色々なところで書いたけれど、留学における「心構え」論を改めて。

もう自分がこのページを創り始めてオックスフォードを出てから2年以上経つけれど、最近の仕事上の経験も踏まえて、今なりに思うことを断片的に。

留学の経験は、僕の世界観を大きく変えたし、いつまでも僕を影響し続ける。それは、時に今や世界中に散らばった当時以来の親友達からメールが舞い込んでくる度に、パブで語ったことや昔の恋人のことを思い出したり、今の時代の課題や自分の人生設計について語ることができるように、過去の経験でありながらいつまでも僕の中で「生き続ける」。それは、このペイジを「留学体験記」と称しながら、一見何の脈絡のない社会問題コラムであろうと、それでも、僕の問題意識は留学を通じて涵養されたという点において、なんら矛盾がない。

留学の体験、というか、そもそも大学で学び考えるという体験は、そういう意味で、いつまでも生き続ける。青春時代とは、本気で生きれば、人の一生を貫きとおす強く太い柱を与えてくれる。その柱とは、すなわち、自分は何を大切にし、何のために生きるのか、という個人としてのインテグリティ(一貫性)。何を以って、「アイツはそういう人間だよ」と他人に思われる人間になるか。その柱を誰にも負けないくらい深く、太く育て、同じ志をもった仲間と出会い、同じように輝く理念を信じる人を愛し、そして次ぎの世代のために献身する意欲を持ちつづける、そのために柱をしっかり育てる、そういう青春時代を本気で生きて欲しい、…そういうメッセージを僕はここで留学を考えている人達に伝えたい。…ということなのだと思う。そして、ついでに個人的な告白をすると、もちろん、それは自分自身に対する激励、という意味も多分に持っている。

そして、その柱を育てるのには、案外(笑)、学問というのは馬鹿に出来ない。

というのは海外に行ってまで勉強したいという向学心に燃えた人にあえて言う必要もないと思うけど、「なぜ留学するのか」、という問に必要的に内包されているもう一つの問「なぜ大学レベルの勉強をするのか」という問に十分応えられないで、「まず留学」というのが先決しているとしたら、それはオカシイ。どんな留学ガイドブックにも書いていないけど、初めに「大学で勉強する」ことの意義をよく分かっていないと意味が無い。

それと、「自分探しの旅」というのは形容矛盾。その「旅に出ている」のが自分なのであって、主体性を欠いた(つまり「自分」を旅先で出会う外部のものとして想定した)行動というのは、およそ何も「探し当てる」ことができない。新聞のTV欄をぱっと開いて、何に自分の関心があるかそもそも分かっていない人は、「お目当ての番組」が何だかそもそも分からないから、何も見つけることができない。何かを見つけられる人というのは、初めから漠然なりとも、自分が何を求めているか分かっているから、見つけられるのだ(自分が見たいのは「スポーツ番組」だとか、「ワイドショー」とか)。だから、「自分探しの旅」というのは、本当の自分が確立されていないことから逃避するための「漂流」以外の何者でもない。(もちろん、そういう漂流を必要とする時期というのは多かれ少なかれあって、それ自体が「悪」だとか、恥ずべきものだとは、僕も思っていないけど。)「漂流」もたまにはいいけど、そんなに多額の金を積んだり長い時間をかける必要は、多分、ないと思う。

何か前置きが長くなってしまったけれど。

僕の個人的な事情としては、国際社会における日本の生きざまはいかにあるべきかを考えたい、という知的願望が大学での勉強を通じて膨らみつづけ、それが高じて留学へと(そして自分の職業選択へと)つながっていった。その前提として、東京大学で法律学を学んでいた僕が考えて止まなかったのは、日本が参入した「近代」という法システム、より広く言えば国際社会のルールや関係のあり方(「国際法」に留まらない)の根本とは何か、開国以来、日本はいかにして、外部と自らの実状と折り合いを付け、自らの発展を可能にし、矛盾を抱え込み、そして独自のアイデンティティを紆余曲折しながら強烈に意識するようになったのか、そういう問題「群」だった。そういう問題意識のもとでは、森鴎外の小説も、ローマ法の原理もフランス革命の歴史も、大日本帝国議会の成立過程や明治憲法を巡る諸学説の展開も、ファシズムの台頭の歴史も、どれもがとても興味深かったし、日本が国際社会の中でみずからを発見していく過程を、どこかで自分の知的自我の確立とも重ねていた(それにしても、少しは実用的な方面に関心をもって、司法試験の勉強でも真面目にやっておればよかったのに、と今では少し後悔している)。

だから、オックスフォードに留学するチャンスを得た時、僕は迷わず哲学と政治学を学ぼう、そして近代日本が出くわしたこの「近代西洋」とは何だったのか、その真髄をとことん学ぼう、と思った。僕の主体的な関心は、その時から、「日本」にあって、日本の将来を考える上でこの「西洋」との関係は無視できない、まずは敵の本質を知らなければ、というところにあった。そしてその留学を通じ、時には動揺もあったけれど、それなりに掘り下げて(それにしても超特急で)近代哲学の誕生とそのルーツ、近代的国際関係の推移、その結果現代の西側社会が抱える課題、欧州の離散・統合の歴史をよく学び、日本が出遭った西側文明というものに対する本質的理解と敬意をそれなりに深めたと思う。

僕は今愛車に「GB」のステッカーを貼ってオーストラリアのハイウェーを走り回っているけれど、決してイギリスあるいは「西」に対する今の思いは無知から来る憧れではないし、また、自分自身が同一化したとも思っていない。

そうした勉学をくぐりぬけ、今自分が取り組むべき課題とは果たして何か、職業人になってからいくらか迷うこともある。社会人の世の中とは、本当に(本当に!)下世話なことが多く、自分がこうして思いをワープロにぶつけるのも、半分は現実逃避の意味があってやっている。ネットサーフィンしてこの文章にであった人も、そうかも知れない。しかし、現実の流れに抗してまでも意志の実現をはかろうと必死にもがくこと、この大切さを学ぶのも、近代というものの本質に触れてこそ、よく体感することなのであって、…等と屁理屈をこねては来週の仕事のことを考える。

僕が仕事上実現したいと思っている大それたことの一つは、こうした日本の「近代化」の経験を同じような課題に直面した非・西洋の国々と共有し、平たくいえば、よりよい社会を築くことにある。実は、世界を見渡すと、日本のように西洋文明を都合よく取り入れ工業化をとげ経済的に成功しつつ、独自の文化を守り(自分達の言語すらを失っている国民というのは案外多い)、伝統もそれなりに生き、現代社会とそれなりに共存し、国内の安寧を守り、対外的にも無茶な戦争をせず安定している、という国はあまり多くない。そして、そういう尊敬のまなざしで、日本のことを見ている国は、案外多い。僕はあまり自己陶酔して日本のスバラシサを誇張するのは好きではないが、これくらいは、言えると思う。

鎖国か西洋崇拝か、という二者択一に迷う世界の大半の国々に対して、日本は自信を持って一つの「モデル」を提示することができる。それは、例えば米国が理念に立脚した建国という一つの原理主義的な「モデル」を提示するのと対比して別の原理を提示する、ということによってではない、柔軟な、歴史の重みに配慮したプロセスとしての国の生き方を提示する、という一つのオルタナティブな次元における(国際関係論で言うところの)ソフト・パワーのあり方を提示していると僕は思っている。(米国のソフトパワーはソ連のそれに優越した、というのは事実だが、その魅力は「歴史を無視してクリーンスレートに移植するなら共産主義は駄目だ」という意味での魅力に過ぎない。ここで言っている日本のソフトパワーというのは、「そんなこと言ったって、自国の伝統や歴史を無視してある日突然外国の制度を導入するなんて、無茶だよ」と悩んでいる人々の問いに答え得る次元で、魅力を有している、という感じの発想。ちなみに、誰か、こういう議論を真面目に国際関係論の世界で展開している学者がいたら、教えて下さい。)

そういう魅力を、孫文が、ガンジーが、ケマル・アタテュルクが、日本に対して感じていた時代があった。その後の歴史の遺産というのは今やあまりにも重いが、それでも、僕らの世代の日本人は、もっと自信をもって、世界の真の発展のために、力を尽くすことができると思う。そして、そういう若い日本人の姿を見て、日本が近代西洋と遭遇した時代に生き、とりあえずは先進諸国に認知されることを何よりもひたすらに求めた先人達も、「日本もよくここまで来たものだ」と感心してくれると思う。その想いに応えることは、僕らが生きているこの恵まれた時代を作った先人達の恩に報いることに他ならず、そして、僕らにはその義務があると思う。

これは、僕が今の職業上殊更強く感じている使命感なのかもしれないが、どういう道に進もうと、同じ課題を皆がどこかで感じていると思う。僕は海外に住んでいるから、今の日本の停滞ムードという奴をよく知らない。必ずや、幅広い層で、志の高い同世代人が、静かに決起する日が来ることを信じて疑わない。

駒場キャンパスにいた頃に読んだ、夏目漱石「現代日本の開化」や森鴎外を思い出して書いてみた一節でありました。最近は、吉田健一のイギリス論も旅の途中で読んで、イギリスを懐かしむことも。(平成14年8月24日)