●世界の中心で、愛をさけぶ(2004.5.9)
邦画はいやだ、邦画なんて誰が観るもんか、と思っていた俺が、不覚にも観てしまったのが、この「世界の中心で、愛をさけぶ」だ。封切り初日の昨日(8日)、ナビオTOHOプレックスで観てきたのだが、席の予約をしようと行ってみると、なんと4本先まで満席!(T_T) 仕方がないので、夜からの回を予約せざるを得なかった。そんなに人気なのか、この映画は…。
正直言って、俺はこの映画に何の期待もしていなかった。どうせつまらないメロドラマくらいに思っていた。原作の小説が村上春樹の「ノルウェイの森」を抜いて日本で一番売れた小説になったことも、柴崎コウが原作を涙を流して絶賛し、映画自体にも出演していることも、俺がこの映画に関心を寄せる材料にはならなかった。元々、この映画を観る予定はなくて、ニコール・キッドマンが主演の「コールド・マウンテン」を観るつもりでいたのだ。ところが、相方がどうしても「世界の中心で、愛をさけぶ」を観たいというので、渋々見にいくことにしたのだ。
観客席は、圧倒的にカップルが多い。それも比較的若い年齢層がほとんどだ。俺はそれほどこの映画の予備知識を持っていたわけじゃなく、誰かが難病にかかってしまうお話だというくらいしか知らなかった。さあ泣かせましょう、というわけか。そうカンタンに俺はオリジナル作品でしんみりすることはない。どんなもんなんだろう、軽い気持ちで、スクリーンを観ていたのだが…
…観終わった感想。震える感覚。身を搾り取られそうな気持ち。愛情の深さ…。
これは、素晴らしい作品だと思った。
主人公の朔太郎の回想シーンがたくさん出てくるのだけど、故郷に帰ったとき、朔太郎の心に、かつて恋人だったアキとの思い出がよみがえっていくのだ。思い出の舞台は、1986年。朔太郎が自宅から取り出したテープは、アキの朔太郎へのメッセージが吹き込まれたテープだ。2人はウォークマンでお互いの声を吹き込んだテープの交換をして、お互いの気持ちを確かめ、探り合っていたのだ。そして、テープの声を17年ぶりに聞きなおし、朔太郎は海の見える四国の港町の故郷で、高校時代のアキとの思い出をたどるのだ。
アキは、こんな田舎にこんな美少女がいるんだろうか、というくらいキレイで、どこにでもありそうなありふれた高校生カップルの恋が、観るものを激しく揺さぶる純愛へと導いていく。それは、恋がまもなく終わりを告げるだろうということが明らかになってから、一層深みに落ちていく。それは、アキが白血病と診断されてからだ。日に日に弱っていくアキとともに、残された少ない時間の中で、2人の絆を深めようとする朔太郎。やがて迎える2人のエンディングが近づいていくにつれ、映画館の中は、すすり泣く声があちこちから聞こえてくる。俺は最後まで泣きはしなかったものの、映画の後半は本当に感情移入をしてしまい、体が締め付けられ、目が少し潤む感覚を覚えた。
残された朔太郎は、「後片付け」をするため、アキのために約束の地を訪れる。映画はそこがクライマックスになるのだが、ラストは、なんとも晴れやかで、穏やかなエンディングとなっている。
朔太郎役の大沢たかおや、朔太郎の婚約者・律子役の柴崎コウは、一応映画ではメインということになっているが、むしろ回想シーンに出てくる高校時代の朔太郎役の森山未來や、アキ役の長澤まさみのほうが部隊の中心にいたような印象を受けた。もちろん、彼らを引き立てる役目の、重ジイ役の山崎努の渋い演技も光っていた。
回想シーンが1986年なので、俺自身も当時は高校生だったから、結構先入観を持って観ることが出来た。DJ役で渡辺美里が出ていたし、彼女の隠れた名曲「君に会えて」は、高校時代に何百回もテープで聴いたことがあったから、非常に感慨深かった。
朔太郎とアキの関係は、不幸にして一番楽しいときにエンディングを迎えるのだが、ここまで真剣に純愛を貫くことができるだろうか、今の俺にもわからない。かつて、恋に全力をかけた思い出は、今も楔のように心に打ち込まれてはいるのだが。