Column

●癒しの♪に乗って(2003.8.1)

 少し前だが、俺は仲間に有馬温泉に行ってきたという話をしたら、
 「リハビリに行ってたのか?」
 と言われてしまった。有馬温泉と言うだけでジーサマくさいと思われてしまったようだ(実際は若者もかなりいたのだが…)。
 俺にとって温泉は、リハビリじゃなくて癒しの場なのだ。(-_-) そのことを力説したら、
 「ぷぷっ、イヤシやてっ!」
 と言いやがった。(-_-;) ヤツらに話してもダメだこりゃ、と思った俺は、変わりにこの場で八つ当たり気味に癒しのことを書いておきたい。

 普通の人が癒される瞬間というのは、いろいろあると思う。例えば、森林浴をしているときであるとか、カフェで表通りを眺めながらラテを飲んでいるときであるとか、あるいはプラモデルを組み立てているときかもしれない。最近、スローライフという言葉がはやっているが、これはまさに日常に癒しを求めているのだろう。俺もその一人だ。

 ただ、俺の場合は、癒される瞬間は、温泉に浸かっているとき以外にもう一つある。それは、音楽を聴いているときだ。
 こういう風に書くと、今までこのcolumnを読んでるみんなは、きっとパンクを聞いているときだと言うに違いないと思うのだが、それは違う。癒されるのは、クラシカルな曲を聴いているときなのだ。
 クラシカルと言っても、クラシックそのものではない。オーケストラを聴くのはそれほどないし、躍動感を感じることはあっても、意外に癒しを感じないから。ニュークラシックとでもいうか、クラシックなようで、クラシックでない曲で癒されるのだ。ただ、この表現ではわかりにくいと思うので、具体的にアーティストを挙げておく。

 まずは、村治佳織。彼女はTVや雑誌にも登場しているので一般にはかなりおなじみであるが、彼女こそ世界的に有名なクラシックギター使いである。
 彼女の奏でる曲は、その多くがクラシック曲である。クラシックギターだから当たり前だというかもしれないが、その音はとても深く、そして柔らかい。時を止めてしまっているかのような奥ゆかしさがある。例えば、映画「ディア・ハンター」の主題歌でおなじみの「カヴァティーナ」という曲があるが、彼女が奏でると、映画を見たことがなくても、曲が伝えようとする悲しいメッセージが見事に届いてきてしまうのだから驚きだ。
 若干まだ25歳だが、活動暦は非常に長い。世界を研ぎ澄ますような彼女の癒しサウンドは、まさに彼女独特のものだ。

 また、ポップオペラという新しいジャンルに挑戦している増田いずみも、独特の世界観を持つ。ポップオペラというジャンル自体はあまり聞きなれないかもしれないが、著名なオペラやクラシック曲などの一部分を抜き出してアレンジし、その部分に歌詞などストーリーをミックスして歌うというものだ。なので、こちらも歌う曲のほとんどがクラシック曲をベースとする。だが、その歌声は、実際のオペラとは異なり、穏やかな安らぎを与え、人々に未知のせせらぎと感動をもたらす。正直俺も、初めて聞いたときは、新鮮な驚きを感じたのを覚えている。
 彼女の場合は、元々オペラ歌手志向だったが、布袋寅泰のライブに行ったのがきっかけで、新たなジャンル、ポップオペラを創造するようになったそうだ。彼女の美声によって、包み込まれるように癒しを感じる。

 他にも、映画音楽で癒されることがある。その代表格は、エンニオ・モリコーネ。俺はイタリアの映画監督ジュゼッペ・トルトナーレの作品が好きなのだが、トルトナーレの映画には、大抵彼が作ったスコアが使われている。印象が深いのが、映画「海の上のピアニスト」の中で出てくる「愛を奏でて」という曲。この曲は、ティム・ロス演じるナインティーン・ハンドレッドが、窓越しにこちらを見つめている少女に向かって、ピアノを即興で緩やかに弾くシーンで出てくるのだが、このシーンで泣いたという人はかなりいるはずだ。エンニオ・モリコーネの癒しのマジックを感じたに違いない。
 音で癒されるのは、体に栄養を与えるのに等しい効果があるという。そういえば、畑で作物に癒し系の曲を聞かせると、より身の締まったおいしいものが出来上がるそうだ。あくせくした生活の中で、耳から入る音からだけでも癒されれば、もっと穏やかで優しい人が増えるんじゃないだろうか?

 …などと、思ってしまう。