第14回内燃機関シンポジウム講演論文集から引用しています。一部、専門的な部分については割愛しています。
写真及び図はホンダ社のカタログおよびダートクール誌の記事から転載しました。

AR燃焼の開発の背景と基本概念

「軽量、コンパクト、ハイパワー」その、独特のフィーリングから2サイクルエンジンのファンは多い。しかし、近年、地球環境に対する感心が高まり、二輪車用エンジンにも厳しい環境適合性が求められている(平成10年10月1日未規制自動車への排出ガス規制施行決定)。2ストロークエンジンは同排気量の4ストロークエンジンに対し高出力ではあるが、機構上「新気の吹き抜け」と「部分負荷領域の不整燃焼」があるため、排出ガスエミッションと燃費に関しては4ストロークエンジンに比べ劣っている。
2ストロークエンジンでは低負荷高回転域において、しばしば自己着火現象が発生し、その自己着火燃焼時には大幅に着火率が向上するとともに、排出ガスエミッションの低減、燃費の改善が図られることが知られていた。
しかし、自己着火燃焼を広い範囲に発生させ、コントロールすることは従来できなかった。さらに二輪車用エンジンにおいては、回転・負荷・使用環境などの広範囲な使用条件と、スロットル操作に対するエンジンの素早いレスポンスが要求されているため、実用化には至らなかった。
ホンダは数々の燃焼解析を行なった結果、スロットル開度とエンジン回転数を検出し、排気バルブを用いて適切に圧縮行程初期のシリンダー内圧をコントロールすることにより、火花点火エンジンと同様に自己着火燃焼の着火時期を制御することに成功した。これをAR燃焼(Activated Radical Combustion)と名付け、その技術を適用したエンジンをラリー用二輪車(EXP-2)に搭載し、苛酷なレース環境(パリダカ・バハ1000等)の中で耐久信頼性を実証し、その実用性を確認した。
このAR燃焼を量産車に適用するために、排気バルブレイアウトの最適化やキャブレターの電子制御化による空燃比コントロールシステム等を採用、燃費・排出ガスエミッションの改善、トルクの向上、ドライバリティの改善を図ることができた。


AR燃焼を量産車へ実用化するための適用技術

量産車用に新たに開発した排気バルブ(Activated Radical Control Valve:ARC/V)は、AR燃焼をコントロールし、かつ通常燃焼領域における低速トルク向上を両立させるために、従来の排気タイミングコントロールバルブ(Revolutional Control Valve:RC/V)に対して以下のレイアウト変更を行なった。 1.圧縮行程初期のシリンダ内の圧力を変化させるために、ARC/Vの作動範囲を従来のRC/Vより広くすることにより、常に最適な着火時期に自己着火燃焼を制御することを可能にした。
2.シリンダ内のガスの漏れを減らして、通常燃焼領域の低速トルクを向上させるために、ARC/Vの前巾は排気ポート巾より広くし、バルブの表面は機械加工の精度を上げることにより、ピストンとのクリアランスを狭くした。
3.従来のRC/Vより広い作動範囲でARC/V表面とピストンとのクリアランスを狭くするため、ARC/Vの軸からバルブ表面までの半径を大きくし、駆動軸位置は従来のRC/Vより低い位置に設定した。
4.ARC/Vは、鉄系材料でロストワックス精密鋳造法によりウェイトの増加を抑えた。これにより従来のRC/Vに比べ大型化したにもかかわらず、同等の追従性を得ることができた。 オフロード走行でのドライバリティと、オンロード走行での快適なクルージングを両立させるためには、左図中のArea.1のトルクの向上とArea.2への滑らかなトルクのつながりが必要である。

ARC/Vを用いたCRM250ARはAR燃焼による不整燃焼の改善により、Area.2でのトルク向上が図れた。さらにピストンと排気バルブのクリアランスからのガス漏れを極力減らす構造としているため、Area.1への滑らかなトルクのつながりを得ることができた。


キャブレター

AR燃焼を実用化するには次のことが重要である。
1.AR燃焼効果を十分に得るためには、広範囲に正確な空燃比制御ができること。
2.ドライバリティにおいては常に使用条件が変動する中で、AR燃焼と通常燃焼間の移行が滑らかに行なわれること。

上記要件に対し、キャブレターには次の機能、性能が要求された。

スロットル開度の検出

AR燃焼は、スロットル開度7〜25%、エンジン回転数は3000rpm以上の部分負荷領域で発生する。AR燃焼はスロットル開度とエンジン回転数に応じたARC/V開度と空燃比に大きく影響を受け、特にスロットルが低開度になるほど安定したAR燃焼領域は狭くなる。このため広範囲にAR燃焼を発生させるためには、正確なスロットル開度を得て、それをARC/V特性、空燃比コントロールにフィードバックする必要がある。
スロットル開度センサーを取り付けるために、リンク式機構を採用しスロットルシャフト回転角を開度センサーで検出。これにより、正確なスロットル開度のアウトプットを可能にした。

広範囲な空燃比制御

AR燃焼が安定して持続する負荷範囲は給気比、エンジン回転数、冷却水温等によって変化する。
AR燃焼の特性上、低給気比ほどAR燃焼の安定する領域が狭くなり、理論空燃比の近傍に収束する。そのため、AR燃焼領域では、通常燃焼領域より許容空燃比巾が狭く、かつ従来よりもリーン側に空燃比を設定する必要がある。一方で通常燃焼領域の要求空燃比は、出力・ドライバリティを満足すると同時に、高負荷・高回転域のエンジン保護も考慮し、従来と同等の空燃比設定が必要である。しかし、従来のキャブレターでAR燃焼領域に適した空燃比に設定することは、特定のスロットル開度・エンジン回転数においては可能であるが、同一スロットル開度で、ある特定のエンジン回転数領域のみ空燃比を変えるような設定は困難を極める。
一般的にキャブレターの空燃比設定は、スロットル開度およびエンジン吸入空気量に対してほぼリニアな特性を持つキャブレターのノズル負圧をもとに設定を行なう。このためある特定領域の空燃比を大幅に変化させるには、このノズル負圧をコントロールする必要がある。そこで同一スロットル開度においてAR燃焼領域と通常燃焼領域双方の要求する空燃比を満足させるために、従来のキャブレターに対し、電子制御スローエアージェット(SAJC)を付設した。
AR燃焼領域では、付設したSAJCを開きスローノズル負圧を下げリーン化することで、AR燃焼の要求空燃比に設定することが可能となり、AR燃焼領域と通常燃焼領域双方の要求する空燃比に制御することが可能となった。その、一例を挙げると、スロットル開度15%でエンジン回転数2500rpmから4800rpmの間のみSAJCを開き、その領域だけ空燃比をリーン化することにより、AR燃焼に適した空燃比設定が実現でき、それ以外の通常燃焼領域はSAJCを閉じて従来の空燃比設定が可能となった。

減速時の空気量コントロール

AR燃焼の下限は、エンジン回転数により変化する。これをスロットル開度で表すと3500rpm付近が最も低いスロットル開度となりその値は7%。これに対してアイドリング時の要求スロットル開度は5%であり、AR燃焼下限のスロットル開度に近く、減速運転時に滑らかな減速感が得られない場合がある。そこで、アイドリング開度コントロールシステムを追加し、アイドリング時に必要な開度(空気量)と減速時に必要な開度をエンジン回転数をもとに制御した。その結果、2ストロークエンジン特有の減速時に発生する不整燃焼を改善し滑らかな減速感が得られた。


AR燃焼による燃焼改善と排出ガスエミッション・燃費の改善

AR燃焼による燃焼改善の値は従来車と比較してHCが42%低減し、燃費は29%向上している。これはモード走行中の負荷がAR燃焼領域と合致し、燃焼改善効果をうまく引きだせていることを示している。また、クルーズ燃費は、車速50kmから90kmという広い範囲で改善が図られ、一般ユーザーの実用域においても効果が得られることが判った。さらにAR燃焼によるトルクの向上は、同一車速での走行時、従来車と比べてスロットル開度が低下し、より小さい給気比での走行が可能となった。その結果、総排出ガス容積の低減につながり、エミッションの低減にも貢献している。
これらは燃焼改善を行なうことによる効果であり、排気後処理では得られない。


AR燃焼システムの実用化による成果

1.排気バルブ構造の最適化を図り、AR燃焼による部分負荷領域での不整燃焼改善と、通常燃焼領域でのトルクの向上を実現できた。
2.キャブレターは、スロットルのアイドリング開度と減速開度の制御、およびスローエアジェットの制御機構を追加し、AR燃焼と通常燃焼双方の性能と機能の要求に対応することができた。
3.AR燃焼システムを適用したことで、部分負荷領域のトルク向上により優れた走行性能を実現できた。
4.ECE40モードにおいて、HCの排出量が42%低減でき、燃費は29%改善できた。


AR燃焼制御システム図

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