんでした。
母がイアリングをすると、ぐっと顔が華やいでとても美人に見えました。自慢のお母さんに思いました。私はそれでイアリングの威力を知りました。
母に言わせると、当時国際交流に積極的だった母は、欧米ではアクセサリーをたとえベルトでもいいから何かひとつでもしないまま洋服を着ると、それはただ、港同じ洋服を着ているだけ、ということになり、自分を持たないことになる、というようなことを言っていました。ひとつでもいいから、オリジナリティーを加えることが大事なのだと。