第1回(H13.11.23)
にいちゃん、純トルあるで
いろんなことにくちばしを突っ込むのはこりゃもう性なんだろうとは思いつつ、15年ぶりにモデラー復帰。復帰ってえほどじゃあないんだが。
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おなじみタミヤニュース。 行きつけの模型店が紹介されている号だ。 |
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これはハセガワの1/72シリーズのひとつ。 お気に入りのケッテンクラート(とシュビムワーゲン)の組立説明書。 |
人並みに男の子らしくガキの時分はプラモデルなんか作っていたような覚えがある。そもそも20年くらい前は、ビッグワンガム(便利な世の中になったもんだよWWWにつないでてきとーに検索かけりゃ全リストまで見つかるんだもんな)あたりで洗礼を受け、名城シリーズとかガンプラとか1/35ミリタリーシリーズで修練し、スクラッチビルドで修道生活をはじめ、なんでもいいからフルスクラッチで列聖されたものだった。あの頃はツクダやバンダイ(ガンプラ)へ行くかタミヤ(スケールモデル)へ行くかで、明確にその後の人生が決まっていた。前者がミーハーなモデラー生活だとすれば、後者はハイソな生活だったとも云える。俺はハイソなほうを選んじまったから、ミーハーな人生のことはよくわからないのだけれども、今、主流を占めるのはこのミーハーな、つまり庶民派であると断言してもいい。ガンプラからフィギュアへとその守備範囲を拡大した庶民派モデラー──てゆうか濃いアニメファンだな──が、海洋堂を始めとした今のモデリング業界の縁の下にひしめいているわけだ。別にどっちが高尚だとか優れているとかって云いたいわけじゃないよ。そんな価値分類は屁の突っ張りにもならんからすぐに止めてしまいなさい。ハイディテールF1カーを作ることとアニメのパンチラねえちゃんを作ることの間に、趣味のモデリング行為として何の径庭もないのだから。
スケールモデルの総大主教座タミヤといえば、80年代当時は1/35ミリタリーシリーズだった。これに1/700ウォーターラインシリーズが双璧として存在し、こっちにはハセガワという良きライバルもいたんだけど、やっぱりイメージとしてタミヤは偉大だった。もちろん、自動車関係のモデルも、これはタミヤのそもそもの財産だったから、80年代スケールモデルの三銃士みたいなものだ。その頃ぼちぼち姿を見せ始めていた諸外国のモデルは、金型の古さにもよるのだろうけれど、まずバリは多いし(多いどころかたまにバリの海の中にパーツが点在することもあった)、接合面はいびつだし、部品は合わないし、デカールは黄ばんでるし(こりゃ店晒しのせいかな)、値段ばかりが高くて決して高級品のイメージはなかったのだ。現在でもことプラモデルに関しては、日本製品が割安にして最高級品だと胸を張って云えるだろう。問題はジャンルが偏りすぎてるってえことだけだ(モデラーにとってはそれこそが最大の関心事なんだけどね)。
ところで、なんでスケールモデルの道をハイソと云い表したかと云えば、それは当時の感覚では確かにロボットに比べりゃ扱っている題材自体「高尚」に思えたし、だいたいパーツに自分で細かく色を塗らなきゃならんというのは十分高度で洗練された行為だった。単色のパーツと、シールじゃないデカール(ビッグワンガムから育った身として、デカールという代物はひとつの衝撃だった)で構成され、詳しい考証つきの組立説明書に緻密な彩色画と色見本で装われたパッケージとくりゃあ、あなた、高みを夢見る少年(あんまり高いとこばっか見てるから世の中は斜めに見えてる)がどっちに転ぶかは試すまでもない。ああ、いまどきどうかはしらんがね。
スケールモデルにはジオラマがつきものだった(ガンプラでもそうだったけど)。船やヒコーキだとそう簡単には臨場感溢れるものが作れないので、勢い陸上が大勢を占める。俺は1/35主流の、つまりミリオタまっしぐらだったから、その他の情勢は知らないんだけど、ミリタリーモデルと云えば戦場ジオラマであって、戦場となれば破壊された兵器や破壊された兵士なんかもあるわけで、その表現手法とゆうか態度について当時の小冊子には結構恐ろしいことが書いてあったりする。バーリンデン氏といって誰のことだか判るあなたはハイソなモデラーだったはずだ。で、ジオラマを作れば次は写真、コンテストだ。結構流行っていたんだと思う。でもわたくしにはカメラを買う財力もなかったし、そもそもジオラマを本気でやるだけの才能も気力もなかったから、まあ、暇潰しにのんべんだらりと作っていたわけだ。暇潰しって云っても大学生みたいに1週間のうち8日間が休日という生活じゃないから、そんなに数は作ってない。当時はかなり作ったような気になっていたけれど、あとで処分するときに発見したのはみかん箱1箱に満たないものだった。
わたくしのハイソなモデリング人生は、しかし僅かに2年あまりで終焉を迎えた。特別なことがあったわけじゃない。一つのことに集中できない代わりに、とりかかってる最中は一つのことしか見えない性分だから、ほかの趣味にかまけて顧みなくなっただけのことだ。やがて世間では主上が崩じて天変地異が頻発し、バブルだとか構造不況だとか云ってるうちにわたくしも三十路をこえて、なんだか発作的にモデラー回帰したわけだが、それは次回。
ちなみにタイトルの純トルっつうのは純正100%トルエンのことだ。なんのことかわからんあなたは真っ当な人生を歩んでいるはずだから、これ以上道を踏み外さないことを祈る。
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