2000/9/23(土)、24(日) 学科講習&運動会でやっぱり飛べず!
23日午後から、工房で学科講習会がありました。P、NP合わせて、6名が受講しました。
勉強は1時間くらいで終わるかと思っていましたが、5時過ぎまでかかり、その後、勇士で飯野君の転勤送別会をするということで、これに誘われたもんですから、この時間になって帰っても仕事がどうしようもないということで、参加することにしました。
それからが今考えるとぞっとするのですが、「たべもの市場」というところで午後7時開始、コスモスメンバー13名が集合。記念品や花束を飯野君はみんなから贈られてご機嫌上場。私はそんな予定ではなかったので車で工房へ行っていたもんだから、「あまり飲めないな」と覚悟はしていたのですが、いざ飲み始めると「途中で止めるのは。。。」などど本心がでてしまい、宇都宮さんが「運転していっても良いですよ!」とのお声に、神のお告げのような気がして遠慮なくお願いします、ということにしてしまったのでした。
もう、そうなったら遠慮なく飲めるわけで、ビールは十分飲んで、今度は宇和へ帰って2次会をしました。そこで、安心したせいもあって、がばがば水割りを飲んだようで、翌日の運動会の準備や女子マラソンの時は頭がくらくら&おなかの調子が悪いという最悪の状態。その後、小学校の運動会、松葉学園との芋炊き懇親会、親父の会慰労会へと1日をはしごでつぶしたのでありました。
それにしても、カラオケで飯野君が歌ったタマの「ピテカントロプス????」という歌ははじめて宇和で聞いた!
思い起こせば送別会は、2年ほど前関パラへ行った牧野さん以来か。そんときは2人でひっそりと飲んだのですが。今回はふと気がつけば1時をとおに回っていたのでした。
コスモスは、24日塩塚へ行ったようで、前日の状況ではかなりの人がエントリーしていたようです。飛べたかどうか、知っている人がいたら掲示板にでもお願いします。
2000/9/17(日) 台風の余波の中、雲仙普賢岳へ
何かと行事が多いうちの一つで、今回は商工会青年部研修。台風で飛べなかったでしょうから、いても同じだったかもしれません。
改めてあのときの火砕流の凄まじさや、深江町が被った火山被害について研修したのです。クラフト博士夫妻の生涯についても思いを新たにしました。また、島原の乱の島原城や原城についても歴史的意義を噛みしめました。そろそろ、葵徳川3代に登場しそうなのですが。
16日午前0時20分八幡浜港発のフェリーで行ったのですが、豊後水道では船が狂ったように揺れて、ゲーゲーあげている人もいたりして、また、車と車がぶつかっているんじゃないかと思うほど大変な揺れでした。たくさん食べて、飲んで、ラーメン食べて。。。の例のごとくの九州でした。
2000/9/10(日) 仕事がピークに、芋炊きも忘れて
いつも仕事においては緊張しているのだけれども、超クライマックスを迎えてしまってパラどころではない日々が続いた。
先週は、高々度だったので今週は塩塚高原かなどと思っているうちに芋炊きを逃してしまった。。。でも、昼から先週に続いて落成式で一宴やっていたので、体も言うことを聞かない状態だったけれど。
天気も気になる今日この頃です。
来週は研修で九州へ、その次の日曜は、小学校の運動会。そうなると、次飛べるのは、10/1か。
2000/9/3(日) 高岡に続いて越知へ、と行きたいところが宇和町でのイベントで飛べず
秋は、何かと行事が多い時期。
今回も宇和町田の筋郵便局を新築した記念の落成式で、もちまきをしてました。何よりも大切な行事ですのでパラはお預け。地元の人々をはじめ、国会・県議会の先生、町長から町議・区長さん共々、のみつぶした1日でした。
2000/8/27(日) 大きな1歩、高岡大会でフルパイロン、そして総合11位
昨年に続いて高岡大会に参加、予想外の好成績を納めた。コスモスからも17名がエントリー。その中でも、優勝の渡辺選手、準優勝の高木さん、そして、西原さん、堀池さんに次ぐ第5位の成績であった。フルパイロンを回れるとは予想もしてなかったし、コンディションが良かったという一言につきるのであるが、まぐれも数を重ねていくと実力に繋がるので、大会出場1回1回を大切にしていかなければならないと痛感した。
今日は本当にコンディションが良かった。テイクオフはやや遅め。他機の様子を伺って後にでる。
テイクオフから見て左にいつもの強烈な頼りになるサーマル、西にも谷から尾根にかけてサーマルがあるということが飛んでいてわかった。みんなはいつものサーマルで高度を稼いでいるようだったが、そんなに上げなくてもアンテナは撮れると判断し、+150mで西へ向かった。予想通りやや余裕を持ってパイロンを撮ることができ、その前でやや高度を回復し、もう一度東のサーマル帯へ向かった。高度はテイクオフとレベル位で低かったが、あそこへ行けば上げられるという確信があり、何の躊躇もなかった。
今度は+400mまで上げて東のタンクへ向かった。渋いながらも必死にこらえて川へ向かって飛ぶが、タンクらしきものが見あたらない。それなのにシンクでどんどん高度を失っていく。もうこれで撃沈かと思うもののもう一度かすかな望みで清瀧寺へ引き返す。弱いサーマルに当たり、それをヒットし例の東尾根のサーマル帯まで繋ぐ。もう一度高度を稼ぎ直して東を見ると、森の中に何やらコンクリートのタンクの屋根らしきものが見える。サーマルの中には橋本夫人も同レベルくらいをセンタリングしている。今度は意外と近く楽にクリア。
その後、アンテナとお寺を最初と同じように問題なくクリア。+300mまで上げ直してリハビリセンターへ向かう。上空に到達したときは100m高度をロスしていた。同時に飛んできたproデザインの機体と一緒に飛ぶ。水門へ向かうがここで機体の差がでる。向こうは速度も速く、こっちは遅く沈下も大きい。しかし、水門を無事回り、後は追い風に乗ってランディングへ。今日の現像は慎重になった。もう少し飛んでいたい気もした。その後、次々とみんなランディング。
B級生はその後フリーフライトをし、みんなそこそこ飛んでメインランディングにランディング。その後、清瀧寺の札所をお参りし、仁淀川で泳いで表彰式をし、自由軒でラーメンを食べて帰った。
テイクオフ
高岡大会に集まった選手達
次々とテイクオフ
風がやや強かったり、方向が変わったりで手こずる人もいた
ランディング
フルパイロンを無事回ってランディングする森さん
記念写真
表彰式が終わった後で
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