2001/3/25(日) 雨のため、ふらりと88ヵ所巡り、高知を打つ!
天気予報がぴたりと当たり、それも数日前から今日の雨が予報されていた。
実は、もう少しか弱い春の雨を期待して高知へ197号線経由で行ったのであるが、午後3時頃からは結構本格的な雨となった。そのとき、我々は室戸だった。
当然、飛びに行ってもダメであると思った。そこで、後20ヵ所ほど第2回目の88ヵ所巡りが残っているのであるが、その中で高知から室戸までを逆打ちするという計画を立てた。前日から友人と連絡を取り合い、朝5時出発、34番種間寺(高知県春野町)から24番最御崎寺(室戸市)を打つ予定とした。本来なら、24番から回ればよいのであるが、まず室戸へ行ってしまうと、午後5時の納経時間に全部打てないと困るので、近いところから打つことにした。結果的に午後5時に雨の中やっと室戸の最御崎寺にたどり着き、この読みは正解だった。
午前5時に友人が迎えに来てもらう予定だったが、これが15分遅れる。春野町まで直行するが、午前7時過ぎの到着となる。残念ながら、というか、当然雨。それなのに参拝者は多い。朝早いのに20人位の人にここであっただろうか。朝早くても納経所の準備は出来ている。お遍路さんは朝早いのである。ちなみに、納経の時間は、午前7時から午後5時まで。ここの納経所で朝のニュースが目に入り、1日中雨が降るということを知る。
その後、33番高知市の雪蹊寺へ行く。ラッキーなことに雨が上がった。人もあまりいない。ほっとする。しかし、納経をしている内に雨が降り出す。まったく、女心?である。ここへ向かう途中、ログハウスの喫茶店でモーニングを食べる。お腹がすいていて、上手かった。その後、浦戸大橋を渡るつもりが、友人が間違えて桂浜へ行くが、すぐに気づき引き返した。歩きのお遍路さんも雨の中をかっぱを着て歩いていた。こちらは車。御りやくがきっと違うだろうな。そして、32番禅師峰寺へ。太平洋側とはいえ、小高い山の上にあって晴れていればアメリカが見えそうな気がするくらいロケーションの良いところだった。
この後は、高知市内へ突入。五台山公園にある31番竹林寺へ。ここで団子のお接待を受ける。これまで、21年の遍路の中でなんと3回目というのは少ない?ただ、普段の行いのせいかもしれない。こんなに特徴のあるお寺なのに、前に来たことを全く覚えていない。人間の記憶なんて浅はかなもんだ。とにかく、ここの人は多かった。しかし、ここでまだ4寺目。
続いて、30番善楽寺へ。ほとんど境内まで車が入る。もっとも楽に行けた札所かもしれない。茶髪の奥さんが納経をしてくれる。しかし、カーナビの威力は凄い。道を間違えることがほとんど無いのは言うに及ばず、間違ってないという安心感が価値である。続いて、29番国分寺へ。暖かくなってきたせいか、ジャケットでは暑い。そこで、この寺の前の売店で白衣を買う。これでいよいよお遍路さんらしくなってしまった。
12時お腹が減った頃、28番大日寺到着。相変わらず、雨は弱いながらも降っている。団体さんは、山の下から歩いてお寺まで上がったようである。それより若い我々は境内の下まで車とは少々気が引ける。でも後、4時残っている。昼飯どころを探しながら55号線を室戸へ向かって走る。「手打ちうどん」の看板を掛けたところで天麩羅定食を頼んだが、メニューにはあるのに飯がないという。仕方なく、天麩羅うどんといなり寿司とした。もう少し走れば良いところがたくさんあったのに。あせってしまった。
27番神峯寺は見覚えがある気がした。また、車で延々上ったのも記憶にあった。何よりも参道の通行料を取られたので前回印象に残っていた。やはり、通行料なり駐車料なりとられたところは何故か記憶に残っているものである。人間とはそういうものかもしれない。木々がよく手入れしてあったのも記憶にある。ここまで、野村町から来たという人と一緒であった。向こうは、カローラに5人載って回っていた。こちらは、アリストで2人。贅沢。で、その方達はここで帰るという。我々は、まだ延々室戸へと走らなければならない。
3時前、26番金剛頂寺到着。なんか、この辺りに来ると平地の寺とは違ってやたら石段が多くなる。雨も強く、風も吹き、傘を差して大変であった。晴れていればどれ程景色が素晴らしいことか。ここで、無人販売の鳴門きんとき4個200円を買う。帰って蒸したら美味しかった。その後、4時前25番津照寺へ到着。雨。駐車場がよくわからない。みんな、道路に車を止めて参拝していた。海のすぐそばである。しかしながら、階段が125段ある。おまけに団体とも一緒になった。若い女性のガイドさんが、掛け軸を大量に書いてもらい、次々とドライヤーで乾かしていた。これでは、最後まで行けないと危機感を感じ、割り込んで納経をしてもらう。なんせ、ここでは団体が一杯一緒になった。みんな、今日の内にもう一つ、という感じで焦っている。こっちも少しでも早く次へ行きたい。5時が近づくといらいらするものである。
午後4時15分頃、室戸岬の24番最御崎寺へ着く。これで目標達成。雲の中だ。万が一にも納経できなかったら何のため来たのかわからなくなるので、不徳にもまず納経を済ませた。そして、最後の般若心経を唱えて帰ろうとしたら、やっぱり、納経所は閉まっていた。先に、納経していてよかった。ここで、線香入れを買ったりして、にわか遍路が本格的となり始めた。そうそう、鈴も買った。しばらくは、熱心に回るのかもしれない。今回は友人もいることだし。
家に帰ったら、午後10時を過ぎていた。室戸は遠かった。
31番札所竹林寺(高知市)
名刹であり、多くの人がいた。お接待をうける。
29番札所国分寺(南国市)
この後白衣となった
2001/3/18(日) 大洲でよく飛べた日
飛べるかどうかよくわからん、そんな日曜日の始まりであった。
飛ぶのも久しぶりなので、できればなんとか飛びたい気分であったが、宇和の空は暗く、風も強い。きっと飛べないだろうなあと想いながら準備をして待ち合わせの大洲へ向かう。そんな気分のせいで、到着も30分くらい遅れてしまった。同じように遅れる人も他にいた。
ランディングは田起がしてあって、降りる場所も肝心である。大部ハーネスも土が付いて汚れてきているようなので、なるべくならきれいに草が生えているところを目指すようにターゲットを定める。
その後、ランディングでうろうろしていても仕方ないので、弁当を買ってTOへ向かう。ローソンが出来ていて、比較的うまい弁当が記念特価で390円で買えた。ラッキー。しかし、この弁当もといれにいっているときに、田中さんに車に積んでおいてと頼んでいたのに、ローソンに置き去りにされる運命にあったのだ。結局、2回ローソンへ行く。店員さんには、あきれたというか、取りに来てもらって良かったという顔をされた。まあ、気づいて良かった。自分の飯は自分で管理しなければ。
テイクオフでは風が来たからなめて入っているようで、なかなか飛ぶ状態にならない。ウエイティングが続いたが、ハングが来てテイクオフしたら、みなぞよめきたって準備を始めた。橋本さんがトップにテイクオフ、どんどんあげていく。その後出ようとするがなかなかいい風が来ない。みんな、ワンチャンスを狙ってでる。風が弱い分、テイクオフもやりにくく、スタチン3名。自分も含めて。ちょっと、ここは風の条件によってはテイクオフが難しいかもしれない。それにもめげず、テイクオフ。
ハングのランチャー台の方へ向かうと高度は順調にあがり、そのうちトップアウト。全体が上昇気流になっている。このエリアの凄さかもしれない。調子に乗ってどんどん上げる。気持ちよいくらいに上がるのである。尾根に沿ってパラボラに向かう。その間も順調に高度は上がるのだ。コルまで到着。いつもは、南からテイクオフしてここまで来るのかぁ、と感無量。それまで、近くで飛んでいた数機のパラは見あたらない。そろそろ、TOへ返るか、と思い180度ターンをする。
そこで信じられない事態に陥った。それまでは、順調に上昇していたパラが下降2m/sをバリオが示すのである。まあ、こんなこともあったのであるが、今回はパラが前へ進まない。このままじっとしていたら、そのまま山チン。スタチン&山チンなんて、洒落にならない。偶然、今日のみはアクセルを整備していた。そして、アクセルをとりだし、めいっぱい踏む。こんな時は、送電線がやたら気になる。ドライブイン道後の裏の田圃に降りるのが精一杯か、と思われた。とにかく、アクセルをめいっぱい踏み込み、少しでもバリオの上昇音を聞けるところを選んで飛ぶ。苦しみ抜いてやっとテイクオフまで帰ることが出来たのである。
その後は、パラがいくら飛んでも高度が下がらない。むしろ、上昇するばかりだった。翼折り。ごごごぉという音と共にパラが落ちる。飛ぶという感じでなく、落ちるという感じだった。しかし、前には出ない。結局、アクセルを踏み込み高度処理、無事ランディングとなった。
この日、高々度2日目の高安君は、完全に風にロックされて、降りることもできず、五十崎まで飛んでいった。そして、降りることが出来た。空にいて不安だったろうと同情する反面、強くなるかもしれない。
大洲テイクオフ
飛べそうな予感で期待が広がるテイクオフ後は上昇
楠瀬さんのフライト
2001/3/11(日) 午後からは部落総会、午前中は仕事でした。
仕事柄、この時期は休めないことも多い。
さらに、午後からの総会のため、全く身動きがとれない1日でありました。;
2001/3/4(日) 風が強い予報でパラは無理、早めにお遍路に切り替えた
もう強風のため絶対に飛べない、そんな1日だった。
そこで、最近88ヵ所巡りを始めた友人と愛媛の難所を打つことにした。午前5時起床。許される時間は午前中だけだった。
まず、7時川之江の65番三角寺到着を目指す。予定よりは到着が遅れたが、テレビの天気予報でいわれるほどの悪い天気ではない。むしろ、すがすがしいくらいだった。歩き遍路の方や、大勢のお遍路さんがすでに来ていた。依然訪れたときは随分山の上だなと感じた(21年前)のであるが、道が良くなったせいかあっさりとついてしまった。納経所で友人はお遍路についての説教を受ける。
その後、先週打つことが出来なかった横峰寺へと向かう。
21年前には、ここを2時間掛けてあるいて麓から登ったものだ。今回は、有料道路代1800円とはいえ、道路がちゃんと整備され、乗用車で近くまでアプローチできた。時代は変わったもの、横峰さんのありがたさがちょっと目減りしたかもしれない。いやいや、それは行く人の心で、歩いて登れば同じことである。
60番札所横峰寺
かつてここはお遍路の中で最大の難所であった。
2001/2/25(日) 午前中、にわか遍路で小松町、西条方面へ
昨日、一昨日と企業視察で大阪のダスキン本社他を訪問。ここは、ダストコントロールとミスタードーナッツを全国に展開する。
その企業理念を聞いてびっくり。京都一燈苑の般若心経の教えを社員の心の拠り所としているという。役員会議室でもなにやら宗教めいた社是が掲げられていて、各課のディスクには灯籠のようなものがあり、毎日朝礼の時には般若心経を全社員で唱えるのだという。
そのせいか、社員の心が一つになっており、会社の向かうべき道に向かってベクトルを同じにしているという雰囲気が感じられた。人に感謝する、出会いに感謝する、社会に感謝するという美辞麗句が、この会社では本物に感じられた。平社員でも誰でも気軽に私たちに挨拶し、言葉を交わす中にも、損得とはまったく関係無しに、同じ時代に生き合わせている何か因果めいたものを感じたのだった。ああ、これが仏教の教えなのかと感じることになってしまった。
その今日なので、四国に帰った以上、88ヵ所を回ろうという気持ちになり、今治方面へ向かった。
58番仙遊寺へ石手寺前を通るルートでアプローチして、今治をすべて打ち、61番香園寺〜64番前神寺を打ってから、60番最大の難所、横峰寺へ行こうと思っていた。しかし、時間は掛かるもので、後の予定のため60番には到達しなかった。
今回はじめて「お接待」を受けた。そんなこと、今時あるのだろうかと思っていたし、NHKの昼時日本列島でも偶にお接待の様子なんかも放映されていたが、54番今治の延命寺で、「お接待です。飲んでいってください。」とお茶を頂いた。また、59番国分寺では、「お接待ですから来れ使ってください。」と新品のタオルを頂いた。さすが、今治、タオルの町である。
お接待とは歩き遍路だけのものかと思っていたら、車で行ってもしたもらえるのだということを初めて知った。でも、バスの団体さんなんかはどうなるのだろうか?59番国分寺にて
ここで階段を上がる前にタオルのお接待をうける
フライト日記 バックナンバー
1997年のフライト (フライト日記 No.1〜No.13)
1998年前半のフライト(フライト日記 No.13〜No.20)
1998年後半のフライト(フライト日記 No.20〜No.28)
1999年前半のフライト(フライト日記 No.28〜No.37)