In The Place Of A Opera


登場人物 マリアス ハイシー シルファ 李紗 Akky イツキ Lenea じんべい じんしん ゼイン Satomi (順不同、敬称略)




悪夢のようだが…そ
れは現実だった。悪夢の情景としてはむしろ陳腐かもしれない。
差はあっても大抵の人間は体験しているであろう背後から得体の知れない何かに
追われるような、そんな感覚。追いつかれると飲み込まれる。そう感じさせる闇。
思い通りに地を蹴らない足。体重が軽くなったせい? それとも水の中?――そう思わせるような感覚がまとわりつく。
追われることの恐怖がまとわりついて離れない。
また、それが何時まで続くかもわからない恐怖感。
しかし……
その一方で、夢にはある種の安心感もある。
現実で無いがゆえの不完全さ、不安定さ。追うものの姿も曖昧にぼやけ、走り続ける身体が疲労も痛みも感じない。
心のどこかでこれは夢だと断定する冷静な自分がいる。これは夢だと知っている。
必死に逃げる自分を、醒めた目で見ているもう1人の自分。
これは現実ではないんだ。本当は恐れることも必要無い。恐怖も、脅威も、迫りくる闇も、必死に逃げる自分も、
実体の無い幻。だから本気で恐れることなんて無い。さあ、まどろみの時間ももう終わり…。
「だからやめとこうって、言ったんだよぉ!!」
だが現実に――得体の知れないものに追われた場合はどうか。
現実逃避に失敗し――というか戻されて――男は意識を元に戻した。
曖昧さも、妥協もない。正体不明のバケモノ共に問答無用で追いかけられ、逃げている場合。
完全無欠に動かし難い現実世界において、夜中に見る悪夢のようなことが起こっている場合。
そしてその状況下に置かれた場合。
その感じる恐怖は……いかばかりのものか。
「えぇい、今更泣き言、言ってるんじゃねぇっ!」
息も絶え絶えに――といっても馬車に乗っているので、体力的にはまだ余裕はあったが――
焦りを押さえながらアリオスト=T=ライエルは喚いた。
体つきは中肉中背。顔は彫りが深く、きりりとした眉に少し不釣合いなたれ目。やや、だが。
50歳くらいの渋いジェントルマンに見えなくも無く、30なりたてにも見えなくも無い。
外見では年齢の判断がつきにくいタイプだ。が、もう39になる。やたらと神経質、些細なことにもこだわるタイプ。
もっとも……職業を聞けば、納得するかもしれない。その人物の特徴。
「それに今はそんなこといってる場合ではなぁい! というかその余裕も無い!」
「そりゃ、そうだけどなぁ!」
ライエルと並走するもう1台の大型馬車から、仲間の1人が言ってよこす。
彼らは逃げていた。
全力で森――西のウッドランド――を遁走している。木々の密度が比較的濃いので、左右にそれることは出来ない。
大型馬車で、何台もあるとなるとなおさらだ。
ただひたすら鞭を振るいながら前に進む――それだけが残された逃走経路だった。
「大体が無茶だったんだよぉ!」
別の馬車の仲間の1人が泣きそうな声で叫ぶ。
「きちんとした街道を通ってりゃよかったのに……!」
時刻は大体昼過ぎ。もう冬が近い。が、じっくり日差しを浴びればまだ暖かい。
ベランダでシエスタにでも適した時刻であるが…無論、ライエルの置かれた状況は昼寝など許してくれない。
「近道には反対しなかっただろうがだぁ〜れもっ!」
馬達の尻を懸命に叩きながらライエル。もっとも、背後から追いかけられてくる
もののせいで、自発的に走ってくれているが。
「正規のルートは回り道過ぎて時間に遅れるんだ! 近道でもせんと今度の仕事はパぁ、だろうが!」
「だからって地図にも載ってないルートを通ることも無かったんだ! まだ道はあったのに!」
「……ところで…」
ライエルの隣の少女が呟く。
なんというか、ぽ〜〜〜〜…っとした雰囲気の娘である。名前はエルンシスカ。
孤児の彼女は姓がない。建前上でも姓名が必要なときは親代わりのライエルの姓を借りて
エルンシスカ=アリオストとしているが、基本的にはエルンシスカ。それが名前だ。愛称はエル。
髪は灰色。短く切りそろえていて、なかなか似合っている。目の色も灰色で、この辺の人間としては珍しい。
焦点の合ってない眼が、彼女の雰囲気を作っている。しゃべり方が間延びしているため、なおさらだ。
周囲の時間さえゆる〜くなりそうな、そんな声。
「…あの〜、あれは、なんでしょうかね〜……?」
「私が知るか〜!」
「…お父さんって、無知だったのね〜…」
「うるさ〜いっ!」
普段からこの調子。この状況もまるで無関係だ。
「魔物だってのは間違い無いだろうけどなぁ!」
そう。
彼ら追いかけているのは――魔物だった。
ただ、言ってしまえばただの町民、平民な彼らにその魔物がどういうものか、
能力も、名前すら、知っているものは居なかった。
そのため、彼らにはそれがどういったものか知らない。有名なものなのか、それとも凶暴なのか。
「くそったれ…馬だけならふりきれそうだが…馬車を捨てるわけにはいかんし…」
ぽ〜っと、エル。後ろの連中など気にしてもいないような気にさせる声。
「…でも、なんでおいかけてくるんでしょうねぇ〜」
「分かってたら、こんなにこまらんわいっ、くそう」
ライエル達の馬車は、何がつんであるのか、かなり大きい車両だ。
特にライエルの乗る馬車など、現存する馬車の種類でも最大級の大型のもの。
力のある馬をいくら走らせても、スピードなど小型の馬車の早足程度だ。
そもそも馬も馬車もこんなところでドックレースするように作られたものではない。
おまけに大型なせいで相当な重量。これだけ全力疾走させてる馬が後どれくらい持つか。
少なくとも、今のままでは近いうちに追いつかれる。森を抜けるまではまだ遠い。
「くそっ、戦うしかないのか!?」
「そんな無茶な!」
「武器も無いのに!」
隣の馬車から。ライエルも後ろを確認しつつ叫び返す。
「何本も積んであるだろ! 剣だの戦斧だの杖だの槍だの大鎌だの刀だの鞭だの――選り取りみどりじゃないか!」
「刃もついてないナマクラのレプリカぱっかじゃないですかっ! 何をしろと!?」
「気合と根性でなんとかしろ!」
「できませんよそんなの!団長がやってみればどうですか!?」
「出来るか阿呆! 死ぬだろ!?」
「じゃあ、僕達はどうなるんですかっ!?」
「俺のために死んで来いてめえらっ!」
「そんな無茶な!」
そう、ライエル達は劇団だった。巡回劇団というもので、各地に劇という娯楽を与えてくれる。
娯楽の少ない辺境の町、村では彼らの存在はかなり重要視されている。
規模は10人程度の小さなものから、100人を超える大劇団まで。
巡回経路も様々で、数ヶ月、数年をかけて各地を回るところから、
半年以内くらいで一地方の町や村を重点的に回るものなど、様々。
いずれにせよ、彼らは退屈な日常に新たな刺激を運んでくれる。直接的に劇のほかにも、歌。服装。遊びなど。
各地を回る商人なども同じような役割を果たしているが、商売の性質上、劇団の方が派手で刺激的な風俗を運んでくれる。
そして――そんな中、彼らの劇団[アリオスト・ドラマティックカンパニー]は、その凝った衣装、設定。
舞台。演出。また団員の質の高さ。それにより特に人気のある劇団だった。
そして、そういう客を放さない人気を保たなければ行けない団長のライエルが無茶を言うのは毎度のこと。
全員多少は慣れてきたらしいが、さすがに今回は従うほどの余裕は無い。
「ところで〜……」
「ええい、今度はなんだ!?」
今際の際でぽ〜っとした声にひときわ声を荒らげる。エルが決定的ななにかを告げる声を上げる。
「進行方向に、人が居ますけど〜……」
「なにぃぃぃ!?」
慌てて振りかえると視界のど真ん中に人影。何を考えているのか、疾走する馬車の進路上に平然と突っ立っている。
疾走と言っても反応できないほど早いわけでもない。恐怖に身がすくんだか…?
「馬鹿! どけ! ――いや、逃げ…」
だが人影は軽く横に踏み出しただけで、馬車をかわした。轢いたと勘違いするほど、直前まで引き付けて、横に滑る。
「なにっ!?」
慌てて振りかえる。一瞬轢いたと思ったが、あの動き。よくよくみてると、続く2台もするするとかわす。
が、当然追ってくる魔物の進路上に踏み込むことになる。――いや、あの動き。わざわざ進路を塞ぐ様にかわした?
「いかん、逃げろ!」
その叫びは遅かった。すでに人影は猛然と殺到する魔物の群れのすぐ前まで出ている。走る勢いを衰えさせない魔物の群れ。
そして当然、群れは進路を変える筈も無く、人影に殺到する。が、驚いたことにその牙や爪が人影に届いたものは――皆無。
ライエルは馬車を止める。他の団員も。そのとき初めてはっきり見た人影。
紅い髪を後ろで束ねた、若い男。まだ20台か。目付きは鋭く、燈る輝きが一層鋭くさせる。
紅い鎧と――いつの間に現れたのか、手には一振りの剣。
「…シュリーカーと、エイント、ゴブリン共に、狼男……また選り取りみどりだな」
聞こえるか聞こえないかの、声。だがその含む鋭さが聞き逃させないような――そんな声。
そして足元には……ホブゴブリンや狼が転がっていた。
間合いを計ったのか、再びかかってくる魔物の群れ。
青年はまるで踊るかのような動作で振り返り様に狼男を袈裟懸けに両断。
流れる水のような動き。さながら、流水のようにかわし、隙あらば激流のように襲いかかる。そして、流れが何もかも受け流す。
その動きには打ち合わせたような優雅さがあった――だが、殺陣にはない華麗さ。
一挙一足が見る者を魅了する、だが死と隣り合わせの、死の舞踏。
「おぉ……」
逃げることなど既に忘れ、青年の舞いを眺めている。既に十数体、地に這わしているが……特に息を乱した様子も無い。
余計な動きなどせず、最小限で爪、牙、翼、槍、ありとあらゆる攻撃をかわしている。ぎりぎりなのだが、掠らせもしない。
それでいて、表情から焦燥感や緊張など殆ど感じられない。
達人の域まで達した者が見せる、どうにかしてくれると思わせる余裕。
だからといって動き・剣捌きに緩みなど無い。優雅さの背後に極限まで練磨された技の凄みがある。
殺気――いや違う。闘気とでも呼ぶべきもの。素人目にもそれが青年の動きに見える。戦場の風とでも称せるもの。
踏み込み、髪が靡き、剣が舞う度に陽炎のように見える、力の現れ。
「………。素晴らしい……」
だが、群れのまだ三分の一も減ってはいない。
魔物とて雑魚ばかりではないのだ。梃子摺るような強敵も混じっているはず。幾ら青年が達人でも一対無数では劣勢は明らかだ。
倒しきるが早いか、消耗するが早いかは、ライエル達には計りかねた。が、その動きから目を離すものも居なかった。


所かわって、少し離れたところに冒険中のパーティがいた。彼らは全員[蒼の騎士団]所属。
メンバーはハイシー、イツキ、シルファ、マリアス、ゼイン、李紗、じんしん、じんべい、
satomi、Leneaの10人。グループとしては多過ぎる人数。
戦闘も一段落し、休憩中の様子。イツキが呟く。
「疲れた……。 ……1度に敵、連れて来過ぎだな…」
「だって、何時の間にか集まってきたんだし……」
「まあ、俺にはこれくらいが調度良いけどな」
さっき敵連れてくる、と言って残りのメンバーがまったりと休憩してたら13匹とまた
大量のシュリーカーやエイントと共に駆け込んできたのだ。途中からも4匹増えたらしい。なんとか倒したようだが…。
じんしんが連れてきた本人に悪態をつく。
「多すぎるなら途中で振り払って来いよ〜、何の為のコンプチオなんだ…」
「………。それで俺が倒れたら?」
「トウトイギセイとして弔ってやるから安心しなさい♪」
「……」
ゆらぁりと、立ちあがる。よ〜く見ると、目が据わっている。彼――ゼインは、突然呪文の詠唱をしだした。
「……ふふふふふ。そ・こ・ま・で・言うなら…」
「……あ、いや。待った」
「自分で行って来てくださいっ!」
「おわっ!?」
呪文を放つ。今の一言はさすがに腹に据えかねたらしい。近くの樹が根元が爆砕、音を立てて倒れる。
大地系初級魔法、テラミコだ。当たらなかったか、と再び詠唱。
「我は謳う、大海の礎っ!」
「ぎゃああああっ!」
それたマレノはその水圧で鋭利な水の刃と化し、焚き火を粉砕。他の人に墨が降りかかる。
「くっ、しぶとい! ……我は招く、神鳴る大槍! アデュラロっ!」
「しぶといって、殺す気か!?」
「トウトイギセイとして弔ってあげますよ……ふふふふ」
堪らず逃げる。近くの大木が帯電し、砕け散る。みると破片は墨と化している。薪より大きい破片が無い。凄まじい威力。
「こらこら! ストーップっ! やめい!」
「逃げるな〜! ならこれで……我が誓約により、言の葉を紡ぎて焔の鎮魂歌を汝等に与えん! ――プラミカロっ!!」
と。
調度この時、走って逃げてたじんしんが森の街道に出た。調度そこには……。
魔物の群れと、馬車の集団。
プラミカロが発動したのはこの時だった。
爆音。そして………悲鳴。
「―――あ」
凄まじい威力。命中したものは無事では済まない。広範囲に渡って大爆発で吹き飛ばす魔法、プラミカロ。
逃げてたじんしんは当たらず無傷。で、魔物の群れにも魔法は直撃。一匹も立っていない。
密集していたから偶然一網打尽にしたらしい。戦っていた剣士――Akkyは、咄嗟の回避でなんとか無傷。
で、最後に……。
吹き飛ばしたものの一部に、ライエルの馬車2台が含まれていた。
他のみんなが追いついてきたのは、致命的な一撃が余韻を残しているときだった。
「…………げ」


「どうしてくれるんだぁ〜〜っ!」
ライエルが頭を掻き毟る。そろそろ白髪の目立つ髪が抜けるのもかまわず、滅茶苦茶に引っ掻き回す。
「本当に、どうしてくれるんだ……公演まであと1週間しかないって言うのに〜!」
地団駄を踏む。彼の前には――先ほどの面々が並んでいる。
どうにかミルレスには着いた一同だったが――被害は深刻だった。
まず、馬車。2台が被弾。ただ、両方とも当たり所がよかったか……そう、ほんの車軸が少し歪んで、車体がちょっと破砕し、
車輪が少し欠け、幌が少し――半分ほど――焼け落ちて、ぼろぼろになっていた。2台ともまあ、似たような状態だ。
これはいい。ミルレスまでなんとか引っ張って来れたし、あまり高い馬車ではないので修理費はほんの350万程度だ。
だが――2台とも、役者の人が乗る人員移動用の馬車であった。そのため、劇に使う道具類は何も無かったので修理費系は
安くついたが、問題は――全治三週間と神父に診断されたメンバー16人だった。
ちなみに劇団の全メンバーは43人。約三分の一強。致命的な欠員である。
予断だが、パーティーに居た聖職者のマリアスとLeneaが回復魔法を掛けて回ったが、打撲はともかく骨折、筋肉の損傷などの
どうしようもなく全治に何週間掛かる人が結局先ほどの人数居たのだった。復帰できたのはたった2人。
いくら神の奇跡を起こす神父だろうと司祭だろうと、全治三週間の人間を即日復帰と言うのは無理な相談である。
そういうわけで。
ミルレスで団員16人が入院。いずれも命には別状は無いのだが――少なくとも、劇団活動など持っての外だ。
劇団活動というものはそれなりに過酷な肉体労働だからだ。舞台で大声を出すだけでも体力は要る。
「これじゃうちの劇団はもうおしまいだ!」
まともに動けるのは団長含めた27人。当初は、裏方が24人、表舞台が19人。しかし今は、裏方20人、表舞台7人。
表舞台組に壊滅的な欠員がある。当初の劇などそのまま出来るわけが無い。それも裏方の方も元の人数がぎりぎりだったのだ。
というわけで……。
「あの…その、すみません……」
とりあえず謝ろうとした一同の方を凄まじい勢いで振りかえる。
「どうしてくれるんだ、ええ、どうしてくれるんだぁぁ!?」
「いやその、どうしろといわれても……」
相手の剣幕に若干気圧されて、李紗。ライエルのこめかみには血管が浮き出ていて、目には涙がたまっている。
確かに泣きたくもなるだろう。状況は絶望的だ。
「責任を取れ、責任をををを!!」
魔物の群れを吹き飛ばした後。
面々に悪意は無いのはライエルも承知していた。それどころか、魔物の群れから助けてもらった事にまず感謝すべきとも。
だが。
公演不可能という事態を突き付けられると、道理だの冷静さだのなど吹き飛んでしまった。
「あ、ええと……例えば、公演を三週間遅らせるとかは……?」
じんべいが訊ねる。ライエルはターゲットを変更し、掴み掛からんばかりに叫ぶ。
「出来るとも、出来るともさ! 延期による諸々の損失さえ目に入れなければな!!」
さすがに最後の理性が残っているか、掴み掛かったりはしないが……子供が見たら泣き出す事必至の顔で詰め寄る。
「今回は新作なんだ! いろいろ新しい衣装やら何やらも用意した! 公共休憩場の許可ももらった! 機材の設置の許可もな!
 足りない機材の借用契約も、宣伝も! それに治療費も修理費も馬鹿にはならん! このまま現金収入が無ければ
 野垂れ死にだ! そもそも、この手の商売は信用を失ったら、回復するのがどれだけ大変か…どれだけ洒落にならんことが
 多いか、分かるか? 分かるってのか? ええ!?」
元々、巡回劇団などは財布がぎりぎりでやりくりしている場合が多い。
比較的他よりかなり人気の高いここは公演収入はかなりのものだが…その人気は、常に刺激を忘れさせない新しい物話、
凝るところには徹底して凝った質の高い舞台衣装、またそれを扱う団員の熟練度。
その凝った舞台衣装で大半を持っていかれるこの劇団の財布は決して裕福とは言えない。
野垂れ死には大げさだが…このままでは、次の公演地までいろいろと並大抵ではない苦労が伴うことになる。
少ない財布からぎりぎりのお金を修理と治療に回し、公演できないせいで現金収入は0。
そのため新しい機材なども用意できず、新作は公演不可。まだ今回の話が新しいから良いものの、
2回目の公演など誰も見に来ないだろう。で、信用が落ちたせいで客入りも激減。お金も少なく、衣装も乏しくなる。悪循環。
なにより、公式に領主やら街やらに許可、また協力を要請していながら公演中止ともなれば……信用など地に堕ちるだろう。
これは中規模程度のこの劇団では致命的な事態だ。最悪、このまま経済状況を
立てなおせず、劇団そのものが解散ということもありうる。
「どうしてくれる? どうしてくれるんだ!? さあ、どうにかしてくれよ君達の責任だぞ!?」
自棄そのものというか自暴自棄と言うか、そんな状態なライエル。
他の団員を眺めてみても、恨めしそうな目でこちらを眺めている。無理も無いが。
「折角経営も軌道に乗ってきたのに…なんてことだ……」
「…あの〜」
その時、不意に団員の中から出てきた少女がぽ〜…っとした声を上げた。やはり相変わらず同じ調子だ。
エルである。彼女の周囲はどこか緊張感が無い空気が漂っている。気がする。
「団長〜、揉めていても仕方ないですし〜……ここは前向きに考えましょう〜」
「なにをどうやったら前向きになど出来るぅぅ!?」
「まあまあ。人手が足りないなら、脚本に人数調整を加えれば良いですし。それでも足りないなら、補充するしかありません〜」
「補充? どこから? うちには補充要因など1人も居らんぞ? それに仮に居たとして、1人や2人ではどうしようもないぞ?」
「裏方の演出にちょっと反則ですけど〜、役者と1人2役で代替案があります〜」
「いやしかし、役者そのものがたりんだろ。私が二十歳の魔法使いをやる訳にもいかんし」
「代役の補充……10人は〜?」
妙に具体的な数字。
嫌な予感。パーティーは顔を見合わせる。
「………。まさか……」
顔を引きつらせてゼイン。みな同じような顔だ。
「ううむ…10。10人か。――1人2役×6人くらいなら……。裏方はそれほどこまっとらんからむしろ裏方から減らして
 人数補充。主役当たりは〜……むむむ」
「待ったストップちょいタンマ」
ものすごい勢いで何やら思案するライエルを横目に、エルに向かって李紗が待ったをかける。が、
「責任とって、頑張ってくださいね〜」
の〜んびりと、エルが微笑む。が、慌てて一同は首を横に振る。
「無茶言うな、俺達に何が出来る?」
「演劇なんか全員素人の中の素人だし……」
無論騎士団のみんなに演劇の経験などほぼ皆無。言ってしまえば学芸会くらいだ。玄人の代役など出来よう筈もない。
「信用問題を言うなら……私達なんか使っちゃうと、沽券に関わるのでは……?」
もちろん素人を舞台に上げるなど言語道断だ。公演できないのも問題だが、素人芸でお金を取るような事をしても信用は同じ事。
しかし。
「がんばってくださいね〜」
脱力するような声と笑みで――そのくせどこか自信満々な様子で繰り返す。
なにか考えでもあるんだろうか――寝ぼけているようにも見えるので、どうも不安を誘う。
困り果てた騎士団の面々と、
「…………」
凄惨な顔を上げたライエルの目が合った。
「ふ……ふふふ……ふふふふふ」
[アリオスト・ドラマティックカンパニー]の団長は…ぎりぎりまで追い詰められた者特有の血走り、据わった目で見据え、告げる。
「……だ・め・で、もともとぉぉぉぉぉぉぉ!」
――こうして、[蒼の騎士団]の狩りに出ていた一部メンバーは、
劇団[アリオスト・ドラマティックカンパニー]の一部に組み込まれたのだった。


今回、[アリオスト・ドラマティックカンパニー]が西ミルレスで公演するのは『ニーベルング・ラグナロク』という、
比較的定番の劇である。元々かなり昔に脚本されたものが伝わったものだが、大筋は単純。
全能神オーディンから地上の英雄を集めるよう命じられたヴァルキュリアは、ヴァルハラから下界に降り立ち勇者を集める。
が、途中でジークフリートと名乗るものが警告をする――これ以上、勇者の魂を集めるな、と。
主神の元に戻ったヴァルキュリアは、再び英霊を集める為下界に。
そして、再びジークフリートが登場。英霊を率いて、勝負を挑み、撃退する。撤退したジークフリートは
敵対する神ゼウスの元で動いている事が分かり、ラグナロク――神々の黄昏と称されるが、元は神々の終末――を迎え、
オーディン率いるヴァルキュリア達とゼウス率いるジークフリートと魔物たちが全面対決する。
オーディンはゼウスと、ヴァルキュリアはジークフリートと一騎討ちし、ヴァルキュリアはジークフリートに打ち勝つ。
が、英霊達は魔物達に次々と敗れ、オーディンも倒れる。そしてヴァルキュリアが渾身の力で放った攻撃がゼウスを打ち倒す。
ゼウスの魔物達は消え、独りになったヴァルキュリア。しかし、その想いが仲間を蘇らせる、という筋書きだ。
定番と言うよりは…手垢が着き過ぎている感もある。それだけに、見るものは安心感があるのも事実だが。
ただし――新作と言うだけあって、もとの話からずいぶん新しい世界観を作り上げている。
それにより、結末の安心感と、斬新さの驚きとを同居させると言う方針らしい。……団長談だが。
そして今回演じる『ニーベルング・ラグナロク』の看板には――なにやら、真やら、空中大決戦やら、斬新な演出やら、
そういう垂れ込みがくっついていた。
その意図を尋ねるシルファにライエルは、
「よく聞いたな! 今回の奴は今までの定番を覆す解釈、視点、また舞台衣装に演出。それによって、この定番作品の
 『ニーヴェルンゲンの指輪』を新たな角度から演じ、新しいシナリオやリアリティのある演出と物語進行を心がける。
 これぞ温故知新! えらいぞ私、わーっはっはっはっは! と、言うわけだ」
「そ、そう言うものですか?」
「因みにクライマックスでは、オーディンとヴァルキュリア、ゼウスとジークフリートの世界の果てと呼ばれる崖による
 空中戦をする予定だ。ここですでに斬新だなうむ」
「どうやってですか? 空中戦って…」
「吊りだよ吊り。空中操演。反射板操作の機材で極細の鋼線がある。これで空中に吊って操作し、戦ってもらう。芸術だな」
「……自分がやるので無いから、好き勝手言ってるような気もする……」
それはさておき。
その日は突貫作業で舞台とテント並びに機材だのが組まれる横で、騎士団の面々も話の大筋説明と衣装選びをされていた。

「うわぁ〜♪ この衣装かぁいい〜♪」
馬車の衣装室にずらりと並んだ衣装。軽く何百着はある。しかも、どれも1着でかなり値が張るようなしっかりした高級品。
なかでも鎧などは、装甲が薄いだけで本物と言って差し支えないようなものだった。おまけに何着か、
実際に使われるような本物の戦闘用服や鎧などもあるらしい。
「いいねぇ。お、これなんか俺に似合うんじゃない?」
「ぶ、似合わねー。特に色」
……などなど各自で騒ぐ。まあ最初は衣装を見てもらってどんなものか知ってもらおうと言うことらしい。
今回の劇に用意された役は、ヴァルキュリア、オーディン、ゼウス、ジークフリート、勇者の英霊が5人。
後は街人とか、そういうちょい役が何人か。ちょい役はなんとでもなるので、主役級のものばかりだ。まあ殆ど居ないのだから
当然と言えば当然だか。で、割り振りを決めるわけだが…。
「ヴァルキュリアはやっぱりLeneaちゃがいいんじゃない?」
「う〜ん…どうしましょ。そんな大役できるかな…?」
「なら私きぼーん♪」
ハイシー立候補。そういえば本職で女性前衛はsatomiと2人だけだ。
「エー」
「えーってなんだえーって〜」
「マリさんやってみたら?」
イツキが薦める。でも、
「え、でも私だと武器の重さと衣装でずるべた〜んって転んじゃったりしそうだし…」
「じゃ、やっぱしハイシーが適任か…?」
自分に合いそうな衣装を探しながら李紗。やってもらいたいと言うのも有るのかもしれない。
「よっしゃ〜♪」
「じゃあ、ジークフリートは〜?」
それっぽい服を出しながらLenea。
「……」
「……」
「イツキさん決定!」
マリアスが言う。なるほど似合いそうとは見える。
「へ? はや!」
「ほぉ、ジークフリートか…いいよ別に」
イツキが黒い衣装を受け取る。試着してくると…なかなか、いやかなり様になっている。
武器は別の部屋だが…鎌でも持ったら、死神だ。見事なはまり具合。
「フフフ」
「お〜…なんというか、そのまんまというか、はまりすぎというか、適任と言うか…」
シルファがそう洩らす。そうしているとマリアスが衣装を1着、手に持って渡す。
「し〜るぅ〜ふぁ〜さんっ♪」
「はぅ!?」
「これなんかどうですっ?♪」
幾重にも織り込まれた紋様に青いマント。金の金具には魔力でも篭ってそうな輝き。小道具に魔道書。
「おぉ……どうでしょうか?」
「ぉ〜似合ってるかも♪ こっちも適任…じゃないかな?」
「Lenea〜これなんかいいとおもうよ〜?」
そういってハイシーが差し出したのは白いドレス。天使が着てそうな――そんなデザイン。
「……あの〜」
と、盛り上がっているところにひょこっと顔を出したのはエルだった。手には台本(らしい)物を持っている。
「配役はこっちで決めますから、今は服を見るだけなんですが〜」
「えー?」
「ああでも、希望役があるなら、優先はしますけど〜……衣装はある程度決まっているので」
そろって顔を見合わせる。
「俺ジークフリートとか!?」じんしんと李紗がはもる。
「私は英霊その1でいいですが…」控えめにシルファ。
「私、なんかこう、カッコイイ役がいい♪」とsatomi。
「あ、でも、全員当たるわけじゃないのよねぇ。3人あぶれるけど…?」
「あ〜、3人は、裏方のみに回ってもらいます。特殊効果、音楽、演出のサウンドその他なんかと、
 青による台詞指導なんかです」
「じゃ、3人だけ舞台には出れない、と」
「そういうことです〜。あぁでも、重要な役なので〜、やり甲斐はありますよ〜」
「それなら…僕がやりましょうか」
ゼインが進み出る。元々こうなったのは事故とはいえ彼の魔法だから、自重しているんだろう。
「あ〜そうですね〜、ちょっと待ってくださいね〜?」
なにやら役の配分を決めているらしい。
「ええと、まず最初に、ゼウス役の人は生き残ってたので」
「いや、他の人も死んでないって」
「生き残ってたので、残り8人にしてもらうことになります。展開によっては裏方兼用です。で、私の見立てでは〜……」
ハイシーを指差して、言う。
「ヴァルキュリア役が一番はまりそうなのがハイシーさんですかねぇ。で、ジークフリートは……イツキさんお願いします。
 ひょっとしたら正規の役の人より似合ってるかもしれませんね〜」
「それは、光栄なことで」
「で、オーディンは…Akkyさん、お願いできますか?」
「まあ、いいが」
「じゃ、お願いします〜」
「ほい、了解」
「後は、英霊役ですけど、5人居ますね。ではまず、シルファさんと、satomiさん。
 それからじんしんさんと、李紗さん。であと、Leneaさん、でお願いします。」
「……その見立てって言うのは……?」
じんべいが訊ねる。エルは飄々と
「私、人を見る目があるって言われてるんですよぉ〜。どうです〜?」
「いやぁ、どうといわれても……」
「じゃ、役は以上です〜。後の人は裏方の仕事を覚えてもらいますね〜。で、役のある人は服を選んでください〜。
 どれを着るかは、お任せしますので〜」
「ほ〜い」
「了解」
「わかりました」
「じゃ、全員衣装が決まったら舞台に来て下さいね〜」
そう言って、テントのほうに去っていく。3人と一緒に入り終わって見えなくなったら、また衣装の決め合いに縺れ込んだ。
「ハイシー、これなんかどうだぁ?」
「えー、動きにくそだし」
「俺は――これでいいかな?」
「あ、Akkyさ〜ん、こっちにそれっぽい服見つかりましたよ〜」
「ほ〜い、どんなやつ?」
「……なんというか、渋めの」
「ああ、これで良いけど」
「Lenea〜こっちにもっとキワドイのが〜♪」
「……それが僕に対する挑戦というのなら、いつでも受けて立ちますよ……ふふふ」
こんな調子である。
「……やれやれ、ですね……どうなることやら」
シルファの落ち着いた囁きは後ろからの騒音でかき消された。
ちなみに全員衣装が選び終わったのは30分後だった。
「遅〜〜〜〜いっ!! カメより遅いてか岩より遅い!! 今までなにやってたんだぁ〜!?」
「衣装選びを」
「3分で終わらせろそんなもん! ああもう、これだけで27分消費した! すぐ舞台練習いくぞ〜!」


ミルレスは土地が広い割に人口が少なめの街だ。
アベルやルケシオンに比べると、娯楽も、観光目的に出来そうなものも、あまりない。
しいて言えば、31階に及ぶ魔物の住みついた大地下墓地ぐらいだが、まあ冒険者以外は普通は行かない。
そんなわけで、北ミルレスの宿屋の主人は、大抵の場合に退屈していた。
殆ど客の来ないこの宿で従業員をしていても家でごろごろしているのと大差が無い。
其れ故、来客を告げる玄関の鈴が鳴ったときは、珍しいことも有るものねと、欠伸をかみ殺した。しかし――
ざっ。
その欠伸は途中で中断された。入り口に立つ2人の客。
「あ、ええと……」
しばし絶句したあと、どうにか声を絞り出す。
「お、お客様…で?」
「そうだ」
端的な低い声。2人の客――とおぼしき男達――は、どちらが言ったか分からない声で呟く。
「部屋を1つ、借りる。前金で三日分だ」
「あ、はぁ…どうも」
いって、金貨をもらう。顔には出さないが、不審に思う。
男達は2人共、同じ格好だった。一切の装飾も無い、黒い外套。フードを目深にかぶり、どちらも顔はうかがえない。
そして、背はそれほど高くないのだが、引き締まった体つきがマントの上からでも見て取れる。
妙な威圧感。片方が残りの金貨を受け取ろうとしたのか、マントから手を伸ばす。下にはなにやら黒いスーツのような服を
着こんでいる。まるで全身から『俺達は闇の世界からやってきた殺し屋だ。邪魔をするものは始末する』といわんばかり。
まあ、お金を払ってくれれば客は客だと思い、金貨のおつりを渡す。本当に殺し屋だったら困るが、いかにもという格好なので
帰って嘘臭い。その男はおつりをしまおうと外套の中に手を戻そうとし、
そして――それをしまう拍子に、何かをごとりと落とした。
「………」
「………」
それは、肉厚の大型のナイフだった。あきらかに果物を剥くようなシロモノではない。
柄には皮が巻いてあり――妙に使い込まれているように、握った手の形にうっすらと擦り減っていた。
「……ええと、はは」
主人は愛想笑いを浮かべながら、内心冷や汗をかいていた。
こんなナイフなど、普段から持ち歩く人など居ない。意味が無い。まあ、広い世の中だし、
なんとなく持ってないと落ち着かないとか、刃を舐めていると発作が落ち着くとか、
そういう変人もいるだろう。多分。おそらく。きっと。
「あ、あの〜、宜しければ宿帳にご記入を…」
「…うむ」
ナイフを懐になおし意外に素直にペンを握る。ロイ=ディスカーソン。ガル=ディスカーソン。
やはり兄弟らしい。はもって言う。
「部屋へ案内せよ」
「あ、はい、ただいま…」
ギクシャクと部屋に案内する主人。この客達には変なちょっかいはかけないようにしよう、と心に決めた。

とりあえず部屋に入り…ロイとガル、ディスカーソン兄弟は外套を脱いだ。
同じような筋肉質の身体に身体の線に沿った衣装。貼りつくほどきつめでも無いが、だぶつくような緩みも無い。
フードを取った頭髪は黒。2人ともこれまた同じでオールバック。そして――目元にはサングラスとおぼしき黒いレンズ。
何もかも兄弟一緒である。そして腰には……先ほどのナイフが、左右対称に皮の鞘に収まって吊られている。
素人が見てはただそれだけのことなのだが……剣の心得があるものには分かるだろう。
その吊り方は――居合の吊り方によく似ている。抜く動作そのものを攻撃手段とする太刀の構え。
その性質故に要求される戦法は――先手必勝、初撃必殺。鞘から白刃が煌いた時、対象は既に断たれていなければならない。
そういう技術。そしてこの兄弟は――それを左右で扱う。
「さて……」
兄のロイが口を開く。
「このぶぁかっ! あんなとこでダガー落とす奴があるかっ!」
がすっと拳骨をごっつい拳でガルにぶつける。衝撃でグラサンが床に落ちる。
でてきた目は……なんというか、草食動物のような――やたらとやさしい目だった。
他のパーツはごっついのだが、その目が全てをぶちこわしにしている感じだ。
「い、痛いよ兄ちゃん」
「やぁかましい! 宿屋のおばちゃん、おもいっきし怪しんでたじゃねーかっ!」
ナイフを落とす落とさない以前に格好で既に怪しいのだが、そんな事は気にもしない。
「うう、ごめん。鞘の留め金外れてたみたいで」
「言い訳無用、問答無用、天地無用!俺らが暗殺者だとばれたらどうする!?」
みればわかる。兄もグラサンを外す。こっちも……なんかこう、福々しい垂れ目だ。
「ともかく――なんか例の連中、調度劇団の中に入ったって話だ。下見をした後に、行動を開始するぞ」
「う、うん兄ちゃん」
「情報通りならあそこに居るはずだ。灰色の髪のそれらしい女を見たとな。
 あの――ハイシーとやらを暗殺する」


「違ぁ〜うっ!」
舞台まで歩み寄ったライエルが怒鳴る。
テントの中で既に組みあがった舞台。その上で李紗、じんべい、シルファの3人が稽古を受けていた。
ちなみに舞台はかなりの広さで、下手な家より大きいかもしれない。客席はさらに広く、なんでも350人収容できるとか。
「違うだろ! 台詞も覚えれんのか!? いったいいつから役者やってると思ってんだ!?」
『いや、昨日から』
全員即答ではもらせる。エルまで加わっている。
「………」
しばし黙り込む。ライエルはしばらく左右に行ったり来たりして、何事も無いように続ける。
「いいか、李紗君、じんべい君、シルファ君。そもそも……」
「――劇団員だけあって切り替えが早いですね……」
「いつものことですから〜、気にしなくて良いですよ〜」
苦笑し呟くシルファの声がはっきり聞こえたか、エルがぽ〜っと返答する。
「とにかく。演技力が無いのは仕方ない。一朝一夕でつくものではないしな。まあ一朝一夕でやられたらこっちは立場が無いが
 ――それはもういい。諦める。君ら、皆若くてこう言っちゃなんだが見た目もいいからな。
 それに身体の基礎は出来てるみたいだしある程度は動けるみたいだから、証明と効果音、BGMで誤魔化すしかない。
 だが台詞回しだけはどうにもできんのだ。――幾らゼイン君達が青でサポートしてくれると言っても、四六時中全員分を中継など
 無理な相談だ。とにかくきちんと覚えてもらわないと困る。一応覚えやすいようにこまごまとした台詞は簡略化してるんだし、
 詰まったり途中で笑ったりなど論外だ」
「はあ……」
疲労のためか剣幕に呑まれてか、曖昧にじんべいが返事する。
「エル。演出及び美術担当から何か言うことは無いか?」
「はい〜?」
急に話を振られ、瞬きする。
「……そうですねぇ〜、まず李紗さんに関しては……台詞が棒読みな節がありますね〜。これは全員に言えることなんですが、
 感情移入が足りないかと。その役に実際になった気分にならないとお話になりませんよ〜。あとは、じんべいさんは、
 ちょっと台詞も動きも躓くと言うか、たまにひっかかりますねぇ。すらすらと澱み無く、お願いしますね〜。
 で、シルファさんは〜、台詞はOKなんですが〜、表情が曖昧ですねぇ〜。もっとこう、感情表現を豊かにお願いします〜」
「ふむなるほど一理あるな」
「いや、そんなこといわれても……素人だし」
「最初からいきなり幾つものことは無理ですよ…」
頬をかきながら李紗、苦々しくシルファ。じんべいは台詞の練習を小声でしている。
「だからって公演まで素人のままでは困る。仮にも地上世界から選び抜かれた勇者達の役なのだぞ?
 本当ならもっと凄味もきかせて迫力もある、それでもって凛々しく雄々しく壮大に。
 まあそこまで言わんが、かといって棒読みでは劇にならんしな」
優秀な役者なら足運び1つ、ちょっとした仕草、台詞回し一言になんというか、
『凄味』のようなものを載せて表現する事が出来るのだが…
いかんせん素人の彼らでは、そのような細かいことを言われても対応できる筈が無い。
「あ、それなら〜、演技力は余り期待できない以上〜、別のことで迫力を醸し出すというのはどうかなぁ〜?」
「別の方向?」
「たとえば〜、髪の毛を鬣の様に逆立てるとか〜、逆に全部剃り落として『南無阿弥陀仏』って書きこむとか〜」
『無茶を言わないでくれ』
はもらせて抗議する。下手をすると本当にされそうで怖い。
「でも〜、ビームだせとか〜、変形しろとは言いませんから〜」
とりなすようにエルが言うが、半眼で李紗が言い返す。
「――それに感謝しろとでも?」
「あでも、口から火炎吐いたりとかくらいは〜」
「できんっつ〜の」
「ん〜、じゃあ何も無いところから剣を出現させたりとか〜………あ、それなんか勇者っぽくないですか〜?」
「…………」


一方こちらは楽屋裏。残りの英霊役のsatomiとじんしん、Leneaの3人と、ジークフリートのイツキ、オーディンのAkkyが
ゼウス役のカーマイン=レブジェレクターに指南を受けていた。切れ目の整った顔立ちで、体格もいい。
歳の割に老けていて、渋いオジサマという感じ。だがまだ28らしい。
「いいか、まずは成り切る事――これは最低条件だ。当然だな、例えばジークフリート役なら
 ジークフリートという人物なのだから、イツキのままでは別人ということだ。役をもらったら、『自分』を捨てろ。
 生まれたときから自分はジークフリートだと思い込むんだ。君達は自分らしさと言うものを持っているが、
 それを舞台にまで持ちこんではジークフリートではなくイツキという役になってしまうということだ。
 自分の役の人物を知ることだ。なに、難しいことじゃないさ。すぐ慣れる」
「ほぅ。……なるほど」
「うぅ、難しい……Leneaちゃん分かる?」
「う〜ん……。劇って大変なんですね〜……」
「当然だ。何も知らない素人にいきなり出来るような簡単なものだったらお金を払ってまで見に来ないさ。
 だからこそ俺達は誇りを持ってこの仕事をしている。そんなに楽な道ではないのさ」
ちなみに今回のことは、一応罪滅ぼしの意味もあるが、形式上は蒼の騎士団の団員は劇団アリオスト・ドラマティックカンパニーに
雇われていることになる。一応、最後まできちっと公演できれば、幾許かの報酬も支払ってくれるらしい。
一応騎士団の他のメンバーにも連絡はつけてあるし、なによりお祭り事や面白いことが好きな人達なので、
なんだかんだで代役を引き受けたのだ。
「で、なりきる以外になにかは?」
訊ねるAkkyにカーマインは受け答える。
「そうだな…とりあえず、この劇は戦記だ。言ってみれば大半――半分くらいは殺陣だ。
 で、君達は本物の剣士や魔術師やだったりするんだな。だから、団長の方針は……演技力がないけど、戦いは本職だから
 戦闘シーンは半ば本気でやりあってもらえれば十分迫力はあるし、むしろ殺陣には無い本物の気迫が
 観客を圧倒することが出来る――だそうだ」
「ふむ」
「元々、団長は吹き飛ばさせる前にAkkyの剣技に目を付けたらしいし」
「てことは、戦闘になったら真剣勝負のつもりで打ち合え、と?」
「まあ、ありていに言えば、そうなるな」
「でも……真剣勝負って、やっぱりどこか安心感がでてしまうのでは……
 舞台の上で、観客に見守られて、レプリカの武器を打ち合っても……」
Leneaが言う。確かに、実戦とは違う。そのためどこかで油断が出るかもしれない。
大体、武器。あくまで演劇をするために作られた殺傷力の無い物だ。剣の形をしていようが、どこまでいってもそれは
『相手を倒す武器』ではなく『芝居のための小道具』なので、実戦の命の駆け引きの緊張感や当たると斬られる、殺される、
といった意識が出ない。
「そう言うことは……どうなんだろうなぁ。確かに、木の剣を突きつけられても殺される、とは思わないから、
 本当の勝負と同じようにってのは難しいのかもな……。よし、団長に掛け合ってどうするか聞いてやるよ」
「はい、よろしくおねがいします」
「――そろそろ飯の時間が近いな。よし、食事の準備だ。男性はテーブルなんかの準備、女性は食事作りの手伝い。
 頼むぞ!」
そういって、団長の元に駆け足で去っていった。


テントの前に、ざっと止まった2人の影。上はフード、その下から外套と言う、あやしさ大爆発の格好だった。
ロイとガルの2人――ディスカーソン兄弟である。目の前にはぽや〜っと――本人はせくせくと
働いているらしい――した娘がいる。
「[蒼の騎士団]団長、ハイシー……だな?」
訊ねる。あくまで確認である。本人の口から肯定の言葉が漏れたとき、容赦の無い居合抜きのダガーが彼女を襲う。
左右から抜き打ちで繰り出される音速の刃は、速やかに彼女の頭を胴体から切り離すだろう。
だが、ただの少女ではないはず。[蒼の騎士団]を率いる団長の任に就いているのだ。只者であるはずがない。
が、しかし。万が一その不意打ちの刃を咄嗟にかわせたとしても――彼らにはもう1組の死神の鎌がある。
彼らはプロで有ることを自分達に課している。あくまで迅速に、速やかに、かつ確実に。途中でためらったり
殺す瞬間を楽しんだりなどは論外だ。そんな暗殺者は所詮、二流。そう彼らは考えていた。
一人で居るところは――願ってもないチャンスだった。これで私語とは終わる。
だが……一瞬、脳裏に巡る感情。みると少女は、少なくとも外見上は
もろく、儚い、硝子細工のような、ただの少女だ。花売りでもしている姿しか想像できない。
”本当に……やるのか?”
躊躇いが過ぎるが、押さえ込む。自分達は非情の暗殺者。自分に言い聞かせる。
”許せ……これも仕事だ”
外套の下で、決意するようにダガーをきつく握りなおす。そのため細かな震えが神経に伝わってきた。
「[蒼の騎士団]ハイシーだな?」
もう一度問う。少女自身が自分への死の宣告を告げるのを待つように。が。
「あの〜…違いますけど〜……?」
「……へ?」
呆気に取られた顔になる。
「………違うのか?」
「私はエルンシスカといいますぅ〜。エルと呼んでくださいな〜」
ひたすらぽ〜っと、エル。ガルがなにやら言い出す。
「いやしかしだな、灰色の髪のそれらしい娘が劇団と来たって言う情報……」
がすっ
「……ぐふぉ…っ」
「……黙ってろ、お前は……!」
抑えた声で話す。今回の依頼は匿名。[蒼の騎士団]の団長であるハイシーを暗殺するという依頼。
その匿名の人物はお膳立てとでも言うようにこの情報を与えてきた。独自の情報網なのか、他人から買ったのかは見当もつかない。
が、劇団と蒼の騎士団が合流したのはほんの最近なので、それなりの情報網なのだろうと推測する。
実際にミルレスに劇団が向かっていたのは知っていたから。
これが、『奈落の道標』ディスカーソン兄弟の初仕事であった。
劇団の中に居て労働し、疲労していてなおかつ、仲間も減っている今の状況はチャンスと思ったのだ。
「そうか、人違いでしたか。いや、失礼し――」
「あ、ハイシーさんなら、中で演劇の稽古をしていますが〜」
ぽ〜っとエル。どうも会話が半テンポずれている感じ。
「ん、ああ! そうか、それは失礼――」
「なんなら〜、呼んできますけど〜……?」
「ん、いや! ありがとう。でもまた後日でなおすことにしよう。――おい、いくぞ」
「……あ、うん」
まだ幸運は見放しては居なかった。が、この場で呼んでこられても倒せる確率は低い。1人の時、それも不意をつかなくては。
『外れ』かと思ったが……情報そのものはガセネタではないらしい。
まだ、チャンスはある。そう思い、とりあえずは戻ることにした。


食事の手伝いに借り出されたマリアスとハイシーとLenea。後の食事作成係は
エルだけだ。先ほどまでテントの外で洗い物をしていたらしい。
「そうですね〜……みなさん、得意な料理とか、あります?」
「え〜っと…」
それぞれ思案する。ハイシーが真っ先に、その後マリアス、ちょっと時間を置いてLeneaが答える。
「広く浅く作るタイプだから、これといって得意なものはないなぁ。
 しいていえば、洋食かな? スパゲティとか。ナポリタンなんかいいね〜」
「う〜ん、同じく……広く浅くかも。あ、チャーハンとか得意か……な?」
「……きんぴらごぼうとか、得意ですよぉ?」
答えた3人にゆ〜〜っくり頷くと、材料をメモした。
「は〜い、わかりました〜。じゃあ、材料買い出しに行くから、鍋とかコンロの準備お願いしますね〜」
そう言って買い出しに出かけた。言われたとおり3人で準備をする。調度準備が大体終わった頃に以外と早くエルが帰ってきた。
「はい、買って来ました〜。じゃあ、3人にお任せしますね〜。私はやることがあるので頑張ってくださいな〜」
「……え?」
「あ、ちょっと…」
言うが早いかもう居ない。取り残された3人は、仕方ないのでそれぞれの担当料理を作ることにした。
「うぅ、仕方ないなぁ……まぁ、買い出し1人で行かせちゃったし、いいかな……?
 ……ハイシーさん、あっちのコンロでお願いします」
「はいは〜い」
「さぁて、と……そういえば、自分で料理するの久しぶりかな?」
腕まくりしつつマリアス。エプロンを出してきて前に掛け、備品の中から出した中華鍋に油を引く。
「中華は火力が基本〜♪ っとと、お米お米……」
手際よく具――焼き豚、人参ねぎやジャガイモ――を微塵切りに刻み、強火でラードを絡ませて炒める。
「るんるん〜っと♪」
火が通ったらお皿に取っておき、空いた中華鍋にラードを入れて卵を炒りつける。半熟になったらご飯を入れ、塩少々で味付け。
炒め終わったら具を混ぜて、オイスターソースと醤油で味を整える。
「はい、完成〜♪ ハイシーさんとLeneaさんはどうかな?」

ぐつぐつぐつ。沸騰したお湯の中でパスタが踊る。茹でている間に玉葱・ピーマン・人参・ベーコン・ウィンナー・マッシュルーム
といった具を薄切りにする。ウィンナーははす切り、ベーコンは角切りだが。
サラダオイルを引いたフライパンで炒めて塩コショウで味付け。なかなか手際がいい。
麺がゆがけたら笊に空け、具を移したフライパンにオイルを足して麺を炒める。
「うみゅ、なかなかいい感じにできてるじゃなーい♪」
「どうです? ハイシーさん」
「おおマリちゃ、こっちは後はケチャップ混ぜるだけよ〜ん」
「私もできましたよ♪」
「おぉ〜早いね♪ 後はLeneaだけかな?」

Leneaはキンピラごぼうということで、水洗いしたごぼうの皮を剥き、適当な大きさに切って灰汁を抜いておく。
で、灰汁抜きの合間にこんにゃく板を3枚に卸して拍子木に切っておき、沸かしたお湯に塩一つまみと共に入れ、
ひと煮立ちさせる。これも灰汁抜きだ。で、ごぼうを笹がきにし、鍋を用意。油を人さじ垂らし、よく熱した後、
水を切ったこんにゃくとごぼうを炒め、出汁を入れ砂糖と醤油、みりんで味付け。あとはぐつぐつと煮こむだけ。
「……はい、出来あがり。美味しいと良いんだけど……」
「あ、出来ました?」
「あ、うん、出来たよ。きんぴらさん」
「ほぉ〜きんぴら……どれどれ〜?」
「あぁ、まだ蓋あけちゃだめですよ〜」
「いいじゃないのちょっとくらい〜」
「まだダメですよぉ。味が逃げちゃいます」
「……あ、あの〜、そろそろみんな呼んだほうが良いのでは〜……?」
「あ」
「早くしないと、冷めちゃいますよ?」
「そだね。……みんな〜、ご飯だよ〜ん」
「……私達も、外の人呼んできましょうか?」
「はい。じゃ、向こうお願いね」


『をぉぉぉぉぉぉっ!?』
全員一致で歓声を上げる。テーブルには――それぞれの席にずら〜っと並んだ、炒飯とナポリタンときんぴらごぼうだった。
「すげぇ……ご馳走だ……」
「ダンチョウノクソマズイシオスープじゃないなんて……夢のようだ。夢じゃないだろうな?」
「いててててて! ……をぉ! 現実だ……!」
「あぁ、まだ食べるな! 今SS取るから……」
なんて声が団員から。団長はこめかみをひくつかせて「こいつらしばらく減棒だ…」などと呟いてたが。
で、騎士団組はこっちで、
「ハイシーのエプロン……はじめて見た……」
「Lenea良い奥さんになれそうだなぁ……なぁイツキぃ〜?」
「ふふふ、それほどでも……て何言わせる」
「マリアス中華作れたのかぁ♪ 毎日作ってくれ……」
「きんぴらとスパゲティと炒飯ですか…すごいボリュームですね」
「んむ、美味いぞ」
「あ、Akkyさんつまみ食いしないの〜!」
などなど。並べてから食べ始めるまで数分掛かった。
「どれどれ……?」
シルファが口に蓮華に載った炒飯を運ぶ。
料理はその人の顔が出るという。感想は……
「……美味い。ちょっとあっさり味なのがマリアスらしい…かな? 薄くはないけど」
イツキもきんぴらを。「ゆっくり煮こんだんだろうな。味が染みてる。Leneaらしいと思うよ」
で、李紗もスパゲティをくるくるとスプーンの上でフォークを使ってまとめてすくう。
「美味い!? 隠れた才能……!? あでも、具が多くて賑やかな割には味は抑え目だなぁ……」
「……なんか、どれも美味しいし…『その人らしい』ですね……」
それぞれの感想は、まあおおむね好評だった。
「えへへ……よかった」
「ですね。お口に合ってよかったです」
「ふふん♪ 私が作ったんだから美味しいに決まってるじゃないの〜♪」
「お〜い、おかわり〜!」
「きんぴらおくれ〜」
「スパゲティ後4杯くれぇぇぇ!」
「阿呆かお前。でもめったに無いご馳走だし、食い溜めして損は無いか…?」
と、この調子で。
食べ過ぎにより食後2時間は練習が出来なかった一行であった。


「え〜、要するに……」
ライエルが指揮棒のように竹串を動かしながら、言う。
「新入りメンバーの演技力の無さは、迫力で補うのが今回の基本方針だ」
食後しばらく。誰も彼もご馳走だと食べ過ぎ、動くのも億劫な状態になっているので、今のうちにと
今後の方針や決定事項を伝える事にしたらしい。
「迫力……って?」
団員の一人が満足そうな顔で訊ねる。
劇団という仕事柄、やらなければいけないことがありすぎて食事も簡単に作れ、すぐ食べられ、腹持ちする物が多い。
煮こみ料理なんかは作る暇が出来そうに無いときに融通が利くのでたまにするが、それとて時間を
掛けるような美味しいものは余り作れない。それで『ダンチョウノクソマズイシオスープ』というわけだ。
余談だが、そういう融通が利くという為、ここの備品の煮こみ鍋は冗談のように大きい。
試しにハイシーが被ってみたら、出られなくなった。重さもかなりの物らしい。
それはともかく。
「そもそも演劇には素人の君達を雇う気になれたのは……Akky君の剣技をみたからだよ」
「……あの〜、目をつけて提案したのは〜、私なんですけど〜……」
「ええいやかまし。お前に説明させたらこの話だけで公演当日になってしまうわ」
食器を片付けるマリアス、Lenea、ハイシーに食器を渡す騎士団のメンバーをみながら言った。
「ともかく、やはり本物は違う――そう感じたよ。闘気と言うのかなんというのか、まあともかく本物の
 使い手が放つ気配と言うものは見るものにも伝わる。私など釘付けに見とれてしまって、他には何も見えんかったよ」
「大袈裟な…」
「大袈裟なものか。元々私は演劇という物の硬直した形態に疑問があったのだ」
「――というと?」
「演劇と言うのは見る者、演じる者との約束事の上に成り立っておるのだよ。例えば木だな。あれと――」
言って大道具の中の木の絵が描かれたベニヤを竹串で指す。
「――あれが、同じに見えるかね?」
今度指したのは、公演する公園に生えている樹木。
「違う。断じて違う。ベニヤと桜の木が一緒なものか。あれは記号化された『木』だ。
 これは木ですよー、と言う了解があって、それを双方が納得した上で初めてあれは『木』となる世界になる」
「………。シルファさん、分かる…?」
「ええ、まあなんとなくは……」
「うぅ、悔しい……」
「ふっ。俺も分からん♪」
「話の腰を折るでない。ええと、どこまで言ったか?」
「約束事があって初めて、あれが木になる、ってところからだったかしら〜」
「おおそうだうむ。でだな、物語に有る実際の空間を切り取って来れない以上、どうしても演劇はそういう約束事の積み重ねの
 上に出来てしまう。いや、それが悪いわけではない。そういうことを否定したら演劇はそもそもすることなどできん」
少し間を置いて、竹串で歯の隙間を掃除しながら言う。
「だがな、そもそも客が楽しむためには、予想されたものばかりを出していてもいいものではない。やはり面白さと言うのは
 客の予想を良い意味で裏切ることにある。分かりきった当たり前のことを当たり前のように見てもつまらんだろう?」
「そうですね――確かに意外性は面白いとおもわせる重要な要素と思いますが」
「うむ。だから――だから、だ。そういうお約束ばかりで塗り固められた世界に終始してしまっては意味が無いのだ。
 時にはそのお約束を裏切り、壊してやらねば、そのうち演劇はやがて極限まで単純化されて皆同じになる。
 そうなったら面白くも何とも無い。一度きりだ。演劇そのものが廃れてしまう」
「それは……極論なのでは」
「極論なのは自覚しておる。良いから聞き給え。――つまり、演劇という記号だらけの世界を良い意味で覆したいのだよ。
 そしてその手段として考えたのは――今までにない新しく組みなおした脚本、
 そしてリアリティ、つまり本物の味、真実味を取りこむこと。
 木だってそうだ。ベニヤの絵より……今回から導入なのだが、木のレプリカを仕入れた。最近は衣装も本物を作成している
 専門家に頼み込んで限りなく本物に近づけてある。そして――君達、本物の剣士や魔術師、聖職者に義賊……
 本物の剣士が本気で剣を振るう様は、殺陣とはまた違った迫力を醸し出す。殺陣のように剣でチャンバラし合った挙句に
 悪――まあようするに主人公の敵対する相手が大体負けるのは予想できるよな。そんな分かりきった結果の剣戟より、
 どちらが勝つか分からない、双方命がけの真剣勝負――とすれば、観客もいってしまえばお遊戯剣法の殺陣とは違った
 迫力で観客を魅了するはずだ。例えばAkky君やイツキ君達に関して言えば、ちょっとやそっと演技力が乏しかろうが
 剣戟における本気の迫力で客を圧倒してしまえばそれなりに楽しんでもらえるはずだ」
「殺陣ってのも別種の難しさと言うものがあると思うけど?」
「いいかげん、演劇の殺陣剣術は型にはまりすぎて下手な安心感が出てしまっているんだよ。
 展開が予想できるから見るものとしては面白みの無い活劇場面になってしまう。だが本物の剣士の剣技は、
 一瞬先の展開も息を呑む迫力を出してくれるはずだ。そう実感した」
「あ、でも質問が」
Leneaが立ちあがる。ライエルは視線を向けて、促した。
「その本物の迫力なんですけど……模擬剣ではその、なんというか……本気が出せないと、思うのですが……」
「あ、あぁ、カーマインが言っておったな。大丈夫。模擬剣ではなくて本番では真剣を使う」
「げ、ちょっと待った!」
「なにが大丈夫ですか……。無茶過ぎます、死人が出ますよ?」
「何を言う、死と隣り合わせの緊張が客席に伝わることで迫力がでるだろうが! 既に多種多様の武器をそろえるように
 注文しておるわ。明日には届く。うむ、仕事が速くて助かるな」
「おいおいおいぉぃ」
「ああ、ちなみに魔法やらも普通は爆薬に頼っておるが、今回はそれは無しだ」
「そうしてください……役者が爆死する」
「なにしろ本物の魔術師が2人も居るのだ。掛け値無しの本物の魔法を〜」
「使うなぁぁぁ!」
数人が突っ込む。なが〜い溜め息をついて、satomiとじんべいがうめく。
「これで事故死なんてしなければ良いけど……」
「何を言うか! 舞台の上は死に場所と心得ておるのが役者だっ!」
「意味が違う……」
「……あんたら、よく今までやって来れてるね……」
団員はその言葉に苦笑するだけだった。


公演まであと3日に迫っている。今度は少し通しで芝居をする。照明の調整や効果音のタイミング、反射板の位置なども調整。
「――はい、そこでヴァルキュリアが登場。ああ違う、もっと颯爽と、神々しくっ!
 ……そこ、反射板の角度変えて一瞬だけフラッシュさせてくれ。その隙にばっと……そうそう」
「……そなたはもう死んでいる。今お前の魂は黄泉の狭間に居る。私と共に来るか、
 それとも奈落にこのまま見を委ね…ぐ!?」
「ああだめだだめだだめだぁぁぁぁ! そんなとこで噛んでたらお話になら〜んっ! もっと澱みなくすらすらとっ!
 それに英霊役! 表情がなっとらん! お前は死の狭間でこのまま黄泉に行くか戦女神と共に行くかを選択するのを迫られる
 英霊なのだぞ!? そんなぽけ〜っとした顔じゃなくてこう、『ここはどこだ、俺は死んだだと……!? 貴方はだれなんだ?
 いったいどうなっている…!?』と、こういった表情を出せ!」
「無茶言うな!」
李紗が叫び返す。が、聞こえてないのか受け流したのか――いや、聞こえたんだろうが、
「それっ! そんな小声では客席の末端なぞ届きもせんぞ! それに表情は『異世界のような場所で
 状況が把握できない中突然現れた謎の女神に驚きながらも鵜呑みには出来ず疑っている顔だからして…こうだ!」
「ぶ! ぎゃはははははははっ!」
手品のように瞬間的に変わるライエルの顔。もともとはまあ、顔立ちは良いだけに
突発的に切り替わる表情はまるでテロにでも遭った様。本人が大真面目なだけに、なおさら笑いを誘う。
「君もだハイシー君! あの無表情はなんだ!?」
「い、いやぁ……なんか笑い堪えるのに必死で」
「なぜ笑う! 真面目にやれ! 感情移入も足らん! 君も地上の勇者が死に逝く所を見届け、
 それでいてその魂を集めなければならんその苦悩が伝わってこんぞ! そういう、『なぜオーディン様はこんな事を?
 手足となる私が考えることはいけない――でもこの魂を集める事にどんな意味が? 私は死神――なのか?』
 ……と、こう言う表情だよ、必要なのは!」
「そ、そんなこと要求されてもねぇ……というか、団長のような滑稽な顔になりそうだし」
「なにが滑稽カッ! ああもう、あと3日だぞ! もうすこし演技に対する気迫を見せろ!」
「いやでもねぇ……」
「…………。嫌なら辞めてもらってもかまわんぞ? ――怪我の治療費と、馬車の修理代、公演中止によって出ると予想される
 諸々の損失分を払ってくれるならな………いつでも辞めてくれ」
「うぐっ」
無論そんな大金など全員からかき集めても無い。というか、信用などはお金では払えない。
「わかりましたっ……ああもう、こうなったら(強制的に)迫真の演技だ! 蒼の底力をみせてやるぞ〜!」


「今度こそ……」
「ああ、今度こそだ!」
ディスカーソン兄弟は、劇団のテントの入口に立って中を眺めるように目を細めた。
公演間近でそろそろ劇団も殺気立ってきている。自分達の殺気も、忙しく動き回る彼らの中に溶け込むだろう。
他の団員を恐れるわけではないが先に察知されれば目標の暗殺は困難になる。
因みに2人の服はミルレスの市場で買ったものに着替えている。
エルとかいう少女から彼らの存在を伝わっている可能性があったからだ。2人共作業着のような服にしている。
そしてナイフは、懐に鞘と共に吊ってある。いつもの腰の位置では『暗殺準備万全』といわんばかりなので
抜刀の早さが多少犠牲になるが仕方ない。
ただグラサンはいつものままなので人相は変わらない。いや、それを指摘すれば
「これは予備で、形が違うのだ」と答えるだろうが。
これで変装できていると考えるところに問題があるのだが……
「……兄ちゃん」
「…なんだ?」
「震えてるよ」
言われて気がついた。足がかっくんかっくんと笑っている。そしてそれは弟も同じだった。
「おまえこそ」
「これは、武者震いだよ……」
「気が合うな、俺も同じだ」
「兄弟だからね」
「は、はは、ははははは……」
声をそろえて虚ろに笑う。彼らの視線の先では、問題のハイシーとおぼしき女性が動き回っている。
先日の少女とは確かに別人だが、どちらにしろただの元気な女性に見えた。
どうやら機材の準備の手伝いをしているらしい。活発に動き回る姿は、見ているものもなんとなく元気が沸くような――
――そんな相手だった。
その彼女を殺害する。
暗殺。それが仕事。
「ううっ」
苦しげに声を洩らすディスカーソン兄弟。間抜けさよりも、ここで躊躇う感性が暗殺者としては致命的だった。
それを自覚していないのも問題なのだが。
そのとき、後ろから唐突に誰かの腕が2人の首に巻きついた。
「――演劇に興味があるのかな!?」
いきなり唐突に降って沸いた気配に身を硬くする。
「なっ…」
背伸びをするように腕を回しているのはライエルだった。
「なんだあんた……」
「分かっている、皆まで言うな」
なんか勝手に頷きながら話を進める。相手の言葉などまるで無視。
「私にも覚えがある。演劇はしてみたい。興味があるし、楽しそう。でもその世界に飛びこむ勇気が無い。
 踏ん切りがつかない、恥ずかしい。分かる、分かるぞ若人よ。私もそれで悩んだ人間だ。
 君達の視線を見て昔の自分を思い出したよ」
「いや、俺達は――」
「何度も劇団の公演に足を運んでは、「何か自分にもやらせてください」――その一言が言えずに、ただ
 動き回る団員を眺めるだけ。今にして思えば何をつまらんことで悩んでいたのか。演劇を愛する心さえあれば、
 常に門戸は開かれている! 躊躇う必要などない!」
「だから……」
「さあ、恐れずに! まずは体験入団だ! 我々は新しい仲間を歓迎するぞっ!」
困惑する2人の話などてんで聞かずに、意外に強い力で2人をテントの中に引きずっていった。


「反射板と照明の操作はこっちがやるから、曲の演奏、あと台本をみて青で台詞のサポートだな。ほかは、ゼインさんには
 特殊効果の魔法を舞台にぶっ放してもらうこともあるぞ。ああ、マリアスさんも同じ。
 じんべいさんは、投げる技術を生かして、そういうものの補助を頼みます」
こちらは裏方組。最終打ち合わせと操作方法の確認などをおさらいしている。
騎士団メンバーは団員の裏方組の1人に教わっていた。
「ええと、じゃまずは台本通りに進んでいるとして、どこで何をするかを教えるから」
「はい」
「まず、ヴァルキュリアが登場するとき。じんべいさんが閃光弾を使って、観客の目がくらんだ隙に登場することになっている」
「待った、閃光弾って……」
「ああ、相手の目を潰すような物なんか使えないから、一瞬フラッシュするだけの簡単なやつだよ」
「……はぁ」
「で、途中で2人目勇者が散るシーン、そこでゼインが魔法をぶっ放してくれ。あの――そう、あの辺だ。
 そうだな、攻城兵器をぶち込まれたことになってる。爆発するようなやつ、頼むよ」
「……はい、まあ、いいですけど……」
「で、マリアスはヴァルキュリア以外の人が倒れたとき、ヴァルキュリア役に回復魔法掛けてやってくれないか。
 あとこう、力がみなぎるような魔法があったら、それもお願いするよ。それから、皆復活するシーンで、
 全員に回復していってほしい」
「……了解です」
「ほかには〜……そうだねぇ、各自で担当を決めて台詞の補助を分担して欲しい。あと――あ、団長」
「おぅ、そろそろ食事の準備に掛かってくれ。腹が減っては何とやら、だろう」
「はい。……ところで、後ろの人たちは?」
尋ねる団員に、自身満々で言い返す。
「うむ、新しい仲間だ」


カーマインは滴る汗を自覚しながら、硬直していた。
対峙しているのはAkkyである。オーディンとゼウスとの殺陣を打ち合わせしているところ。
Akkyは一見すると屈強そうには見えない。よく鍛えられているのは分かるが、筋骨隆々と言うほど大柄ではない。
が。抜き身の刃のような気配――というか、闘気というかを纏っている。構えは特には無い。剣を無造作に下げているだけである。
表情も、これといって覇気があるというわけでもない。ほとんど普段と変わらない。なのに――
「…っ」
カーマインがうめいた。一瞥されただけで身体が金縛りにあう。まさに蛇に睨まれた蛙。
間合いがどうの、構えがどうの――そう言う問題ではない。動いた瞬間に斬られる……そう本能が警告する。
まる自分が刃の檻に閉じ込められたような錯覚を感じる。Akkyが無造作に踏み出してきた。
「いくぞ」
それでも彼は咄嗟に動こうとし愕然とした。足が動かない。緊張で引きつっている。
殺陣は経験があっても真剣勝負の本物の闘気にさらされた経験など彼には無い。Akkyが剣を構えながら無造作に踏み出し――
「ま、まったっ!」
悲鳴を上げると、緊張が解けた。
カーマインが脱力しながら模倣剣――神話でゼウスが持っていたという神剣のレプリカ――を地面に落とす。
ちなみに、結局届いた武器は真剣ではないものの、刃がついていないだけの金属製である。
殆ど一致で「いくらなんでも危険過ぎる」ということで刃の無いものになったのだ。だが真剣と同じ位の重さはあるし、
扱いを間違えたら斬れるし、刺さる。だから慎重に扱わないと入院者が増える。
「冗談じゃない――殺す気か……!?」
「……まだなにもしてないけどなぁ」
かりかりと頬を掻きながらAkky。聞こえているのかいないのかそのまま続ける。
「本物に稽古つけてもらおうというのは分かりますが……この兄ちゃんは本物過ぎますよ」
うめくカーマイン。ライエルが脚本を丸めてべしべし手を叩きながら怒鳴る。
「なんだ貴様、それでも神か!?」
「役者です!」
「違う! 一度役にはいったらお前達は一瞬前までの自分を忘れろ! 神ゼウスならお前は生まれたときから北欧の神ゼウスなのだ!
 神々との戦争を最後まで生き抜いた神! そしてラグナロクを迎えるために強大な相手にも臆さない! これぞ――」
「いやまあ、団長の言おうとしてることは分かりますが」
力説するライエルに呆れ半分、とりなし半分で応じるカーマイン。
「大体、あんたも大人気無いぞ。俺みたいな素人に本気だすなよな」
「全然出してないけどなぁ」
「俺に取っちゃ十分本気だよ。殺されると思った。あんたにとっちゃ本気のつま先みたいなもんかもしれんが――
 少しはこっちに合わせてくれよな。本物の迫力って言っても、程度ものだぜ。こっちが動けなくなるんじゃ殺陣にならんだろ」
「…難しいもんだな」
苦笑しながら剣を鞘に収めた。結局連れてこさされたディスカーソン兄弟は、困惑しながら様子を見ていた。


「いよいよ明日かぁ」
食事もその後の稽古も済ませ、ハイシーとシルファ、イツキ、LENEA、マリアス、satomiの6人が焚き火を囲んでいた。
他のメンバーは寝ている。早く寝ないと明日に響く、と今日は早めに就寝。
ただ、本番前の緊張のせいか、なかなか寝つけないものもいた。団長はいびきがテントの外まで響いていたが。
「なんというか、ここまできちゃったねぇ……」
「成り行きに巻きこまれただけだけど――良いもんだねぇ。疲れるけど」
「みんなで何かをやるって、楽しいですよね。ずっとしていたいなぁ」
「それは勘弁してください……体が持たない」
「あはははは、あの団長だもんねぇ」
「にしても、ハイシーさんのヴァルキュリア……意外と決まってましたねぇ。
 李紗さんしばらく空いた口がふさがらないって感じでしたよぉ?」
「からかうなぁ! というか意外ってなにさ意外って」
「わたしがやりたかったなぁ〜ヴァルキュリア〜……」
「お、なんなら着てみなさい! 意外と、似合うかもねぇ?」
「む、意外じゃなくてぴったしですよぉ!」
「それにしても、よく0からここまでこれましたね…日ごろの行いかな?」
「えー」
「シルファさん……そんなこと言えるようなこと、してます……?」
「ぐ、失礼な……でも気の効いた言葉が言い返せないのが悲しい……」
「くすっ、やっぱり」
「むぅ〜…」
「まあ、ここまできたら、やっぱり成功させないとな」
「だね。はりきりすぎて、おなか壊したりしないようにね?」
「はははは、僕はそこまでやわじゃないですよ」
ひとしきり話す。早めに就寝したとはいえ、当然だがもう太陽は出ていない。
「星……きれいね」
「おぉ〜……これなら、明日は晴れそうですね」
「あ、オリオン座み〜つけた♪」
「うぅ、星座ってあんまり知らない……」
「ほら、あれですよ、あの砂時計の形」
「……あ、ほんとだ」
「星って見てると、落ちつくねぇ……」
「………」
「――そろそろ、冷え込んできたな」
「……じゃ、私そろそろ寝ますね。……おやすみなさいませ」
「おやす〜」
「おやすみ」
「じゃ、私も寝ることにしますね」
「―――みんな」
「ん?」
「明日は、絶対成功させようね」
「もちろん!」
「当然」
明日が、公演当日――


「うわぁ〜〜……来てる来てる!」
舞台裏から、satomiが抑え気味の歓声を上げる。
天気にも恵まれ、[アリオスト・ドラマティックカンパニー]のテントには多数の客が詰め掛けていた。
客席はまだ公演まで時間があるというのにほぼ満席状態。このままなら公演には立ち見客もかなりの数になる。
いかにこの劇団が支持されているか証明だろう。そしてテントの端の方には――包帯まみれの連中も見える。
入院中のメンバーが無理をして見に来ているのだろう。まあ、心配する気持ちはわかるが。
「よ〜し、集合」
等言えるが収拾をかける。楽屋裏で全団員が集合していた。
「まぁ、一時はどうなるかと思ったが、やれるだけのことはしたつもりだ」
そういって全員の顔を見渡す。
「細かいことは言わん。各自、全力を尽くすように。以上だ」
短い激励。だが、下手に色々言って集中力を損なわないようにとの配慮かもしれない。
なんだかんだいってもこの人は団長なのだ。
「何か言いたいことがあれば聞くが?」
「――じゃ、私が」
言ってハイシーが立ちあがる。他の騎士団メンバーは意外な様子でその横顔を見つめる。
「えー、一応は真面目に練習したけど……やっぱり、私達はまだまだの素人だとおもう」
意外な言葉。全員彼女に注目する。盛り上がりを挫いたことおびただしい。だが、かまわず続ける。
「だからまぁ、いろいろあふぉな事するかもしれないけど……補佐や尻拭い、よろしく。
 ここまできたら、絶対成功させたい」
苦笑しつつのその物言いに、団員達はきょとんとした表情になるが、
「今更、なに言ってるんだか!」
と、笑い出す。
「失敗の無い演劇なんかありゃしないさ!」
カーマインがにやりと笑う。
「ダンチョウノキャクホンより、失敗のアドリブの方が面白いかもなぁ?」
「なに、ごるぁカーマイン! 今の台詞は聞きとがめたぞ」
「安心してしくじれしくじれ」
「俺達はプロだぞ? 予想外に対応できなきゃやってられねっての!」
団員達は笑いながら、肩を叩いたりする。ハイシーは憮然とした表情だが――
「……ひょっとして、照れてます?」
「そうかもねぇ」
「……むぅ〜…」
「これでもなかなか繊細なんですよね〜?」
「しおらしいハイシーなんか珍しい。公演途中に雪が降るぞ?」
勝手に言う騎士団員。にやにやと笑いながらからかっている。
「………ほっとけ」
ぷいと横を向いてそういった。わざわざこう言ってくれるからこそ、彼女は騎士団の団長であり、[蒼の騎士団]だった。


結局……
ディスカーソン兄弟は、体験入団したまま、他の団員と同じように使われていた。
劇団員達も用意は周到にしてきたはずだが、公演前日、当日ともなれば細々とした作業など幾らでもある。
幾つも雑用を押しつけられて、右へ左へ動き回りながら――人知れず溜め息を連発していた。
一度はむしろ、標的のそばで怪しまれずに自由に動けるので有利ではないか、と考えたのだが――
「……なぁ、兄ちゃん」
小道具を入れた箱を運搬しながら、ガルが抑えた声で呟く。
「……なんだ」
「兄ちゃん……俺、なんか暗殺者に向いてないような気がしてきたよ……」
「馬鹿野郎、弱音を吐くな――と言いたいところなんだけどなぁ……」
溜め息混じりにロイ。
昨日から劇団の連中の手伝いをしたり、ちょっとした演技をしたりしているのだが――正直、暗殺者として
標的の抹殺計画を立ててるよりも、楽しかったりする。
おっかなびっくりでやらされた演技も、「お、なかなか筋が良いじゃないか。さすが私が見こんだだけのことはある」と
誉められて、ちょっと嬉しかった兄弟であった。
「だってさ、こんなんじゃいつまでたっても初仕事の暗殺なんて出来ないじゃないか」
そう、初仕事。これは正確ではない。
暗殺者として引き受ける仕事仕事、すべて失敗していまだにまともに完遂した事が無いのだ。
成功してこそ初仕事というのなら、これも初仕事には違いないが……
「この前のときも、あの娘が泣いて怖がったから、兄ちゃんおろおろしてたし」
「阿呆、お前もかわいそうだからやめようって言ってたじゃないか」
「だってさあ、気の毒な境遇じゃないか。実の親に暗殺を依頼されるなんて」
「いや、そりゃそうだけどなぁ」
ディスカーソン兄弟。彼等は平民の兄弟だった。
だが、何事もなく平穏に暮らし、ある日ぽっくりと死んだ父親を見て、その地味な人生に自分達を重ね合わせた
結果、平民の農夫と言うことに耐えられなくなったのだ。
だから、家を飛び出し、単調でない日々、派手な仕事と高い報酬。それを求めて――2人は暗殺者になった。
元々才能はあったのか、放浪するうちに身につけた格闘技術は、能力的には彼等を一人前に押し上げていた。
実際、チンピラや新米兵士くらいなら数人や十数人くらいは苦もなくあしらう実力は持ってたのだ。
しかし、能力はともかくとして平和に暮らした少年時代は、彼等の性格を暗殺者には不向きなように形成してしまっていた。
言ってしまえば、彼等は根が善人なのだ。いくら非情の暗殺者と暗示しても、相手が怖がったらどうしても凶器を振るえない。
かといって眠っているところを必殺の一撃、と言うのも気が引ける。
2人そろってこの性格なので、どうしても殺人と言う行為に手を染めることが出来なかった。
令嬢暗殺を依頼され、いざ実行と言うときに身の上話を聞かされただけで同情し、励ましているようでは暗殺者など務まらない。
実際今回も、暗殺できそうな機会は幾つかあったのだが、一生懸命に練習したり、
料理を作ったり、疲れて寝ていたりするのを見てると、どうにも殺意が揺らいだ――というか殺気を奮い起こせなかったのだ。
ある意味これは幸運だったかもしれない。殺気を喚起していれば、気づいたほかの団員や本人に察知されていたかもしれない。
「……よし」
ロイはなにかを断ち切るように、鋭い口調で言った。
「これを最後にしよう」
「――兄ちゃん?」
「あのハイシーが怖がろうが抵抗しようが他の団員が駆けつけようが、全力を持って倒す。それでももし失敗したら……」
顔を上げて、はっきりと言った。
「『奈落の道標』ディスカーソン兄弟の、暗殺者人生を、閉じよう」
「兄ちゃん……」
「気張るぞガル ここが正念場だ!」
「う、うん兄ちゃん!」
2人は決然たる目で、頷く。だが――
「こら、さぼるな! やることはまだ残ってるんだぞ〜!?」
「ああ、はいすんません」
反射的に叫び返して――また深い溜め息をついた。

そして、幕が開ける――

『――さまよえる英霊をその身に宿し、神界へと戻ろうとしたヴァルキュリアの前に、突如現れた黒い影――
 ジークフリートと名乗るその男は、こう言うのでした』
裏方で[叫び]、テント内にナレーションを流すマリアス。ゼインとじんべいはそれぞれ特殊効果の演出と証明の補佐をしている。
ナレーションは交代制でやるようになっている。舞台では調度――ジークフリートのイツキが、漆黒のマントをはためかせて
舞台上から飛び降りて登場するところだった。台詞を流す。
「ヴァルキュリアよ、これ以上勇者の魂を集めるのをやめよ。これは警告だ――」
そういって、背を向ける。腰に下げた剣がかちゃり、と音を立てた。
ちなみにこの剣は例の刃のない模擬剣である。木の剣もあるのだが、返って軽すぎて勝手が違うので、仕入れた模擬剣のなかから
いつも愛用している剣に重量の近いものを、ジークフリートの携える竜殺しの魔剣『ドラゴンスレイヤー』にでっちあげてある。
(結構……やりにくいな)
心の中でそう思う。鎧もまあいつも戦闘時に着るものより軽いのだが、着心地が違うのでしっくり来ない。
まあ、着て練習していたのでこけるようなことはしないだろうが……
「ジークフリート。残念だが、私は主神オーディンの名により動いている。貴様にやめろといわれても、放棄することは出来ない」
ヴァルキュリアのハイシーがそう告げる。振り返った時戦女神の証である髪飾りが揺れた。
「愚かな――」
言うべき台詞を言い放ち、振り向いて対峙し、相手を観察する。
実はメンバーはあんまり殺陣の打ち合わせをしていなかった。時間が無かったのも有るだろうが――いっそ、お互い
本気でやりあったほうが自然だし迫力も出る、というのがライエルの主張。
無茶苦茶だが――そもそも騎士団メンバーを舞台に上げる時点で常軌を逸している。騎士団員の前衛は寸止めをし、
武器に慣れていないほかの団員は半ば本気で殴りかかるようにと伝えられていた。ちなみに慣れてない人は武器は木製だ。
当たってもこれなら怪我も少ないし、なにより鉄製の模擬剣は重い。慣れてないという事は必然的に筋力も不足気味なので、
鉄製では振りまわせない。
(とはいえ――)
間合いを詰めてくるイツキを睨みながら――ハイシーは思った。
(これでなかなか――)
こちらも聖剣――オーディンから授かったとされる破魔の刃、エクスカリバー――を抜き放ちながら、距離を測った。
(楽しいものだなぁ!)
ヴァルキュリア=ハイシーは瞬間的に左の警戒が薄いことを読んで深い踏み込みと共に仕掛ける。
だが、それは誘いの手か半ばまで抜いた『ドラゴンスレイヤー』で受け、イツキは残りを引き放つ動作で居合を繰り出す。
咄嗟に身を引いてこれをかわすが、振り上げきった『ドラゴンスレイヤー』を振り下ろすような大上段からの追撃。
ハイシーは斜め下に身を沈め、四角になるように回りこみながら突きを放つ。翻した刃で受け流すも身体を捻るように
もう一度ねじるように突きを放つ。イツキは危うくかわすが、止めとばかりに追撃してきたハイシーの突きをかわす体制が崩れた。
その切っ先は急所を狙っている。無理やり身体ごととび退ってかわすが、さすがに冷や汗をかいていた。
(下手して当たってたら……危なかったな)
そして、もう一度打ち合わせ、共に渾身の一撃を放つ――。
「はあっ!」
「……っ!」
それぞれ『ドラゴンスレイヤー』は戦女神の肩装甲を掠め、『エクスカリバー』は……鎧の腰の装甲を切り飛ばした。
「なっ……」
漏れたその声は演技ではなく、本物の驚愕だった。
刃のない模擬剣であろうと……必要な角度と速度が揃っていれば装甲を切り飛ばせるのか。
鋭い断面を見せた鎧の破片が鈍い輝きを帯びて転がっている。
『……イツキさん、台詞と血糊……!』
冷静に青で促すマリアス。落ちついた声で言ったそれは瞬時に失敗や突発的な事態に対する冷静さを取り戻させてくれた。
「くっ……さすがは戦女神、といったところか……」
肩を押さえる振りをして肩の位置に仕込んだ血糊を握りつぶし、台詞を放つ。鮮やかな紅い鮮血が舞台の上に滴った。
――おおおぉ……っ!!
実際に斬られたかのような生々しい場面に観客はどよめいた。
事態に驚いて呆然としていた一瞬の時間もある種の『溜め』として働いたようだった。つまり、あまりに鋭い剣捌きのため、
斬られてから血が出るまで間があった、という風に観客には映ったのだろう。
意図してやったわけではないが、結果的に双方の剣の凄味、力の拮抗を演出することが出来たようだ。
――おおおおお………
観客席のどよめきはまだ尾を引いている。まだ前半も終わっていないうちに――
観客は最早舞台に釘付け、度肝を抜かれ、手に汗を握っている。
持参のお菓子を口に運ぶのを忘れてこぼしている人すら居るほどであった。
「今日は分が悪いようだな……。今は、引いておくとしよう」
そう言い放ち、退場する『ジークフリート』イツキ。それを見送ってから……一瞬だけ観客の方に目を走らせ、身を翻した。
照明の関係で客席の詳細は見えなかったが――劇に呑まれていることは、察知できた。
(そうなんだなぁ……やっぱり)
ハイシー1人では、これほどの客を驚かせ、楽しませることなど出来ないだろう。それは、イツキでも、他のみんなでも同じ事。
みんなが1つの目的に向かってなにかをする。そうでなければ成し得ないこと。
うつむいていたハイシーは、観客には表情が見えなかったが――小さく、微笑んだ。
こういうのは悪くない。本当に――悪くない。
「私は、負けるわけには――いかないのよ」
そうジークフリートの去った方に言い残し、歩き出す。半ば棒読みだったが――雰囲気に呑まれた観客は、
これも『感情を無理やり押し殺した声』に聞こえるようだった。
このあと、ジークフリートがオーディンの敵対するゼウスの元に帰還するシーンである。ところが――
『待て』
響き渡った声は、恫喝的な響きを含んでいた。しかも、はもっている。
「……?」
ハイシーは怪訝に思いながら振り返った。こんな台詞は台本に無かったはず……?
舞台に登場したのは――体験入団の2人だった。黒い足元まで隠す円錐形の外套にサングラスをしている。
どう見ても胡乱というか悪者くさいというか……悪役風味なことおびただしい。
「なに……?」
仮面や衣装などは変わっているが……ロイとガルとういうことはすぐわかった。わかったが――
『飛び入りみたいですねぇ〜』
エルがぽ〜っと青で知らせる。
『えぇ、飛び入りって!? ……これから出るゼウスとジークフリートの場面は?』
『う〜ん、どうしましょう……今、カーマインさんがこっちに連れてこられたんですが……なんか、ノビちゃってまして〜』
『へ?』
『仕方ないです、ナレーションと青でフォローしますから、臨機応変にお願いします〜』
『り、臨機応変にって……あぁ、もうっ』
仕方なくハイシーは2人に向かって踏み出す。ロイとガルはそろって街頭を跳ね上げると腰の両側に吊ってあるダガーに
手を添えて構えた。その瞬間――
(…こいつら!?)
無意識のうちに剣を構え直す。感じたのは、経験が浅いのか気乗りしないのか、絞込みが甘いが、これは――殺気。
『ジークフリートを退けたヴァルキュリアの前に立ちはだかる黒衣の2人。果たしてその正体は――?』
アドリブでマリアスがナレーションを流す。こう言うときの頭の回転は速いらしい。
「――貴様達、名を名乗るつもりはあるか?」
台詞ではない。それがわかったのだろう。2人は胸を張って叫んだ。
『奈落の道標―――ディスカーソン兄弟!」
その言葉を聞いてハイシーも剣を構え直す。観客はここが見せ場らしいと勘違いして、沸いた。
……おおぉぉぉ!
「はっ!!」
裂帛の気合と共に突進してくる兄弟。左右からの完璧な――見事な連携だった。
(……隙がないっ、何とか切り崩さないと――!)
鞭のようにしなる左右からのダガー。それを左右少しずらしたタイミングで1人ずつ放ってくる。
片方かわせば……それで体制を崩したところに、もう一方が襲いかかる。確実な戦法。
「くぅっ……!」
右の奴の右からの攻撃を剣で受け流し、そこに出来た隙間に身を滑りこませて振り向きざまに剣をなぎ払う。
だが、それは宙を斬り、反転しようとした左側の奴が見えた。斬られる――
「へっ!?」
だが、その左から来るはずのガルは悲鳴じみた声を上げて転んでいた。さっきの血糊を踏んだらしい。
背景に突っ込んで大穴を空ける。もう片方も――勢いを殺せずに、やはり滑って――楽屋の物置に突っ込んでいた。
『ええと……どうしたらいいこれ?』
呟いたハイシーの耳に、じんべいの青が届いた。
『え、えととりあえず幕引いてごまかせって』

「やるな、ハイシーとやら……!」
顔を上げてロイ。転倒した際にサングラスは外れていた。ものすごい勢いで幕が引かれ、舞台と客席はいったん隔離された。
「このディスカーソン兄弟のコンビネーションをやぶると、がっ!?」
裏方組が大慌てで背景を替えたり血糊をふき取ったりしているのを横目に、ライエルが首を絞めているのが見えた。
ちなみにガルの方は書き割りに頭を突っ込んだまま撤収されたらしい。まだ抜けないようだ。
「そんなことはどうでもいい」
ライエルが押し殺した声で呟く。それこそ、演技ではなく本物の迫力を纏って。
「そうかそうか。…………くわしい事情は知らんが、せ〜〜〜っかくうまくいってた筋書きを滅茶苦茶にしてくれた
 責任は取ってくれるのだろうなっ!? ええっ!?」
「く、くるし……しむ…」
「見所がある若者と思っておったのに、わしになにか恨みでもあるのかっ!? ええい、死ね! 死んで詫びろ、がるるるる」
そういって腕に力をこめる。頚動脈を絞めたのか、ガルは青い顔で気絶した。
「あの〜、お父さん、今はそんなことしてる場合じゃ〜」
「おお、そうだな」
言うとあっさりぽい、と捨てる。後頭部から、ごん、という音がしてロイはむぅ〜ん、と唸ったまま動かなくなった。
「しかし、カーマインが気絶してますね――なんか怪我もしてるみたいだし。この後の展開はどうします?」
団員の1人が尋ねる。幕を下ろして数分しかたっていないが、そろそろ降ろしておくのも限界だろう。
「こうなったら――構成を変える。演出もだ。だが、ゼウス抜きのシナリオで不自然なく仕立てなければならん。
 どうするか……」
「あの、それなら私に案が――」
そういって進み出てきたのは―――マリアスだった。
「今からG会話と青であらすじ説明しながらやるから、よく聞いて――」


『謎の暗殺者の襲撃を退けたヴァルキュリアは、英霊の魂を率いて神界へ帰還しました。そこで待ちうけていたのは――
 魔物を従えたオーディンだったのです』
「ヴァルキュリアよ、よくやってくれた。さあ、英霊達を」
「……はい」
返事と共に舞台が一瞬フラッシュする。瞬間的な発光が消えたときには――英霊達が姿をあらわしていた。
「ヴァルキュリア、本当によくやってくれた。歴戦の英霊を従えれば、私は神界――いや、世界の王となれる」
「……!? オーディン様、それはどういう……」
「…………そなたは、もう用済みと言うことだ!」
「なっ!?」
そういって手を振りかざすオーディン。すると、英霊達から魂を抜かれるような陽炎が揺らめいた。
「っ……」
「これは……っ!?」
シルファとじんしんがうめく。同時に、オーディン――Akkyの周りで魔物が唐突に現れた。
舞台上でマリアスが、こっそりとLeneaが、英霊役にリチマナを唱え、英霊が強制的に操られる演出と、
サモンによりモンスター召還を演出したのだ。観客からどよめきが起こる。
耐えるように片膝をつく英霊達。高笑いを上げるオーディン。
「ふははははは! 先ほどそなたが合間見えた黒衣の暗殺者は、私が放ったものなのだ!しくじったようだが……
 後腐れが出来た、それだけのこと!」
だが――そこへ一条の光が差し込んだ。
「!? ……なんだ?」
その光は……やがて舞台全体を照らし、なにも見えなくする。
その光が消えたときには――もう一人のヴァルキュリアが、降り立っていた。
「なっ……馬鹿な、ヴァルキュリアが2人…!?」
そのヴァルキュリアは光の翼を広げ、自身を包み込むと――英霊達が呪縛から解き放たれた。
カンの祝福により翼を、呪縛を退けた演出はクラネラを唱えたのだ。観客はその幻想的とも言える光景に目を奪われた。
「馬鹿な――呪縛を弾いた……だと?」
オーディンがうめく。もう1人のヴァルキュリア――マリアスは、顔を上げると、言い放った。
「オーディン、貴方は――元は正しかったはず。なぜこうなってしまったのか――それは問いません。
 が、貴方は自分の手足とするべくヴァルキュリア――戦女神を創り出した。そして、その力によって歪んでいく貴方の
 ――まだ、ほんの少し残っていた、正しくあろうとする心が――私を生み出したのよ。貴方を――間違った方向に
 進んでしまったあなたを、殺すために……」
「私の……心が生み出した、だと? ……そんな馬鹿なことが――」
「貴方の最後の良心はこう言っていた。――もう止まらない私を殺してくれ、と」
「馬鹿な……私は信じぬ、信じぬぞ! やれ、魔物共! 神に仇なす愚か者共を引き裂くのだ!」
その台詞を合図に、マリアスとLeneaが魔物に指令を与える。――Akky以外の舞台の人間と戦うように。
ゼインがナレーションを入れる。
『そして、ラグナロク――神々の終末が始まった』

「やぁぁぁっ! 」
裂帛の気合と共に剣から闘キが吹き荒れる。satomiの放ったメガブレードは魔物2体を葬った。が、疲れが見えたか、
背後から飛びかかる魔物に気付かない。が――「アデュレナ!」
吹き荒れるプラズマに焼き焦がされ塵となる魔物。放った人物――シルファが言った。
「油断大敵ですよ?
「……ありがと、シルファさんっ」
呼び出した魔物には襲いかかる振りをしろなんて言う細かい命令は聞かせられない。だから、本気でというか、
本当に襲いかかるように命令してある。そのため、こっちとしても本気でかからなければいけなくなり――
結果、この殺陣――というか戦いは、実戦と同じ雰囲気を醸し出していた。観客はもはや虜だ。
「こんなものか〜っ!?」
李紗が叫ぶ。投げたナイフは的確に魔物を射貫き、突き出したダガーは魔物に確実な致命傷を負わせる。
「きゃっ……」
召還した本人のLeneaにも魔物は飛びかかった。再命令は今からじゃもう遅い。駆けつけれる位置に居る者は――交戦中。
が――Leneaに飛びついた魔物は、疾った銀光に空中で真っ二つに分かれて散った。その剣は『ドラゴン・スレイヤー』……
「ジークフリート!?」
「やはり、オーディンは狂っていたか。ヴァルキュリアよ、これで敵対する理由は無くなったな。――加勢する」
そういって駆け出す。魔物の群れを駆けぬけたジークフリート――イツキは、『ドラゴン・スレイヤー』を鞘に収める。
カチン、と剣が音を立てたとき、後ろの魔物は一斉に砕け散った。
「俺もっ!」
じんしんも剣に手をかける。かちりと鯉口が鳴った。居合。対象は水平に斬断され、しばらく切り離された足だけ歩いていったが、
やがて倒れて消える。
そして、ヴァルキュリア――ハイシーとマリアスは、それぞれ武器――『エクスカリバー』と、邪竜が体内に
呑みこんでいたとされる大鎌『レヴァンテイン』――を握り締め、オーディンに立ち向かう。
「オーディン……ッ!」
「さようなら………!」
そして、左から振りきった『レヴァンテイン』と――
右から振り下ろした『エクスカリバー』が――
オーディンの――かつては主神としていた神の胸を切り裂いた。

「…わたしは……こうなることは、初めから……わかって、いたのかも、しれんな……」
オーディンの、最期の呟き。神々の黄昏を巻き起こした神は――今、息を引き取った。
「……英霊達よ、よくやってくれました。ここで――お別れです」
ヴァルキュリア=マリアスが言う。その身体は――薄く輝いていた。
「オーディンから生み出された私達は――主を失った今、存在する力をもう残していません。
 ……本当に、よくやってくれました」
「今度生まれ変わるときは――私達も、人間になりたいものだな」
ハイシーも英霊達に向かって言う。辺りには、まばゆい光が満ち始めていた。視界が霞む中、聞いた最期の言葉――
『ありがとう――』
その光が引いた後には――彼女達の、髪飾りだけが……その場に遺されていた。
ラグナロク――終末の予言とされるそれが終わったときは、神界の空はまさしく――黄昏色を映していた。


幕が引いていく――
「Akkyさん、済みません。なんか一人だけ悪役にしちゃって……」
「いやいや。なかなか面白かったよ」
「そ〜れにしても、ハイシーもマリアスも、意外にはまりやすい性質だったんだなぁ?」
歩み寄ってからかうように言ってくる李紗。
「ふぇ?」
「ほら、涙涙」
「うぅ……かもね――自分でも意外」
「いやぁ、演じてるのは自分なのに、良い話すぎて妙に感動しちゃってね〜。
 あれ、マリアスがアドリブで考えたの?」
「いえ……家のお母さんからもらった神話の本にあった奴なんだけどね……北欧神話じゃないから意外と知れてないと思って
 使わせてもらっちゃった……だめだったかな?」
「いや、君達はよくやってくれたよ」
全員が注目する。そこには――満面の笑顔を称えた、ライエルがいた。
「なるほど、脚本よりアドリブのほうが面白い、か。あながち、外れてはいないかもしれんな。
 カーマインの言っていたことは不問にしてやるとするか」
「あぁ、じゃあダンチョウノクソマズイシオスープっていうのも…」
「たわけ! 言ったのは誰だ!? 先1ヶ月給料半額にしてやるっ!」
「えぇぇぇぇぇっっ!? そんな殺生なぁぁぁ!?」
「お前かぁぁぁぁ!」
言って追いかけあいをするライエルと団員を見ながら、みんなは楽しそうに笑った。
まだ幕の裏側から余韻冷めずに聞こえてくる歓声と拍手の音と合わせるように。


「いやぁ、見ましたか? [アリオスト・ドラマティックカンパニー]の『ニーベルング・ラグナロク]!」
「見ました見ました! 仕掛けは凝ってるわ、ステージはリアルだわ、話も良いわで。さすがですなぁ、あの劇団は。
 今回は殺陣もすごく気合はいってましたしね〜、特にほら、最期のクライマックスのラグナロクも良いんですが――
 オーディンの放った暗殺者と戦うシーンなんかも、短いんですが凄い迫力で」
「魔物の軍団も出てきたでしょう? あれって本物って言う噂ですよ?」
「はは、いくらなんでもまさか。とはいえ、あれも凄い迫力でしたねぇ。本物と間違えても無理はありませんね」
「魔法とかも、どうやって再現してるんでしょうねぇ? 大爆発が起こったり、稲妻が吹き荒れたり、天使の羽根が羽ばたいたり!
 感動してしまいましたよ」
「あれも本物とか?」
「まさかぁ、違法ですよ。とはいえ、流石ですなぁ、ここは。次に訪れた時は仕事を休んでも見に行こうかと……」
「それはいけませんなぁ。しかし、それだけの価値はありますねぇ。もう一度みたいですなぁ」
「途中、珍妙な場面もありましたがね、なんだったんでしょ?」
「あぁ、あれはいつものことですよ。あの劇団はいろいろ実験的なことをしたがりますからね。新しい演出とかかもしれませんね」
「最期の場面なんかもよかったですなぁ……曲のせいもあるんでしょうが、思わず泣けてしまいましてね、恥ずかしながら」
「いや、私もですよ。娘と息子を連れていったんですが、ヴァルキュリア役のあの役者さん達にファンレター書くって聞かなくて」
「あのヴァルキュリア役の女の子もなかなか美人でしたなぁ。息子が一目惚れしてなければいいんですが」
「ははははは。そういえば今回の劇は見ない顔の人ばかりでしたねぇ。新人ですかね?」
「新人であれですか、さすがこの劇団ですなぁ。まさに期待の新人、といったところでしょうか」
「お、うまいですねぇ」
……………………………


あれほど途中で混乱したにもかかわらず、劇は大好評であった。大量の尾ひねりも舞台に投げ込まれ、アンコールも
沸き起こっていた。惜しみない拍手と、歓声がテント――いや、ミルレスを揺るがし……彼等は、満足げに帰路に着いた。
「残念だな――」
ライエルが心底――といった表情で言う。公演の行なわれたミルレス西の街門にて、騎士団のメンバーは
劇団の面々と別れの挨拶を交わしていた。
劇団[アリオスト・ドラマティックカンパニー]側の人間には、エルンシスカやライエル、カーマインはもちろん、
元『奈落の道標』ディスカーソン兄弟の姿もあった。公演のあと、殺到した観客達に握手を求められ、娘達に嬌声をあび、
その場の勢いで役者の振りをしているうちに――すっかりその気になってしまったらしい。
当人達曰く、「暗殺者にはなれなくても、暗殺者の役ならできるかも」とのこと。
単純な連中だが――そういう連中だからこそ、暗殺者より役者の方が相応しい。他人の笑顔を自分の喜びとできる、
純朴な感性をもっている事――これが優秀な役者の条件なのかもしれない。
だが、ライエルは不満げな表情を残しながら言った。
「シルファ君やゼイン君が居なくなるとなると、また魔法やらの効果を爆薬に頼らねばならん」
「だからそういうのはやめてください」
苦笑しながらシルファが言い返す。
「君等も――特に最後なんか、とても素人とはおもえんくらい気合が入っておったからなぁ。このままやっていれば、
 すぐに看板役者にもなれたろうに……」
「いやぁ、私達には私達の居場所がありますか………ら?」
そういって苦笑するハイシーの言葉の途中で、音のする皮袋を手渡す。ずっしりと重いそれを開いてみると…
…約束よりかなり多い金貨がぎっしり詰められていた。
「ずいぶん多いけど……いいんですか?」
訊ねるハイシーに、ライエルは
「結果的には、色々とためになったし、得がたい経験もした。君らとであった事でね。まぁ、君等への報酬と、
 その幸運に払ったお金だと考えてくれ」
「……そういうことなら、遠慮なく」
そういって袋の口を縛ると、しまう。
「ま、また機会があれば――一緒に演ろう。劇団[アリオスト・ドラマティックカンパニー]は、何時でも君達を歓迎する」
「……団長」
「ん?」
「――こちらこそ、いろいろありがとう」
「今度来たら遠慮なく攻撃魔法を叩きこませてもらうよ♪」
「いや、それは遠慮しておこう」
「あはははははははっ」
ひとしきり笑った後、改めて別れを交わす。
「じゃあ、またどこかで」
「うむ、またいつか、どこかで――な」
ハイシーの言葉に大きく頷く劇団の面々。そして、名残惜しそうに………馬車を走らせる。
「……楽しかったね」
みんなを見渡しながら、マリアスが言う。
「そう…かな。そうだな、多分」
大変だった記憶ばかり残っているが、なぜかそれは一つ一つ楽しかったように――思えてくる。
まるで楽しかった過去を惜しむように、みんなは誰先にともなく振りかえる。
そこには、振りかえり、手を振っている者達――
短い間だが、確かに『仲間』であった人たちがいる。
「またね〜っ!」
「またこいよ〜!」
そう叫んで――手を振り合った。


     In The Place Of A Opera  完




まず………
登場してる人、なんかいろいろ勝手に動かしてすみません(汗
俺なんであんなことしてるんだよ!?とか思わないで見てやってくださいな^^;
あと、ここに登場するキャラクターは全部作ってあります。言ってみればNPCです。同名の方が居ても突っ込まないでください…w
さて、なんかすんご〜〜い長くなってしまいましたが、ここまで読んでくださってありがとうございました。
感想なんか掲示板にでも書いてくれたら嬉しいかなぁ……なんてw
In The Place Of A Opera 〜成り代わりの演劇会〜をお送りしました。