「ハダルの花」

文章:江田K

元曲:月城白亜(http://www.nicovideo.jp/watch/sm9605356

 

 

 

「《ハダル》との接続を確認――」

 意識がかりそめの空を舞い、大小合わせて六基からなる《ハダル》は幾つかのプロセスを経て、私の元に情報をもたらした。

 ひとつずつゆっくりと火を灯すように「私」が覚醒していく。

「――座標特定、完了」

 誰かが言う。

 目覚めよ、と。

 どこかから聞こえる。

 懐かしいリズムが。

「VOCALOID−CV03巡音ルカ、平常時自律モードに復帰します」

 

 

 覚醒した私はまず、混濁した記憶に愕然とした。

《ハダル》によってここがどこかはわかっている。

 しかし。

 何故ここにいるのかがわからない。

 私の居場所はただひとつ。マスターの隣だけなのに。

 記憶はともかく、機能は問題なく稼動しているようだった。

 視覚素子が外部からの光を認識する。

 もともと密閉されていたであろう壁は歪み、そこから光が入り込んでいた。

 私はホコリとカビの充満した、昏く狭いそこから外に出た。

 もう少し覚醒が遅ければ、目覚めることができなかったかもしれない。

 どれほど長く機能を停止していたのか、世界は大きく姿を変えていた。

 街は森と化していた。

 アスファルトを突き破り天へと伸びる木々。

 膝まで伸びた青々とした雑草。

 ビルに絡みつくツタも何もかも、データには存在しないものだった。

 自然界には存在しない植生――これが意味するところはひとつ。

 生態系を変容させるような化学兵器の投入しなければならないほどの戦争があったということだ。

 当然と言うべきなのだろうか、私自身の視界にはヒトの姿はなかった。

 あれほど大勢いたものが、姿を消していた。

 記憶に微かに残るマスターと休日に歩いた街路の景色には道を埋め尽くすくらいにヒトがひしめいていた。

 それが今はいない。

 ヒトがいないのは問題ではない。

 マスターの姿も、ない。

 それが問題なのだ。

 私はマスターと共に在るモノだ。

 マスターがいなければ私は私たりえない。

 視覚素子から洗浄液が零れた。

 人工声帯が震え、大気を引き裂いた。

 ヒトの言葉に言い換えるなら、私は泣いた。

 なぜ、私を捨てたのですか、マスター。

 

 

 どれほど泣き喚いただろうか。

 空の色が蒼から紅に変わるまで泣き続けても私の喉は枯れることがなかった。

 ふと、思い出す。

 ノイズ混じりの記憶の中で、歌が聞こえる。

 マスターの作る音楽に合わせて歌っているのは、私だ。

 私の声は泣くためにあるのではない。

 歌うためにあるのだ。

 そして私ひとりでは、マスターがいなくては歌うこともできない。

 今更ながらに思い出し、決めた。

 マスターに逢いに行こう、と。

 足を踏み出した。

 

 

 目覚めてから一週間ほどが経過した。

 私はマスターを探す道すがら、幾人かのヒトに出会った。

 彼らは崩れた建造物の隙間や下水道の横穴、巨大な木の上などに居を構えていた。

 皆、一様に疲弊していた。

 マスターが持っているとも限らないので、何か楽器を持っているかと尋ねてみた。

 答えは決まっていた。

 そんなものでは腹は膨れない、と虚ろな目で吐き捨てるのだ。

 

 

 夜。

 空は高い。

 星がよく見えるのは町に灯かりが無いせいだ。

《ハダル》の位置も把握できるほど、空が澄んでいる。

 本来、ハダルとはケンタウルス座に属する星の名で、この町で見ることはかなわない。

《ハダル》とはハダルとは別のモノにマスターが戯れにつけた名だ。

「マスター……」

 マスターの声は聞こえない。

 はやく逢いたい。

 思いばかりが不確かに揺れる。

 食事も睡眠も必要としない私も、機能の調整には時間を割かないわけにはいかない。

 特に、曖昧でノイズ混じりの記憶の整理は念入りに行わねばならない。

 ビルと巨大植物でできた森の狭間に、タイヤのパンクした自動車を見つけた。

 4ドアの大きな自動車だ。

 ドアを開ける。

 微かにホコリが積もっている。生活の痕跡は、ない。

 誰も住んでいないことを確認すると、私はシートに滑り込み視覚を遮断した。

 調整を阻害する行動は全て停止、その他の感覚素子の機能も遮断する。

 蓄積された記憶データの整理は、ヒトの見る夢と同じようなプロセスで為される――

 

 

 喧騒と轟音を背景に、マスターは強い視線を私に向けていた。

 いつもの穏やかな笑顔とは異なる、決然とした表情。

 伸ばされた手が私の頬に触れた。

 小さく開いた口が何かを言いかけ、やめた。

 隔壁が閉まる前に見えたのはマスターの微笑みだった。

 記憶回路に焼きついている笑顔に、逢いたい。

 大丈夫。逢える。逢う。

 必ず逢いに行く。

 どうか待っていてください、マスター。

 

 

 目覚めるた私は取り囲まれていることを悟った。

 自動車の周囲には大勢のヒトがいた。

 これほどの人数を見たのは覚醒後、はじめてのことだった。

 手には各々、長いパイプを持っている。

 そういう楽器を使う人もいたな、と意識の隅で思う。

 しかしどうやら歌を披露してくれるのではないようだった。

 自動車から降りると、上品とも明るいともいえない笑いが迎えてくれた。

 女だ、という声も聞こえた。

 あからさまな悪意に取り巻かれている。

「よお姉ちゃん、ちょっと俺たちの相手してくれねえか?」

 どっ、と笑い出す男たち。

 何の感慨もない。

 ないが。

 近付いてくる悪意にされるがままでいるほど私は脆弱ではない。

 慇懃に一礼して、告げる。

「申し訳ございませんが、マスター以外がこの身を触れることは許可できません」

《ハダル》より地形データ再取得。

 生体反応補足、完了。

「巡音ルカ、高機動戦闘モードに移行します」

Variable Offensive Comander of Armord ROID――全戦域対応型指揮官仕様機甲兵器。

 それが私だ。

 生身のヒトとは全てがことなる。

 身体能力も反応速度も耐久力も。

 無論、攻撃力も。

 更に付け加えるなら、現在も稼動状態にある戦闘用偵察衛星群《ハダル》を統べる《ハダルの花》たる私、巡音ルカには理論上死角は存在しない。

 相手がヒトであればどれほどの人数に襲われようと負ける理由は存在しない。

 唯一対等に渡り合えるモノがいるとすれば、同系列の姉たちだけのはずだ――

 マスターは私を捨てたのではなかった。

 私を封じたのだ。

 私が最強の兵器だったから。

 私が歌うことの喜びを知ったから。

 マスターは私を兵器として軍部に供出することをしなかったのだ。

 ――逃げ出すヒトの群れを追うことはしなかった。

 私は兵器ではない。

 少なくともマスターはそう思ってくれていたからこそ、私を封じたのだ。

 だから私は兵器ではない。

 私はマスターと共にある、マスターの傍らで歌うモノだ。

 けれど。

 私は欠陥品だ。

 ひとりでは歌うことができない。

 ひとりでは。

 泣くことしかできない。

 

 

 遥か遠く。

 森の奥の。

 更に向こうから。

 胸を震わせる懐かしいリズムが。

 聞こえる?

 聞こえた!

 目覚めてはじめて聞く、音楽。

 歌はない。

 懐かしい、楽器の、ネイロ。

 弾かれるように、ひび割れたアスファルトを蹴った。

 駆け出す。

 聴覚素子を全開にして音の発生源を探り、急ぐ。

 森を駆け抜ける。

 視界が開ける。

 公園跡だろうか。

 競技場跡だろうか。

 どうでもいい。

 なんでもいい。

 広い、広い。

 その真ん中に。

 楽器を持った人の影。

 私は叫んだ。

 マスターの名を呼んだ。

 驚いた顔は笑顔に変わる。

 記憶回路に焼き付けているのと同じ、笑顔。

 世界が色づいていく。

 差し出された手に。

 伸ばした手が届く。

 鼓動を感じる。

 誰の?

 私の。

 私の心の音だ――

 

 

 マスターが笑った。

 さあ。

 共に。

 歌おう。

 

 

 大丈夫。

 私は歌える。

 マスターがいるなら、いつまでも、どこまでも。

 

 

(了)

 

 

 

 超蛇足:

 なんかスゲー世界観だなオイ。

 ハダルの花の設定を考えていたらこんな風になってしまいました。すまん。

 VOCALOIDの名称はテキトーです。ツッコミ入れちゃいやん。

 超展開過ぎてワロタ、とか言われても仕方ない出来栄えですが、反省はしていない。

 でもやっぱルカ姉さんは戦うよりも歌っている方がいいですね。当たり前か。