第2話:さようなら、VFR・・・

〜別れの日がやってきた〜


復活後、初めてのリハビリツーリング。栃木県鬼怒川周辺。
1998年


2000年6月


第一話の通り、奇跡の復活を果たしたVFRであったが、
いかんせん、レーサーレプリカ育ちの相棒は、
乗る者にかなりレーシーなポジションを強いるのも事実であった。

20代前半のまだ若かりし頃は、それでもまだ頑張って乗れていたが、
さすがにこの年になると、長距離を走るたびに手首、首、腰にかかる負担は大きく、
300km位の日帰りツーリングでさえ、帰り道は各部の苦痛に悩まされ続けるようになった。

リターン組の自分にとって、オートバイはまさに浦島太郎状態・・・。
何がなんだか、分からない。知らない車種も多いし。

大型自動二輪免許が教習所で取れるようなった影響もあり、
空前の大排気量車ブームも勃発していた。
それこそ、いきなり750cc(ナナハン)とかに乗れてしまう時代になっていたのである!
(ナナハンなんて言うと、時代遅れなのかなア)


各メーカーから多種多様なオートバイが出ていたが、
自分なりのPOINTで絞っていくと、あるメーカーのあるオートバイに辿り着いた。

自分なりのPOINTは・・・。

@普通二輪免許で乗れる、最大の排気量(400cc)であること
(はい、大型は持っていません)

Aフルカウルであること(高速で楽チン)

Bレプリカでは無く、ツアラーであること(前項姿勢はかなり辛い)

と、いたってシンプル。こんなところだった。


ここまで書くと、ま〜ちょっと詳しい人はすぐにピンと来るでしょう。
まず、このクラスではあまり車種がないので。

はい、KAWASAKI ZZR でございます。
第一話で登場した方も、実はコレに乗っていました。
ま〜、ずいぶん前から気にはなっていたオートバイでした。



VFRの奇跡の復活から丸2年。
大学生の時から数えると、丸6年。
このオートバイにはホントにいろんな思い出が染み込んでいました。

高校生の頃、仲間達がみな250ccや400ccに乗り換えていくのを、
いつも羨ましく思っていた頃。
経済的事情や学校の問題、その他もろもろの理由により、
当然、大きなバイクなど買えるわけも無く、
いつも小さな50cc(しかもNSR!)で仲間達の後ろを走っていた。
(当時は空前のレプリカブーム。ま、今思えば高校生には50ccで十分)

いつか大きなオートバイに乗りたい!と言う夢を胸に抱きながら、
やっと手に入れたオートバイだった。(ちょっと大袈裟ですか?)

もちろん中古。年式は89年式だった気がする。
大学の先輩から買ったので、素性は分かってるし、安心して乗れた。

とは言え・・・。とは言えである。

体力の衰えには勝てませんでした。

長い間、共に同じ風景、巡る季節の中を走り抜けてきた相棒を
手放す決心をしたのです。



午前9時。

その日は朝からすごく天気が良かった。
午後2時に買取業者が自宅に来る事になっていた。

そう、今日でお別れなのである。

最後のツーリングは、かつて何度も一緒に走った、茨城県の筑波山となった。

エンジンは相変わらず、すこぶる調子が良かった。
走り慣れた道、見慣れた風景、こうして一緒に走るのも今日が最後だと思うと、
なんだか急に寂しくなってきた。

つつじヶ丘パーキングまで走る。
駐車場で一服。ココまで来る事は滅多にない。
なぜなら、たいした距離でも無いのに有料だからだ。

出来るならば、筑波山スカイラインをオートバイで走りたいのだが、
ここは二輪車通行禁止である。
道はやや荒れた部分も多いのだが、平野部でここまで気持ちの良い道は、そうそう無い。


30分くらい、ぼ〜っとVFRを眺めていた。
そこにあるのは、本田技研工業の作った工業品であって、
大量生産されたオートバイの中の1台である。

でも、自分にとってはかけがえの無い1台でもある。
いろんなたくさんの思い出をありがとう。

自分はほんとに身勝手な人間だなアと、つくづく感じたのも事実。
ずっと乗ってりゃいいじゃん、とも思うのだが、
いかんせん、体がもたない。
このバイクの次に出た、通称NC30(VFR)は、これ以上にレーシーだ。
それに比べれば、まだまだ乗りやすい部類に入るのだが、
それでもあの腰の痛みには耐えられそうに無い。

大好きなオートバイツーリングで、辛い思いをするのも嫌だ。
それが嫌で、一時期オートバイから遠ざかっていたのも事実。


いろんな事を考えながら、帰途についた。
時計の針は12時を回っていた。




午後1時。
なんとなく洗車してみたり。

自分の性格上、単なるモノに対しての感情移入が激しく、
「モノにも絶対、ココロがある!」と信じて疑わないタチである。

常日頃からキレイにはしていたVFRだったが、
この日はかなり気合いが入った。

そして午後2時過ぎ、買取業者がやってきた。

9年落ちで、走行距離28000キロ。
査定額は80000円となった。

NC30は絶大な人気を誇っていたが、このNC24型はまだそれ程でもなく、
あまり期待はしていなかった。でも思ったよりは高査定であった。

プロアーム初期型のロスマンズカラーは、ある意味希少価値があったのかも知れない。
しかも、状態は良く、エンジンも足回りも全く問題なく、更に外観はピカピカときたもんだ。

トラックに載せられ、ロープで固定される。
業者さんは、それこそ手馴れた感じにあっという間に作業を終わらせた。


「ありがとうございました」と言って、
80000円が渡された。

なんだか、複雑な気持ちだった。
この寂しさを、一体なんと表現したら良いのか、私には言葉が見つかりません。
自分のワガママなのは良く分かっているはずなのに、
とにかく、寂しかった。


トラックが走り出す。

僕はいつまでもいつまでも、連れられていくVFRの後姿を
見つめていた・・・。


ありがとう。

さようなら、

VFR。



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