●初詣 〜四天王寺篇〜(2003.1.1)
全国の皆様、あけおめでございます。
本年もどうぞ、よろねがでございます。m(__)m
さて、初詣は俺は四天王寺に出かけた。去年まではずっと神社に参拝していたのだが、一度お寺に参拝してみたいと思い立ったのだ。東京にでも住んでいれば、浅草寺とかに行ってみようかと考えるものだが、俺の地元・大阪で行くお寺となると、すぐに思い浮かんだのが四天王寺だった。なんでも、甘酒が飲めて除夜の鐘突きができるらしい、そんな不純な動機の元、年越しに四天王寺に出かけた。
前回の続きのようなコラムになってしまうが、俺は年越しのためにホテルをとっていたので、そこから終夜運転の地下鉄に乗って四天王寺に向かった。ちょうど四天王寺の境内に着いた頃、午前零時を過ぎ、年越しを迎えた。
今まで、あまり夜中に参拝した経験がなかったのだが、こんな風に深夜に行ってみると、文字通りNHKの「行く年来る年」みたいで、境内が不思議な感じに思えた。うーん、なんて表現したらいいんだろ…昼間の境内だと、どこもクールな感じがするんだけど、夜の境内だと、左のこの四天王寺の五重塔や金堂のライトアップみたいに、すごく幻想的な中で参拝ができて、荘厳な雰囲気が漂うのだ。境内にいる間中、除夜の鐘の音が鳴り響いていて、まさに新年を迎える瞬間に立ち会っているのが実感できた。
その四天王寺の概要について、ちょっとだけ触れておく。四天王寺は、聖徳太子が建立した寺であるのは非常に有名だが、日本書紀にもその名が登場する日本最古の官寺としても知られる。四天王寺式と呼ばれる、南大門・中門・塔・金堂・講堂が南北一直線に配置されるという、非常に古い伽藍配置形式のもので、創建当時から配置がほとんど変わっていないとされている。
境内の建造物は、応仁の乱とか大阪夏の陣、大阪大空襲など、度々戦災や落雷などで建物とかが焼け落ちており、五重塔や金堂など、現在の建物の多くは、昭和30年代に再建されたものである。もっとも、境内の西側にある石の鳥居は鎌倉期に作られた寺内最古のもので、銅の鳥居(吉野)、木の鳥居(安芸・宮島)の各鳥居と並んで、日本三鳥居の一つになっている。また、境内の北側にある六時堂や本坊方丈、元三大師堂などは、江戸期元和年間に作られ、大阪大空襲でも戦火を免れ、それぞれ国の重要文化財に指定されている。
お参りのほうだが、金堂と六時堂のそれぞれでお参りをした。金堂は普段は空いていないらしく、この時間帯だけに特別に開放されていて、金堂の前には、右の写真のように長蛇の列ができていて、俺が並んでいた列の前には、なんか昔風のハードロッカーの一味が並んでいて、にぎやかだった。しかしこのハードロッカー、いざお祈りしようとしたとき柏手を打ち、横にいた金堂を警備中のガードマンに、
「あー、コラコラ、神サンとちゃうから、柏手打ったらアカンで!仏サンは、合掌してお祈りするもんや」
と注意されていた。そうか、仏教では柏手打ったらダメなのかぁ、と、俺自身もそれ知らなくて、危うく恥をかくところであった。(-_-;) まぁそれでも、無事に、金堂に安置されている救世観音を崇めることができた。一つ賢くなりましたです。
肝心の除夜の鐘突きだが、鐘を突くことができる北鐘堂や太鼓楼には長蛇の列ができていて、鐘を突くのを待っていたら夜が明けてしまいそうだったので止めた。
その代わり、甘酒にはありつくことができた。この甘酒だが、ホンマに甘い!コップに甘酒を入れて振舞われていたのだが、酒粕がコップの底のほうにたくさん溜まっていて、飲みすすむとすごく口の中が甘ったるくなってきてしまったので、全部は飲めなかった。むむぅ〜。
実を言うと、深夜にお参りをするのは初めてだったのだ。そもそも、除夜というのは年神(としがみ)を迎えるために、心身を清め、一晩中起きているのが年越しの習いなのだそうだ。したがって、この習いによると、初日の出を迎えるまでは起きているのが正しいということになる。
そうすると、初詣を済ませ、ホテルに戻ると夜明けも迎えずグーグー寝てしまった俺は、どうなってしまうのだろう。(^_^;) またしても波乱の年の気配がするが、無事な一年を過ごせることをお祈りしてきたので、まずは、年を通して安泰に過ごせそうなことだけは、間違いなさそうである。