第1話:どこへ行きますか?

〜東北出会い旅〜


2000年5月


第一部:出会い

午前10時。

新緑の眩しい季節。

北へ向かう高速道路上、愛車VFRで快調に100km/h巡航中、僕はふと物思いにふけっていた。
珍しく早起きして出掛けてみたものの、別に何処へ行くあても無く、ただなんとなく、東北自動車道を北へ向かって
走っていた。
とりあえず積んでみた荷物は、これまたとりあえず一泊二日分。

ホンダ技術の結晶でもあるV4エンジンの心地よいサウンドに誘われ、いくつものI・Cをくぐり抜けていた。

思えばこのオートバイ。
大学卒業後、ほとんど相手してやれる時間も無く、気付けば車検切れ、タイヤはパンク、倉庫の奥でほこりまみ
れ。極めつけは、4気筒のうち3気筒まで死んでいた。

「ごめんな」 愛車の悲惨な姿を見る度に口にしていた逃避の言葉。

仕事や自分の人生、その他諸々のことで行き詰まりを感じていた時、現実から逃れたい欲求がついに爆発。気付
いた時には、愛車VFRを修理することに必死になっていた。

軌跡の復活!


あれから何度となく、いろんな場所へ行った。
カッチョイー新型バイクに並んで、旧型ボロボロの相棒がやけに輝いて見えた。




「う〜ん・・・、ところで今日はどこまで行こうかな〜・・・」

軌跡の復活劇に思いを寄せつつ、ふと現実に戻った僕は、そんな幸せな言葉をヘルメットの奥で呟いていた。

と、気が付くと、前方に僕と同じように荷物を積んだオートバイが視界に飛び込んできた。
しかも僕と同じ、ソロだ。

「・・・♪」

なんだか嬉しくなる瞬間・・・。
「どれどれ。どんなヤツかな?ちょっと並んでみようか・・・」

スロットルを軽く煽る。元々レーサーレプリカ育ちの相棒は、スルスルと加速していく。

赤のKawasaki ZZR。
近付いてみると、荷物の量が半端じゃない。日本一周でもしてるんかな?と思うほどだ。
でもナンバープレートは埼玉県。これから日本一周?高速道で?
謎は深まるばかり・・・。

赤のZZRは、思ったよりゆっくりとしたスピードで走っていて、気付けばあっという間にミラーの中に入ってしまっ
た。

「しまった・・・!」
どんどん小さくなるZZRをミラーに見ながら、今更スピードを落とす事も出来ずに舌打ちをついた。

「ま・・・。いっか・・・」

また退屈な100km/h巡航に戻った僕は、「何処へ行こうか」の答えを探すことにした。

ほどなくしてSAを発見。
熱い缶コーヒーと1本の煙草を補充する為に寄る事にした。

エンジンを切る。

「カン・・・カン・・・、キン・・・」
距離にして家からほぼ100km。ずっと高回転で回し続けたエンジンが少しずつ冷えていく。
でもどこか満足そうな相棒。

木々の緑が眩しい季節。
頬をなでる風が心地良い。
久し振りに至福の時間を過ごしている自分が、そこにいた。

ふと、遠くからオートバイの音が聞こえてきた。

「? さっきのヤツかな?」

予感は的中した。さっき追い抜いた、赤のZZRだ。

直列4気筒エンジンのサウンドが大きくなるにつれ、「どんなヤツかな?」の期待感もどんどん膨らんでいった。
相棒の隣に並ぶようにして駐車。同じようにエンジンが冷えていく音だけが聞こえる。
ヘルメットを脱いだ顔を見る限り、年齢は僕と同じ位だ。
ゆっくりとこちらに近付いてくる。

「どこまで行くんですか?」
目を細めながら、ZZRの彼が聞いてくる。

「いや、とりあえず何処に行くっていう訳でもないんですよね〜・・・」
僕が答える。

こんなことはオートバイ乗りにとっては日常茶飯事だ。妙な仲間意識と言うか、とにかく普通に声を掛け合う。
とにかく僕は、その大きな荷物の意味を知りたくて、質問を質問で返す。

「どこまで行くんですか?」
ふと空を見上げながら、ZZRオーナーは答えた。

「いや〜、僕も別に行くあてもないんですよね・・・」
それにしてはすごい荷物の量じゃないの?と突っ込みたくなる気持ちを抑えて、

「へ〜、じゃあ一緒っすね。」
と答えてみる。

「仕事辞めたんですよ。それで急にふら〜っとどこかに行きたくなって・・・」
彼が続けた。

自分と同じような年齢の彼のその勇気に、心の中で感嘆・拍手した。

話していくうちに、いろいろと共通な内容があってびっくりする。
年齢はなんと同い年だ。学年までも一緒。辞めた仕事は音響関係。

趣味で音楽をする自分にとっては、彼の仕事の愚痴やその辛さも分からないでもないし、共感する部分でもある。

気付けば1時間が経っていた。
こんな場所でこんな人に出逢うとは・・・。
だから旅は止められない。

午前11時。微妙な時間だ。
そろそろ目的地を決めねば、せっかく来た意味も無くなってしまう。

ふと目に入った看板。
福島県の全体図と観光地案内。S・Aには必ずある代物だ。
なんとなく見入る二人。

「福島県って、けっこう温泉ありますね」
ZZRの彼が呟く。

「せっかくだから、一緒に行ってみますか?」
僕が続く。

「そうですね!そうしましょう!」
彼が続く。

そうと決まれば話は早い。
ヘルメットを被りながら、走る順番・休憩場所・目的ICをさくっと決める。

冷え切ったエンジンに火を入れ、二人が出会ったS・Aをあとにし、再び高速道路本線へと走り出した。

ミラーには赤のZZRが、ずっと同じ大きさで写っている。

僕達はのんびりと、共通の目的地へと向かってバイクを走らせた。
90km/hに変更された巡航速度で・・・。




第ニ部:福島上陸


平日の高速道路はとにかく走りやすい。
午後の1時を回った頃には、最初の目的地である福島県郡山ICに到着した。
無愛想な料金所のオジサンに通行料金を渡し終えた後で、いったんバイクを降りる。

「いや〜、虫が多くてたまんないっスね〜!」
ZZRの彼は用意周到に準備されたタオルで、ヘルメットのシールドを磨き始めた。

さすがに関東とは風の匂いも空気の色も違って見える。
行き交う他県ナンバーを見ると、異国の地に来たぞ!という達成感・期待感が、ふつふつと沸いてくる。

「さてと、とりあえず猪苗代湖を目指して行きますか?」
ZZRの彼の口数が増えてきた。

おそらく彼も、今の僕と同じような気持ちなのだろう。

「OK牧場!」
この辺が、だいぶオヤジに近付いてきた証拠である。

国道49号線は郡山市から会津若松市まで抜ける道路で、途中、山間部あり湖畔部ありと、景色も道路状況も
実に変化に富んでいる。飽きることがない。

ほどなくして、2台のバイクは猪苗代湖へと辿り着いた。
とは言え、特に何もすることがなく途方にくれる二人。
平日のお土産屋ほど寂しいものはない。

しばし湖畔で黄昏たあと、気を取り直し、本日の目的地である会津若松市へとバイクを走らせるのであった。
ここで、ZZRの彼から提案が出される。

「15時に鶴ヶ城で落ち合いますか?」

彼の真意はこうだ。

せっかくソロで来てたのだから、この先の道路はそれぞれ互いに気を遣わずに自分のペースで走りませんか?

僕は彼の意見に心から賛成した。

猪苗代湖畔の49号線は至極快適だった。
車も少ないし、とにかく景色が素晴らしい。
やや傾きかけた太陽が、僕とVFRの影を湖面に映し込む。
心が開放される瞬間だ。

40分も走ると、今度は山間道路へと姿を変える49号線。
この山を抜けると、目的地会津若松市はもうすぐそこだ。

会津若松市と言えば鶴ケ城。そして、鶴ケ城と言えば、かの白虎隊とは切っても切り離せない。
白虎隊とは、戊辰戦争期における会津藩の少年正規軍。
8月23日命を受けて出撃した白虎隊士20名が、若松城の北東の飯盛山で自刃して果てたのは、会津戦争の
有名な哀話でもある。

と、そんな事に思いを馳せながら見る鶴ケ城は、どこか寂しげでもあったが、今は街のシンボルとして市民の
憩いの場となっている。


予定よりもやや早く着いてしまった僕は、しばし城内公園を散策していた。

学校帰りの子供達、修学旅行生の団体、そして観光地には欠かせないオジチャンオバチャンの団体様・・・。
絵を描く人、犬の散歩をする人、いろんな人たちを横目に見ながら、ふと煙草に火をつける。

ほどなくしてZZRの彼が到着した。

「おつかれさんです!」

「いや〜、参りました!道に迷っちゃって・・・」
ふと空を見上げながら彼が苦笑する。このしぐさは、どうやら彼の癖らしい。

聞くと、僕とは違うルートで会津若松入りした様子。

一通り城内を散策した僕達は、夕暮れの駐車場で明日の予定を決めていた。

「せっかく会津まで来たのだから、東山温泉と喜多方ラーメンは外せないですよね?」と僕。

「そうですね。じゃあ、明日は喜多方と温泉に行きますか?」と彼。

予定はすぐに決まった。となれば、直面する問題を解決せねばならない。
そう、今夜の宿である。

僕はとりあえず、ビジネスをとることにした。幸い、1泊3,500円朝食付きという怪しげなホテルを見つけることが
出来たからだ。彼はせっかく積んできたテントがあるからと、猪苗代湖畔まで戻ってテントを張ることにした。

「テントなので、できれば今日のうちにどこかの温泉にいきませんか?」と彼。

「それは名案!では、東山温泉に行きますか?」

「そうですね。」

と言うわけで、本日のツーリング最終目的地、東山温泉へとオートバイを走らせた。

東山温泉は、会津若松市東部に位置する歴史の深い温泉で、泉質はカルシウム・ナトリウム一硫酸塩・
塩化物温泉。かの小原庄助さんも好んで入ったと言われている由緒ある温泉だ。。

「朝寝、朝湯が大好きで、そ〜れで身上潰した、あ〜もっともだ〜、もっともだ〜」の唄の文句
を知らない人はいないだろう。

今日は小原庄助さんゆかりの温泉、瀧の湯で湯に浸かることにした。



朝からずっと走りっぱなし。疲れた体に温泉の湯が沁み渡る。
まさに、「生きてて良かった〜!」をしみじみと感じる瞬間である。

東山温泉で一日の疲れを洗い流した二人は、明日の午前10時、鶴ケ城の駐車場で落ち合うことに決め、
それぞれの宿?へと向けて、鶴ケ城を後にした。





第三部:それぞれの帰り道


午前9時。

昨日に引き続き、絶好のツーリング日和となった二日目。
ホテルの朝食も無事に済ませ?、今日1日の安全を願いつつ相棒に火を入れた。

午前10時。

例によって大きな荷物をくくりつけた赤のZZRが、やや疲れた表情で姿を現した。

「おはようございまス!」

「いや〜、春とは言え、夜はけっこう冷えますね〜」

空を見上げながら苦笑するしぐさにもだいぶ慣れてきた。本日の目的は、喜多方で美味しいラーメンを食べ、更に
温泉でゆっくりと湯に浸かるというもの。さっそく喜多方へ向けてバイクを走らせた。

福島県喜多方市。蔵の街としても良く知られ、表通りは言うまでもなく、路地裏にまで立ち並ぶ蔵屋敷は、訪れる
者の目をみはらせる。市内にある蔵の数は、およそ2,600棟以上と言われている。



とは言え、蔵を見るためにここまで来たわけではない。そう、喜多方ラーメンである。
何軒もある喜多方ラーメンの老舗の中から、本日は阪内食堂の本店をチョイスした。

阪内食堂と言えば全国的にも有名である。がしかし、その本店は狭い路地にひっそりとたたずむ昔ながらの中華
そば屋である。おすすめは肉そば。いわゆるチャーシュー麺なのだが、そのチャーシューは絶品!まさに病みつき
である。



お昼時と重なった為かなりのお客で賑わっていたが、味は本物。これぞツーリングの醍醐味。
至高の瞬間であった。

阪内食堂で喜多方ラーメンを満喫した二人は、店前の小さな公園で今日の予定を組む。

「ここまで来たら米沢の白布温泉や米沢牛も捨てがたいけど、ちょっと遠いかな〜」と僕。

「道は気持ちいいんだけどね〜、特に県境の山越えルート」と彼。

「明日は仕事なので今日のうちに帰らないといけないし、とりあえず会津まで戻って、そのまま南下して行きます
か?」

「そうですね。途中いくつか温泉もあるし」

さくっと決まった。国道118号線→121号線で栃木県川治方面まで南下するコースだ。とりあえずの目的地は
芦ノ牧温泉近辺。


国道118号線はいかにも山岳道路といった趣に溢れていた。耳に届く渓流のせせらぎ。アップダウンしながらの
信号のない山道は、バイク乗りにとっては天国のような道。あまりの気持ちよさに鼻血が出そうだ。
途中、何度かツーリングの集団ともすれ違った。

喜多方から約1時間で芦ノ牧温泉に到着。とは言え、やや観光客の数が多いため温泉はパスした。
この雰囲気でずっと走ってきた二人は、出来れば山奥の秘湯のようなものでないと満足できない状態でも
あった。地図を見る。あるある、いかにも秘湯然とした雰囲気の温泉が・・・。

急遽ルートを変更し、国道289号線から羽鳥湖経由で白河市にでるパターンを選択した。

国道289号線は、これが国道?と思わせるには十分な狭さであった。特に118号線からの分岐地点は、
これが白河まで抜けれるのか不安になるほどであった。

ほどなく走ると、「二岐温泉」と書かれた看板を発見。しかも、その看板自体がかなり老朽化し、今にも倒れそうな
勢いである。お互いに「これだ!」と思ったのは言うまでもない。

途中何度か休憩を取りながら、僕達は、福島県天栄村にある二岐温泉を目指した。

国道から外れ林道を走り、時には砂利の浮いた坂道を超低速で抜け、草木の生い茂る道をどんどんと上っていっ
た。オンロードバイクではかなり無理があるシチュエーションでもある。パンクが心配になるほどだ。やっとの思いで
舗装路に出ると、すぐに「二岐温泉」の入り口だ。


二岐渓谷

まさに秘湯。秘湯友の会の会長が経営する温泉があるほどだ。僕達は、中でもかなり風情のある湯小屋
という温泉旅館で湯に浸かることにした。時刻は14時過ぎ。朝から走りつづけた二人にとっては、ちょうど良い
休息の時間でもあった。

泉質は硫酸塩泉。動脈硬化、神経痛、関節痛、そして疲労回復に良いとされている。
渓谷沿いに位置する為、景観は素晴らしく良い。1時間ほどの休憩タイムとなった。




ZZRの彼と湯に浸かりながら、今回の旅のこと、将来のこと、仕事のこと、たくさんの話をした。
なんと彼は、年内に結婚を控えているらしい。そんな時になぜ仕事を辞めるんだろうと一瞬でも考えてしまった
自分が、いかに現実的で、自由を知らない人間になってしまったのかを知った。
彼のような勇気は僕にはない。羨ましい反面、自分の臆病さも知った。

湯小屋は老夫婦二人で経営する温泉旅館。部屋数も5室しかなく、近年少しずつ派手さを強調する温泉宿
が増えていく中にあって、その素朴さは貴重と言えるかも知れない。すっかり気に入ってしまった。
(余談ではあるが、この温泉にはその後2度ほど訪れている)

温泉で鋭気を養った二人は、再び国道289号線に戻った。湖畔道路ではVFRとZZRとのマジバトルとなる。
こう見えても、昔はNSRで峠をかっとんでいた時期もあった。負けられん!と思いつつ、スロットルを開ける。信号な
どもちろんない。のらりくらりとのたまう道路。V4独特のサウンドと直4の力強い音が森に響き渡る。

シールドの向こうに羽鳥湖の湖面がキラキラと輝いて見えた。
いつしか僕は、いろんなしがらみとか悩みとか、そんなことから開放され、ただ路面だけを見据えていた。
この瞬間がたまらない。


やがて風景は田園地帯と変わった。白河市に入ると、ごみごみとした現実が待っていた。国道4号線。
僕の最も嫌いな類の道路状況・環境である。

すぐに東北自動車道白河ICに入る。料金所でチケットを取った後、郡山ICと同じようにバイクを降りる。

「とりあえず、那須高原SAで休憩しますか」

「そうですね。」

この旅も、そろそろ終わりが近づいて来てるのをお互いに知っていた。


10分も走ると、すぐに那須高原SAである。
二人でとる最後の休憩。偶然の出会いから丸2日間行動を共にしてきた。

「今回のツーリングはどうでした?」・・・そんなつまらない質問はしない。

この2日間が非常に有意義であったことはお互いに分かっている。

「2日間、お世話になりましタ。」

「いえいえ、こちらこそ。」

「気を付けて帰って下さい。」

「そちらも気を付けて。」

「またどこかで会えるといいですね。」

「ほんと、そうですね。」

なんだか妙に照れくさかったが、お互いに硬い握手を交わしSAを後にした。

東北自動車道宇都宮IC。高速道路で出会い、高速道路で別れる。お互い90km/h巡航で交わすピースサイン
は、きっと一生心に残る風景となるだろう。

夕闇の宇都宮市街。家路を急ぐ車のテールランプが綺麗に一列に並んでいた。家まではまだまだ遠い。

僕はヘルメットの奥で小さく呟いた。


「次は何処へ行こうかな・・・」




「第一話:何処へいきますか?」  

 完



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