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第8話:ぼけぼけ初詣 2005
〜年初めブラ〜ッとお散歩ツーリング編〜

小野川
2005年1月
寒風吹きすさぶ今日この頃・・・。
バイクにとっては非常に厳しい時期となって参りました。
気付けば2005年の幕開けです。
そう言えば今年に入ってから、まだ一度もZZRに跨っていない・・・。
と言うわけで、年初めのお散歩初詣ツーリングへと出掛けて参りました。
せっかくなので、神社のはしごでもしてみよう。
私の住む千葉県には、かの有名な成田山神社があります。
なんでも、初詣の人出が全国で2位だったとか。
ついでに言うと、参道での事故も意外と有名だったりするのではないでしょうか。
ベンツでしたね、ベンツ。
午前10時30分。
久し振りにZZRに火を入れる。
って言うか、ムチャクチャ寒い・・・。本日の最高気温予測、10℃。
そりゃ〜寒いわけだ。
寒さ対策の為、完全防備での出発。
どこから見ても着膨れ大王・・・。でも寒さには敵わない・・・。
ぼけぼけツーリングなので地図はなし。
気の赴くままにぼけぼけ走るのが今日のテーマ。
(って言うか、いつもそうかも・・・)
で、まず向かったのは成田山ではなくて、宗吾霊堂っていう神社。

境内には、お祭りで見るようなダフ屋?では無く、常にここで商売をされている
昔ながらのお土産屋さんが並ぶ。なかなか良い雰囲気だ。
そんなお土産屋さんを横目に見ながら進むと、出ました、本堂!

ココに来るのは実は初めてなんですが、人もそれほどいないし、
静かでなかなか良い雰囲気です。
お賽銭を投げ込み、今年一年の健康を祈る。
やっぱり健康が一番だ!
ZZRに戻り、次に向かったのはいよいよ成田山新勝寺。
宗吾霊堂からはR464で行ける。走っても10分ほどだ。
JR成田駅前から参道を走ろうと思っていたのだが、あいにく車両通行止め。
迂回しながら向かったのだが、それにしても凄い人、人、人・・・。
1月も中旬だと言うのに、こんなに来てるんだ〜!とビックリ・・・。
観光バスやらタクシーやら、普段ならガラガラの駐車場も、今日はアチコチで満車状態。
「え〜!? マジで〜・・・」
かなり甘く見ていた成田山新勝寺・・・。
とてもじゃないが、こんな着太り大王が独りでボケボケ参拝できるような雰囲気じゃ〜無い。
と言う訳で・・・。駐輪場も見当たらないし、本日の参拝は諦めました。
待ってろよ!新勝寺!
心の中でリベンジを誓い、新勝寺を後にする。
成田市内の渋滞をすり抜け、次に向かったのは千葉県佐原市。
香取神宮という神社に向かった。
ここは中学1年の時(当時は茨城県在住)、遠足で来た記憶があるが、場所なんか全然覚えていない。
とりあえず、佐原市にあることだけは確かだ。
その佐原市まではR51で行ける。
成田空港から飛び立った飛行機が頭上を飛び交う。
バイクに乗っていても気付くその音量は、半端無くデカイ。
付近住民の方々の深いご理解に、頭が下がる思いだ。
ほどなくして、「佐原市街方面」の看板。
良く分からないので折れてみる。
そのまま進むと佐原駅近くを通過する。
この辺の街並みは非常に趣があって、どこか懐かしい感じがする。
帰りに寄ろう!と、とりあえずは通り過ぎる。
と、出ました!香取神宮入り口の看板!
なんだ。R51から一本で来れるのか。
で、無事に香取神宮に到着。

成田山ほどではないにしろ、大型観光バスが2台、無料駐車場はマイカーで9割が埋まっている状況。
バイクを停め、本堂へ向かって歩く。
焼きダンゴが名産品らしく、あちこちで売られている。
「元祖○○屋」とか、「本家○○屋」とか書いてあるが、
そもそも元祖と本家って、どう違うの・・・?
は〜、本日の疑問だ・・・。
それにしても、見るもの全てが初めて見るような感じだ。
7〜8分ほど歩くと本堂に到着。

建物には、彫刻らしきものが彫られてあったりして、
なかなかに豪華な感じだ。なんだか、日光東照宮を思い出す。
ま、あれほど派手ではないけど。
後から知ったのだけど、ここは交通安全の神様だったらしい。
またも、今年1年の健康をお祈りしつつ、香取神宮を後にした。
さて、次はいよいよ利根川を渡り、茨城県の鹿島神宮まで行くか〜!
とも思ったのだが、家を出た時ほどの「行きたい!」気分が既に無くなっており、
寒いし、とりあえず目的は達成したし、で、家に帰る事にしました。
途中、さきほど通った川沿いにバイクを停め、周囲を探索してみる。

この辺りは、「小野川沿いの古い町並み」と呼ばれているらしく(そのままじゃん)、
なかなか風情のある趣き。
文化庁指定の重要伝統的建造物群保存地区にも選定されているそうです。

案内板を見てみると、伊能忠敬記念館というのがあった。
伊能忠敬、と言えば、地図を作った偉い人である。
バイクを停めた地点から歩いてすぐの場所だった為、とりあえず向かってみることにした。
で、到着!
あ!
休館日やん・・・。
この前のSLと言い、今回と言い、外しまくりである。
ま、今日が祝日明けの火曜という事で、多分休館日だろうな〜という予測はしていた。

と言う訳で、記念館の全体画像だけ挿入してみます。
観光協会の方らしき人が、30人ほどの団体ご一行様に向かっていろいろとこの辺りの
説明をしていた。自分もちゃっかり、この方達の輪に加わり、後を追ってみた。

ぞろぞろ
右手にちょっとだけ見える橋は、通称ジャージャー橋と言うそうです。

時は江戸時代。
この小野川をつたって江戸浅草まで物資を運んでいたそうです。
小野川を北上(逆流)し、利根川へと出る。
その利根川を更に北上し、千葉県関宿町で江戸川へと合流する。
ここで江戸川に乗り換え、更に隅田川へと渡り、浅草まで辿り着くと言う。
その頃は「小江戸」とも呼ばれ、たいそう賑わっていたそうです。
江戸情緒を思わせる建物が並び、その中をゆったりと流れる小野川。
初めて来たけど、歴史を感じさせるその佇まいはなかなかGOOD!でした。
そう言えば、どことなく岡山県倉敷市の美観地区にも通じるものがありました。

美観地区A(岡山県)

美観地区B(岡山県)

美観地区C(岡山県)
ここでお腹が空いたので昼食(朝食)にすることにしました。
バイクを停めた場所が江戸前寿司のお店の前だったので、
ここで昼食。
いわゆる、回らないお寿司屋さん。
ランチメニューが3品。
そのうちの「カキフライ定食850円」をオーダー。
このお店でお寿司を食べるほどの経済的余裕、なし(泣)・・・。

いや、でも美味かった!
店内にはお祭りの写真が何点も並んでいた。
「オートバイは寒くないですか?」とご主人。
「いやいや、ムチャクチャ寒いッス・・・」
「香取神宮に行かれたんですか?」
「ええ。けっこう人がたくさんいましたね〜」
「あそこは交通安全の神様ですからね〜。けっこうオートバイで来る方も多いみたいですよ」
「あ!そうなんだ!(知らんかった・・・)」
「この辺りはけっこう大きなお祭りがあるんですか?」
「え〜、年に2回、夏と秋にお祭りがあるんですよ」
「そうなんですか〜(いまいちピンと来ていない)」
「佐原の大祭は『関東三大幣台祭り』のひとつに数え上げられてるんですよ」
「(あら、そんなに有名だったんだ・・・)へ〜、じゃ〜かなり盛り上がるお祭りなんですね〜」
「そうなんですよ!」
なかなか話好きのご主人だった。
と言う訳で、美味い昼飯にありつけた幸せをかみ締めながら、帰路につくのであった。
来た道を戻る。
飛び交う飛行機。
成田市まで来た。
せっかく成田まで来たので、飛行機ウォッチングでもしようかな〜と、
向かった先は「さくらの山」
時刻は14時過ぎ。
実はこの時間帯は、出発よりも到着のほうがピークを迎える時間帯なのだ。
どちらかと言えば、午前中に出発便が集中する傾向にある。
で、今日の風向きが北寄りなので、今この場所から見えるのは、数少ない離陸する飛行機のみだ。

は〜・・・
のんびりするな〜

四発エンジン、主翼にちょびっとだけウィングレットが見える。
と言う訳で、この飛行機はB747−400。
A340で無いのは、2階席があることから判明できる。
ずいぶん重たそうに飛び立っているのが分かる。
大韓航空機ですね。
でも、やっぱりこの時間帯にこの場所はNGだ。
ま、離陸が見たければ別だけど、飛行機自体を見たければ「さくらの丘」のほうがベターだ。
今頃はビュンビュン到着便が来ているはずである。
で、さくっと場所移動。さくらの丘ではなく、さくらの丘近くの畑の中。
ここは知る人ぞ知る・・・、でもないか。
けっこうマニアな方々が沢山来ている場所です。
案の定、次から次から来るわ来るわ、到着便が。

画像では分かりづらいけど、コンチのB777−200ERです。
B767との区別の仕方は、ドアの数とエンジンの大きさ、そして離着陸時にしか見えない、
車輪の数で分かります。やっぱりB777のエンジンは、でかいけど静かだ。

こちらはユナイテッドのB777−300。
200に比べたら、やっぱり胴体が長いです。
実はこの飛行機、B747よりも長い胴体を持つ機体です。

ユナイテッドのB747−400です。
飛来するB747は、そのほとんどが400ですね〜。
もう完全に400にシフトしたっぽいです。
でも、JALのリゾッチャはB747−200だった気がします。
リゾッチャにはDC10もあったのですが、最近は完全にリタイヤしたっぽいです。
MD11ではなくDC10。出たばかりの時はあちこちで墜落しまくりだった飛行機。
個人的に、あんまり乗りたくない飛行機の一つです、マジで。
このB747という飛行機は、通称ジャンボと呼ばれています。
この飛行機の生い立ちは意外に面白くて、開発当時は、
「これからの時代は、超音速旅客機(SST)が主流になるぞ!」
と世間では言われている時でした。
そんな中、ボーイング社も音速旅客機の開発をしていたのですが、
ここでたしか、ダグラス社かなにかに負けてしまいます。
(記憶が曖昧・・・。ロッキード社かも)
ここでボーイングは考えました。
「超音速旅客機は、スピードは出るが人が沢山乗れない。
ならば、超大型の旅客機を作ってやろうじゃ〜ないかい!」
(たしかそうです。でも記憶が曖昧・・・)
で、この企画がこけた時には貨物機にでも転用できるように、
前面からガバっと荷物が入るよう運転席は2階へ移し、
当時のワイドボディー機が300人前後の乗車定数だったのに対し、500名を超える乗車定数を誇る、
超大型旅客機が誕生したのです。
一度に大人数を運ぶことの出来るこの旅客機は、運賃にも革命をもたらしました。
つまり、1名当たりの乗車運賃が下がり、ツアー企画なども組みやすくなったのです。
この飛行機を最初にオーダーしたのが、今は無きパンナムでした。
(パン・アメリカン航空)
これにより、この飛行機は一気に大ブレイク!
世界中の空を飛び回る結果となったのでした。
派生型もあり、日本にしかないB747SR(ショート・レンジの略。近々引退の危機)、
B747SP(ショート・なんとか。忘れた。機体がかなり短いが、航続距離が超長い。47機しかない)
などがあります。
古くなったB747は貨物機転用が定石となり、最後の最期?まで、ほんとうに良く働く機体です。
では、超音速旅客機はその後どうなったのかと言いますと、
製造されたのは合計で16機(記憶が曖昧・・・)。
いわゆる、コンコルドです。
この飛行機は通常の旅客機の倍以上の速度で飛ぶことが可能ですが、
騒音公害や燃料効率の悪さを理由に、各国のエアラインは導入を敬遠。
何年か前の墜落事故を契機に、その後退役が進み、たしか全機リタイヤしたように記憶しています。
あれ?
飛行機の話ばっかじゃん!?
と言うわけで、久し振りにノンビリと1日を過ごしました、とさ。
それにしても、「元祖」と「本家」の違いって・・・?
本日の走行距離:110km

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