●ジョー・ストラマーの後に、ジョー・ストラマーなし(2002.12.24)
世間はクリスマスイブだというのに、とんでもないニュースを知ってしまった。あのクラッシュのヴォーカルで有名だったジョー・ストラマーが、心臓発作でお亡くなりになってしまった。
クラッシュと言えば、パンク好きの人間にとっては有名すぎるほど有名なバンドだ。すでに解散して15年以上が経過するが、未だにその人気は衰えていない。そのクラッシュを象徴する存在だったのがジョー・ストラマーだったのだ。
心臓発作で死んじまうあたりがいかにもジョーらしいとは思うが、まだ50歳と言うのは若すぎる。こんなことを言ってはなんだが、マイケル・ジャクソンやボーイ・ジョージあたりよりもずっと長生きしてほしかったと思う。
俺が初めてクラッシュの存在を知ったのが、1980年代も終わりの頃。そのとき友達から借りて聞いたファーストアルバムの衝撃は、未だに忘れていない。世間はなんでこんなにいいバンドを知らんのだ?と思ったくらいである。
セックス・ピストルズとよく比較されて、パンクファンの間でもピストルズ派とクラッシュ派に分かれていたものだが、俺はクラッシュ派だった。よくも悪くもパンクの象徴と言えばピストルズであるところは認めるのだが、1枚のアルバムしか残さなかったところがいいと思っていたのに、金のためとか言って90年代に最悪のアルバムを引っさげて再結成したのはちと情けないところではある。シド・ヴィシャスの母親でさえ、「40過ぎた男がパンクやるなんてみっともない」と言ったそうだが、同感である。もっとも、再結成時の演奏レベルは、昔よりはるかに上がっていてはいたのだが。
クラッシュの場合は、ピストルズのような激しさは活動初期の頃に限られ、演奏自体はレゲエやブルース、ロカビリーなどの要素を取り入れるなど、非常に幅広く多彩だった。興行的にも解散間近でも全米上位にチャートされるなど順調であったが、常に変化を続けることに、当時のファンは戸惑いを隠せなかったようだ。事実、クラッシュの名盤とされる「ロンドン・コーリング」や「サンディニスタ!」などは、当時のパンクファンからは「演奏がパンク的でない」「激しさがない」など、酷評される始末だ。
しかし、時を得て聴くと、クラッシュの曲が実に時代の最先端をいっていたのだということがわかる。例えば、「サンディニスタ!」の最初の曲は今で言うラップに当たるのだが、こうした例に限らず、クラッシュが時代を先取りしていたということは疑いようがない事実なのだ。はっきり言って、クラッシュのファーストアルバムでさえ、発表から25年も経っているにもかかわらず、全く今聴いても古さを少しも感じない。正直、一度クラッシュを聴いてしまうと、最近の非常に多くのバンドの曲がクラッシュの影響を受けていることが実感できてしまうので、最近のアルバムをなかなか買う気になれなかったりする。
そのクラッシュの中心メンバーであったのが、かのジョー・ストラマーだったのだ。クラッシュはメッセージ性の強い曲を多く歌っているが、それはこのジョー・ストラマーの影響でもある。クラッシュのセンスのよい演奏も、彼なしにはありえなかっただろう。もう一人、中心メンバーとしてギター担当のミック・ジョーンズがいるが、ジョーとミックは常にその音楽性の違いにより対立し、その対立の中でロック史に残る名曲が次々に生み出されていったのだ。結局はケンカ別れの形でミックが脱退し、クラッシュは解散に追い込まれてしまうわけだが、ジョーのカリスマ性はクラッシュの洗練されたイメージを決定付けるものだった。その後ジョーはソロを経て、メルカルロスというバンドを結成し、精力的に活動を行なう。そして、3枚目のアルバムのレコーディングの最中に、ファンを残して旅立ってしまったのだ。もしジョーがいなければ、今の音楽がどんなものになっていたかも想像できない。
おそらく、ジョー・ストラマーを超える存在は、今後現れないかもしれない。彼が消えた今、本当の意味でパンクは死んだのかもしれない。