第2回(H13.12.1)
    ヒコーキ野郎


     どこまで書いたんだっけかな?
     あじまみたいにひきもへったくれもなく涼しい顔してまるきり関係ない話を始めてもよかったかもしらん。



    ▲Supermarine Spitfire Mk.II
    デル・プラドのシリーズ1回目。世界の戦闘機と銘打っておきながら爆撃機も混じってる変なシリーズ。ダイキャスト製だがモールドは甘い。訳が専門家でないため、結構いい加減なのが惜しい。
     モデラーに回帰したのは、一人暮らしの暇潰しに最適だ、なんて考えた訳じゃない。高校を卒業してからご無沙汰していた行き付けの模型店に久方ぶりで顔を出したとき、なにか買っていかなきゃと余計な気を回して、WWIのヒコーキを選んだためだ。なんで陸海しかやってなかった奴が突然ヒコーキなのかっていうと、そりゃあ昔むかしは軍用機に憧れた時代もあったし、得意げにいろんな機種の特徴をそらんじたりしたものだが、モデルを始める頃にはそんなの(軍用機)はガキが興味を示すものだよと云わんばかりの厭あな野郎に成り下がっていたわけで、だから陸海の、それも海なら大和とかビスマルクじゃなくて伊400だとか強襲揚陸艦だとか、陸上ならケーニヒスティーゲルとかT34/85じゃなくてケッテンクラートだとか野戦厨房だったりするんだから、まあ、ただのひねたマニアだわな。実はヒコーキにしても傾向は一緒で、もはや飛燕やコルセアに胸をときめかせる歳でもなく、もちろんヘッケバインや震電で喜ぶほどあまちゃんでもない、そんなの選ぶかよといわんばかりの偏り方は、要するに人とは同じ飯を食いたくないわけで、零式なら21型じゃなくて22型なのだし、赤トンボ最高!てわけだ(わからんよな、こんな話)。
     なんでヒコーキなのか説明になってないような気もするが、つまり陸海には飽きていた、てゆうくらいだろうか。つうか、ヒコーキはヒコーキでもなんでWWIなのか。だって好きなんだもの。そういっちゃ話が続かないからもちょっと書くと、軍用ジェット機の先鋭的なフォルムにはしびれるけれども、そこにヒコーキとゆう音の持つロマンは感じられないのだ。ヒコーキてゆうものには、イナガキタルホじゃないがいつか落ちるだろうってえ危うさがなくてはならず、木製羽布張りの複葉機だけがこのイメージを満たしうるのだ。鋼鉄の翼をもった機体はすでにヒコーキではなく、航空機に過ぎないのである。まあ、だけど、今次大戦の軍用機も好きだけどね、スピットファイアだのシュトルモビークだのと。ただしわたくしレシプロファン(洒落じゃないぞ)だから、メッサーシュミット262とかハインケル・ザラマンダーとか、かっこいいのは認めるけど好きにはなれない。



    ▲「The Blue Max」1984年HJ/3W
    数少ない1次大戦の空戦SLG。コンピュータゲームは数あれど、ボードゲームではいまでもこれくらいしかない。相当マイナーな機種も網羅されていて、目移りする。
     陸海の戦いには数千年の歴史があるから、そう目新しいものなどないんだけれど(戦車も潜水艦も、ギリシャの頃からすでに似たようなシロモノが実用物として存在してた)、空に限ってはなにもかもが新しかった(とはいえ、気球の類はやっぱり古代からあったけども)。誕生からわずかに十有余年、たぶん、あらゆる兵器の中で、ヒコーキだけがこの4年間で恐ろしいほどの進展を遂げたような気がする。
     だいたい最初の軍用機には銃座がなく、ただ前線を飛ぶだけのものだったわけで、それでも敵地を天気以外のなにものにも邪魔されずに上から観察できるってえのはすごいことだった。もちろん、すぐに高射砲が登場するんだけど、やっぱり空から来る奴は空から迎撃するに限るっつうわけで、ヒコーキに機銃を持ち込むことになる。ここに空戦なる概念が人類史上めでたく発生し・・・発生したのはいいけども、なんと1915年も半ばまでは戦闘機ですら前方射撃ができなかった。もっともこの当時、戦闘機や爆撃機などの用途別の呼称はなくて、単座機、複座機の区別しかなかったんだけど。まあ、要はプロペラが邪魔だったわけで、イギリスは上翼にルイス機銃を取り付けて前方射撃を可能にしたものの、射軸と視軸が離れすぎてるから照準が難しいし、機銃は文字どおり取り付けただけだから連絡索でトリガーを引くか、立ち上がって射撃せにゃならんかった。もひとつの解決策は、フォッカーの牙をへし折るために現れたデ・ハビランドD.H.2のように、牽引式じゃなくて推進式の発動機を装備するやつ。くるまで云うならMRだね。これならプロペラは後ろだからよける必要がない。ほかにはガロー・エッジで知られる跳弾板もあったが、これはつまりプロペラ防護板であって、委細構わず射撃してプロペラにあたる銃弾は弾こうってゆう、理屈もへったくれもないスグレモノだ。
     連合国が無駄な細工を施してる間に、ドイツが回転するプロペラの合間を縫って前方射撃のできる同調射撃装置を開発するや、これが搭載されたフォッカー・アインデッカー(EIII)は一時全戦域の空を席巻して「フォッカーの懲罰」と畏怖された。それでもやっぱり最初は不具合があって、宙返り技法にその名を残すドイツのエース(15機)、マックス・インメルマンなんかは、てめえでてめえのプロペラ撃ち抜いちゃって墜死してんだからね(ただし、一説)。



    ▲Albatros D.III
    復帰第1作。パートタイムモデラーとはいえ、1カ月かける代物でもあるまいに・・・
     空戦てのは今も昔も敵機が任務未遂になればいいわけで、であれば年々頑丈になる機体を撃つより、最後までむき出しだったパイロットが行動不能になりゃあいいってんで、拳銃やライフルをコクピットに持ち込んで戦闘中に敵機の操縦士を狙撃しちまうとんでもないやつ(連合国の空戦の父、ラノー・ホーカー少佐はそのスコア7機中少なくとも3機、これで撃墜している)もいたかと思えば、ドッグファイトの相手の機銃が故障したとみると、やらないまでもうっちゃっときゃいいのに直るまで待ってたのんきなやつもいた。
     第1次大戦とゆうのは総力戦という地球規模の大殺戮であったと同時に、人殺しがスポーツにもなり得た最後ののんきな戦争でもあったし、特に新種の兵科である航空隊(独立した空軍は1918年の英王立空軍RAFが世界初。日本には現代に至るまで正式な空軍は存在しない)は、前世紀の貴族の兵科であった騎兵のそれを受け継いで、なにかにつけ騎士道精神をかざすことが多かったから、そういう一種の美談めいた事件もあったわけだ。物好きなアルバート・ボール(英・44機)なんかは空戦を避けたドイツ機の飛行場まで飛んでいって挑戦状ばらまいている(もちろん返り討ちに遭って激戦の末帰還する)。そういやドッグファイトなんて言葉が似合うのもせいぜい2次大戦まで、ジェット戦闘機は一撃必殺、つうかすれ違いざまの一撃で勝負がつかなきゃ、すんげえ旋回半径描いて追っかける暇も理由もない。150馬力そこそこでちんたらちんたら敵機のけつを追っかけるさまこそ、ドッグファイトの名にふさわしいだろうな。

     結局なんでヒコーキなのか説明しないままここまできちまったけど、まあええか。
     15年ぶりで復帰した最初に複葉機である。これはわれながら勇気があるというか無鉄砲というか絶対後者なんだろうけど、そこんとこは次回。

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