2000/5/14(日) 双海で価値ある1本、最高でした。
宇和町では、朝から雨が時折ぱらつくという不安定な天候だった。
今日は、午前中打ち合わせが2本入っていて、それを終えてからパラに行くつもりだった。しかしながら、その打ち合わせの最中も雨が降ったり止んだりで、到底飛べるという期待を持つことも容易ではなかった。
昼前に仕事を終え、コスモスの携帯へ電話をするが通じない、こんなとききっと行っているはずであろう、田中さんに電話すると彼は仕事中だったが、高木さんに問い合わせてくれた。それによると、雲底はGL+200mくらいにあって、後1時間ほど待って上がらなければ帰るとのことであった。相変わらず雨が降ったり止んだりで、行こうという気持ちは殆ど消え失せ、昼寝モードに突入しかけていた。テレビではのど自慢がはじまる。ヨコになってうとうとしはじめたが、もう一度電話で天気予報を聞いた。西後北西の風0.5m、それって、双海での絶好のコンディションとなるはずじゃないの?
もう一度、コスモスの携帯へ電話。これから2時間くらいカヌーをして帰るという。相変わらず、雲底LD+200mで、TOは見えないという。「まあ、いいか。飛べなくてもサマーフライトスーツでも頼みにいこう」そう思って、気軽な気持ちで出かけた。そのため、デジカメはもっていなかった。
双海に着くと、カヌーは浮かんでないではないか。まさに、車に分乗してみんなTOへ上がろうとしているときであった。どんぴったり、セーフでみんなとTOへ上がった。そこには、最高の風が入ってきているのだった。コンディションも良くなると確信できた。とにかく、誰かが出てから飛ぼうと基本方針を決め、少々ウエイティング。最初に飛んだ野間さんは、東へ行って撃沈した。橋本さん(妻)は、西へ行ったが様子が分からず、堀池セクターが上げ始めた。西だ、そう思って今日は飛んだが、思うところにサーマルがあり、飛びたいだけ飛べて満足満足。一時間半弱。+1000m、中にはもっと上げた人も多かったようです。時間は飛びたいだけみんな飛べてたと思います。中には2本、満足できない人もいました。
なにせ、飛べないと思って行っただけに、今日の飛びは何者にも代え難く今年の満足度No.1(と言いたいくらい)の飛びでした。楠瀬さんは、タンデムでスパイラルなんぞサービスしてもらっていたから、実際は聞こえなかったけれど、絶叫する姿が目に浮かびながらのフライトでした。
2000/5/2(火)〜6(土) 立山らいちょうバレイ・グリーンカップに出場、準優勝
今年も5/2夕方7時に宇和町スタート、立山へ向かった。石鎚サービスエリアで午後9時半に松山組と待ち合わせ。南予組は、松山・田中・宇都宮・飯野の4名である。出発は、丁度7時となった。南予組は早々と石鎚SAに到着。飯を食うと同時に、束村さんにここで会う。彼女たちは立山に春スキーをしに行くという。行く方向は同じだ。結局、北陸自動車道の賤ヶ岳SAでも明け方に一緒になった。
石鎚SAで待ち合わせが遅れ、15分程遅れて出発。徳島道明石大橋経由で立山に向かう。宇都宮さんが意外と飛ばしたため、栗原号・バスよりも随分早く明石SAに到着。その後は睡眠モードとなった。今年はライトアップもなく寂しかったが、ここでゆっくり休憩して本州入りした。しかし、GW前のためか明石大橋から淡路へと入ってくる車が夜中にも関わらず多かった。また、名神がしっかり渋滞していて、大津SAで運転交代となった。それにしてもよく名神は込んでいた。
5/3(水)朝、立山のらいちょうバレイスキー場へ到着しパラをかついでレストラン冨士へ向かう(写真)。午前中ウエイティングとなったが、ガスが晴れないので大会はキャンセルとなり、昼前からバーベキューが始まる。みんなパラを片付けてから食事に着いたが、去年の経験からその前に食べておくのが得策と考え、人が少ない内にバーベキュウを食べることにした。これには飯野君と村上さんが加わったが、結局落ち着いておいしい部分をたくさん食べることが出来た。
みんなが食べ始めたことには雨が降り始め、傘を差している人の滴がたれの中に入るのを気にしながらの焼き肉となった。肉は初めの方は大変おいしく、後はたれ濃いめだったが、焼きそばも含めてお腹が一杯になった。o(^-^)o 後は、バンガロウへ入り温泉に浸かり、夕食に水炊きを食べ、夜は飲んで明日に備えた。長距離移動のため、布団に入るや否や眠り込んでしまい、気がつけば朝だった。
5/4(木) 朝からグリーンカップが開催された。
出場者は、昨年を大幅に上回り、デフェンディングチャンピオンの自分としては、ここで下位になると昨年の優勝は何だったのかということにもなり、意地でも上位に食い込まなければならなかったのだが、こう場合は結果は最悪の方へなるもので、真ん中当たりの14位で、到底満足できるものではなかった。
競技は10分のセットタイムで行われた。ほとんどぶっ飛び競争みたいなもんだ。サーマル山から3分でランディングするというアドバイスを参考に飛んで、7分経ってからランディングアプローチに入ったが、結局早すぎてノーマライズして850点。上位のパラがバンディッド、X-RAYなど数機が参加しており、明らかに不利な戦いであった。しかし結果的にサーマル山の判断により、順位を下げてしまったのである。この日は、遅れて飛んだ宇都宮さんが幸運にも恵まれ3位となった。10分のセットタイムの順位は、偶然に左右されるものだ。実力はまだまだ明日以降の飛びでと自分を慰めるのであった。
夜は、温泉+酒でほぼ昨日と同じ。
5/5(金) 30分のセットタイム。そして朝一の大会開始。
性能の高いグライダーにはハンディが付けられた。そんな中でテイクオフしていったのであるが、金山リフトで飛んでいるがどうも上手くサーマルソアリングできない。次第に高度を落とし、サーマル山でリッジソアリング。そんな中、黒田君は21分ステイして、優勝してしまった。彼が他より随分と飛んだもんで、ノーマライズしたとき他の選手の得点を大きく圧縮してしまった。そして、私が2位、宇都宮さんが3位という、コスモスが上位独占を果たしたのであった。
夜は黒田君の自分自身による祝賀会で一杯を期待していたのであるが、酒の飲めない彼はそれを怠ってしまった。近日中に開催されるだろうと思う。で、「祭りはやし」という回転寿司で腹一杯食って、飲んだ。
5/6(土) 風が良くないので、アルペンルートに雪の壁を見に行く。
朝早起きして、整理券を取りに行ったのであるが、どうも休みが分散型になったせいか、昨年と込み具合が全然違っていて、混んでなかった。みんなに声を掛けると15人が参加することになり、室堂周辺の雪遊びを楽しんだ。
この日は、結局風は良くならず山菜取りとなったので、我々は帰途につくことになった。午後2時半に立山出発、11時半に宇和町着であった。高速もすいていて、快適に帰ることが出来た。
終わってみれば総合準優勝で、半谷さんからは来年はF1リーグにでるように言われてしまった。次はそうありたいものだ。
らいちょうバレイスキー場
1年振りの立山。GWの渋滞のため予定より遅れ、8時半頃到着(5/3)
ブリーフィング
アエロタクトの半谷さんより、エリアの特性がレクチャーされた
テイクオフにて
グリーンカップに準備するパラ
ランディング
一斉にパラが降りてくることもしばしば。
表彰式
私は、最後(表彰状)まで田中美由喜さんに名前を「村山」と間違われました
雪の壁・室堂付近
「ひるどき日本列島」でみたときは20mの雪の壁でしたが、この日にははや18m
立山三山をバックに記念撮影
こんなに晴れて立山が見えるなんて、きもちいい!!
みくりが池に飛び込む3人の、どこかの人たち
こんなにめずらしいことをする人たちもいました
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これがグリーンカップの今年の優勝者
なぜか裸ではい上がる黒田君?
2000/4/30(日) 1本のみと言われながら越知へ
立山へ旅立つ前に、練習をしておこう、と思いながらダメ元で越知へ行った。飛べずに帰るときは、笑いながら帰ろう、そう思いながら空を気にしながらのドライブだった。天気予報では午前中は持っても昼頃からは雨、その予想通り1本飛んで2本目TOへ上ったとき雨はぽつりと来始めたのだった。名本さんは、おニューの機体で飛ぼう、飛ぶまいと3回迷ったあげく、結局2本目は飛ばず。今回初フライトの重見さんは、そんな中もテイクオフしていった。
結局、みんな1本のぶっ飛びで終わった。
帰りに自由軒でみんなでラーメンを食べた。いつも通り待たされた。
この日、何十年か振りに木の根に足を取られて、一番TOの石ころだらけのところで転んでしまった。体の動きも随分と悪くなっていて、おまけに両手がデジカメと携帯でふさがっていたため、走った勢いでカバーしきれず顎を打ってしまった。これが、そのときは軽傷と思いきや、強打していて、立山に向かっての余計な勲章となってしまった。石ころが皮膚の中に残っているように感じるほど傷は深く、血も1日中止まらずなんとも情けない1日だった。
越知テイクオフにて思案
かなりの雲、今にも降り出しそう
重見さんの初フライト
彼は、ぽつりぽつりの雨の中をフライト、でも大したことはなかった
フライト日記 バックナンバー
1997年のフライト (フライト日記 No.1〜No.13)
1998年前半のフライト(フライト日記 No.13〜No.20)
1998年後半のフライト(フライト日記 No.20〜No.28)
1999年前半のフライト(フライト日記 No.28〜No.37)