第5回(H13.12.31)
    鬼、悪魔


     さあ、5回目だ。もう模型とはまるで関係ねえ話ばっかだぞ。

     ずうっと昔には、ボーイング727がかっこいいと思えた時期もあった。今となってはまったく興味も湧かない、ただでかいだけのジャンボジェットだ。なぜだろう? 飛行機には、てゆうかこれに限らなくても商品である以上、民間軍用を問わずまず性能が、次にコストパフォーマンスが重要視されるわけだが、思うに民間機とゆうものは軍用機ほど切羽詰まって改良・発展させる必要がなく、往々にしてメーカーと運用会社と、ついでに管轄省庁との癒着なんかで利権が最重要視されちゃうもんだから、軍用機ほど洗練されないし、進歩の速度も遅い。1920年代にはちょうど船やくるまと同じように、速度や飛行距離を競う時代が来て空のレーサーたちが活躍したものだし、なにより軍用機開発を禁じられたドイツでは技術の隔絶を防ぐために民間機開発に血道を上げざるを得ず、航空機テクノロジーは戦時中と同じくらい発達を遂げた。でも、2次大戦以降の民間機はほとんどが軍用機のアレンジで、空の記録もほとんどが軍用機で書き換えられてゆくなか、純粋なレースも下火になってしまう。そうして最後にはいかにいっぱい人と荷物を積み込んで一度に大量輸送できるかだけが至上命題となり、民間機の魅力は決定的に、わたくしの中では消滅してしまうのである。いま、空港に行ってみても、見渡す限りクローンばかりがエプロンに並び、その違いはペインティングだけといっても暴言ではないはずだ。それはジッポのライターを眺めているようなものであり、すこぶる実用的である、と云う以外に、なんらの賛辞も呈する余地がない。
     だから(ってわけでもないけど)わたくしは、本質的に人殺しの機械、常に先進的であらねばならぬ宿命を負った軍用機に、慰みを見出すのである。

     不謹慎な話だが、と前置きすれば免罪符を得たも同然と思ってる連中がいるようだが、わたくし不謹慎なんてケツの穴の小さいやつばらの常套句のお世話になるつもりはないから、その手の前置きはなしにする。だったら最初から書くなよな。
     さて、戦争はヒーローというかアイドルを生み出すもので、もちろんそれは戦意昂揚の宣伝効果を狙って多分に歪曲捏造されるものだとわかっちゃいるが、敵味方の区別なく、そして流された血の多寡に関わりなく、かっこいいものはかっこいいと思う。子供の頃はとにかく戦記物が好きだった。こむつかしい理屈なんぞなく、ただかっこ良かったからだ。戦記の要素が少しでもあれば、なんでも良かった。旧約聖書ですら半分は戦記みたいなものだ。今ではあれこれ理由をつけるようになってしまったが、なんか大事なものを失ってしまったようで時折さみしくなる。大人になって理由もなく虫を殺すことができなくなったことは、果たして人類種の進歩なのだろうか? 常勝部隊、とか、撃墜王、とゆう称号は、もちろんそのぶんの人死にの上に打ち樹てられた栄誉である。しかし、それは昇華された技術と才能の結果であり、たまたまそれの発揮された領域が戦闘行為であったに過ぎないのだ。すべてのジャンルに亙って、雄々しい、感嘆すべき行為が惹き起こす感情は、そしてそれを共有できる人間は、あらゆる道徳律を超越する。いま、果敢にも敵を撃退してわが祖国を防衛した兵士が、(生死を問わず)凱旋帰国を果たしたとしたら、わたくしはとっても感激屋だからして(情緒不安定とも云う)、そんな身を守る万分の一の役にも立たぬ批判精神なぞ封殺し、提灯行列で朝まで帰ってこないであろう。
     なんにしろ、そういった英雄(しばしば、というか、常に政治的である)には綽名が付きものである。始めは某所の何某とゆう、綽名の原始状態とも云うべき呼び方をとる。びんち村のれおなるどん、みたいなものだ。やがて対象固有の事物が対象自体を指す、綽名の写実主義段階を迎える。多くの綽名がこの段階にひしめいており、なかでも赤軍では社会主義的リアリズムに則ってながったらしい綽名を奉ることが流行する。突出した感覚の持ち主によって、どこをどうひねったのか皆目見当もつかない綽名がつけられることもあるが、これは抽象主義段階、もしくはプレシオジテ派に転んだ連中の仕業であり、定着することはやはり少ない。てゆうか、その、けして「カノッサの屈辱」ごっこやってるわけじゃないんだけども。こういったニックネームに弱いのが、男の子だ。濫発されるとなんだかなあ、とゆう気分にもなるが、大人の男でもだいぶ弱い(はずだ)。最近は同人女でも転ぶ連中が増えてきているが、常日頃男尊女卑を唱えるわたくしからすればこれはおもしろくない傾向だ。どうでもいいか。
     ここではちょっと脱線して(いつもは脱線してないのか?)、戦場のニックネームをいくつか拾って私的な解説を加えてみようと思う。今日はオーソドクスに、「悪魔」だ。

    悪魔
    古今東西、戦場に限らず人間の世でそう呼ばれた連中は、そりゃもう星の数ほどいたはずです。味方からもこう呼ばれたヤツとなるとそんなにいないかもしれませんけど。ただの悪魔じゃ掃いて捨てるほど存在するので、ふつう色とか地域とかの前置詞をつけて区別することになります。ここでは色つきを見てみましょう。


    フランス軍に「赤い悪魔」と呼ばれたのはかのレッドバロン、リヒトホーフェン大尉です。レッドバロンてのはオートバイ屋さんでして、つうか、ちゃんとした男爵だったんよ、彼。そういや赤い悪魔って云われたヤマハのバイクがあるよな。ええと、レッドバロンってのはアメリカ軍がつけた綽名です。相手をどう思ってるか、これで判ります。ほんと、彼は英軍戦線に墜ちてラッキーだったと云えましょう。ちゃんと儀仗礼つきで埋葬されたからね。写真で見るリヒトホーフェンはどことなく陰険な顔つきをしております。実際かなり残忍だったようで、気付いてもいない敵機にわざわざ外れ弾を送ってやって、おびき寄せてから墜としにかかるくらいだったそうです。ねこがひまなときに狩りをするようなもんです。


    今度はドイツ軍に「青い悪魔」と呼ばれた男です。彼の名はウィリー・コッペン少佐、ベルギー人で、第1次大戦時のベルギー軍トップエースです。えっ、ベルギーって緒戦で占領されたんじゃないの、と思ってるあなた、それは25年後の話です。コッペンは気球攻撃に長けており、彼のコバルトブルー一色に塗られたアンリオH.D.-1は弾幕をかいくぐり、いともたやすく気球を撃墜、迎撃に上がったドイツ機も軽くいなしていったようです。気球撃つのがそんなにえらいことなのかと思ってるあなた、それは敵機を撃ち落とすのがそんなにえらいことなのか、という問いに等しいことにお気づきでない。気球は観測・防塞に多用され、当時の重要な戦術目標だったのですぞ。気球撃ちはバルーン・バスターとして、ドッグファイターに劣らぬ栄誉を受けたものでした。


    「黒い悪魔」・・・まあ、悪魔は黒いものと相場が決まってるんですが、なかでも有名なのは「南部の黒い悪魔」ハルトマン大尉ですね。人類史上最高のスコアを記録し、あまりに超絶すぎるので戦後各方面から本人の水増し、ゲッペルスの煽伝、等々ケチをつけられたドイツ空軍の記録なんですが、いずれの陣営も戦果は多めに、損失は少なめに報告するのが世の常であること、空中分解や地上激突(海中突入)等の明白な証拠がなくても、エンジン火災やパイロット脱出、きりもみ降下など墜落必定として認定され得たこと(ドイツは墜落必定を戦果と認めなかったんですが)、などから、相互の記録に齟齬が生じるのはこれ必定。わたくしどもとしましては、いかなるかたちであれ公認記録としてある以上、それはそれとして尊重するのが筋ではなかろうかと。


    黒とくれば白。では設問。「白い悪魔」といえば?
    1)連邦のモビルスーツ
    2)覚醒剤
    3)日活映画
    選んだ回答によってあなたの世代が判ります(ちょっち本気)。コア過ぎるって。


    「緑の悪魔」と呼ばれたのはザクではありません、泣く子も黙るドイツの精鋭、降下猟兵部隊のことです。最盛期には11個師団を数え、ヴェーゼル演習(ノルウェイ攻略)、黄色の件(フランスの戦い)、メルクール(クレタ攻略作戦)と華々しい戦果を挙げたわけですが、最後のクレタ戦で損害率30%(いわゆる通常の退却分岐点)を超えたため、以後、大規模な空挺作戦は行われなくなってしまいます。エバン・エマールやパレンバン攻略、ノルマンディなど派手でかっこいいことはかっこいいんですが、近接支援の得られない空挺作戦はマーケットガーデンという最大の惨劇を始めとして、まず悲劇的な結末を迎えるでしょう。近年ではグリーン・ベレーやSASに代表されるような、本来の特殊任務部隊として活動しているようです。もとより、ドイツとて最初は特殊任務部隊(ブランデンブルク部隊が有名)だったんですがね。


    「黄色い悪魔」もういわずもがなですね。はい、われわれのことです。先の大戦で米兵と軍上層部は日本軍のみならず民間人に対しても、この蔑称で戦意をかき立てて仮借ない攻撃を行いました。ただし、この思想に与していたのは主に白人で、やはり、黒人兵には抵抗があったようです。黄禍論が吹聴されたのははや半世紀以上前のことですが、もはや噂にもされないくらい、アジアは堕落してしまったのか。

     さて、もういいかげん終わりにするつもりなんだが、悪魔、という単語は強調語なのかしらん、と思うことがある。だって、良魔とはいわんだろ。云うのかな?

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