猪苗代史跡めぐり 『週末の小屋暮らし』 (裏庭だより)


ちょっとおでかけ ・・・ 猪苗代史跡めぐり


お盆休暇を 小屋で一人で過ごす私を気遣って
ご近所のTさんが 朝食に誘ってくれた。

彼女の自家栽培野菜のサラダと
福島県産の桃を添えたヨーグルト、
爽やかな草原に包まれて テラスで朝食。

「これから 猪苗代観光に 行きましょうか?」
片付けも そこそこにして
二人で 猪苗代に向けて 出発〜!


見祢の大石 (みねのおおいし−国指定天然記念物)

最初に訪れたのは 1888年の磐梯山噴火で 火山性泥流によって運ばれてきたという 巨大な石。
民家のすぐそばにあるので 写真を撮るのは控えた。

話に聞いていたときは ただの大きな石かと思っていたが、 実際に見ると その大きさには 圧倒される。
磐梯山に登りに来た人は 帰りにでも ここに寄ってみると いいかもね。


猪苗代のお菓子

「そういえば、 まだ 『あげまんじゅう』 を 食べたこと なかったんでした? これから 買いに行きましょうか?」
「もちろん、 行く 行く〜!!」

猪苗代にある "せんべや" の 『あげまんじゅう』 は、 午後からだと 「売り切れ」 になるお菓子。
以前 お店に行った時は 正午を少し過ぎていたので もちろん あげまんじゅうは 売り切れ。
でも 今なら まだ入手できるかも・・・

すぐに "せんべや" へ車を走らせて 店内へ。
『あげまんじゅう』 の棚には 1つも並んでいなかったが、 お店の人にたずねると 奥から出してきてくれた。
一緒に 私達のお気に入り 『みそまんじゅう』 も買って 車に乗り込んだ。

「他にも 午後になると 売り切れになる 『どらやき』 がありますが、 行ってみますか?」

もちろん 二つ返事で 川桁の "どらや製菓" へ・・・

「やっぱり 観光には おいしいお土産が ないとね〜」

お土産を仕入れたので
これで ゆっくり史跡巡りが できるというわけだ。(笑)



土津神社(はにつじんじゃ)



会津藩祖・保科正之を祀った神社。

正之が磐椅神社へ参拝した際、
ここを気に入って 自らの墓所と定め、
遺言どおりに 神社が造営された。

「保科正之を大河ドラマに」という
地元有志による活動もあって
ここでは 署名を集めている。





磐椅神社 (いわはしじんじゃ)



保科正之が参拝したという その磐椅神社である。




鳥居の大きな杉の木には 途中から桜が根付き、
「えんむすび桜」 として 参拝する女性も多いとか。

この日も 若い女性が一人 参拝していた。



また ここには 会津にある5つの桜の名木 「会津の五桜」 の一つである 「大鹿桜」 もあって
今はひっそりと 静かな神社も 桜の季節には ずいぶん にぎわうらしい。



亀ヶ城址 ( 亀ヶ城公園 )

中世に この地を支配した
猪苗代氏代々の居城。

芦名方が伊達勢に敗退したことにより
猪苗代城主もここに終わりを告げたが、
江戸初期に出された一国一城令にも
破却されず、 幕末の戊辰戦争によって
焼失するまで 会津藩東の要として
残された。

今は 亀ヶ城公園になっているが、 ここにはあまり人が訪れないのか 今日は誰にも会わなかった。




そして 本日のランチは ・・・
地元の人達に 頑張ってもらおうと
猪苗代町振興公社の "いわはし館" へ。

地元のお蕎麦に
にしんの天婦羅と 蕎麦だんごも つけて・・・。




天鏡閣 (てんきょうかく)



最後に訪れたのが 旧有栖川宮翁島別邸で 国の重要文化財にも指定されている この天鏡閣。
古い建物が大好きな私としては 一度は 訪れてみたかった場所だ。




家具、 シャンデリア、 天井飾り、 マントルピースなど 内部装飾も素敵で
外国の古いお屋敷を訪れているような錯覚に陥る。




東日本大震災で 建物にも ヒビが入る被害があったようで
一部 立ち入り禁止のところもあったのが 少し残念だった。




猪苗代は 猪苗代湖と 野口英夫生家以外に
何もないのかと 思っていたが、
たくさん史跡があって いい町のようだ。

しっかり説明をしながら 案内してくれた
本日のガイド ・ Tさんのおかけで
とても有意義な一日を過ごすことができ、 感謝、 感謝だ。

「今日は 本当に ありがとうございました。」
「今度は 磐梯町や会津若松にも 行きましょう〜♪」



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