●ヤクザな会社(2002.1.31)
先週、狂牛病対策で政府が検査前に解体された国産牛肉を買い取る制度を悪用して、雪印食品が業者に輸入牛肉を国産牛肉と偽って買い取らせる事件が明るみに出た。それだけでなく、品質表示シールを内容を偽って貼り付けたり、同じ国内でも産地を偽装したりなど、次々に悪事が表面化した。さすがに消費者も、これらには呆れ返るしかなかろう。雪印食品の商品を締め出すスーパーや学校なども続出し、経団連の今井会長までが「とても企業とは思えない。世の中を欺いて国民の税金を騙し取るのは経済人にあるまじき行為」と言って切り捨てている。株価も下落の一途をたどっている。もはや、倒産してお詫びするしかないという状況まできている。
しかし、ここまでの悪事は、あくまで表面に出てきたものに過ぎない。世の中を見渡せば、プロレスでいう「反則技」を仕掛ける企業が後を絶たない。そもそも企業とは、儲けることを目的に成り立っている組織であるから、顧客や消費者に対して、いかに自分たちが健全に儲けているかをアピールしないといけない。その一方で、儲けることの追求をするがゆえに「反則技」をよく使うのも企業の特徴なのだ。
例えば、有名企業によくあるケースが、個人情報の悪用、談合、類似品の販売だ。
個人情報は、俺もそのテーマ絡みで大学の卒論を書いたこともあるくらいなのだが、個人のプライバシー保護と、表現の事前規制との関係で非常に調整が難しい問題をはらんでいて、法制化までにはは多くの課題をクリアしていかないといけない(ジャーナリズムの抑圧の口実になる法律になったりしないようにするとか)。そんな微妙な盲点をついて、さまざまな企業が顧客名簿を盗んだり、あるいは名簿業者から買い取ったりしているのだ。それらは、DMなどに化けて個人に降り注ぐ。頼んだ覚えもないそのDMを見てみると、「個人情報を当社の営業活動に限って利用しているので、不都合があったら止める連絡をしてほしい」などと、いかにもウチは健全ですとアピールしているのだが、これはその情報を別のところから取ってきたということを顧客のアタマからそらすためのワルな言葉に過ぎない。
談合は、公共事業の入札とかでよくある。この間、家の近所を歩いていたら、夜中なのに大勢の人があるビルから出入りしてダンボールの箱を大量に運び出しているのを見た。ビルの前は明かりで照らされ、その運び出しの様子をTVカメラが撮影中だったのである。少し離れたところには、TVの中継用の車まで止まっていた。そう、談合絡みの家宅捜索の真っ最中だったのである。「大勢の人」というのは、特捜部の検事たちだったのだ。めったにない瞬間を目撃したのだが、談合はそのような捜索をあざ笑うかのように頻繁に行われている。政治絡みの癒着が背景にあったりすることも多いから、談合防止は一筋縄では行かない。
類似品の販売も、よくあるケースだ。どう考えてもそっくりなのに、いやウチはあの会社の製品とは違う!と言い張って平気で類似品を販売してしまう会社が少なくない。最近では、ソーテックがiMacそっくりのe-oneを販売したり(その後e-oneは販売停止の仮処分を受けた)、中国の会社がヤマハと同じ会社名を名乗ってバイクを製造・販売したり、「チーズはどこへ消えた?」の出版元が「バターはどこへ溶けた?」の出版元を相手に出版差し止めを求めたりなど、枚挙に暇がない。一番多いパターンは、やはり偽ブランドの販売だ。神戸の繁華街・元町の高架下のあるお店に行くと、「ROTAX」と名のついた思いっきり怪しい時計が売られていた。ひょっとして、それはあの例の高級時計の…?(^_^;)
その他にも、マルチ商法まがいの企業もたくさんあるし、展示即売会を開いて言葉巧みに消費者をだます業者も跡を絶たない。会社にいる立場として、消費者の態度が何でこんなにでかい人が多いんだろうかと不思議に思ったこともあるが、今にしてよくわかる。要するに、会社そのものを完全には信用していないことが多いのだ。それもそうだろう、これだけ世の中にヤクザな会社が多いのだから。案外、不信感を持っているくらいで会社を見ているのがちょうどいいのかもしれない。
※追記(2002.2.22)
結局、雪印食品は今年の4月をめどに会社を解散することが決まった。事件に関わりのなかった従業員には気の毒だが、会社を存続して汚名を晴らすよりはマシであるし、消費者の信頼を裏切った責任をこのような形で示さないといけなかったのは、しょうがないことだと思う。