流鏑馬神事

 若一王子神社の流鏑馬は、遠く鎌倉時代に起源を持つといわれ、平安時代から戦国時代にかけて約500年の間、この地を治めていた古族仁科氏によってもたらされたものです。その由来は、承久三(1221)年後鳥羽上皇が北条義時追討の命をだした折、院の西面の警護を仰せつかり、上皇に忠誠を誓っていた仁科盛遠が、出陣に際し神前に流鏑馬を奉納し武運を祈ったことに始まると伝えられます。また、京都との関わりの深かった仁科氏は、賀茂神社の流鏑馬に造詣深く、これを故郷大町に伝えたともいわれます。鎌倉の八幡八幡宮、京都の加茂神社と並ぶ『日本三大流鏑馬』とされています。また、長野県指定無形文化財に指定されている全国的にもめずらしい子供流鏑馬の神事です。

他地方の子供流鏑馬神事

遠野郷八幡宮 子供流鏑馬神前の義 5月5日 岩手県遠野市
六郷神社 七草こども流鏑馬祭 1月7日 東京都大田区
妻木八幡神社 例祭 10月第二週 岐阜県土岐市
梅山八幡神社 大祭 10月第一週 静岡県袋井市梅山
(戦前まで行われていた神事を平成2年頃から復活したようです)
※日本馬事協会の調べによりますと、全国で行われている流鏑馬神事は116件あり、そのうち子供流鏑馬の神事として執り行われている流鏑馬は21件あるらしいのですが、情報が少なく苦慮しています。当方の流鏑馬神事も子供流鏑馬だという関係者の方、また情報をお持ちの方、是非ご連絡をお願いいたします。

射隊

 各町から奉納される流鏑馬の隊列の事が「射隊」(イタイ)と呼称されています。射隊ボボ(イタイボボ)または射手ボボ(イテボボ)あるいはボボ様【ボボ=子供を意味する方言】を中心としてボボを輩出した家の家長(父親)、馬方6〜8名の編成によって構成されます。

三日町
大黒町
九日町
六九町
北原町
白塩町
上仲町
下仲町
南原町
仁科町