フライト日記No.55(11/4〜11/12)
2000/11/12(日) 双海は北西風強し、田中さんと泉が森へ
双海10時集合。しかし、天気予報は風が強いという。ひょっとしたら泉が森へ行くかもしれないと言うので、しばらく家で待機して、貯まった仕事をこなすことにした。
田中さんから電話が入り、双海は飛べそうにないという報告。泉が森へ行けるかどうかということになった。二宮さんに連絡を取ると、飛べるのは五分五分ということなので、それを聞いて松山組は帰るということになった。塩塚は良く飛べているということだった。
で、田中さんとダメ元で泉が森へ行くことにした。うどんの池田で天ぷらうどんを食べ、二宮さんからの報告を受け、泉が森行き決定。歯長峠を越えて三間へ向かう。仏木寺付近を通過しているときに力石さんがテイクオフしたのを確認。すぐにトップアウトしていた。風は北西がメインで、だましででたようだった。
ランディングへ田中さんの車をおき、プラドで上がる。道はダートでゆっくりしか走れない。その頃二宮さんもテイクオフしたようだった。我々二人がテイクオフへ到着したときは、すでにランディングしたようであった。登山者が10名程、中高年の方である。さっき二人が飛んだよと言っていた。しかしながら、風は全くのフォロー。前から吹いてくる気配がない。田中さんも泉が森が初めてと言うことで、自分がアシストする。とにかく、前から風が来ないものだから、注意深くタイミングを待つ。フロントで一瞬の隙を見てテイクオフ。なかなか厳しい。しかし、後で考えると、そのときが一番良いテイクオフの風であった。
その後、一人で飛ぶ準備をする。相変わらず良い風は来ない。先にテイクオフした田中さんは、雲の吸い上げもあって+100〜200mをうろうろしている。早く出たい、と思うも、テイクオフに広げたキャノピーが、フォローでめくれて下へずり落ちるくらいでひょっとしたら出れないかもしれないと思いながら30分ほど待つ。すると、前からそろりと1m程の風が来た瞬間、フロントで走る。テンションを感じ上手くテイクオフできた。出てみると安定した吸い上げで1〜2mで上がる。+200前後まで上がってはうろうろし、また帰ってきて上げてはうろうろするという、絶好のソアリングコンディションであった。テイクオフ直後に二宮さんたちも車の回収に上がってきて、撮ってくれた写真が下の真ん中。晴れてはないが、良い思いが出来た。前から黒い雲が近づいてきて、二宮さんよりランディング上空へ早めに移動するよう無線が入る。高い高度でLDに着き、もう一度山の方へ帰ったりしながら泉が森を堪能できた。今度はクロカンだぁ。
ところで、ランディングへ向かう途中、同じ状態で飛んでいるのに田中さんに抜かれてしまった。沈下率は同じようだったが、トリムスピードはバンディッドの方がAxonより若干早いようである。新しい機体だからそうなんだろうか。
結局、二宮さん、力石さんは我々がランディングした頃先に帰ってしまい、車の回収に田中さんの来るまで上がることになった。この日は4人のフライトだったようだ。しかし、乗用車では少々山登りにはきつく、車がかわいそうだった。道の整備状況も良くなればと思うものの、パラのために良くしてくれることはまず無いよね。泉が森へ行くときは車の注意が必要です。
| テイクオフのウエイティング |
テイクオフ上空 |
ランディングした時 |
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| SLの汽笛が聞こえていた |
バリオは上昇音が続いていた |
こんな雲が来ていた |
2000/11/11(土) ハーネスを取りに双海へ、コンディションが良かったようです!
11/12、高木さんから新しいハーネスが届いたという連絡が入る。アエロタクトのエキスパートハーネスである。
これまでのハーネスは、フロンティアハーネス。実はこれで3つ目のハーネスだ。 1つ目は、なんと言ってもお金がなかったのでスプリンターハーネスを購入。しかしながら、コスト的には良かったのであるが、お尻の下の安全性が自信なかった。板1枚だけだったので、お尻ランディングをしたときのことを考えると不安だったのである。当時、ニフティサーブでランディング時のアクシデントのことが話題になっていて、基本的には地上高5mくらいでお尻をハーネスから抜いて十字架吊り状態となり、ランディングと同時に走る、というやり方をしていた。この方法だと、別にフロンティアハーネスにしなくても良さそうなものなのだが、万が一お尻を着いた場合はやはりクッションが欲しかったのだ。結局、スプリンターハーネスは数回使って、下取りしてもらってフロンティアハーネスに変えたのだった。
フロンティアハーネスがエアクッションだったのだが、これがエア漏れをし始め、今は毎回エアーを入れないといけないということになってしまって、5年弱使ったので、今回買い換えとなった。今回のエキスパートハーネスは、スクーターが入っていて評判も良いらしい。
宇和の空は相当雲が垂れ込めていて、飛べるという状態ではなかった。曇天のため気分も重く、飛ぼうという気持ちも減退気味。おまけに仕事の方もあって、時間的にも飛ぶことはできそうにもなかった。そこで、今日はハーネスを取りに行くだけにし、明日に期待をかけようと思い、双海へ車を走らせる。
双海へ着いてみると、飛んでいるではないか。結構、20人弱ほどコスモスのメンバーが揃っていて、聞いてみると2時間半程飛べたらしい。橋本さんx-rayも初めて明神山へ行ったと言ってご機嫌上場だった。で、ハーネスはというとTOで調整しないといけないということで上がり、結局安定コンディションの中1本ぶっ飛び。なかなかのフィット感だった。色がオレンジ部分があってちょっと好みではないが、これはまあ良しとして。家に帰ってからアクセルを取り付けたりしました。
上城戸さんランディング

みんな2本飛んだそうです
2000/11/4、5(土、日) 阿波の国四国三郎パラグライダー大会2000にスタッフとして参加
11/4から、徳島県美馬町で開催されているPG大会の手伝いに行った。大会は3日から5日まであったのであるが、仕事の都合上2日間の参加となった。
早朝、宇和町を出発。9時頃、現地着の目標であった。しかし、出かける前にハプニング。荷物を積み込もうとするとパラザックがない。我が妻が、押入にしまってくれているのだろうと勝手に勘違いした自分が悪かったのであるが、先週車の代車に乗ったとき、そのトランクにパラを入れたまま車を返してしまったらしい。「パラグライダーを持たずに、何しに徳島まで行くの?」と言う妻の疑問に適切に答えることもできず、大野さんを待たすのも悪いので松山へと向かった。妻は、疑いの目で見ていた。そして思い起こせば、パラを初めてこれまで、妻がパラザックを押入に片付けたことなど一度もなかったのを考えれば、もっと早くパラの行方を考えるべきであった。
松山へ高速を飛ばしながら、初瀬さんの「飛べるときがあったら飛んだら。。。」という言葉が頭の中を駆けめぐり、後ろ髪を引かれる思いであった。もう少し遅い時間だったらパラザックが何処にあるかディーラーでわかるかもしれないと思いながらも、大会に遅れていって迷惑をかけてもいけない、という思いと、大会で選手がバンバン飛べば、たとえパラがあっても飛ぶ時間などないであろうという考えが徳島へと車を急がせた。結局、キャノピーを持っていっていても飛べなかったので、何もくよくよする必要は無かったのであった。
11/3(金)
状況は良くないが、選手をはじめスタッフもぶっ飛んだ。競技は実施されなかった。
11/4(土)
大野さんとJA(伊予市)で待ち合わせ、車を運転してもらってあっという間に三間町到着。本部に待機。
9:30頃、伊藤伸吾さんXYONがダミーとしてでる。パラボラ付近で上げるが、5番鉄塔へ移動して撃沈。渡辺浩一さんがダミーして鉄塔で2時間粘る。
私は、F1ゴールで監視をすることになり、G8河原へ移動。ここは四駆じゃないと行けないし、おまけに水たまりだらけ。ゴールしたら誰かは水の中だななどと思いながら、ゴールの方向を調整したりして準備をする。
その頃、タスクが発表され11:00Jリーグのゲートオープン。F1のゲートオープンが30分遅れと設定される。三頭山の前にガーグルが形成されるも、それから次のパイロンへ走る選手がなかなか出ない。アヒル池へ行きかねているようだった。その後、上がったり下がったりで、なかなかレースが進展しないままF1も飛び始める。山のサブランへ降りる選手が増えてくる中、F1ゴールまでたどり着くことはないようだったので、回収に回る。
そして、F1のリフライトがターゲット競技で実施された。ゲットしたのは、およそ40人中、6名だった。
その後、Yuppeこと中西由美さんとアイボール。記念撮影。いろいろな人と会えるのが大会の良いところだ。そういえば回収で乗せた薬師寺哲さんは、この前のGWに立山へ行ったとき、F1で優勝した人だった。どこかで見たことあると思った。それを本人に言うと、「どこの大会にもいますから」ということだった。何者??
夜は民家の1軒家を借り切って雑魚寝。
夕方、まずTOへ上がる途中から国道を真っ直ぐ行ったところにある温泉へ行く。これはいい。施設もまだ新しく立派だし、お湯もヌルヌルして温泉らしい。こんな温泉があちこちに出来ているので、昔からの温泉が寂れるはずである。一番最初に温泉に入ったのに最後に出てきた人がいた。つまり長風呂と言うこと。人はいろいろである。お陰で束村さんにイチジクの干したものをご馳走してもらった。これな何処まりにない珍品。しかし、2個食べた人は少なかった。おいしかったけれど。
民家に帰着後夕食。当然カレー。大鍋2杯ある。味は何故か立山と同じ。これもよく食べた。以外とビールが進まない。束村さんの話に聞き入っているうちに就寝時間となる。(10時)夜はいびきの大合唱。自分はいびきをかかないと思っている人も多いが、結構これが五月蠅いもんであることがわかった。かく言う自分も、かいてないと思っていたのに少しいびきをかくようになってきているそうである。年は取りたくない。爆発するような鼾の部屋から1階へ夜中の3時に、トイレをしに降りると、ここは静かであった。結局、それから2時間近く眠れなかった。耳栓を持っていったが効果が薄かった。
11/5(日)
7:30本部集合。今日はテイクオフスタッフだ。
天気予報はころころと変わり、最終的には晴れるということだったが雲行きが怪しい。選手を乗せて上がろうと思っていたが、大抵がバスで上がってしまったので高橋哲朗さんとサーフで上がる。テイクオフに着いたら今にも雨が降り出しそうであった。しばらく待つが全然回復しそうにない。その時間を使って招待選手であるハンス・ボーリンガー、ルイーズ、カスパーの3人に質問タイムとなる。いろいろと聞きたいことはあるのだろうが、なかなか勇気を持って発言する人は少ない。おまけに言葉は通じないので、扇沢さんの通訳を通しての会話となる。しかし、扇沢さん、英語も喋れてさすがである。日本語を英語にダイレクトに訳すと意味が伝わりにくいため、かみ砕いて言い回して訳していた。
また、この暇な時間を利用して、3選手にサインをねだっているミセスもいた。驚き!!
12時に天気が急速に回復する。山麓に立ちこめていた霧も上がってきて、ダミーが出る。
12:30、Jリーグゲートオープン。スピードラン21.4kmのシンプルなタスク。大会を何とか成立させたいという思いが選手に伝わる。F1は10.0km。パラボラ前にガーグルができあがるが、外人選手は奥へ引き返して上げる。ハンスも東へ高い高度で走るがゴールできず。只野正一郎選手は、誰もゴールしてないことを確認し、手際よくリフライト。しかしながら、ついにゴールは現れず大会は不成立となった。F1では、ゴールをした人が1名いたが、写真判定の結果認められず。常連の薬師寺選手らが商品を獲得した。
あっという間の2日間だったが、来年の成立に期待が残される。
11月4日(土)の大会
| 気持ちいい青空 |
テイクオフ |
ターゲット |
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| テイクオフ後は一見よさそう |
リフライトの準備をする選手たち |
F1リフライトはこれで競われた |
| ルイーズ |
Yuppeさん |
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| 女子世界No1だそうです |
生の中西由美さんとご対面です |
11月5日(日)の大会
| 世界トップに質疑 |
ルイーズにサインをもらう |
ブリーフング |
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| カスパー、ルイーズ、ハンスとオッギー |
堀江さんの隠れた一面 |
さすがに緊張感が漂う |
| Jリーグ |
フィルム現像 |
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| パラボラ前のガーグル |
本部テント裏 |
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