Baseball

ずっと昔から、プロ・アマ問わず野球を見るのが好きでした。
ここではちょこっとだけ、私の中での“プロ野球”を紹介します。

阪神タイガース

子供の頃から、両親も祖父も親戚も全員タイガースファン
でした。
その中で育った私ももちろん、当たり前のように・・・
初めて甲子園に行ったのは、多分昭和50年頃。
始めてファンになった選手は江本孟紀でした。
(今はあまり好きじゃないけど)
その次に小林繁。子供心に、ちょっと同情もあったのかも(笑)
現役では、秀太、福原、八木、濱中、関本・・・
そんなとこかな。
       (ラッキー7、ちょっとシャッターチャンス失敗、本当はもっとスゴイ→→)

 

 
尼崎に住んでいた時は西宮市の鳴尾浜にあるタイガーデンでのウエスタンの試合にも、しょっちゅう行ってました。  (→)
もちろん、本拠地の甲子園にも毎年足を運んでいたのですが…。
今は引っ越してしまって、ちょっと遠くなってしまいました(泣)

 

 

千葉ロッテマリーンズ

これにはマイりました。(笑)
まさか、ここまでハマるとは思わなかった。
初めにファンになったのは、ボビー・バレンタイン監督でした。
その頃は、マリーンズのファンというよりは、ボビーのファン♪
でも、低迷していたチームを2位にまで引き上げたにもかかわらず、
たった1年でいなくなってしまいました。
その時はチームの方針に激怒したものです。
そして、衝撃の96年オフ。
私が愛してやまなかった(笑)、タイガースの鮎川義文選手がなんと、マリーンズの定詰選手とトレードに・・・
ショックで寝こみそうになりました。
でもチームは変わっても、応援する姿勢に変わりはなくて。
ただ悲しかったのが、ほとんど一軍に上がってくることがなく、
イースタン戦というのは関東でしか行われません。
ことあるごとに、スポーツ紙やネットで成績を調べていました。。
そうやって、鮎川選手の動向を追ってるうちに、なんとなくマリーンズの試合を見に行くようになりました。
 
 
そして、99年、あの応援に出会ってしまいました。
12球団一と言われる素敵な応援団とマリーンズファンの人達が繰り広げる応援。
関西ではいつ広まったのかはわかりませんが、少なくとも97年の時点ではまだ寂しい応援だったのを覚えています。
確か、『関西流星会』の方々が来ておられたように思います。
今じゃ、関西でのほとんどの試合に行き、家に帰ってからも選手応援歌を 口ずさむ毎日・・・
結構、恐ろしい光景です(笑)
    そして2000年オフ。ついに鮎川選手は解雇となってしまいました。
01年、マスターズリーグで「東京ドリームス」の一員としてその姿を
見ることができた時は、涙が出るほど嬉しかった・・・