Column

●フリーターという生き方(2001.4.22)

 今、全国的にフリーターが増加しているのだそうだ。学校を出ても定職に就かず、そのままフリーターを選ぶパターンが増えているという。
 フリーターと一口に言っても、大きく分けると次の3つに分けられる。1つ目はモラトリアム型、2つ目は夢追求型、3つ目は就職・進学待ち型だ。実を言うと、俺もフリーターの部類に限りなく近い。違う点は、有給や社会保障を受けてる点と、フリーターの平均月収の倍近くの収入がある点だろうか。
 俺の場合は夢追求型で、大学を卒業時、自分の夢を追求するためにあえて就職しなかった。なぜなら、資格試験の勉強をするため、まとまった時間を確保したかったからだ。俺は3年間という期限を設けてチャレンジし、駄目なら定職に就こうと考えていた。結局チャレンジはうまくいかず、挫折せざるをえなくなったが、悔いはない。現在は、働きながら別の目指すプランを描き、それを具体化しているところだ。

 フリーターには、時間と自由が与えられ、会社にも拘束されず、気ままで気楽という面がある。しかし俺は、同じフリーターでも、モラトリアム型は認めるべきではないと考える。なぜなら、モラトリアム型は、社会全体に労働意欲の減退と働き手の質の悪化を招きかねないからだ。何かの目的もなくフリーターをすることは、極めてキケンなことだ。それは当の本人以上に、社会に対する悪影響のほうが強い。
 例えば、コンビニなどのバイトの店員の質は、すこぶる悪い場合が多い。プロ意識が強く、何か目的があって向上心もあるバイトは、接していればすぐにわかる。何かつり銭を渡すのでも「ほらやるよ」みたいな感じが漂うのだ。どこか元気な感じでもない。その一方で、他の店員とか仲間とはよくしゃべる。社会の接点を結ぼうとしないのだ。何のために働くのか、自分の頭で考えていないに違いない。

 そんな連中を生んだ原因は何か。それは、親や学校を含めた教育にあると思う。親が何でもすぐ与え、何でも簡単に手に入る状況では、自分の頭で考える余地がほとんどないので、目的をもって行動するということが起こりにくい。何か手に入れるには、何かしなければならない、それを頭でわからせるように教育しないと、無目的な行動に走るようになる。これは住んでる環境のせいだとか企業が働かせすぎるからだとか、そうした社会の影響うんぬんの問題じゃない。親が全ての元凶ではないにしても、少なくとも子供に自分の頭で考えて行動させるように仕向けるべきなのだ。
 学校も、親の教育ほどの元凶ではないにしても、勉強以外に、社会に出る前に一時的に会社勤めを経験させて、勤労の価値と社会に対する責任感を学ばせてもいいんじゃないかと思う。そういう意味では、最近大学で増えているインターン・シップの制度はいいことだ。松下電器は、インターンシップの際に学生の能力をみて、それで採用をするか否かを判断する制度を最近始めたが、これは高く評価すべきだろう。

 何のためにフリーターをするのか、その目的と定職に就かないリスクをよく理解しているのなら、俺はフリーターを認めてもいいと思っている。会社員でいては夢が追求できない職種や方面だってあるからだ。
 ただし、俺もそうなのだが、働くからにはプロ意識を持ってやるべきだし、しかもフリーターでいるには自分で期限を決めるべきである。フリーターでいることは惰性を生みやすいし、現状に満足してはいけないと思う。