オックスフォードの生活


エリートのしごき方


「オックスフォードでの生活はこんな感じ。」

復活祭を迎えて、そろそろイギリスも陽射しが戻るころかなあ、と思う。南半球はもう秋の気配で、ちょっと内陸にあるこの街は随分と冷え込みそう。去年、初めてこの街に来たときは丁度6月、イギリスが緑色に輝くころ、久しぶりに味わう渇いた冬に、突然やってきたわけだ。

最近留学情報サイトに登録されたので、留学関連情報を求めている人の役に立つようなことをたまには書こうと思う。



というわけで: オックスフォード大学の学部における教育方針について考えてみましょう。

大学院で研究に打ち込む人は多くても、学部(BA Hons)をやる日本人は少ないかも知れない。が、あえてイギリスで(しかもオックスブリッジで)BAをやりたいという人のために、少し役立つ話を書こう。それを通じて、イギリスにおけるエリート教育について、あまり肩肘張らず、それでいて、どこか自分もそれを潜り抜けてきたという自信が滲み出ざるを得ないとは思いつつ、書くことにします。

イギリスのエリートに求められるもの。

オックスブリッジのBAで伝統的にエリートが進む道として尊重されていたコースは古典文学、古典歴史(いわゆる古典古代・ギリシャやローマの歴史、文学)。ローマ帝国はなぜ衰亡したか、ギリシャにおける人間性・ヒューマニズムとは何か、ギリシャの民主制の盛衰の原因は何か、そういう歴史の中で繰り広げられる様々な人間ドラマ、人間の偉大さ、弱さ、非合理さ…そういうものを俗世からある意味隔離された、修道院のようなところで勉強した人達が、イギリス社会を指導するジェントルマンとして金融街に、植民地に、戦地にと赴き、七つの海を支配した。

今、このエリート・コースの典型とされているのはオックスフォードなら古典(まだこの伝統は生きていると思う)、近代史(つまりフランス革命後)、そしてPPE(哲学・政治学・経済学)だと思う。ケンブリッジはもう少し経済・数学・社会「科学」に傾いてSPSとかやっている(かなり反ケンブリッジの偏見が入っていますが)。いずれにせよ、いまだに、どこかで「実務的」でない学問に打ち込むことがエリートとしての条件・ゆとり・贅沢だと思われている節がどこかにあると思う。

ちなみに面白いのは、オックスフォードでは「政治学科」という独立した学科がない。政治学を勉強したい人は必ずPPEを履修しなければならず、一部の経済学または哲学の必修課目を履修しなければならないことになっている。つまり、そういう哲学・経済学の素養がなければ「政治」、人々の社会をいかに住みやすい社会にするか、いかに外国との間の平和を保つか、という問題は考えられない、という発想がそこにあるわけだ。だから、社会「科学」としての政治学には、オックスフォードはどこか馴染みにくいし、それはそれでいいことだと僕は思っている。

ちなみに必修科目は、哲学なら「近代哲学史:デカルトからカントまで」「倫理」この2本立て。政治学は「政治思想」「国際関係論」「比較政治」「政治社会学」から2つだった。



明治維新以来の日本の大学教育は、新興工業国のドイツを範とするところが、特に東大法学部なんかは圧倒的に多い。突貫工事で近代国家の装いをとにかく作らなければならなかったのだから仕方あるまい。「富国強兵」のためには哲学書はいらない。

東大法学部は戦後の官僚量産体制をも担って、「追い付け追い越せ」の先導役を多数輩出した。僕は先輩の偉業には敬意を表してやまない。アメリカに率いられた多国籍軍相手に無茶な戦争を挑み、全国が焦土と化した後に、世界第2位の経済大国にのし上げるというのは、ただごとではない(勿論、これは官僚達だけの手によるものではないけど)。こうやって外部に模範を求め、自己の歴史から抽出される知性をどこかで卑下し、あるいはそれを見直そうとしない知的怠慢?の支配するところでは、エリート層の教育というのは外にある目標に向かってまっしぐらに猪突猛進できる「素直さ」を涵養することで足りる。日本のエリート層、これは本当のエリートではない、と僕は思うのだが、というのはこうやってできてきた。

今、戦後の日本を支えてきたシステムの有効性というものが色々なところで問われている。大学は、東大は、エリート養成機関はどう変わったのか。今、日本が必要とする指導者を育てられる機関はどこか、どういう教育が必要なのか。初等中等教育も大事だが、高等教育、それもほんの「うわずみ」だけを育てられる教育機関も、やはり同じく重要だと思う。特に初等教育で「落ち零れ」をつくらない、という発想が支配的な今日、あえて声を大にしてエリート養成の重要性を訴えたい。

イギリスのエリート教育のありかたの何が恐ろしいかというと、こういうエリート層の育て方がシステム化していて、それなりの指導者を(厳選して)量産できる体制を整えていることだ。つまり、イギリスのエリートは、偶然の産物やたまに登場する「天才」を待つのではなく、意図的に、再生産可能なかたちで、恒常的にエリートを生み出している。日本の色々な組織に見られる、職人芸の体得・習うより慣れろ・神業・突発的な奇跡頼み…という発想とは基本的に異なる。

何がこのシステム的な再生産を可能にするか?その理由の一つは伝統を大切にすること、自らの歴史から抽出される知性を見出そうとし、歴史に一つの物語性を与え、そしてそれに誇りをもって受け継いで行くという、イギリスの「保守」性にあると思う。そしてこの健全な「保守」があって始めて「革新」というものが対立しうる(何も原則のないところに「反発」はありえない)。イギリスは歴史の断絶という経験を持たない、日本は明治維新、「敗戦」という断絶があった、という比較がよくされるが、それも一つの背景にあるのだろうと思う。
ここで最近日本で流行の自己陶酔・井の中カワズ系右翼に言いたいのは、自分の歴史すべてを美化するのもやはり「断絶」を克服できていない証拠だ、ということと、「破滅」を美化することと伝統を継承することは両立しない、ということだ。この辺の話はまた別の機会にしよう。

脱線はこの辺でやめて、オックスフォードの生活がどんな感じか、という役に立ちそうな話を書こう。
オックスフォードの学期は8週間だけ、年間3学期がある。1学期に大体2科目を勉強、1週間毎に一つエッセイのトピックが与えられ、発表の機会(チュートリアル)がある。発表は、先生一人に生徒2,3人。一人が課題のエッセイを読んで、先生がそれを血祭りにあげる。
エッセイのトピックはいつもとても具体的な論点を掘り下げたもので、参考文献を要約するのではなく、「自分のアーギュメントをシャープに積み上げる」(これがアングロサクソン流の思考の典型だと僕は思う)ことが求められる。
ちなみに、8週間の間のワークロードがどれくらいかというと:1学期には2科目併行して勉強するから、1週間に課題のエッセイは2本、エッセイ1トピック辺りに10冊くらいは参考文献が指定される。だから1週間で10冊X2、8週間では20X8で160冊の本を読むペース。だから1ヶ月に換算すると80冊の本、しかもどれも学術論文や分厚い教科書・基本書の類、を読まされる計算になる。1日に3冊近く読むのか。
よくやったなあ…こんなこと。
で、この合間にもちろん、スポーツやら恋愛やら友達付き合いやらサークル活動がぎっしりと入る。こういうスケジュール管理をきちんとできて、パワフルにこなせるのもエリートの条件だね。…ご苦労様です。
こんな調子だから、だいたい学期5週目くらいになると(学期はいつも週単位で計算しているから、そのヘクティックさと相俟って、本当に陸上の中距離を全力で疾走しているような感じで、トラック第何周目!という気合が必要。)身体の調子が悪くなってくる。これをオックスフォードでは「5th week blues」といっている。日本の「5月病」というのと時期的には似ているが、イギリスの場合はテンションが高いまま、トップギアで走ってオーバーヒートする、という感じに近い。やはりアングロサクソンは馬力があるよ。ホントに。

日本の大学が物足りなく思えてきた人は、是非、外国に武者修業に出たらいいと思う。そして日本がいかに小さいかとか、世界にはとんでもない大物がいる、ということを痛いほど知ったらいいと思う。それが本当の国際交流・多文化理解につながる。まずは己を知ること、己の限界を知ること、その限界を一度知ってまた挑戦すること、他者と出会うこと…。

この「学期」を一年間で3回、2年間コースなら5回やって最後の学期は試験に突入。試験は一科目3時間、質問が12問くらいあってそのうち3問を選択して回答する。全部論文式。オックスフォードではまだ正装(男子はダークスーツに白い蝶ネクタイ、その上にガウンと学帽着用)で試験に臨むのが規則。試験初日は白、中日は黄色かピンク、最終日は赤の花をボタンホールに差す(大抵彼女か彼氏がくれる。寂しい奴は自分でこっそり買って来てつける)のが慣例。この姿でオックスフォードのハイ・ストリートを試験会場のExamination Schoolsまで歩いた2週間の快感は、いまでも忘れられない。自分の読んだ何百という本、自分の今までの議論や発想すべてがアタマの中に充満していて、それを吐き出そうと今か今かと待ち構える。プレッシャーを克服し、瞬発的に質問に対応し、時間内に要領良くポイントをまとめ、力強くソリッドな議論を展開する…とはなかなかいかないが(笑)、そうやろうと試験本番までアタマを酷使する、最後は気力の勝負。

僕の親友の一人は、この試験に打ち勝つことを「ライオンを射止めたようだ」と表現する。 そんな感じもする。古代ギリシャの哲学書から、冷戦時代のソ連の内幕を暴いた歴史書、最先端の分析哲学に頭を痛め、最後の最後で3時間1本の真剣勝負に2年間のすべてを結晶させる。周到に準備を進め、議論のねらいをさだめ、息を潜め冷静に一撃の瞬間を待ち、そして決定打を懇親の力をふりしぼって放つ。オックスフォードでの学術経験は、そんな、狩猟民族にふさわしい、現代の王たちの過酷な生存競争なのかも知れない。

こう考えると、本当に日本の大学とは迫力が違うことが分かると思う。だから、アングロサクソンをなめちゃいけないヨ。

時々振り返って、何をオックスフォードで体得したのかなあ、と考えることがある。

華々しい学歴が履歴書に一つ加わった、というのは事実だがあまり自分では意味を持っていないし、今時オックスフォードで哲学を学びました、と行ってみても外資系コンサルや投資銀行でも採用してくれないだろうし、何の役にも立たないと思う。オックスフォードでの2年間は、大変なことも沢山あったし、初めの頃は本当に惨めな思いもしたし、雨に濡れて寒かったし、外国での一人暮らしはそれなりに寂しいものがあるし、食い物はまずかった。それでも、凝縮した時間の中で脳味噌を酷使し、自分なりの新しい境地を開いたと思えること、今までチンプンカンプンだった哲学書が読めるようになったこと、世界の色々な国のことを知ったこと、スペイン風オムレツからチェコ風シュウマイ、フレンチアルプスのチーズ料理から香港風炒飯からインドカレー…まで色々な料理をガールフレンド(達)に教わったこと、異国の人間と本当に人生を「語り合える」という喜び(それは英語が通じて嬉しいというのではなく、共通の熱い目標を持ち、使命感を共有しているという人間にどこかで出会える、という喜びだ)を知ったこと、一つの異なる文明を骨の髄まで味わったということ、…数えればきりがないが、こうした喜びがいくらでもあった。そして、2年間挑戦しつづけ、一人で歯を食いしばってここまで辿り着いた、という揺るぎ無い自信、これは誰も奪えない僕の静かなプライドになっていると思う。

…と思うとオーストラリアに来てからは随分怠けているなあ。あの頃のテンションの高さ、情緒不安定さをもう一度思い出してみた復活祭の休日でした。(平成13年4月13日)


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