フライト日記No.44(99/12/30〜2000/3/11)

2000/3/11(土)  ぶっ飛び一本の予定が。。。

 雨の確率は、午前中50%、午後90%。
 午前中、双海でぶっ飛び1本をもくろむも、朝起きたときから雨。
 さっぱりと諦めがついた。
 


2000/2/27(日) 天候不順により中止

 飛べない時はこんなもんで、いつまでたっても飛べない。
 宇和町では、少々強めの風であった。でも、シンガポールで水に当たって腹を下していた自分にとっては飛べない方が良かったかもしれない。

2000/2/13(日) 双海で久しぶりの1本

 フライト日記がしばらく更新できませんでした。
 こんなたわいもないページを気にしてみている方、どうもありがとうございます。
 しばらく、自分でいうのもなんですが、スランプに落ち込んでまして、これもスパイラルでどんどん悪い方へ悪い方へと向かったわけです。スランプになると何から何まで良くなく、気分も滅入ってしまいます。何をやってもダメです。その1例がパソコンです。Y2Kではないのですが、Windowsフォルダーが消えてしまって立ち上がらなくなってしまったのです。初めは、なんだそれくらいと高をくくっていたのですが、再セットアップもようやすやすとできませんでした。
 これには、頭を悩ませました。何度、再起動をして動作確認したかわかりません。そして、今日現在の3/7でもまだ調子が良くなく、いつフリーズするかという恐怖と戦いながらパソコンやってます。なので、ホームページを書き換えるという心境まで至らなかったわけです。
 その再セットアップを妨げる原因は、パソコンのアップグレードにありました。メモリーの増設、HD増設、ODPの取付、SCSIインターフェースとフィルムスキャナー、イメージスキャナーなどなど、パソコンはいじりまくられています。それが、こんなとき仇になって、再セットアップもできないし、出来てもWindows保護エラーが頻発し、フリーズもたびたび発生するわけです。なんとか解決の方法があるのではと、毎日毎日深夜までつつくのですが、どこが悪いかわからないのですが、そんな状態です。昨日までタワーを裸にして使ってましたが、ファンの音がうるさいのでついに蓋をしてしまいました。これからは、フリーズと仲良くしていかねばなりません。

 そんなわけで、やっと2/13分を書きます。
 この日はとても飛びに行きたい日でした。
 ところが、うちの次男が2月に入って一回で良いから高知の野球のキャンプに連れていってくれというのです。2/20(日)から25(金)までは所要でシンガポール(ナントめずらしい海外出張)へ行かねばならなかったので、もうこの日に高知へ行くしか無かったのです。というわけで、午前中はキャンプ、午後からはパラというふうに時間帯を分けて1日を過ごすことにしました。
 当然私のねらいは、午後から越知で2本飛ぶということでありました。ところがところが、この日は双海へ行くということ。もう飛べないかもしれないと思いながら家を朝5時に出発して高知・春野町へ向かったのでありました。春野町へは9時前には到着し、西部の選手よりも早く球場入りできました。松坂、東尾監督、高木、松井などなどがランニングやキャッチボールをするのを見て、11時前に球場を後にすることにしました。ところが、車に乗った息子は、今度はダイエーの王監督と秋山を見たいとのたまうのです。仕方なく高知東部球場へ行き、目的を達成した後、双海へ向かったのでした。
 
 高知から双海は相当遠く、一人で運転しきれなかったので、我が嫁と交代で高速を飛ばして、双海へ着いたのは3時前だったでしょうか。
 無線を聞いていると久保さんがチェックアウトをするとかいうので、ああもうだめかと思いながらも双海シーサイド公園へ車を走らせたのであります。でも、こんな時間にパラを終えるなんておかしいなと少々頭をよぎりましたが、とりあえず行こうかということで、行ってみました。車を回収するついでに飛んでも良いということだったので、来た甲斐があったと喜び、テイクオフへ上がり飛ぶ準備。少々、風は強めでしたが、これまでの経験からして出れると判断し、クロスでテイクオフ。イメージ通りでばっちりと良いフライトが出来たのであります。
 登る車の中で聞いたのですが、この日ハプニング&事故が有ったということで、早く切り上げたそうですが、それも知らず飛んで申し訳ない気がしたのでした。早く、回復してまた一緒に飛ぼうね。

 それと、アイスバーンの山道をチェーンもない乗用車で牛の峰へ登ろうとする若者が3名いました。我々が頂上まで押してあげたのですが、今後無茶はやめましょう!
 


春野球場でのジョギング

真ん中に松坂が。でもこんなの見てもおもしろくない!松坂の態度はでかかった!!


東尾監督

こんなリラックスした表情が見られるのは、今だからか!


王監督

インタビューのやり取りが全部聞こえた!


2000/1/30(日) すこし期待した日曜日

 飛べないスパイラルは怖い!塩塚の初飛び以来飛べてない。
 天候は日曜日になると悪い。しかし、1/30は、予報が曇りと言うことでかなり期待して前日は松山泊まりであった。
 建築士会の四国交流会が夜まであったため、いとこの家に泊めてもらったのである。土曜の夜は晴れていたので、日曜の朝8:30に工房へ電話する予定であったが、前日の夜更かしのため寝過ぎた。しかし、どこかで雨の音が頭の中をスパイラルしていたので、体が自然に起きずと寝たのであろう。昼前までは、いとこの家でくつろいで、昨夜高木さんの携帯にかけたときほろよいだったので、今も双海のふれあいの館にいるに違いないと考え、双海を経由して帰途につくこととした。
 天候は、朝からはやや回復するが、風は強く飛べそうもない、そんなことを考えながらふれあいの館へ着いた。予想通り、黄色のパジェロやランクル、スクールのバスなども駐車場で発見。部屋へ入った。みんな昨夜のお疲れで、ごろごろ。飛べそうもないので時間潰しである。幸い、大阪国際女子マラソンなんぞも中継していたのでテレビには事欠かなかったが、やっぱり飛べないと言うのは辛い物だ。
 恐らく、今日で合うのは一応最後になるであろう真野さんとも会話をし、きっとまたどこかで合うことを信じながらみんなより一足先に帰ることにした。きっと、最後まで飛べなかったのではないだろうか。それよりも、この日私には、我が家のパソコンのウインドウズの再インストールという試練が待ち受けていたのであった。

2000/1/16(日) いざ、今年2回目の塩塚高原へ

 なんか、最近パラの楽しさを味わっていない。ぶっ飛びでも良いから、浮遊感覚を味わいたいものである。
 半分諦めながら、15日コスモスへ午後9時45分に電話をした。気象条件も悪いし、明日は飛べるわけない、そう思いながらである。そうすると、予定では塩塚高原へ行くという。ほとんど行くつもりがなかったのだが、南予方面から3名参加するらしい。今回は、歩いてあの50mの地獄を味わうこともないであろう、塩塚の氷も溶けていて、テイクオフまでは車で上がれるであろうという期待もあって、私も行くことにした。
 6時30分宇和パーク集合。参加者は、田中・宇都宮と私。十分余裕を持って愛大医学部へ着きそうな予定である。朝飯は、サンクスで仕入れることにした。昼飯は、サンクスの弁当が前日の午前10時に調理されたものであったことから、他で買うことにした。伊予市のローソンで幕の内を仕入れる。準備は整った。
 高速を使わず、時間の余裕もあったので伊予河内線で愛大医学部へ向かう。案の定、15分ほど前に現着。そのうちに、雨が降り出した。行く前からそんな予感はしていたが、こればかりはわからない。みんな集合して結局、雨のため中止で解散となった。
 折角、松山まで2時間かけていったのに、このまま帰るのはもったいない。飛べない場合にと思って持っていた四国88カ所巡りの道具があるのを思い出し、3名で石手寺、繁多寺、太山寺、円明寺を回ることにした。少々雨は降るが、土砂降りというわけではないので、濡れながら回った。その後、アプライドへ寄ってコスモス帰ったら丁度お昼だったので、塩塚高原で食べる予定の弁当を食べて、宇和町へ2時半に帰った。
 工房で昼食を食べた際、体脂肪のことが話題となり、少々気になり始めた。そこで、27%の体脂肪を落とすべく、町内約4kmを45分で歩くことに今日からした。どれだけ続くことかわからないが、また体脂肪を計ったときに報告します。
 

2000/1/4(火) 1年振りの塩塚高原

 1年振りに塩塚へ行った。
 1月の塩塚は、さすがにいつもの表情とは違った、やはり1000m級の山の厳しさがあった。(それ程大げさなものではないが。)まず、民家の最終地点当たりから道路が凍結している。毎日、解けては凍り、解けては凍りを繰り返しているのだろう。思わず、スクールのバスが滑った。ぶつかるかと思った。それに、上に行くほど、路面の氷は厚くなる。無事着くのか不安になる。
 ひやひやな思いをしながら到着すると、塩塚高原は一面真っ白だった。寒すぎて雪が解けない。
 一番困ったのは、塩塚もテイクオフまで車で上がれるようになったと聞いていたので、相当期待していたが、ここも凍結のため車が使えない。森さんのレガシーで下見をするが、それも途中までしか登れず、バックで降りてきた。大変な練習になりそうな予感がした。

 この日来ていたのは、森・楠瀬・黒田・野間・松山・初瀬・高木の7名と、1日体験が2名。立ち上げのレビューが目的だったため、午前中は下で練習、午後から3本、自力で50mを登り飛んだ。今まで忘れていたことも多く、テイクオフの矯正が出来たと思う。
 しかし、50mをのぼるのは、いつのぼっても大変だということを再確認した。


雪景色の塩塚高原

氷の上を踏みしめ登るのはつらい。足下がすべる


つかの間の良いコンディション

今日のベストフライト、森さん。


ランディングは雪原に

寒いせいか雪が解けない!


99/12/30(木) 泉が森探訪、コスモスは、三頭山へ

 とにかく飛べない。
 この日は、コスモスは31日まで徳島県の三頭山へいった。
 私はと言うと、兄弟が30,31日帰省していて、午前中餅つきをしなければならなかったり、正月の準備で徳島まで足が伸ばせなかったため、泉が森へ行ってみた。風は殆どないのに、高岡エリアから来た女性パイロットがソアリングをしていた。後、ハングが3機、ぶっ飛んだ。
 パラの方は、それ以外に二宮さん、浜田さん、大久保さんがランディングにいた。初めて泉が森のランディングへいったが、まあまあ広々として降ろしやすそうに思えた。どこに降りても良さそうなもんだけど。
 ハング+パラ1機は、これから湯布院へ正月フライトに行くという。なんとも羨ましい話である。

 泉が森は、ランディングから見ると随分低く思えた。

たった一人のフライト

高岡から来た女性パイロット。クロカンにでるほどのコンディションではなかった。


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1997年のフライト  (フライト日記 No.1〜No.13)
1998年前半のフライト(フライト日記 No.13〜No.20)
1998年後半のフライト(フライト日記 No.20〜No.28)
1999年前半のフライト(フライト日記 No.28〜No.37)
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