Column

●動物帝国(2003.12.27)

 世の中には、いろいろな動物を飼っている人たちがいる。イヌもいればネコもいるし、金魚もいればニワトリもいる。カメレオンもいればアフリカツノガエルもいる。程度の差こそあれ、それぞれに愛情をこめて飼っているのであろう。
 俺の家でも、番犬用に家の玄関前でイヌを飼っている。イヌは他の動物に比べて比較的従順だと言われているのだが、ウチのイヌはそんなことはない。ウチのイヌは雑種の中型犬なんだけど、ホントにこわがりで、近所にイカついイヌが歩いていると、とても近づけない。なので、散歩に行くときも「こっちに来い!」と言っているのに、ズルズルひきずられて、一苦労だったりする。特に雷は怖くて、普段は高さ170センチくらいの玄関の鉄扉なんてとても跳び越せないのに、雷がゴロゴロ鳴り出した瞬間、走り高跳びの選手のごとく背面跳びで跳び越そうとするのだ。(^_^;)

 動物の社会によくあるのが、縄張り≠ニいうヤツである。ウチの近所に、目つきの悪いボスネコがいて、近所中のエサを荒らしまわっているというとんでもないヤツだ。ウチのイヌもちょっと対決したことがあって、ある日エサを食べようとしていると、そのボスネコがやってきた。イヌはエサを守るのとテリトリーを冒される危険から、当然抵抗して唸り声を挙げたのだが、次の瞬間、ボスネコのツメがイヌの額にヒットし、見事に傷つけられてしまった。
 そのときはたまたま離れて見てた俺が驚いてボスネコを追っ払ったんだけど、それ以来イヌは痛々しいキズとともにボスネコに臆病になってしまって、ボスネコが来ると、まるでどうぞと言わんばかりにエサから離れてしまうのだ。そういうときは仕方ないので、俺がボスネコを追っ払ったりしないといけなかったのである。(-_-;) 俺がよく見張るから、最近はボスネコもあまり来なくなったなぁ。それにしても、動物社会も結構大変である。

 こんな臆病なイヌなのに、ホントにやんちゃなのだ。玄関を掃除していたら、知らない間にイヌがいなくなった。おかしいなぁと思ったら、たまたま戸が開いていて、いつの間にかそこから入り込んで、ソファに寝転がってTVを見ていやがったのだ。「オマエは何をしとるんやー! オマエは番犬やろがっ。自分の仕事をせんかーい!」と怒って、外に叩き出したんだが…ったく、どっかの誰かみたいである。(-_-#)

 それにしても、まるで人間のように、いや、人間以上に扱われているペットが随分増えたものだ。最近は、人間じゃなくて、ペットのほうに愛着を示すので、ペットさえいたら結婚せんでもええわーみたいな考えの人も出てきているらしい。
 この間、大阪のミナミにある「なんばパークス」という、例えて言うとなにわの六本木ヒルズ≠ンたいなところに行ってきたのだが、そこの中にペットショップが入っていて、いろいろグッズとかを見ていたら、結構びっくりした。動物用のビスケットとか健康食品、お風呂やしつけ用の遊び道具、ペットの教育に関する本とか、動物の健康保険なんてものまであるのだ。いやぁ〜人間以上やねぇ〜(笑)。ペットをただ売ったりとかというのではなく、人間とペットとがいかに楽しく共存していくのかをテーマにしているようで、結構興味深かった。
 
 最近は、人間の死よりペットの死のほうが堪えるという人が増えているそうで、ペットロスによるカウンセリングも行われているくらいらしい。ことによると、人間同士の関係に息が詰まり、人間のように姑息ではないペットのほうに安らぎを感じる人も多いくらいで、その気持ちはよくわかるのだ。その裏返しともいうべき現象が、ペットの人間以上の丁重な扱いぶりにあらわれるのだろう。イルカと遊ぶことによる精神的あるいはコミュニケーション発達の促進も、医学的に盛んに取り上げられているし、ペットを飼うことは大事なことでもある。

 ただ、動物が人間より上に立つべきだとは思わない。ペットブームは別に構わないけど、動物帝国≠ニいうのは、正直作って欲しくないと思う。ペットには、ペットとしての役割、癒しとか家の番とか、そういったレベルでのお付き合いを望みたい。ムツゴロウさんのように、アメリカに行って、川の中でアリゲーターの尻尾を掴んで一緒にゆらゆら泳ぐほど仲良くなりたくはないしね。(-_-;)