「私はこれからの日本に大して希望をつなぐことができない。
このままいったら“日本”はなくなってしまうのではないかという感を日ましに深くする。
日本はなくなって、その代わりに、無機質な、からっぽな、ニュートラルな、中間色の、
富裕な、抜け目がない、ある経済大国が極東の一角に残るであろう。
それでもいいと思っている人達と、わたしは口をきく気にもなれなくなっているのである」

昭和45年(1970)7月7日 三島由紀夫



はじめまして。「大日本塾」主催者の∴上総介(かずさのすけ)です。
このHPは2004年11月に開設しました。

僕が大日本塾を開設した理由を説明します。
いまこのHPをご覧頂いている方々のなかには、昨今の日本に対して憂いがあり、
将来の日本に対して不安を抱いている方々が大勢いらっしゃると思います。
そのような大勢の方々と議論し、勉強して、日本再生に必要な人材を数多く輩出したいからです。
もちろん、僕自身の勉強のためでもあります。
至らぬ点が多々あると思いますが、どうかよろしくお願いします。

大日本塾の名称から、このHPを右翼だと思われる方がいるかもしれません。
しかし、現在の日本における右翼とは何でしょうか。左翼とは何でしょうか。
過激な愛国主義が右翼で、過激で急進的な革命主義が左翼でしょうか。

フランス革命における国民公会で議長席から見て右側に保守派のジロンド派が座ったことから、
保守的・国粋主義的な思想傾向を右翼。
急進派のジャコバン派が議長席から見て左側に座ったことから、
急進的・革命的な政治勢力を左翼といわれてきましたが、
右翼・左翼を現代語訳すると、僕には意味がよくわかりません。
しかし、原義でいうならば、僕は右翼であり左翼でもあります。

日本再生のためには、愛国主義は大切ですし、革命主義も大切です。
したがって、旧概念・固定概念の右翼か左翼かという議論は全く意味がありません。
どんなことでも、旧概念・固定観念で思考することは、重大な過ちです。

日本再生とは何か。再生の原点はどこにあるのか。
これを基軸に大日本塾参加者の方々と議論し、共に勉強していきたいです。

日本は太古の時代実りが多く、大陸と比べ非常に豊かでした。
そのため、多くの移民がやってきましたが、豊かであるために外界との大きな争いはおきませんでした。
例外は蒙古襲来と秀吉の朝鮮出兵ぐらいでしょう。
しかし、豊かであるがために、争いがおきないがために、日本は大陸のような強い指導者を必要としませんでした。
その結果、聖徳太子の十七条の憲法が示す「和をもって尊しとなす」の日本的な民主主義である、
コンセンサス社会が形成されました。

このコンセンサス社会は豊かで争いがない状況では、非常に有用な運用方式でした。
しかし、豊かでなく、争いが起きる状況になると、このコンセンサス社会の運用方式は、
ただの玉虫色の談合方式になってしまいます。これでは何も物事が決まらず、前進しません。
したがってこれからの時代、コンセンサス社会でのみ通用する人材は求められません。
強い指導者になりうる人材が必要です。
大日本塾は、そのような人材がうまれる塾でありたいです。


階前の梧葉 すでに秋声 地塘の春草の夢 未だ覚めやらずして 一寸の光陰 軽んずべからず 少年老い易く 学成り難し


大日本塾はリンクフリーです。
相互リンクをしていただける方は、 dainipponjyuku○yahoo.co.jp (○と@を置き換えて下さい)までご連絡ください。
よろしくお願いします。

   





人間50年 下天のうちをくらぶれば 夢幻の如くなり
一度生を得て 滅せぬ者のあるべきか



信長公はなぜ大改革を達成できたのだろうか?
信長公は何を夢みていたのだろうか?
「天下布武」の後に何をみていたのだろうか?