Column

●お祈りの力(2004.1.3)

 みなさん、新年あけおめでございます。本年もどうぞ、よろねがでございます。m(__)m

 さて、礼儀正しい挨拶はさておいて…(どこがだっ!)。実は今日、初詣に行ってきたのである。初詣にしちゃあ遅くないか?という声が聞こえてきそうなのだが、これには深い訳がある。どこの神社に行こうか、迷ってしまったのである。
 俺の場合、毎年正月は決まった神社に行っているわけではなく、何となくご利益のありそうな神社を選んで出かけているのだ。例えば、今年は勉強を頑張りたいという場合は学問の関係の神社に行くし、彼女を作りたい場合は縁結びの神社に行くし、正月の時期ちょっと胃が痛いなぁと思ったら病気治癒の神社に行くという感じである。何ともアバウトなのだが、神社に行けばぜひご利益を授かりたいと考えるのは、人間の性ではないかと考えてしまうのだ。ホントにバチ当たりな発想なのだが、そう言いながら去年は神社ではなく、お寺に参拝したのだが。(^_^;)

 もう一つ、初詣が遅れたのは、何日に行こうかはっきり決めていなかったことだ。それは元日でしょう!と考える人もいるかもしれない。しかし、元日というのは、普段忙しくて顔も揃いにくい家族でのんびり家で過ごすことが、何よりの親孝行ではないだろうか。そのように考えたので元日は止めた。
 それなら2日に行こう!と思ったが、一緒にお参りに行く相方が2日開始のバーゲンに出かけるというのと、2日と言えば大好きな大学ラグビーの中継がある日じゃないか!と考え、2日も断念した。しかも、2日になってよく見てみると、今年から毎年2日にあった大学ラグビーの中継がなくなってしまったことに気づくというオマケつきであった。トホホ…

 というわけで、本日3日の参拝となったわけである。これじゃあ、“深い訳”というより、「深」を「言」に置き換えて“言い訳”と言ったほうがよさそうだ。(-_-;)
 どこの神社に行くかも、悩んだ末に大阪天満宮に決まった。お参りの帰りに3日より開始のバーゲンに行かなくてはならず、行きつけの店が梅田なので、梅田に近い神社がいい!という理由だけで決定したのである。それなら、露天神社でも富島神社でもいいような気がするのだが…ホント、どこまでもアバウトである。

 お参りをする際には、一応作法がある。まず神社に入る前に、鳥居の前で軽く一礼し、それから境内に入って行く。
 境内に入ると手水舎があるので、参拝前にそこで心身を清める。ここでの手水の作法だが、まず右手で柄杓を持って水を汲み、左手を洗い流す。今度は左手で柄杓を持ち、同様に右手を洗い流す。そのあとまた右手で柄杓を持ち、水を汲んで左の掌にそそぎ、掌に受けた水で口をすすぐのである。柄杓に直接口をつけるのはアウトだ。そして、再度右手で柄杓に水を汲んで左手を洗い、その残り水で柄杓を立てて柄杓の柄を流し、最後に柄杓を元の位置に置いておくのだ。
 いよいよ参拝に至るときは、衣服などを整えて、まず神前に進み、お賽銭を投げる。その後、2度おじぎをし、そして2つ手を打ち、手を合わせたまま願い事や感謝の祈りなどをして、祈り終わったら一礼をして下がる。有名な二拝二拍手一拝の作法なのだが、これらが一連の流れである。

 ところが、大阪天満宮に来ると、たくさんの人の流れでどんどん押されてしまい、いつの間にか鳥居を抜けて境内に入り込んでしまった。一礼するヒマもなかった。しょうがないので手水舎を探そうとしたが、境内の人混みがすごくて、全然見つからない。神主さんや巫女さんはとにかく忙しそうで、とても声をかけられる状況になかった。しょうがないので手水も断念…まあいいやということで、そのまま参拝することにした。しかし、人混みが気になって早く参拝を済ませたい焦りが出たのか、賽銭を入れてそのままお祈り体勢に入ってしもうた。お祈りだけは真剣にしてきたのだが…まさか、こんなところでもアバウトさを発揮してしまうとは。(-_-;)

 境内でおみくじを引いてみると、なんと凶!ギエェ〜、

凶なんてヤだよ〜(ToT) めちゃくちゃ悲しくなったが、後で聞いた話では、凶というのはこれ以上は悪くならないという意味で、今はよくないけれども悪い運を使い終えて後はよくなっていくという縁起のよいおみくじなんだそうな。ただ、神社のご加護を受けるため、おみくじは境内の木の枝に結んで神とのご縁を呼ぶようにしてきた。まぁ努力が必要とも書いてたし、運任せにしないように自分でも気をつけていかないとね。(^o^)

 よく、神社にお祈りをすると、結構願いが叶うとよく言われる。そんなの迷信やで〜と言う人もいるが、それは違う。神がかりでは決してないのだが、祈れば割と願いが叶うのである。
 それはなぜかというと、お祈りをすると言うことは、自分に対する一種の決意表明のようなものであり、例え祈っている場に限ったとしても、自分に対してウソをつけない状況を作れるので、自分がどんな願いを叶えたいのかという気持ちを心に植えつける効果があるのだ。

 ただし、お祈りの力を得るには、祈る際に願いを叶えたい気持ちをより強くして祈らないと効果がない。そのお祈り効果をより強くするために、何度も参拝したり、絵馬に願い事を書いたり、祈祷をしてもらったりするわけだ。そこまでしなくても、お祈りの際に自分の気持ちを最高に込めておけば、自分の願い事を叶えるために頑張ってやろうという力を身につけることが出来る。
 そう、気は力!なのである。