泉州岸和田だんじり小屋
 岸和田旧市二十二町のだんじり案内
宮本町(みやもとちょう) 岸城神社
宮入りはその名の通り宮一番。
宮入りの時の纏は鹿皮のバレン。
特に自慢は太鼓で、城大手門の
太鼓櫓において武士の登城時に
打った物に、岡部の殿様より拝
領した。(文化六年作)
・大  工=加奥久吉
・彫刻師=上間庄平
・新  調=大正十年
・彫  物=土呂幕・薄田隼人徳川
            本陣討入り
       見送り・大坂夏の陣
上 町(うえまち) 岸城神社
宮入りは宮二番。現地車は昭和三年御大典記念として
新調され当時莫大な欅材を集め、その中から色柄の
揃った良材のみを選び出して製作。完成後その余材で
他町の立派な地車が三台も出来たと言う、珍重かつ贅沢な
地車である。木鼻の唐獅子の目も高価な物で自慢の一つ。
・大  工=植山宗一郎
・彫刻師=開 藤太郎
・新  調=昭和四年
・彫  物=土呂幕・武田、上杉の
            川中島の合戦
       見送り・(上)本能寺の変
            (下)大坂夏の陣
五軒屋町(ごけんやまち) 岸城神社
彫り物は細部にまで精巧に造られ、奥行きは深く
素晴らしい出来ばえに仕上がり、とくに五軒屋町は
その昔、岸城神社の灯明係を担当しており新調地車
にも、見送り廻りの灯篭を担ぐ鬼「阿・吽」や正面
木鼻の「提灯を抱いた唐獅子」など、それにまつわる
独特な彫物が施されています。
・大  工=植山良雄
・彫刻師=岸田恭司
・新  調=平成十年
・彫  物=土呂幕・難波戦記
       見送り・賎ヶ嶽の合戦
大北町(おーぎたちょう) 岸城神社
小屋根は三段垂木の二段扇で、自慢の見送り
天蓋には青龍の彫物をほどこし台木の彫物は
大正九年の歌会始め「勅題」から、林峯名匠が
細工。歌会始めの「勅題」を、地車彫物として
刻んでいるのは、大北町地車だけである。
纏は岡部公より拝領の今に伝わる千成瓢箪。
・大  工=久納久吉、久納幸三郎
・彫刻師=一元林峯、玉井九馬一
・新  調=大正九年
・彫  物=土呂幕・加藤嘉明足海峠
            で浅井を討つ
       見送り・越前北ノ庄落城
中北町(なかぎたちょう) 岸城神社
土呂幕に「丸橋忠弥の奮戦」が彫り込まれた
同町のだんじり。やりまわしの際に、
伝統の合わせ花梃子の技術が受け継がれて
いることで有名。また、昭和32年に岸和田祭りで
はじめて黒のハッピと白バッチの衣装を揃えた。
今日までその伝統は受け継がれている。
番付標は金太郎。
・大  工=井上 英明
・彫刻師=木下彫刻工芸
・新  調=平成十八年
・彫  物=土呂幕・秀吉の香炉盗む
            石川五衛門
       見送り・賤ヶ嶽乃合戦
大手町(おーてちょう) 岸城神社
同町は、木下舜次郎師の出世作で土呂幕が
四段彫りと奥深く自慢であり、彫物の力強さが
見物である。また、地車は正面の姿と後方より
の姿が美しいので、姿千両と形容された。
扇垂木受の龍の彫物も独自。
・大  工=植山宗一郎
・彫刻師=木下舜次郎
・新  調=昭和十五年
・彫  物=土呂幕・福島市松
       拝郷五左衛門討取
       見送り・難波戦記
紙屋町(かみやちょう) 岸城神社
大屋根正面の鬼板に、眼下をにらみつける
獅子噛(しがみ)の彫物は、他に類を見ない
豪快なものである。先代は天保12年に
完成の地車(だんじり会館展示)。
蕃付標は漁師の町に相応い「宝船」。
・大  工=天野藤一
・彫刻師=松田正幸
・新  調=平成三年
・彫  物=土呂幕・川中島の合戦
       見送り・三国志
中之濱町(なかんば) 岸城神社
先代の地車から引き続き、黒檀ずくりの黒欄干。
それを見ただけで、中之濱と謳われた地車で
評判が良い。土呂幕はすべて三層彫りで彫物に
奥行の深さがあり精巧細密な彫物が自慢。
昔、御前相撲を担当していたので軍配団扇が
纏となっている。番付標も、見事な横綱土俵入り。
揃いのハッピも軍配の柄。
・大  工=天野藤一 、天野喜三郎
・彫刻師=木下舜次郎
・新  調=昭和二十七年
・彫  物=土呂幕・平将門勇戦
       見送り・難波戦記
中 町(なかまち) 岸城神社
後旗に龍が珠を抱いて天に昇る姿を
金糸銀糸で刺繍したのは同町が始め
である。見送りの賎ヶ嶽の中の佐久間
玄蕃の彫物や大屋根下の扇垂木が特徴
ネコの口の中に珠をくわえているのが自慢。
・大  工=田端辰次郎
・彫刻師=開 藤太郎
・新  調=大正十二年
・彫  物=土呂幕・石橋山の合戦
       見送り・賎ヶ嶽の合戦
大工町(だいこまち) 岸城神社
纏、飾り物が「なぎなた(長刀)と
「ばっちょ笠(番匠笠)」があまりにも有名。
やり廻しが他町に比べ、ずば抜けて
上手であったとして、岡部の殿様より
拝領したと言われている。
・大  工=朝代市松
・彫刻師=一元林峯、吉岡義峰
・新  調=大正十二年
・彫  物=土呂幕・後藤又兵衛勇戦
       見送り・(上)本能寺の変
            (下)大坂夏の陣
南 町(みなんまち) 岸城神社
日本一大きい地蔵堂(蛸地蔵)のある
同町は彫物も蛸地蔵にまつわる物語で
つくられ、見送り天井部分は格天井に
十二支、他に類を見ないすばらしい
できばえで、必見の価値あり。
・大  工=植山良雄
・彫刻師=岸田恭司
・新  調=平成七年
・彫  物=土呂幕・岸和田大乱戦
       見送り・川中島の合戦
本 町(ほんまち) 岸城神社
昭和七年京都西陣での万国博覧会で
地車正面の彫物「大連子」「小連子」
を出品し、第一位に入賞した。豪華な
芸術品的彫物と大屋根下の「ひし形扇
たる木」が自慢。纏は岡部公より拝領の
純金製という唐人笠兜。
・大  工=絹井楠次郎、田端辰次郎
・彫刻師=吉岡義一、森 貞一
・新  調=昭和七年
・彫  物=土呂幕・源義経の八艘飛
       見送り・一の谷鶏越え
堺 町(さかいまち) 岸城神社
堺町の曳き手が着用する「はっぴ」は綱先から
後梃子に至るまで全員が同一模様のものを着用
し、全町民が心を一つにして祭礼に取り組んで
いる様子がうかがえる。一つの図柄に統一した
のが昭和26年であり、その後一回の模様替え
があり、現在のものは昭和39年からである。
・大  工=朝代市松、三木田壱捨三
・彫刻師=一元林峯
・新  調=大正十四年
・彫  物=土呂幕・楠正成櫻井の駅
            訣別の場
       見送り・難波戦記
北 町(きたんまち) 岸城神社
天明四年、北町の油屋治兵衛が、泉大津より
中古の地車を購入したが、城内に入るのに大
きすぎて大手門をくぐれない。困った世話役衆
が徹夜で柱に万力をつけたのが岸和田独自の
カラクリ地車のはじまりであり今の岸和田地車
の起源となっている。夜は正面大ゴマ提灯の
点滅により北の字を描き遠くからでもわかる。
・大  工=要卯之助
・彫刻師=櫻井義國
・新  調=大正六年
・彫  物=土呂幕・曽我五郎の
            大磯驀進
       見送り・川中島の合戦
南上町(みなみうえまち) 岸城神社
新興住宅地のため地車は無かったが
平成6年より有志での町内曳行が始まり
平成17年に中北町から地車を購入し
平成19年度岸和田だんじり祭りに初参入することになった。
・大  工=天野 藤一
・彫刻師=木下 舜次郎
・新  調=昭和三十二年
・彫  物=土呂幕・秀吉の香炉盗む
            石川五衛門
       見送り・大坂夏の陣
沼 町(ぬまちょう) 岸和田天神宮
今も沼町だけに残る地車入庫行事「オッシャンシャン」
(地車ばやしと異なる独自のはやしで順次勝ち抜き
相撲をとる)が残っている。宮入は、天一番となっている。
纏は打出の小槌。鳴り物は七、五、三に打ちわけて
叩かれ正確さを誇る。
また、新調地車に沼町に由来する彫物「寛永の強訴」が
大屋根枡合後に彫られています。
・大  工=大下孝治
・彫刻師=木下賢治
・新  調=平成十四年
・彫  物=土呂幕・木曽義仲
       見送り・一の谷の合戦
筋海町(すじかいちょう) 岸和田天神宮
同町は、昭和8年に、元筋違町、餌差町、瓦屋敷町の
三地区が一つにまとまって出来た地車です。また現在まで
4度新調しており今の地車にあたっては極めて念入りに
製作された為、優れた地車が出来たとの事です。
大屋根は二重破風でその下は扇垂木の最初の
地車と言われている。纏は昔から良く走る事から
兎にしたそうで、彫物の纏も珍しい。
・大  工=久納久吉、久納幸三郎
・彫刻師=西本五葉、一元 正
・新  調=昭和八年
・彫  物=土呂幕・木村長門守勇戦
       見送り・大坂夏の陣
下野町(しものちょう) 岸和田天神宮
安全曵行を祈って、14日午前0時
梃子祭を行い、曳き出しには下野町
海岸の一番汐にて汐かけを行う。
曵行時の曳き手は700名、綱の長さは
300mと、その疾走する様は豪快。
・大  工=別所勝之助
・彫刻師=安田卯之松
・新  調=大正八年
・彫  物=土呂幕・本多出雲守
            荒川熊蔵との戦
       見送り・(上)忠臣蔵
           (下)賎ヶ嶽七本槍
並松町(なんまつちょう) 岸和田天神宮
同町の地車は、岸和田最大、最重量の
大型地車で、大正の左甚五郎と言われた
左ヱ門こと櫻井義國が大工仕事・彫物共
同一人物が制作した物は他にない。
纏は町名にちなんで松。
・大  工=櫻井義國
・彫刻師=櫻井義國
・新  調=大正十年
・彫  物=土呂幕・熊谷次郎道実
            一の谷先陣
       見送り・加藤清正
藤井町(ふじいちょう) 岸和田天神宮
平成五年完成の地車は、高さ・巾等
最大級であり、彫物図柄は土呂幕正面
信長・田楽狭間奇襲戦から見送り本能寺まで
信長公記で統一され、他に類をみません。
・大  工=天野行雄
・彫刻師=松田正幸
・新  調=平成五年
・彫  物=土呂幕・桶狭間の合戦
       見送り・本能寺の変
別所町(べっしょちょう) 岸和田天神宮
当町は先々代の昭和5年から10年までの
曵行に始まり、先代は昭和36年から38年
まで曵行、37年には年番長を務めました。
そして、平成14年曳行を復活しました。
纏には榊をくわえた2匹の熊野神社の
御神紋である八咫烏(やたがらす)が彫られています。
明治41年まで別所町に熊野神社があったからです。
・大  工=永谷喜代松
・彫刻師=西本定二郎
・新  調=大正九年
・彫  物=土呂幕・川中島の合戦
       見送り・大坂夏の陣
春木南(はるきみなみ) 春木弥栄神社
春木南浜町、春木北浜町、春木泉町の
三町が寄って出来た地車である。
岸和田地区に曵行できる唯一の春木地区の地車。
纏は漁業の町らしく、魚の王者、鯛。
最大級地車を大勢の曳き手で疾走する様は豪快。
・大  工=植山良雄
・彫刻師=近藤 晃
・新  調=平成十一年
・彫  物=土呂幕・巴御前の奮戦
       見送り・難波戦記
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