クルド人の定義 侵略と支配の歴史 イラク戦争とクルド人問題

イラク戦争とクルド人問題

  今回のイラク戦争に際して、トルコ政府は米主導の連合軍に対していくつかの要求を出した。1.イラクのクルド人勢力によるモスルとキルクークの2都市の占領は認めない、2.クルド人勢力によるイラク北部油田地帯の支配に反対する、3.イラク北部でのいかなるクルド人勢力の独立を認めない、4.同地域に100万人いるとも言われるイラク系トルコ人に対するクルド人勢力の支配を認めない、といったものだった。イラク戦争に出撃するために米主導連合軍が攻撃基地としてトルコ領土の使用許可を求めたトルコとの交渉において、米国はクルド人勢力に高性能火器を貸与してはならない、クルド人勢力はイラク軍との戦闘に一切参加してはならないという、より厳しい条件を米国に突きつけてきたのである。

  トルコ国会がイラク北部を攻撃する米軍の駐留を認めなかったため、結局、2国間の交渉は暗礁に乗り上げ、米軍はイラク北部に武器・兵力を空輸することになった。米国と同盟国関係にあるはずのトルコの米軍駐留拒否は、米国がフセイン政権崩壊後のイラクにおけるクルド人勢力の役割を十分に保証することができなかったことと、トルコ人の80%がイラク戦争に反対していたことがその背景にあった。

  ともあれ、米国政府はクルド人をイラクで最も信頼できる同盟相手と見たようである。だから、米国はモスルと戦略的に重要なキルクークへのクルド人による侵攻と、イラク北部のクルド人勢力支配を許したのである。イラク北部の潤沢な油田群は今やクルド人の支配下にあると言ってもいい。イラクのクルド人は今後、米国による支配の“手先”となるかもしれない。トルコが北部戦線の構築に協力しなかったことに対する米国の反発は激しかった。当初、米・英が開戦すれば国内にクルド人問題を抱えるトルコは単独でイラク北部に進軍するとの意向を表明していたが、トルコ軍の展開は米国によって阻止された。最終的に、キルクークとモスルからのクルド人勢力の名ばかりの撤退に両国が合意し、とりあえずの決着を見た。

  これは、開戦当初、南部戦線で米・英軍が予想外の苦戦を強いられたことも背景にある。このため、パウエル米国務長官は4月2日、トルコの首都アンカラを訪問し、北部戦線への協力を再度、トルコ側に要請していた。イラク北部に展開する米・英軍へのトルコの補給支援を強化することと引き換えに、パウエル長官はキルクークとモスルをクルド人勢力に占領させないことを確約したかったのである。しかしながら、9日にバグダッドが陥落するとクルド人勢力は即座にキルクークに入り、翌日にはモスルを支配下に置いている。

  フセイン政権の崩壊によって、イラクのクルド人はこれまでの国土の一部の自治というレべルから国家運営への積極的な参加を模索していくことになるだろう。しかしながら、米国の支配下でイラクの将来は依然として不透明だ。クルド人は、「次の独裁者はいらない」と主張してきたし、彼らが必要としているのは彼らの権利を認める民主的な連邦政府の樹立である。

  さて、トルコは、豊富な原油を持つ親米的なクルド人国家が国境のすぐ南側にできる可能性に対して、多大な懸念を持っている。そうなれば、平等な権利を認められているにも関わらず、トルコ国内のクルド人が分離・独立に向けた運動を加速させかねないからである。トルコとしては国内にクルド人国家の創設を認めることは到底できない。トルコ南東部の非クルド人はどうなるのか? 西部のクルド人の扱いはどうなるのか? 多民族国家であるトルコが少数民族の分離・独立を認めればどんな事態になるのか? それは国家の崩壊を意味する。

  もし、イラク北部にクルド人による独立国家が誕生するなら、トルコはイラク北部への攻撃を容赦しないだろう。そしてクルド人の分離・独立を恐れるイランも同様の行動に出る可能性が高い。そして、今後の動向次第では、トルコとイラン、クルド人勢力、米国がもうひとつの戦争を引き起こす可能性さえ、完全に否定することはできないのだ。

  米国の思惑通りサダムはイラクの権力の座から去った。しかし、イラク問題解決の糸口は依然として見えない。 

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