2002/5/12(日) 塩塚高原でのリハビリ&のんびりの1日
今日は、パイロットは双海10時の集合だった。
しかし、半年近くフライトしてない私は、塩塚が恋しくて愛大医学部8時半集合を選んだのだ。高速開通&大洲道路接続の恩恵を受けて、40分程前に到着の気配。そこで、川内まで行くのを辞め、松山ICで高速を降り、少々時間調整して20分前に医学部について一休みした。
塩塚へはパイロットも来ていて、林さん・野間さん・恵美子さん・名本さん・小林さん・上城戸さん・楠瀬さん・野口さんなど馴染みの顔も多かった。
天候は非常に良く、また、久しぶりの塩塚で気分転換に最高だった。また、風が1日中最高と言うくらいだったので、良い練習になった。1日体験は、この日5回も50mTOから飛んだ。ちなみに、楠瀬さん5回、上城戸さん4回、私3回と、この日のノルマを果たした。まあまあ、飛べたし、歩いて2回もTOに上がったし、久しぶりにスポーツで汗を流した。
3回目に飛んだときに、ランディング時にシンクに会い、急降下してコンクリート舗装の道路に降りてしまった。そのため、足を強打し、少々痛めた。爪も詰めたような感じで、まためくれるかもしれないが、パラには少々の怪我は付き物か。初めてではないので、あまり気にはしてないが、ちょっと不便&反省の1日となった。
なお、この日の写真をhttp://photos.yahoo.co.jp/cskuwaにアップしていますので、ご感想を掲示板まで!!
塩塚練習日和 一日体験 初フライト ベテラン?にも良い練習に 多くの一が初めての浮遊体験
感動の思い出、だったでしょう
2002/1/6(日) 期待を寄せていた日曜日、用事で行けず。4月末までパラ自粛
久々に飛びに行けるかと期待をしていたのですが、宇和町町長選挙(現職無投票再選の見込み)の準備、並びに地域の市町村合併勉強会のため行けませんでした。飛べたのかどうか、いや、きっと今日は良かったんだろうなどと思ってしまいます。
早いもので、町議になってから早くも4年の月日が過ぎようとしています。4月末には選挙があるので、その準備のためしばらくパラは自粛することになると思います。どうぞ、お忘れ無く。時間さえ取れれば飛びには行くのですが。当面は、その目標が優先です。
2001/12/9(日) コンディションは良さそうだったが、体調のせいでお休み
期待を寄せる日曜日でしたが、連日の忘年会疲れで休養の1日としました。
2001/12/2(日) 双海はいいコンディションだった
連日の忘年会シーズンの始まり。1日も2次会、3次会と遅くなり、起きたらなんとお昼頃だった。飛べるかどうか分からないが、双海はコンディションが良いはず、と思い双海へ行くことにした。もし、飛べなければ松山方面の四国88カ所巡りをしようと思いながらお昼過ぎに出発した。運が良ければ1本は飛べるはず。大洲道路で無線を飛ばすと、大洲の西テイクオフで福島さんが五十崎の久保さんとハング2機で風邪待ちしているとのことだった。
長浜を回ると、双海では飛んでいる人の無線が入ってくる。やっぱり良さそうだった。明神山方面へ栗原さんがいっているらしかった。そのコンディション、ずっと続いてくれと思いながら双海到着。資材置き場からふれあいの館上空を矢野さんが飛んでいるのが見えた。車で走りながらのアングルでパラが飛んでいるのを見るのも格別なものであった。結局、到着は2時前となった。
ランディングでは、アウトサイドした松上さんと、山本さん橋本さん(妻)がビールを買ってきてもうTOへ上がる気がない雰囲気だった。田中さんと二人でもう一本飛ぶために上がった。しかし、良い時はすでに過ぎており、前から来る風邪はほとんど収まってしまっていた。その前に、重信の調査からやり返した石岡さん、西原さん、伊藤さんも飛んでいたが、そんなには西でも粘れてないようだった。風が変わるのを待って飛ぼうとしたが、結局良くはならず、ぶっ飛びで終わってしまった。体調も万全となったが、残念、遅かったことが悔やまれた1日だった。2001/11/18(日) 最高のコンディション in 双海
双海集合、10時半。スクールは塩塚高原での講習だったので、パイロット12名がシーサイド公園に集まった。
コンディションが良さそうな割には少ないと思いきや、1日前の獅子座流星群を見ようと、4,5名は塩塚高原泊まりをしていたのだった。男ばかり11名、紅一点の村上さんというメンバー。植村さんは午後から遅れてきて、最高のコンディションを楽しんだ。ちなみに、残りの10名は、栗原・西原・稲見・山本・兵頭・田中・石岡・久保・松上・松山といったメンバーである。
ここ2,3日風邪のせいか体調が優れず、朝も寝過ぎてしまった。急いで支度をして出発したのであったが、15分ほど遅刻。さらに15分ほど村上さんも遅刻し、村上さんに無線が通じない、携帯が出れないないなど、連絡が付かないと栗原さんがぼやいている内にみんながそろった。入山チェックもシーサイド公園駐車場になって始めてで、かなり便利になったという気がした。稲見さんの車は先に登り、私の方が遅れてTOへ向かった。
頂上に着いてみると、良い風が入っている。今日は、1本をしっかり飛ぶぞと心に決めてまずは腹ごしらえをし、相変わらずのサンクスで仕入れた幕の内弁当を食べた。そろそろサンクスの「バラエティ幕の内」に飽きてきたせいか、おかずの味が落ちているような印象を受けた。塩鯖もおいしくなかった。ひょっとしてこれも風邪のせいかとは思ったが、いろいろ試してみなくてはいけないのだろう。食べることもパラの楽しみのひとつなのだからなどと思った。みんな適当に腹ごしらえをして、昼前に西原さんから出た。TOに手こづっていた人もいたが、以外とスムーズに出ることが出来た。今日は、早めのスタートで4番目のテイクオフとなった。
出てみると割と安定していて、お決まりの西のボールに強いサーマルがあった。3,4回ここで上げ直しをしたのだが、トップアウトした時に山の後ろへ飛ばされそうになり、前へ戻ろうとするがロックされたような格好になってしまい前へ進まず、苦労した。今日は、TOから西を中心に飛んだのだが、みんなボールのサーマルはちょっとさけて飛んでいた。
センタリングしている内に、重要なことに気がついた。どうも足がぶかぶかすると思ったら靴のひもを縛り忘れているのだった。はじめは大丈夫だろうと思い飛んでいたのであるが、その内穴から紐が抜け初め、このままここらで靴を落としたら回収がどうなることかと思い始め、山の中の道路に近い部分を中心に飛んで、LDへと向かった。こんなにコンディションがいいのに残念で後ろ髪を引かれる思いであったが、風邪のためぼっとしていて靴ひもを縛り忘れたことの反省と、靴を無事履いたまま降りることが重要と考え、今日のフライトをうち切った。1H,950mで、今日飛んだ中では、一番短いフライトタイムだった。ちなみに最高は、西原さんで、4H、明神山−TO往復だった。
そんなわけで、みんなよりも早く降りたのであるが、LDの風が安定せず、北西と北東が代わる代わるに吹いていた。最終のアプローチに入った時に、西に向いて降りることを決断し、ファイナルをきった時にくしくも風向きが変わりフォローを背負ってランディングすることになった。それまで、あの海の上を飛んでいてもバリオが鳴ったり止んだりして上昇下降を最後まで繰り返していたのであるが、よりによってそれを初老の観光客40名くらいが恋人岬の突端で目を食い入るように始終を見つめていた。こちらとしては、まずい状況の中のランディングとなり西へ延びていくので、ひょっとしたら岬にのびていく石崖に激突してしまうのではないかとハラハラしながらランディングしようとしていた。そのような悪い予感は当たるもので、まさにちょうどその観光客のすぐ横、先端の円形部分の付け根に降りる羽目になってしまった。どれくらいの衝撃を受けるか緊張しながら、結局その石の通路に降り立ったのであるが、なんとか無事にというか思っていたより上手く降りることが出来、しかも、キャノピーは折り畳むようにその通路に落下していったのだった。
それを見て観光客の人たちから想像もつかないほどの大きな拍手と大歓声が起こり、「さすが!!」とか「名人!」、「もう一回やって」など賞賛でしばしの注目のひととなったのだった。こちらははらはらしながら、どこに降り立つのだろうかと不安一杯で降りていたのだったが、見ている方はそういうことではなく、そこを狙って見事的中したかのように見えたのだろう。しばらく、いろいろとパラについて説明さされてなんだかこそばいような思いをした。
結局、みんな1本だけで、帰りは伊予市の56号線沿い双海別れにあるオロちょんラーメンで、焼き豚ラーメンを食べて帰った。
2001/11/11(日) 夕やけカップ2001
通算6回目の双海の大会だった。8時から8:30受付。総勢40名ほどの参加となった。
今年は非常に天候にも恵まれたかに思えたが、残念ながら風が吹かず、またまたパイロンレースができなかった。これまで1度も成立したことがないのだから、いつ成立するかが今後の楽しみとなってしまった。
結局デュレーション+ターゲットということで競技をすることになり、10分台での熾烈な争いとなった。グライダーの性能と飛ぶタイミングの運により順位が決まるような感じだったが、これもひとつの方法だから次回を期待することで今年も終わった。
しかし、この大会への双海町長はじめスタッフの協力には感謝の気持ちで一杯である。
ブリーフィング コンディションが良くならないため、Toで4回ほど行われた
テイクオフ タ−ゲット 晴れて安定している(松山方面) 真ん中が4名、白い部分が5名踏んだ
ゴールでの集計 表彰式 名本さん、橋本さんが計算をする 入賞者に賞状、景品が渡された
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