寸鐵 (又名 人生裏面觀) ラロシフコー 高橋五郎訳 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)路易《るい》 [#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定    (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数) (例)[#地から2字上げ]CHESTERFIELD -------------------------------------------------------  I will recommend to your attentive perusal, now you are going into the world, two books, which will let you as much into the characters of men asa books can do. I mean "Les 〔Re'flexions〕 Morales de Monsieur de la Rochefoucault," and "〔Les Caracte`res de la Bruye`re〕": but remember, at the same time, that I only recommend them to you as the best generalmaps, to assist you in your journey, and not as marking out every particular turning and winding that you will meet with. there, your own sagacity and observation must come to their aid.[#地から2字上げ]CHESTERFIELD 今汝は方に世に乘出さんとするが故に、父は汝に二書を推薦せんと欲す、汝をして人間の性情を學ばしむべき書[#「人間の性情を學ばしむべき書」に白丸傍点]として最も力あるものなるべし、他なし、ラロシフコー[#「ラロシフコー」に傍線]の「寸鐵[#「寸鐵」に丸傍点]」とラブルエルの「人情篇」是れ也。但同時に又記憶せよ、余は只之を汝の旅行に資すべき最良の概界地 として推薦するのみ、汝が出遭はん一々の曲蹊迂路を指示する者に非ず、斯る箇所に於ては、汝自身の慧眼と觀測との來り助くるを待たざるべからず。[#地から2字上げ]チェスターフ※[#小書き片仮名ヰ、0-11]ールド [#改丁] 序  佛蘭西文學の旺盛時代たる路易《るい》第十四世の朝に於て、突如として一世の耳目を聳動し來れる一書あり、其の簡淨痛快にして靈犀奇警なる人世批評[#「人世批評」に白丸傍点]は、天下驚畏の中心となれり、本書是れ也。  其著者を誰とかする、即ち當時廷臣とし、軍人とし、政治家として夙に盛名あるも、未だ文筆の人としては左までに顯はれざりしラ、ロシフコー[#「ラ、ロシフコー」に傍線]公爵其人なりとす。公は實に本書一部に依りて一躍して文名一代に普ねく、兼ねて佛國文學史上、否世界文藝史上不朽の人となれり、本書は即ち間もなく歐州の各國語に飜譯せられて世界的名著となり、今は我國の讀書界にも書中の一部は既に普ねく喧傳せられ居ること、恐らく讀者の知らるヽ所ならん。  云ふ迄もなく本書の最も得意とする所は人生の裏面觀なるも、全篇悉く珠玉、僅々數字の中に無量の含蓄ありて、而も人生不磨の眞理を道破せる、古今殆んど比肩するもの無からんとす。古來稀世の嘲弄家として人にも評せられ己れも自ら任ぜし流石《さすが》のヴ※[#小書き片仮名ヲ、2-1]ルテール[#「ヴ※[#小書き片仮名ヲ、2-1]ルテール」に傍線]も、ラ、ロシフコー[#「ラ、ロシフコー」に傍線]を評しては言へり『其の説く所大に翫味すべく[#「其の説く所大に翫味すべく」に傍点]、亦是れ千載不朽の文字たるを失はず[#「亦是れ千載不朽の文字たるを失はず」に白三角傍点]、格言として廣く讀まれ、※[#「彳+編のつくり」の「戸」に代えて「戸の旧字」、第3水準1-84-34]ねく諳記せらる』と。  昔し羅馬の大劇作家テレンス[#「テレンス」に傍線]は其劇曲中に [#ここから1字下げ、折り返して2字下げ] 『我は人なり、人間の事とし聞けば、善《よ》きも惡しきも他人事《よそごと》とは思はれず、そぞろに我が心を躍らしむ』 [#ここで字下げ終わり] と唱へしめて舞臺もゆるぐ[#「ゆるぐ」に傍点]ばかりの喝采を博せりといふ。今本書の如き赤裸の人世批評中に多大なる諷誡の意を偶せるもの、我國人の間にも豈之が紹介の要無しと言はんや、本書の譯ある徒爾ならざるを信ず。 [#ここから2字下げ] 本書の原文は勿論佛文なれども(附録英人チェ卿のは固より英語原文)、發行者の希望によりて英語の譯本を添へたれば、讀者の對照に便すべく出來る限り英譯に近邇せしめたり、特殊なる又は不可能なる場合には特に佛文直譯を並記して兩文併せ味ふの便に供せり。 [#ここで字下げ終わり] [#5字下げ]大正二年九月[#地から3字上げ]譯者 高橋五郎識 [#改丁] [#7字下げ]【一】[#「【一】」は中見出し]  吾人が徳行と見倣す所の者は、往々たヾ惹起し崇たる雜多なる行動及び目的の一集合物に外ならす。斯くて男子が勇なるは必ずしも剛勇なるに由るにあらす、女子が貞なるは必ずしも貞操なるに由るにあらず。 [#7字下げ]【二】[#「【二】」は中見出し]  自愛《セルフ、ラヴ》は世界中に於ける最大阿諛者なり。 [#7字下げ]【三】[#「【三】」は中見出し]  自愛の世界[#「自愛の世界」に白丸傍点]に於ては、吾人如何に廣ぐ跋渉し、如何に夥《おびた》だしく發見を爲すとも、なほ未發見の土地[#「土地」に傍点]その地圖[#「地圖」に傍点]の一大部分を占めんとす。 [#7字下げ]【四】[#「【四】」は中見出し]  自愛は世の最も巧慧《かしこ》き人よりも優《まさ》りて巧慧《かしこ》し。 [#7字下げ]【五】[#「【五】」は中見出し]  諸情《パツシヨン》の斷續は吾人の左右し得る者に非ざること、恰も壽命の長短の如し。 [#7字下げ]【六】[#「【六】」は中見出し]  諸情《パツシヨン》は往々最も巧慧《かしこ》き人をして愚《おろか》ならしめ、又往々最も魯鈍《おろか》なる者をして巧慧《かしこ》からしむ。 [#7字下げ]【七】[#「【七】」は中見出し]  人目を眩燿《げんえう》する如き赫灼《かくしやく》たる大功業は、政治家輩これを深謀遠慮に基ゐするものと稱す、然れども多くは是れ實に愛情や喜怒の結果のみ。斯くアウガスタス[#「アウガスタス」に傍線]とアントニー[#「アントニー」に傍線]との戰爭も、世人は之を彼等が天下の主たらんと欲する功名心より出でたる者と爲せども、恐らくは是れたヾ嫉妬《しつと》や爭權の結果たりしならん而已。 [#7字下げ]【八】[#「【八】」は中見出し]  情《パツシヨン》は其の勸説する所常に必ず亨《とほ》る唯一なる能辯家なり、百發百中なる天工の如く然り、故に情を以て語る最も樸訥《ぼくとつ》なる人は、之れ無くして語る最も能辯なる人よりも、其の言ふ所必ず聞かる。 [#7字下げ]【九】[#「【九】」は中見出し]  人間の心裏には喜怒愛憎等の諸情陸續起滅す、故に其一を倒《たふ》すは通例或る他の一を興《おこ》す者なる而已。 [#7字下げ]【一〇】[#「【一〇】」は中見出し] 功名を愛する事、恥辱を懼るヽ事、財産を造るべき經營、生活を愉快ならしむる希圖、他《ひと》を凌駕せんとする願望、往々是れみな人間社會に有名なる勇なる者の原因なりとす。 [#7字下げ]【一一】[#「【一一】」は中見出し]  情慾《パツシヨン》は往々其の正反對なる者を産す、斯く吝嗇《りんしよく》は時として豪奢《がうしや》を生じ、豪奢は時として吝嗇を生ず。吾人は往々弱きに由て強く、臆病なるに由て大膽なり。 [#7字下げ]【一二】[#「【一二】」は中見出し]  吾人は其苦痛の原因に何等の體裁よき名目を附するにもせよ、之が眞原因は往々利益及び虚榮に外ならず。 [#7字下げ]【一三】[#「【一三】」は中見出し]  人々は啻《たヾ》に其の蒙むれる仁惠或は毀害を忘れんとする而已ならず、甚だしきに至りては、己れに恩を施したる者を憎《にく》み、己れに毀害を加へたる者を愛す。恩に酬《むく》い、怨《うらみ》を報ずるの擧は、視て以て一種の服役と爲し、之に就くを苦患《くげん》とす。 [#7字下げ]【一四】[#「【一四】」は中見出し]  王侯の仁慈は、往々たヾ人民の歡心を獲《え》んとする政略のみ。 [#7字下げ]【一五】[#「【一五】」は中見出し]  世人が喋々稱讚して美徳と爲す所の者は、時として虚榮[#「虚榮」に白丸傍点]より爲され、時としては懶惰より爲され、甚だ屡ば恐怖[#「恐怖」に白丸傍点]より爲さる、而して大抵は此等三動機の打ち混じて爲さるヽ者とす。 [#7字下げ]【一六】[#「【一六】」は中見出し] 繁榮に處《を》る人々の|温和なる態度《モデレーシヨン》は、たヾ其の幸運が彼等に與へたる平靜の氣分([#割り注]即ち安心[#割り注終わり])より生じ來たるのみ([#割り注]其の修め磨きたる美徳には非ずと也[#割り注終わり])。 [#7字下げ]【一七】[#「【一七】」は中見出し]  |温和の態度《モデレーシヨン》は、是れ其幸運に目眩《めくら》めく徒が動《やヽも》すれば自ら招かんとする娼嫉《そねみ》と輕蔑《さげすみ》とに帛るを恐るXものヽみ。是れ吾人が精帥力の〔大なるを示さんとする〕虚街なり、要するに最も高き地位に立てる人々の温和なる態度は、己れが其の享《う》けたる幸運よりも偉大なる者たることを示さんと欲するものなる而已。 [#7字下げ]【一八】[#「【一八】」は中見出し]  吾人は皆|他人《ひと》の災禍《わざはひ》を耐《こら》ふるには十分《じふぶん》強し。 [#7字下げ]【一九】[#「【一九】」は中見出し]  哲人の常操とは、他なし、彼等がその心裏の煩悶懊惱を巧みに隱《か》くすの術なる而已。 [#7字下げ]【二〇】[#「【二〇】」は中見出し]  極刑を宣告せられたる人々は、時として一種の奇特なる常操を裝ひ、又死を輕んずるの精神をあらはす者なるが、是は畢竟死を直視するを畏るヽの結果のみ。 故に此虚勇(此常操、此輕死)の、彼等の心に於けるは、恰も※[#「糸+邦」、U+7D81、6-12]帶《バンドウ》(或は手巾《ハンケチ》)の目に於けるが如しと謂ふも可なり。 [#7字下げ]【二一】[#「【二一】」は中見出し]  哲學は既往《さき》の禍害《わざはひ》や將來《のら》の禍害には容易《たやす》く打克《うちか》つ、然れども現在《いま》の禍害《わざはひ》は哲學に打克つ。 [#7字下げ]【二二】[#「【二二】」は中見出し]  死の何物たるを知る人は少《すく》なし、普通に吾人は勇斷を以て之を忍ぶに非ず、昏睡と習慣とに由て之を忍ぶのみ。大多數の人々は唯其の避く可らざるを知るが故に、甘んじて死するが如く裝ふのみ。 [#7字下げ]【二三】[#「【二三】」は中見出し]  偉人傑士も長く打續く厄災に敗亡するは、是れ彼等が、其|魂《たましひ》の力に由て之を耐《こら》へしに非ず、只其功名心の力に由て之を耐へし者なるを暴露《あらは》す也。實に多大なる虚榮を除き去れば、英雄豪傑も亦他の人々の如くなる而已。 [#7字下げ]【二四】[#「【二四】」は中見出し]  惡運に屈せざるよりも、善運に驕《をご》らざるには幾層大なる徳力を要す。 [#7字下げ]【二五】[#「【二五】」は中見出し]  太陽と死との二物は熟視すること難し。 [#7字下げ]【二六】[#「【二六】」は中見出し]  人は最も罪惡なる感情をすら往々語りて誇る。然れども媚羨《そねみ》は、何人も告白するを敢てせざるほど臆病と恥辱との充ち滿てる感情なり。 [#7字下げ]【二七】[#「【二七】」は中見出し]  嫉妬《ねたみ》は幾分か正當にして理に合《かな》ふ、是れ只己れに屬すと信ずる寶を保たんとするに止まれば也、之に反して羨嫉《そねみ》は一種の狂疾なり、他人《ひと》の寶《たから》を容忍《ゆる》しおく能はざれば也。 [#7字下げ]【二八】[#「【二八】」は中見出し]  吾人が爲す所の惡事よりも、吾人の美質長處は却て吾人を憎惡や迫害に遭遇せしむ。 [#7字下げ]【二九】[#「【二九】」は中見出し]  世人は己が資産を餘りに大なりとは思はず、己が才能を餘りに小なりとは思はず、是れ天下の通患なり。 [#7字下げ]【三〇】[#「【三〇】」は中見出し]  吾人若し自ら缺點を有《も》たずば、他人に缺點あるを認むるに然か多大なる愉快を感ぜじ。 [#7字下げ]【三一】[#「【三一】」は中見出し]  嫉妬《しつと》は猜疑《さいぎ》の中《うち》に生長す。而して猜疑の境より出でヽ事實の域に移るや、或は消滅し、或は狂怒と化す。 [#7字下げ]【三二】[#「【三二】」は中見出し]  傲慢の人は遊惰の人たる能はず、其虚榮を棄つる時に於てすらも能はず。 [#7字下げ]【三三】[#「【三三】」は中見出し]  吾人若し自ら傲慢ならずば他人の傲慢を呟《つぶや》かじ。 [#7字下げ]【三四】[#「【三四】」は中見出し]  傲慢は萬人齊《ひと》しく有り、只之を表出《あらは》すに同一の手段を取らざる而已。 [#7字下げ]【三五】[#「【三五】」は中見出し]  天は吾人を幸福ならしむべく四肢五體を與へたりしが、更にまた吾人をして己れの缺點や短處を感知するの憂を免かれしむべく、傲慢心[#「傲慢心」に白丸傍点]なる者を賦與したりと見ゆ。 [#7字下げ]【三六】[#「【三六】」は中見出し]  過失を行ふ人々に向ひて吾人が與ふる諫責中には、好意よりも傲慢の量多し、而して吾人が彼等を攻むるは、之を以て彼等を矯正せんとするよりも、寧ろ己れが斯る過失を脱し居れることを彼等に信ぜしめんとするにこそあれ。 [#7字下げ]【三七】[#「【三七】」は中見出し]  吾人は己が希望の多少に準《したが》ひて約束し、己が恐怖の大小に準ひて言を守る。 [#7字下げ]【三八】[#「【三八】」は中見出し]  利害《インテレスト》の情は萬種の語を話し、萬殊の人物を扮《ふん》す、然り、利害の外に超然たる人をさへも扮す。 [#7字下げ]【三九】[#「【三九】」は中見出し]  利害《インテレスト》は或る人々の目をくらまし、或る他の人々の明を増す。 [#7字下げ]【四〇】[#「【四〇】」は中見出し]  吾人をして己れに克《か》たしむる者は、理性よりも虚榮の力を多しとす。 [#7字下げ]【四一】[#「【四一】」は中見出し]  吾人は己れに不利なる惡徳を毀《そし》り、己れに利なる善徳を譽む。 [#7字下げ]【四二】[#「【四二】」は中見出し]  往々人は奴たりながら自ら主たりと信ず。而して己が精神[#「精神」に白丸傍点]に驅られて一の目的 に趨《はし》りつヽある間《あひだ》に、己が心情[#「心情」に白丸傍点]はいつしか彼を或る他の目的へ拉《らつ》し去る。 [#7字下げ]【四三】[#「【四三】」は中見出し]  精紳の強し或は弱しと言ふは誤れり、只身體の機能の良否之をして然らしむるのみ。 [#7字下げ]【四四】[#「【四四】」は中見出し]  吾人が心氣の變轉常なきは禍福の運よりも甚だし。 [#7字下げ]【四五】[#「【四五】」は中見出し]  哲學者輩が人生に對して呈《あら》はす好惡《かうを》は、只是れ彼等が自愛の臭味のみ、舌※[#「月+咢」、第3水準1-90-51]《くち》の嗜味《たしみ》若くは色彩《いろ》の愛好《このみ》の如《ごと》く、只|好《す》き々々《/″\》なり、其理を論ずべき者にあらず。 [#7字下げ]【四六】[#「【四六】」は中見出し]  吾人の境遇は、一に吾人が氣分の何如んに依て臧否《ざうひ》せらる、實質より究《きは》め出《いだ》すにあらず。 [#7字下げ]【四七】[#「【四七】」は中見出し]  幸福は趣味《テースト》に在り、其物自身に在るに非ず。吾人の幸福なるは己が[#「己が」に白丸傍点]愛好する物を有するに在り、他人の[#「他人の」に白丸傍点]愛好する物を有するに在るに非ず。 [#7字下げ]【四八】[#「【四八】」は中見出し]  吾人は己が想ふごとく決して然か幸福なるにも非ず、又然か不幸なるにも非ず。 [#7字下げ]【四九】[#「【四九】」は中見出し]  自負傲慢なる人々は不幸なるを以て名譽とす、是れ禍福神《フオルチウン》の的《まと》([#割り注]羨嫉の的[#割り注終わり])となるに足る者と他人《ひと》にも信ぜしめ、己れも信ぜんとする也。 [#7字下げ]【五〇】[#「【五〇】」は中見出し]  吾人は甲の時に在りて是認《よしと》して稱讚する事を乙の時にありては非認《あしと》す、此事を考ふるほど自己の滿足(自得)を減殺《げんさい》する大なるはあらず。 [#7字下げ]【五一】[#「【五一】」は中見出し]  人と人との幸運は如何に相異なるべぐ見ゆとも、必らず其間に善と惡とを相補ひ相償はしむる物ありて、遂に之を平等にす。 [#7字下げ]【五二】[#「【五二】」は中見出し]  天(自然)如何に渥く賜ふ所ありとも天のみにては英雄を造る能はず、必らず幸運[#「運」に白丸傍点]の參加するを要す。 [#7字下げ]【五三】[#「【五三】」は中見出し]  哲學者が富を蔑視《べつし》するは、是れ福神《フテルチウン》が己れに與へざる賓を罵りて不公平なる福神《フテルチウン》に復讐《ふくしう》すべく、己が功徳を辨明せんとする野心に外ならず、是れ貧が招かんとする輕蔑を禦ぐの祕訣なり、富に由ては到る能はざる尊敬に達せんとする曲路間道なり。 [#7字下げ]【五四】[#「【五四】」は中見出し]  寵を蒙むる者を憎むは、己れ自ら寵を望む也、之を有せざる者の怒るは、之を有する者を侮蔑して自ら慰安する耳。吾人は世人の尊敬を彼等に牽《ひ》く所の物を彼等より奪はんと欲して能はざるが故に、己れの尊敬を彼等に拒《こば》む也。 [#7字下げ]【五五】[#「【五五】」は中見出し]  吾人は世に立たん爲めに極力既に立てる者のごとく見す。(英譯、實業に從事して成功する普通の方法は、己が業務既に緒に就けりと世人に信せしむべく全力を傾注するに在り) [#7字下げ]【五六】[#「【五六】」は中見出し]  人々は毎《つね》に其偉業を以て誇ると雖も、其等の偉業たるや、實は必ずしも大計畫の結果にあらず、往々偶然の結果のみ。 [#7字下げ]【五七】[#「【五七】」は中見出し]  吾人の事業は吉《よ》き星と凶《あし》き星とを有するに似たり、※[#「研のつくり」、第3水準1-84-17]《そ》が受くる褒貶の大部分は實は其星(運)に歸すべき者とす。 [#7字下げ]【五八】[#「【五八】」は中見出し]  世の中の出來事は、如何に不幸なる者にもあれ、巧慧《かしこ》き人が其中より或る利益を抽《ひ》き出し得ざるほど然か甚だしきは有らす、叉如何に幸福なる者にもせよ、狂愚《をろか》なる人が之を己が毀害に轉じ得ざるほど然か十全《まつた》きは有らず。 [#7字下げ]【五九】[#「【五九】」は中見出し]  幸運の神は百事を其寵兒の利益に化す。 [#7字下げ]【六〇】[#「【六〇】」は中見出し]  人の幸不幸は、運命に係ると同じく又其人の氣分如何に係る者とす。 [#7字下げ]【六一】[#「【六一】」は中見出し]  眞摯《シンセリテー》は心の打解けたる者なり、之を人々に見るは極めて少なし、吾人が普通に見る所の者は、他人の信用を博せんとする巧妙なる假扮に外ならず。 [#7字下げ]【六二】[#「【六二】」は中見出し]  虚※[#「言+荒」の「亡」に代えて「氓のへん」、第4水準2-88-68]を憎むことは、往々是れ吾人の言ふところに重きを加へしめ、吾人の辭《ことば》に宗教的尊敬を博せんとする隱約の野心なる而已。 [#7字下げ]【六三】[#「【六三】」は中見出し]  眞理が世に益を爲すことは、其幻影が世に害を爲すの半ばにも及ばず。 [#7字下げ]【六四】[#「【六四】」は中見出し]  吾人は智慧を稱讚する至らざる無し、然《さ》れど最も大なる智慧も極微なる功果を吾人に必收せしむる能はず。 [#7字下げ]【六五】[#「【六五】」は中見出し]  愛を解説することは容易ならず。蓋し是れ魂《ソール》の中に在りては他を支配《ガバーン》するの情ならん、精神《スピリツト》の中に在りては同情《シンパシー》ならん、形體に在りては、幾多の魂膽を盡くして後、己が愛慕する物を手に入れんとの隱約なる願望及び好奇心に外ならず。 [#7字下げ]【六六】[#「【六六】」は中見出し]  若し他の情慾の混入せざる純潔の戀愛なる者ありとせば、※[#「研のつくり」、第3水準1-84-17]《そ》は心の奧底に深く隱れて己れすらも知らざる者なるべし。 [#7字下げ]【六七】[#「【六七】」は中見出し]  戀愛は如何なる假面も其の在る處に長く隱す能はず、其の無き處に長く裝ふ能はず。 [#7字下げ]【六八】[#「【六八】」は中見出し]  戀の始まるも止むも多くは己れの力にあらざるを思へば、情人や情婦が相互の戀心を怨むは愚かにして道理《ことわり》にあらず。 [#7字下げ]【六九】[#「【六九】」は中見出し]  人若し戀愛を審判《はか》るに其大體の結果[#「結果」に白丸傍点]を以てせば、※[#「研のつくり」、第3水準1-84-17]《そ》は厚意《カインドネス》よりは寧ろ憎惡《ヘートレツド》と稱すべきものならん。 [#7字下げ]【七〇】[#「【七〇】」は中見出し]  未だ嘗て一たびも情味を嘗《あぢは》はざる婦人は之を見るを得べし、然れども單に一たび之を嘗《あぢは》ひたる婦人を見るは稀なり。 [#7字下げ]【七一】[#「【七一】」は中見出し]  眞の戀愛は唯一種ある而已、然れども其模寫品は百千にして各※[#二の字点、1-2-22]その科《しな》を異にせん。 [#7字下げ]【七二】[#「【七二】」は中見出し]  戀愛は猶火の如し、絶えず動くに非ざれば存立する能はず、其の希望する所若くは恐怖する所を奪ひ去るは、即ち其生命を奪ひ去る也。 [#7字下げ]【七三】[#「【七三】」は中見出し]  眞誠《まこと》の戀愛は幽靈や化物《ばけもの》に髣髴《さもに》たり、萬人これを喋々すれど實際に見たる[#「實際に見たる」に傍点]人は幾《ほとん》ど稀なり。 [#7字下げ]【七四】[#「【七四】」は中見出し]  人間無數の行事は、縱《ほしいま》まに愛の名を借り冐《をか》して自ら愛の行動と稱す、然れども愛の毫も之に與からざることは、貪官汚吏が國王の名を以て種々の奸策を弄する如し。(ドウチ([#割り注]ヴエニスの大總督[#割り注終わり])がヴエニスに施設せらるヽ政務に於ける如し)。 [#7字下げ]【七五】[#「【七五】」は中見出し]  世人が正義を愛すと稱するは、只是れ不義の壓制を怖るヽ者のみ。 [#7字下げ]【七六】[#「【七六】」は中見出し]  沈默は自信なき者の取る可き最も安仝のなり。 [#7字下げ]【七七】[#「【七七】」は中見出し]  吾人の友誼をして反覆常なからしむる者は、慾を離れたる衷情の甚だ見難くして、利害を考ふる智性の餘りに見易きが爲めのみ。 [#7字下げ]【七八】[#「【七八】」は中見出し]  最も淡泊にして慾を離れたる友愛も畢竟一種の賣買のみ。自愛なる者は必ず何等かの手段を以て自ら利すべく計れば也。 [#7字下げ]【七九】[#「【七九】」は中見出し]  世人が友誼と名くる者は、一種の交際のみ、利盆の互惠のみ、斡旋《あつせん》の交換のみ。 [#7字下げ]【八〇】[#「【八〇】」は中見出し]  其友を疑ふは友に欺かるヽよりも尚愧づべし。 [#7字下げ]【八一】[#「【八一】」は中見出し]  屡ば吾人は己れの上に位ゐする人々を愛し[#「愛し」に白三角傍点]居るものと自ら信ず、然れども其實は只利害休戚の打算が此友愛を生ずる而已。吾人は彼等の爲めに善を爲さんと欲して彼等に忠なるよりも、寧ろ彼等より受けんと期望する事の爲めに彼等に忠なる也。 [#7字下げ]【八二】[#「【八二】」は中見出し]  吾人の猜疑《さいぎ》は吾人を欺罔《きまう》するの好|假託《かこつけ》を他《ひと》に與ふ。 [#7字下げ]【八三】[#「【八三】」は中見出し]  吾人は自ら他《ひと》の祕密を守る能はざるに、何の顏ありてか他《ひと》の己が祕密を守ることを期待《のぞむ》むべけんや。 [#7字下げ]【八四】[#「【八四】」は中見出し]  吾人の自愛に急なるや、朋友の價値をば、彼等より(吾人が)得る滿足の多少に準ひて増減す、而して彼等が功徳をば、吾人と交はる其態度の如何に依て判定す。 [#7字下げ]【八五】[#「【八五】」は中見出し]  人は皆|恬然《ていぜん》として己が記憶の弱きを訴《うつた》ふ、然れども何人も己が明斷の乏しきを訴へず。 [#7字下げ]【八六】[#「【八六】」は中見出し]  吾人は處世上に於て往々己が長處よりも短處を以て誇りとす。 [#7字下げ]【八七】[#「【八七】」は中見出し]  老人は好んで好忠告を與ふ、是れ最早惡例を與ふること能はざるを自ら慰めん爲め耳《のみ》 [#7字下げ]【八八】[#「【八八】」は中見出し]  朋友我に冷かに成りて我の之を感知せざるは、是れ吾が友愛の薄き證左《しるし》なり。 [#7字下げ]【八九】[#「【八九】」は中見出し]  才《ウイツト》と斷《ジヤツジメント》とは兩個の別物なりと信ずるは謬れり[#「謬れり」に白丸傍点]、判斷力は、才の光の大に煥發したる者に外ならず、此光は百事百物の根基《ねもと》にまで徹《とほ》り、光明の決して曁《およ》ぶ可らざる如く見ゆる事物までも透視す、是に於てか吾人は推斷せざる可らず、才の此光の透徹する者は、即ち是れ此等の結果を生ずる者なりと、但《たヾ》世人これを明斷の功と爲すのみ。 [#7字下げ]【九〇】[#「【九〇】」は中見出し]  己が才能《アビリチー》〔の如何〕を知る人々も、凡て己が心情《ハート》〔の如何〕を知らず。 [#7字下げ]【九一】[#「【九一】」は中見出し]  人物や行爲は之を觀望するに遠近點あり、或者は之を善く鑑賞するには近くして觀ざる可らず、或者は其の遠ざかりて有る時に最も美はしく見ゆ。 [#7字下げ]【九二】[#「【九二】」は中見出し]  血の熱沸は屡ば青年をして其嗜好を變ぜしめ、習慣は老者をして長く其嗜好を保たしむ。 [#7字下げ]【九三】[#「【九三】」は中見出し]  人の最も惜氣《をしげ》なく與ふるものは忠告なり。 [#7字下げ]【九四】[#「【九四】」は中見出し]  人その情婦を愛する愈※[#二の字点、1-2-22]深ければ、之を憎むも亦愈※[#二の字点、1-2-22]速《はや》からんとす。 [#7字下げ]【九五】[#「【九五】」は中見出し]  智力の缺點は顏面の汚點の如し、老ゆるに隨ひて愈※[#二の字点、1-2-22]殖《ふ》ゆ。 [#7字下げ]【九六】[#「【九六】」は中見出し]  人は其敵に欺かれ又は其友に賣らるヽをあきらめ難しとなす、然れども己れ自身の爲めに欺かれ又は賣らるヽには倶にいたく滿足す。 [#7字下げ]【九七】[#「【九七】」は中見出し]  己れを欺きて且つ之を感知せざるは易すけれど、他を欺きて感知せられざらんは難し。 [#7字下げ]【九八】[#「【九八】」は中見出し]  吾人が忠告を求め又は忠告を與ふる態度ほど不眞面目《ふまじめ》なるはあらず。之を求むる人は其友の意見を尊重する如く裝ふも、其實は己が意見の贊成せらるヽを望み、只彼をして己が行動の保障たらしめんことを欲す。而して又忠告を與ふる人も、此信頼に報ゆるに對手《あひて》の利益を以てせず、只己が親切と熱心とを證明せんと試み、而も其忠告の中に於ては只己が利益と名譽とを覓《もと》むるを普通とす。 [#7字下げ]【九九】[#「【九九】」は中見出し]  假扮《にせよそほひ》の最も巧妙なる者は、他《ひと》の術策中に陷りたりと誠しやかに佯《いつは》り裝ふに在り、實に吾人は他を欺くべく夢想しつヽある時ほど、然か容易く自ら欺かるヽはあらず。 [#7字下げ]【一〇〇】[#「【一〇〇】」は中見出し]  何人をも欺かじとの意志は、却て屡ば吾人をして自ら欺かるヽの危險に暴露せしむ。 [#7字下げ]【一〇一】[#「【一〇一】」は中見出し]  吾人は平素|他《ひと》に向ひて自ら假扮するに慣れたれば、竟《つひ》には自己《おのれ》に向ひても自ら佯《いつは》り扮するに至る。 [#7字下げ]【一〇二】[#「【一〇二】」は中見出し]  背信は、預め立てたる計畫の結果たるよりは、寧ろ暗弱の結果たる耳。 [#7字下げ]【一〇三】[#「【一〇三】」は中見出し]  人々は唯幾層安全に惡を作すの好機會を得ん爲めに、往々先づ善を作す。 [#7字下げ]【一〇四】[#「【一〇四】」は中見出し]  吾人若し其情慾に抵抗すとせば、※[#「研のつくり」、第3水準1-84-17]は己が力の強きに由るよりも寧ろ情慾の弱きが爲めのみ。 [#7字下げ]【一〇五】[#「【一〇五】」は中見出し]  吾人若し自負強からずば、終生滿足を得る期《とき》無からん。 [#7字下げ]【一〇六】[#「【一〇六】」は中見出し]  最も狡獪なる徒輩は居常奸策を排斥する態度《さま》を裝ふ、是れ亦往々或る大時機に臨みて或る大利益の爲めに自ら之を便用せんと欲するのみ。 [#7字下げ]【一〇七】[#「【一〇七】」は中見出し]  常に奸策を弄するは小才の徴《しるし》とす。一の場合に於て之に由て其跡を暗ましたる者も、他の場合に於ては之に由て馬脚をあらはすを常とす。 [#7字下げ]【一〇八】[#「【一〇八】」は中見出し]  奸策と背信とは、正直に世に處する能はざる不智短才の徒之を行ふ。 [#7字下げ]【一〇九】[#「【一〇九】」は中見出し]  欺罔《あざむ》かるヽに確《たしか》なる道は、他《た》の人々よりも自ら智《かし》こしと信ずるに在り。 [#7字下げ]【一一〇】[#「【一一〇】」は中見出し]  狡慧《かしこ》き人々に欺かれざらんには、往々只頑愚なるを以て足れりとす。 [#7字下げ]【一一一】[#「【一一一】」は中見出し]  己が爲めに智なるよりも他《ひと》の爲めに智なるは更に易しとす。 [#7字下げ]【一一二】[#「【一一二】」は中見出し]  吾人は共の眞に具《そな》ふる品質を以てしては(其の何たるに拘らず)決して然か笑ふべき者に非ず、只其の無くして有りと裝ふ品質を以てして始めて笑ふべき而已。 [#7字下げ]【一一三】[#「【一一三】」は中見出し]  吾人は時としては、他《ひと》と異なる如く、然か大に自己《おのれ》とも異なるあり。 [#7字下げ]【一一四】[#「【一一四】」は中見出し]  虚榮|言《ものい》はしめずば、吾人は言《ものい》ふこと寡《すくな》かるべし。 [#7字下げ]【一一五】[#「【一一五】」は中見出し]  談話や交際に思慮ありて愉快なる人の寡なきを見る一理由は是れ也、即ち殆ん ど總體《すべて》の人は他の座客が己れに向ひて語[#「己れに向ひて語」に白丸傍点]る事に注意するよりは、己が言はん[#「己が言はん」に白丸傍点]と欲する事にのみ心を用ひをるが爲めのみ。最も狡慧老猾なる人々や最も慇懃丁寧なる人々は、單に傾聽する如き姿勢を示すのみを以て能事とし、其の己れに向ひて 語らるヽ所には空耳《そらみヽ》を奔らせ、己が言はんと欲する所へのみ話頭を廻らすべく頻りに機を窺ひつヽある也。思ふに己れを快うすべく努むるは、決して他《ひと》を悦ばしめ或は他《ひと》を説くの道にあらず、又談話に於ては、努めて善く聽き諦《たしか》に善く答ふるこそ交際の能事ならめ。 [#7字下げ]【一一六】[#「【一一六】」は中見出し]  吾人が他人の長處を讚歎するは、其人の功徳を尊重してよりは、寧ろ自己の慧眼を誇るよりして然る者とす、而して吾人は、他を讚むべく裝ひつヽ傍ら他《ひと》をして己れを譽めしめんと計る而已。 [#7字下げ]【一一七】[#「【一一七】」は中見出し]  吾人は他《ひと》を讚ることを好まず、又多少の私情なくしては之を試むること罕《まれ》なり。稱讚は狡妙隱微なる諂諛にして、之を與ふる者[#「與ふる者」に白丸傍点]と受くる者[#「受くる者」に白丸傍点]とを別樣に滿足せしむ、即ち一は己が功徳の報償として之を受け、一は己が正義([#割り注]能を嫉まざるの事等[#割り注終わり])と慧眼([#割り注]功徳を看破するの明等[#割り注終わり])とを衒《てら》ふの具として之を與ふ。 [#7字下げ]【一一八】[#「【一一八】」は中見出し]  他《ひと》を譽むるの目的は通例自ら、譽められんとするに在り。 [#7字下げ]【一一九】[#「【一一九】」は中見出し]  非難にして稱讚なるあり、稱讚にして非難なるあり。 [#7字下げ]【一二〇】[#「【一二〇】」は中見出し]  或る人々は功徳《メリト》を以てして吾人に嘔吐を催さしめ、或る他の人々は過失を以てすらも吾人を悦ばしむ。 [#7字下げ]【一二一】[#「【一二一】」は中見出し]  或る人々の功徳《メリト》は、只愚かなる事どもを時に取て有用なる[#「時に取て有用なる」に白丸傍点]如く巧みに言ひ且爲すに在り。彼等にして若し其行動を一變せば、最早觀るべき者なからんとす。 [#7字下げ]【一二二】[#「【一二二】」は中見出し]  人若し庸才を最も巧妙に用ふるの術を知らば、此手練は瞞着し、往々彼をして眞の功徳よりも大なる令名を博せしむるに至らん。 [#7字下げ]【一二三】[#「【一二三】」は中見出し]  人は其の現に從事しつヽある己が本領たる職業よりも、未だ從事せざる職業に善く適すべく思はれ易すし。 [#7字下げ]【一二四】[#「【一二四】」は中見出し]  吾人の功徳《メリト》は君子の稱讚を博し、吾人の星運は俗衆の喝采を受く。 [#7字下げ]【一二五】[#「【一二五】」は中見出し]  功徳の假觀は功徳其物よりも幾層大なる(世間的)報賞《むくい》を受く。 [#7字下げ]【一二六】[#「【一二六】」は中見出し]  貪欲は博施よりも却つて經濟の理に悖る。 [#7字下げ]【一二七】[#「【一二七】」は中見出し]  希望《ホープ》なる者は徹頭徹尾|空頼《そらだのめ》なれども、少なくとも愉快なる旅道《たびぢ》を經て吾人を終焉の地へ導くには多少の功なくんばあらず。 [#7字下げ]【一二八】[#「【一二八】」は中見出し]  懶惰と臆病とは吾人をして其職分に留まらしむ、然るに往々〔吾人の美徳これをして然らしむとて〕美徳全く之が名譽を奪ひ去る。 [#7字下げ]【一二九】[#「【一二九】」は中見出し]  好奇心にも幾多の種類あり、其一は利慾《インテレスト》より出でたる者にして、何かと己に有用なり得べき事を學ばしめんと欲す、他の一は傲慢心より出たる者にして、他《ひと》の識らざる事を學び知らんとの望みに本づく。 [#7字下げ]【一三〇】[#「【一三〇】」は中見出し]  情事《ラブ》に於ける常操なる者は、實は窮り無き變化[#「窮り無き變化」に白三角傍点]〔の連續〕にして、吾人の心を其愛人の千差萬別なる諸品質に順を追ふて愛着せしむる者とす、時としては甲[#「甲」に白丸傍点]に重きを置き、時としては乙[#「乙」に白丸傍点]に重きを置く耳《のみ》。故に此常操は只是れ不常操[#「不常操」に白三角傍点]が其の發動を同一人物の範圍内に局限《かぎ》られたる者と謂ふべし。 [#7字下げ]【一三一】[#「【一三一】」は中見出し]  情事に於ける常操に二種あり、一は其愛人の身に續々と新たに愛すべき點を看出すより生じ、一は自ら渝《かは》らざるの名譽《ほまれ》を博せんとの望みより生ず。 [#7字下げ]【一三二】[#「【一三二】」は中見出し]  吾人をして新知己を愛せしむる所以の者は、必らずしも舊知己に厭嫌を生じたるに非ず、又變化に滿足を求むるにも非ず、寧ろ是れ其の既に吾人を善く知れる人々に十分敬服されざるを樂まざると、吾人を然か善く識らざる人々(新知人)に幾層深く敬服されんことを望むよりする者とす。 [#7字下げ]【一三三】[#「【一三三】」は中見出し]  吾人は往々其友の無節操を呟《つぶ》やく、是れ只|預《あらかじ》め己が無節操の辯護に備へんとする而已。 [#7字下げ]【一三四】[#「【一三四】」は中見出し]  吾人は往々己が過失を告白し、其の眞摯なる態度に免《めん》じて之が不面目を償ひ去られんことをの望む。 [#7字下げ]【一三五】[#「【一三五】」は中見出し]  吾人は若干の惡徳を有する人々を必ずしも輕蔑せず、然れども何等の美徳をも有せざる人々をば輕蔑せざるを得ず。 [#7字下げ]【一三六】[#「【一三六】」は中見出し]  靈魂の健康は其の必證せられざること形體の健康の如し、吾人よく惡徳や情慾の妄動を脱してある如く見ゆと雖も、何時にても之に陷るの危險あることは、恰も健康なる身體が忽然病に罹るあるが如し。 [#7字下げ]【一三七】[#「【一三七】」は中見出し]  大人物にして始めて大惡を作すを得。 [#7字下げ]【一三八】[#「【一三八】」は中見出し]  一生の中に惡徳の續々吾人に相次ぐは、猶旅行の際順次に旅館に舍《やど》る如し。吾人若し再び同じ旅途《たびぢ》を行くことを許されたらんには、嘗て惡く待遇せられたる經驗[#「嘗て惡く待遇せられたる經驗」に白三角傍点]果して能く吾人をして其等の惡旅館を避くるを得せしむべきや否や甚だ疑はしとす。 [#7字下げ]【一三九】[#「【一三九】」は中見出し]  惡徳吾人を棄て去れるときに、吾人は自ら惡徳を棄たりと妄信す([#割り注]老者に關して重に言ふ所[#割り注終わり])。 [#7字下げ]【一四〇】[#「【一四〇】」は中見出し]  身體の病患上に於ける如く、精神の病患上にも同じく危險なる若干の復發《ぶりかへし》あり、吾人が全然たる治癒(本復)と看做す所の者は、往々只一間歇にあらずば、一變症のみ。 [#7字下げ]【一四一】[#「【一四一】」は中見出し]  吾人が或る一個の惡徳に專ら身を委《ゆだ》ねざる理由は唯是れのみ、他なし、數多の惡徳ありて胸中に覇を爭へば也。 [#7字下げ]【一四二】[#「【一四二】」は中見出し]  吾人は己の外に之を知る者無きとき、己の過をば忽ち忘る。 [#7字下げ]【一四三】[#「【一四三】」は中見出し]  或人々は甚だ善良なる者とせられありて、吾人|親《みづか》ら之を見ずしては其醜聞を信ずる能はざるほどに善良なる人は即ち有り、然れども其醜行を見て吾人が奇として驚き怪むほどに善良なる人は幾《ほとん》ど稀なり。 [#7字下げ]【一四四】[#「【一四四】」は中見出し]  徳行は、幾分の虚榮の之が道伴《みちづれ》となるに非ずば、然《さ》のみ遠くは進まじ。 [#7字下げ]【一四五】[#「【一四五】」は中見出し]  百物己れに充ち足りて毫も世界に求むる無しと信ずる人は、自ら大に欺き居るなり。然れども天下は我無くては存立する能はずと信ずる人は、其の誤れるや更に大なり。 [#7字下げ]【一四六】[#「【一四六】」は中見出し]  婦人の謹愼《たしなみ》とは衣裳または粉黛にして、其身の美を加ふべく之を塗飾することのみ。 [#7字下げ]【一四七】[#「【一四七】」は中見出し]  婦人の徳操とは、往々只、己れの名聲と安逸とに戀々たる事のみ。 [#7字下げ]【一四八】[#「【一四八】」は中見出し]  癡行は、隨在隨時吾人に伴《ともな》はざるは無し。若し何人か癡行を脱して賢《かし》こかるべく見ゆるならば、※[#「研のつくり」、第3水準1-84-17]は只其人の癡行が己れの年齡と己れの資産とに相應してある者のみ。 [#7字下げ]【一四九】[#「【一四九】」は中見出し]  世には愚人にして自ら其愚を知りて巧みに之を利用する者あり。 [#7字下げ]【一五〇】[#「【一五〇】」は中見出し]  毫も癡行なくして生活する者、必ずしも其の自ら信ずる如く智なるに非ず。 [#7字下げ]【一五一】[#「【一五一】」は中見出し]  年老ゆるに隨ひて、吾人は愈※[#二の字点、1-2-22]愚と成り又愈※[#二の字点、1-2-22]智となる。 [#7字下げ]【一五二】[#「【一五二】」は中見出し]  僞善とは、惡徳が善徳に向ひて呈する尊敬なり。 [#7字下げ]【一五三】[#「【一五三】」は中見出し]  虚榮、羞恥、及び就中|氣質《テンペラメント》、此三ツの者は屡ば男子にありては勇氣と成り、女子に在りては貞徳と成る。 [#7字下げ]【一五四】[#「【一五四】」は中見出し]  交友間に於ける感恩[#「感恩」に白丸傍点]は商人間に於ける信用[#「信用」に白丸傍点]の如し、以て其取引及び交通を長く持續すべし。吾人は其負債を償《はら》ふ事が正義なればとて負債を償《はら》ふに非ず、寧ろ他日|復《また》信用せらるべき餘地を己が爲めに造り置かんとする而已。 [#7字下げ]【一五五】[#「【一五五】」は中見出し]  報恩の義務を盡くしたる人も、それが爲めに悉とく恩を知る者とは敢て稱すべからず、〔爲《ため》にする者あれば也〕。 [#7字下げ]【一五六】[#「【一五六】」は中見出し]  報恩に關して然か多く厚薄の爭を來たす所以の者は、他なし、施す人も受くる人も倶に傲慢にして、授受する恩惠の價値[#「恩惠の價値」に白三角傍点]につきて意見相衝突すれば也。 [#7字下げ]【一五七】[#「【一五七】」は中見出し]  恩を返《かへ》すに餘りに急なるは、亦是れ一種の背恩なり。 [#7字下げ]【一五八】[#「【一五八】」は中見出し]  幸運なる人々は殆んど矯正すべからず、彼等の醜行にして幸運の贊《たす》くる所と成る間は其非を悟るに由なければ也。 [#7字下げ]【一五九】[#「【一五九】」は中見出し]  傲慢は恩を擔《にな》ふを忍ぶ能はず、自愛《セルフ、ラブ》は償還するを欲せず([#割り注]報恩の稀なる所以なり[#割り注終わり])。 [#7字下げ]【一六〇】[#「【一六〇】」は中見出し]  吾人が他《ひと》より受けたる恩惠は、其人が吾人に蒙らしむる害惡をも吾人の敬重せんことを要《もと》む。 [#7字下げ]【一六一】[#「【一六一】」は中見出し]  世に實例ほど傳染する者はあらず、凡そ吾人が爲す所の大善又は大惡として其模倣者を生ぜざるは無し。善行には吾人之に競ふべく模倣す、惡行には吾人其性質の惡なるに因て之に模倣す。此惡性は恥辱の念これを俘因として押ふれども、實例は之が鏈索《くさり》を解きて自由ならしむ。 [#7字下げ]【一六二】[#「【一六二】」は中見出し]  己れ只一人|賢《かしこ》からんと欲するは大愚のみ。 [#7字下げ]【一六三】[#「【一六三】」は中見出し] 吾人の悲哀中には種々《さま/″\》の僞善あり、一種の場合に於ては、甚だ親善なる人の死を哭《なげ》くとの口實を以て、吾人は己れの爲めに泣く也、即ち其人の推稱を失へるを歎き、吾人の福樂の減少するを弔らふ而已。斯《か》く死者は吾人が涕涙《なみだ》の名と榮とを有すれども、實は是れ生者の爲めに流さるヽ者なり。我は之を一種の僞善と稱す、何となれば斯る種類の悲哀に於ては吾人自ら欺く者なれば也。又他種の僞善あり、※[#「研のつくり」、第3水準1-84-17]《そ》は然か罪なき者に非ず、世間を一般に欺く者なれば也、他なし、或る種類の人々は無窮なる悲哀の美觀と光榮とを志望す、一切を呑滅する光陰(時)なる者が既に憂悶を消除し了りて後も、なほ彼等は頑強にも其非泣と歎息とを持續して止《や》めず、涙もろき人を扮し、其のすべての擧動を以て、己が憂愁は己れの生命《いのち》とともに終らんのみと信ぜしむべく苦心す。此種の悲倦極まる虚榮は通例功名心強き婦人に多し。女性は功名に達する一切《すべて》の道を杜絶せられてあるが故に、斯く終生|慰藉《なぐさめ》を容れざる如き悲哀を衒《てら》ひ見《しめ》して自ら名高くならんことを努むるなり。更に又一種の涙あり、其源甚だ淺くして、容易く流れ、又容易く乾《かわ》き去る、即ち情深《なさけふか》しとの評判を得ん爲めに啼き、他《ひと》より憐れまれん爲めに啼き、啼いて貰《もら》はん爲めに啼き、涙なしとの恥辱を避けん爲めに啼く。 [#7字下げ]【一六四】[#「【一六四】」は中見出し]  吾人に最も強き自愛も慈善てふ者の『お先棒』となるが如く見ゆ、即ち吾人が他《ひと》を利すべく活動する時には、流石《さすが》の自愛も屏息する如く見ゆ。然《さ》れど是《こ》は畢竟吾人の目的を達するに最も有效なる道を取る也、是《こ》は施與の口實の下《もと》に高利を貪るなり、是は狡猾微妙なる手段を以て世間を瞞着し去る也。 [#7字下げ]【一六五】[#「【一六五】」は中見出し]  何人も若し惡人たり得るの力を持《も》たずば、其徳行も稱讚するに足らず、然らざる善行は、概して懶惰よりするに非ずば、意志の薄弱より來るのみ。 [#7字下げ]【一六六】[#「【一六六】」は中見出し]  大概の人々に對しては餘りに大なる善を爲すは却て安全なり。 [#7字下げ]【一六七】[#「【一六七】」は中見出し]  吾人若し美[#「美」に傍点]と離して愛嬌[#「愛嬌」に白丸傍点]を論ずるならば、是れ一種の調和或は均齊としも謂つべけん、其規則は何人も之を審詳《つまびら》かにする能はじ、蓋し是れ全體の相好《さうがう》間に於ける神祕なる關係なるべく、全體の相好と其人の膚色及び風采との調和なるべし。 [#7字下げ]【一六八】[#「【一六八】」は中見出し]  治容媚態を以て翻弄を事とする所謂るコケトリは、婦人の本性なるらし、然れども婦女子ことごとく之を實際に行ふにあらず、或る者の「コケトリ」は、恐怖若くは思慮に由て覊束せらるれば也。 [#7字下げ]【一六九】[#「【一六九】」は中見出し]  吾人は《ひと》に何等の不便不快をも與へ得ずと信ずるときに往々不便不快を人に與ふ。 [#7字下げ]【一七〇】[#「【一七〇】」は中見出し]  大罪を自ら犯し得ざる人々は、之([#割り注]大罪[#割り注終わり])を然か容易《たやす》くは他《ひと》に信ぜず。 [#7字下げ]【一七一】[#「【一七一】」は中見出し]  寛容と見ゆる者は往々野心の巧みに變裝せる者のみ、大利を攫《つか》まん爲めに小利を蔑棄する耳《のみ》。 [#7字下げ]【一七二】[#「【一七二】」は中見出し]  寛仁大度とは、一切を攫取せんが爲めに一切を蔑如するの道のみ。 [#7字下げ]【一七三】[#「【一七三】」は中見出し]  能辯は辯舌に於ける如く、語氣にも、眼眸にも、態度にも、亦均しく顯はる、獨り言語の巧妙にのみ存するに非ず。 [#7字下げ]【一七四】[#「【一七四】」は中見出し]  眞の能辯は、適切なる事を漏《もれ》なく言ひて然らざる事を毫も言はざるに在り。 [#7字下げ]【一七五】[#「【一七五】」は中見出し]  或る人々は其短處缺點最も恰好善く身に適《かな》ひ、或る他の人々には幾多の長處良質も更に身に適《かな》はず。 [#7字下げ]【一七六】[#「【一七六】」は中見出し]  人をして一切の善徳と惡徳とを働かしむるものは利害の念なり。 [#7字下げ]【一七七】[#「【一七七】」は中見出し]  謙讓は往々只|假僞《いつはり》の服從のみ、吾人は之に由て他《ひと》を己れに服從せしめんことを望む。是《こ》は傲慢なる者が自ら高めん爲めに先づ自ら卑くする術策のみ。此術計たる、千態萬状に變化すと雖も、謙遜の姿態下に隱るヽ時に於て最も善く變裝したる者にして、他《ひと》を欺くに最も功ありとす。 [#7字下げ]【一七八】[#「【一七八】」は中見出し]  萬種の思想感情は各※[#二の字点、1-2-22]固有なる語勢、態度、及び歩状を有す、内外相應ずる此關係は、善きにもあれ、惡きにもあれ、愉快にもあれ、不愉快にもあれ、人々の悦ばるヽと悦ばれざるとは全く是れに由て決《さだ》まる。 [#7字下げ]【一七九】[#「【一七九】」は中見出し]  有ゆる職業上に於て人々は其世間に信ぜられんと欲する如き態度と外貌とを呈す、故に全世界は徹頭徹尾外貌にて成立つ者と言ひて可ならん。 [#7字下げ]【一八〇】[#「【一八〇】」は中見出し]  戀愛の快樂は戀ひするに在り、吾人は人に戀ひらるヽよりも自ら戀ひするに於て幾倍幸福を感ず。 [#7字下げ]【一八一】[#「【一八一】」は中見出し]  情慾にして自愛の最も強きは戀愛に若《し》く無し、然《さ》れば吾人は常に、己が戀愛を失はんよりは、己が愛する者の安靜を犧牲にするを辭せざらんとす。 [#7字下げ]【一八二】[#「【一八二】」は中見出し]  憐憫あるひは同情は往々是れ他人の禍の中に己が禍を想見する情感なり。是《こ》は吾人が或は陷るべき害惡を狡慧《さかし》くも先見する者とす。吾人が援助《たすけ》を他《ひと》に與ふるは、同樣の場合に己れが陷りたらん時に彼をして己れを援助《たす》けしめんが爲めのみ。然れば吾人が彼等に盡くす所の者は、畢竟是れ自己の爲めに預《あらかじ》め盡す所の者なり。 [#7字下げ]【一八三】[#「【一八三】」は中見出し]  人々が其意見に頑固なるは、精神の暗弱狹小なるに因る者とす、是れ己が自ら領會する能はざる事をば容易に信ぜざらんとする也。 [#7字下げ]【一八四】[#「【一八四】」は中見出し]  功名心や戀愛の如き強烈なる情慾獨り能く他の衆情に打勝ち得べしと信ずるは、自ら欺く也。懶惰[#「懶惰」に白丸傍点]の如き者も、本來は極めて惰弱なれども、時としては衆情に主となるを辭せず、竊かに玉座を簒《うば》ひて人生の諸ろの經營と行動との上に君臨し、默々の裡《うち》に衆情と衆徳とを破壞し且消耗す。 [#7字下げ]【一八五】[#「【一八五】」は中見出し]  吾人は微々たる小利害の爲めに判事を忌避す、然れども吾人の名聲と光榮とをば擧げて敵人[#「敵人」に白丸傍点]の批判に托せんと欲す、彼等の嫉妬、僻見、及び蒙昧は必ず彼等を騙つて吾人に不利なる批評を下《くだ》さしむべきを了《さと》らず、却つて彼等をして好評を與へしむべく百方苦慮して只管《ひたすら》奔命に疲る、徒勞のみ。 [#7字下げ]【一八六】[#「【一八六】」は中見出し]  幸運(僥倖)は理性の矯正し得るよりも更に多くの缺點を吾人の爲めに矯正す。 [#7字下げ]【一八七】[#「【一八七】」は中見出し]  吾人は他人《ひと》の浮沈を論評することを好みながら、己れの浮沈 を他人《ひと》をして論評せしむるを好まず。 [#7字下げ]【一八八】[#「【一八八】」は中見出し]  惡徳の外に何等の觀るべき者なき幾多の人々世間に持囃《もてはや》さる、其惡徳人生の交際上に用だてば也。 [#7字下げ]【一八九】[#「【一八九】」は中見出し]  新奇を愛《め》づる快の戀愛に於けるは花の果實に於ける如し、之に光彩を與ふれども忽ち謝し去りて復《また》再び歸らず。 [#7字下げ]【一九〇】[#「【一九〇】」は中見出し]  多情多恨を以て誇る所の好氣質も、往々微々たる利益の爲めに忽ち壓滅せらる。 [#7字下げ]【一九一】  離居は、冷靜なる情を撲滅し熱烈なる情を増大す、恰も風の蝋燭をば吹き熄《け》せど火をば煽《あぶ》り燃《もや》すが如し。 [#7字下げ]【一九二】  婦人は往々戀すと自ら信ず、然れども其實は決して然らず、情事の奔走、密會の心勞、求婚の期待、拒絶の苦痛、此等の者は婦女子をして自ら戀しつヽありと想像せしむ、然れども其實は只男子を翻弄しつヽある而已。 [#7字下げ]【一九三】  吾人をして往々斡旋者の行動に歉《あきた》らざらしむる者は、彼等が其事件の成功の利益の爲めに十中八九其友の利益を犧牲にするが故なり、而して其利益は彼等が斡旋に成功したりとの名譽に由て彼等の取る所となる。 [#7字下げ]【一九四】  吾人は其友の親切を喋々する時も、往々是れ感謝の念より之を爲すにあらず、吾人が徳の大にして彼程《かほど》の親切を値ひせることを人々に信ぜしめんとの希望よりして然かするのみ。 [#7字下げ]【一九五】  吾人が夫《か》の方《まさ》に世に乘り出して名を成さんとする人々に與ふる鼓舞奬勵は往々嫉妬の精神より來る者とす、其れ既に功成り名就げたる人々に對する隱約の挑戰なれば也。 [#7字下げ]【一九六】  驕慢は多大なる羨嫉の情を吾人に注入する者なるが、往々又之を節制するの具とも成る。 [#7字下げ]【一九七】  世には眞理を扮裝して殆んど眞に迫る僞者あり、之に欺かるヽを拒むは殆んど判斷を誤れるに似たり。 [#7字下げ]【一九八】  時としては、他人の意見([#割り注]忠告[#割り注終わり])を利用するの智は、自己の意見を立つるの智に讓らざることあり。 [#7字下げ]【一九九】  或る惡人の如きは若し何等の善惡の觀るべき者も無かりしならば、世に毀害を、爲すこと然か大ならざりしならん。 [#7字下げ]【二〇〇】  人は其の愛することを眞に一たび止《や》めたりし者を再び眞に愛することは斷じて能はず。 【二〇一】  同一計畫を達すべく數多[#「數多」に白丸傍点]の方策を案出するは、發明力の豐富なるより來るに非ず、却つて精神の暗弱なるよりする者とす、此暗弱(不明)は吾人をして凡て其の想像に浮び來る案を採取せしめ、而も其の孰れが最も善きか孰れが最も有效なるかを一見領會するに惑はしむれば也。 【二〇二】  人間の功業は果實と均し、倶に其|季節《しゆん》を有す。 【二〇三】  謹愼《モデレーシヨン》は野心《アンビシヨン》([#割り注]功名心[#割り注終わり])と鬪ひて之を克服すとは謂ふべからず、此等兩者は一人に同時に存在する能はず、謹愼は靈魂の倦怠にして、野心は※[#「研のつくり」、第3水準1-84-17]が活動なれば也。 【二〇四】  吾人は常に己に敬服する人々を愛す、然れども己が敬服する人々をば必ずしも愛せず。 【二〇五】  殆《ほと》んど全體《すべて》の人は小恩を報ゆるを悦ぶ、否な、中恩に對して感謝を表する人々も亦少なからず、然れども大恩に對しては恩を忘れざる者|幾《ほとん》ど稀なり。 【二〇六】  或る癡行は、其の傳染すること疫病の如く然り。 【二〇七】  富を蔑視する人々は多し、然れども之を施すことを知る者は罕《まれ》なり。 【二〇八】  偶然と浮心とは、滔々天下を支配す。 【二〇九】  往々吾人は己れを損害したる人々を赦《ゆる》す、然れども己が損害したる人々をば決して赦さず。 【二一〇】  吾人は恩を施すを得る身分にて在る限りは殆んど忘恩者を見ざらんとす。 【二一一】  吾人は節制《モデレーシヨン》を以て美徳と爲し、以て高貴の人の野心を局限せんことを計り、又貧賤の士を其小祿や小功に慰安せんことを計る。 【二一二】  世の中に愚人たるべき天命を有する人々あり、啻に自ら好んで愚行を爲すのみならず、又運命其物彼等を強《し》ひて愚行を爲さしむ。 【二一三】  人生には時々《とき/″\》奇禍の臨むこと有り、此中より吾人を脱離せしむるには幾分の愚を必要とす。 【二一四】  若し其癡行の未だ世に顯はれざる人々あらば、※[#「研のつくり」、第3水準1-84-17]は眞に無きに非ず、未だ善く搜《さが》さざる而已。 【二一五】  情人情婦が倶に居りて樂んで倦《う》まざる所以の者は、常に只我が身の事のみを語るに因る。([#割り注]人は皆自身の事を語るを喜ふが故なり。[#割り注終わり]) 【二一六】  吾人は其の遭遇せる所の事どもを極微の點までも記憶する力を有しながら、其等《それら》の事を同じ人に幾回《いくたび》語りたりしか記憶する力を有《も》たぬとは奇と謂ふべし。 【二一七】  吾人は己れの事を語るに絶大の快樂を感ずるを思へば、吾人の談話を聞く人々には殆んど何等の快樂をも與へざらんこと察するに餘りあらずや。 【二一八】  吾人が心の底を其友に見するを敢てせざる者は、彼等に對して信を置かざるよりも、寧ろ吾人自身に信を置かざるが放のみ。 【二一九】  癡呆なる人々は決して誠實なるを得ず。 【二二〇】  恩を知らざる人々に恩を施すは大なる殃《わざはひ》に非ず、然れども人非人に恩を蒙むるは忍ぶ能はず。 【二二一】  吾人の(所謂る)悔悟は、眞に其の行ひたりし害惡を侮ゆと謂はんよりは、寧ろ其結果として己れに臨まんとする害惡を怖るヽ者のみ。 【二二二】  其友や其恩人に對して吾人が懷くべき敬愛の精紳も、吾人若し屡ば彼等の缺點を喋々して憚らざるならば、長く保つ能はじ。 【二二三】  貴人に向ひて其の無き美徳を宛然《さながら》有るが如くに喋々稱讚するは、是れ實は安全なる方法を以て之を侮辱する者のみ。 【二二四】  輕蔑せらるヽを常に懼れつヽある人々、たヾ彼等こそ眞に輕蔑せらるべきものなれ。 【二二五】  吾人の智慧も禍福神《フヲルチウン》の掌中に在ること([#割り注]幸惡の運に依ること[#割り注終わり])は吾人の財産に讓らず。 【二二六】  嫉妬は、其人を愛するよりも自己《おのれ》を愛するより多く起る。 【二二七】  屡ば吾人は暗愚なるが故に其不幸艱難を慰む、然れども理性は此力を有せず。 【二二八】  吾人が小過失を懺悔するは、他に大過失なきことを世人に信ぜしめんが爲めのみ。 【二二九】  吾人は愛する限りは赦《ゆる》す。 【二三〇】  人々は時に或は諂諛を惡《にく》むと信ず、然れども其實は只之を言ひあらはす方法を惡むのみ。 【二三一】  愛婦に對しては、薄待されたる後よりも、厚待されたる後は忠實にて在ること難し。 【二三二】  婦人は、嫌厭《いやき》ある處の外は決して飽くまでも謹愼《たしなみ》ある者にあらず。 【二三三】  婦人は、其|戀情《パツシヨン》に克ち得るも媚弄術《コケトリ》には克ち得ず。([#割り注]天成の媚弄者なりと也[#割り注終わり]) 【二三四】  情事に於ては疑心よりも欺騙《だまかし》の方《かた》常に遙かに歩を進む。 【二三五】  若干の良質の吾人に於けるは恰も五官の如し、全く之を具《そな》へざる徒には到底領會する能はず。 【二三六】  吾人の憎惡《にくしみ》餘りに烈しきときは、吾人をして其の憎む人々の下に屈服せしむ。 【二三七】  吾人は自愛の度に比例して己が禍福を感ず。 【二三八】  婦人の才は、概して其智を強むるよりは其愚を飾るの具となる。 【二三九】  青年の熱情往々事に害ありとせば、老人の徴温《なまぬるさ》も亦同じく然り。 【二四〇】  吾人が生れたる國の土音は、吾人の言葉《ことば》に遺《のこ》る如く、亦吾人の精紳の中にも其痕跡を存す。 【二四一】  事起りて、吾人は(其眞面目を)他《ひと》に知られ、殊に又|自己《おのれ》に知らる。 【二四二】  婦人若し其|氣質《テンペラメント》に任せて奔るときは、何等の規矩をも其心情に施す能はず、只奔放を極めん耳《のみ》。 【二四三】  吾人は己れと意見を同うせざる達識者をば殆んど見ざらんとす。 【二四四】  吾人をして己れを欺罔せる詐僞漢を痛く憎ましむる所以の者は、他なし、彼等は自ら吾人よりも優りてかしこし[#「かしこし」に傍点]とする者なれば也。 【二四五】  吾人は我と吾が身に愛想を竭《つか》したる時、己れと斷《きる》るの最も困難なるを發見す。 【二四六】  吾人は※[#「厭/(餮−殄)」、第4水準2-92-73]《あ》きてはならぬ人に最も早く※[#「厭/(餮−殄)」、第4水準2-92-73]くを常とす。 【二四七】  何人をも好まざる人は、何人にも好まれざる人よりも不幸なり。 【二四八】  或る人々は、吾人之を失ふや、惜んで悲まず。或る他の人々は、之を悲んで、殆んど惜まず。 【二四九】  吾人は己れに敬服する人々の外は何人をも眞面目に稱讚する罕《まれ》なり。 【二五〇】  不忠實の行動(破操、貳心、背信等)は必然に戀愛を撲滅す、又嫉妬は其理由ある處に於てや之を發するは宜しからず。何人にまれ嫉妬を惹起すべき正常の理由を供《あた》ふる者は、他《ひと》の嫉妬を受くるに足らす。 【二五一】  吾人は他《ひと》の加へられたる大欺騙よりも、己が加へられたる小欺騙の爲めに其人を卑《いやし》む。 【二五二】  嫉妬は常に戀愛とヽもに生る、然れども必ずしも戀愛と偕に死せず。 【二五三】  他《ひと》が吾人に加ふる強暴の行は、往々吾人が自己に加ふる強暴よりも遙かに苦痛の輕き者なり。 【二五四】  或る良品質は、若し生れながらにして具はれる者[#「生れながらにして具はれる者」に傍線]ならば、通例過失に堕落す、或る他の良品質は、若し學び得たる者[#「學び得たる者」に傍点]ならば、決して完仝なる能はず。例へば理 性と經驗とは吾人をして好經濟家たらしむ、之に反して善性と勇氣とは天([#割り注]自然[#割り注終わり])こ れを吾人に與へたる者ならざる可らず。 【二五五】  吾人は己れに語る人々の眞摯なることを如何に疑ひつヽも、猶必ず信ずらく、彼等は他の人々に向ひてよりも己れには倍して眞實なる事を話ると。 【二五六】  貞淑なる婦人は大抵『隱《かく》したる寶《たから》』なり、其の安全なるはたヾ人の之を搜《さが》さヾりしが故のみ。 【二五七】  臆病漢にして常に其の怖るヽ事物の眞相を究め盡せる者は幾《ほとん》ど稀なり。 【二五八】  戀ひする人の過失《あやまち》は、己が愛せらるヽ事の止《や》みたる時に之を知らざるに在り。 【二五九】  或る涙は、先づ他《ひと》を欺きて後《のち》、竟《つい》に自己《おのれ》をも騙《だま》すに至る。 【二六〇】  人若し其情婦を彼女自身の爲めに愛すと信ずるならば、其人は大に誤まれる者なり([#割り注]自己の爲めに戀するのみ[#割り注終わり])。 【二六一】  庸才凡智は己が眼界(理會力)を超越せる物を排斥す。 【二六二】  眞の友愛は媚嫉《そねみ》を滅し、眞の戀愛は妓態《コケトリ》を滅す。 【二六三】  慧眼《ペネトレーション》の最大過失は、其|的《まと》に屆かざるに非ず、的を射越《いこ》すに在り。 【二六四】 吾人の功徳《メリト》下《く》だるや趣味《テースト》も亦之と共に下だる。 【二六五】  貧富は吾人の善徳と惡徳とを顯はし來ること、猶《なほ》日月の光が物象を顯はし來る如し。 【二六六】  功徳《メリト》は天これを賜ふ、而して幸運之を實際に發揮す。([#割り注]人間が自家の功として誇るところ焉くに在る[#割り注終わり]) 【二六七】  吾人は斯くも長く此世に在りて樣々の世故を經《へ》ながら、尚何事にか其の奇異なるに驚くと云ふが如きは、是こそ最も驚くべき者なれ。(佛文直譯、吾人は只其尚も驚くを得るを一に驚くべき而已。) 【二六八】  吾人は澤山の情事を有する時も、若くは殆んど情事を有せざる時も、倶に大に不滿を感ず。 【二六九】  世には非理を忍ぶ能はざる人々ほど非理なる者はあらず。 【二七〇】  吾人が他人《ひと》の虚榮を忍び難しとするは、己れの虚榮を傷《きずつ》くるに因るのみ。 【二七一】  禍福神《フヲルチウン》は彼女が福を與ざりし人々の目には最も盲《めくら》と見ゆ。 【二七二】  禍福神《フヲルチウン》をば之を駕御すること健康に處する如くせよ、其機嫌善き時は之を享樂せよ、其機嫌惡しき時は之を堪忍せよ、絶體絶命の時に非ずば猛劇なる醫藥を服する勿れ。 【二七三】  吾人は往々、其の愛する人の事につきては、目醒むるよりも欺かれ居るを却つて幸福とす。 【二七四】  第一《はじめ》の情人は長く守らる、――第二《つぎ》の情人の出でざる限り。 【二七五】  一般に之を言へば、吾人は己れには何等の短處も無く、己が敵には何等の長處も無しと公言するの勇氣なし、然れども細目につきて言へば、吾人は然か信ずるに甚だ遠からず。 【二七六】  吾人の身裏には禍福の上に超然たる崇高の一物ありて存す、是れ吾人をして禽獣と伍せしめず、進んで天地の大事に參せしめんとするが如き高風([#割り注]けだかさ[#割り注終わり])なり。是れ吾人が不知不識《しらず/″\》の間に自己《おのれ》に取り來る所の價値なり。此品質に由て吾人は他衆の尊敬を博取す。其れ實に吾人をして群中に傑出せしむる者にして、門閥や人爵の到底及び得べき者にあらず、否な功徳《メリト》其物と雖も尚之に及ばず。 【二七七】  男子を媚弄する婦人は其愛人の爲めに嫉妬する如き態度を裝《よそほ》ふ、然れども其實は他の婦人を羨嫉《そね》む者のみ。 【二七八】  吾人の譎詐《いつはり》に欺かれたる人々は、他人の譎詐に吾人が欺かれたる時ほど、。然か愚かしき、笑ふべき者とは吾人の目に見えず。 【二七九】  吾人は己が最も美なる行動につきても、若し其の之を生じたる動機を衆人に見らるヽならば、往々赤面すべし。 【二八〇】  吾人の短處其物は殆んど恕す可らざる者無し、只之を掩ひ隱さんとして普通に取る所の手段は然らず。 【二八一】  吾人は如何なる恥辱を値ひせるにもせよ、自《みづか》ら其名聲を恢復し得ざる場合は稀なり。 【二八二】  愚者と癡人とは自己の氣分を以て一切《すべて》を見る。 【二八三】  才は往々吾人をして臆面なく癡行を演ぜしむるの具となる。 【二八四】  吾人は己が人物よりも小なる職業に於ては十分大きく見えんも、己が人物よりも大なる職業に於ては往々小さく見ゆ。 【二八五】  往々吾人は災禍《わざはひ》の中《うち》に不屈の忍耐を持すと信ず、然れども其實は只是れ勇氣の沮喪したる者のみ。吾人は頭を擡《もた》ぐるを敢てせずして苦難《なや》みをること、恰も臆病漠が撃《うち》かへす勇氣なきが故に、手を束ねて其|頭《あたま》を打割《うちわ》らるヽに任すが如し。 【二八六】  諂諛は贋金の如し、一に吾人の虚榮に由て通用す。 【二八七】  老ゆるの道を知る人は鮮《すく》なし。 【二八八】  吾人は己れの缺點と最も隔離《かけはな》れたる缺點に於て自ら誇る、例へば※[#「兀のにょうの形+王」、第3水準1-47-62]弱なる者は頑強なるを誇るが如し。 【二八九】  新奇の美と舊慣の長さとは兩々相反對すとは雖も、左の一點に於て一致す、即ち倶に均しく朋友の缺點を感知する能はざらしむ。 【二九〇】  朋友の大多数は吾人をして交友を嫌はしめ、信仰家の多くは吾人をして信仰〔宗教〕を忌ましむ。 【二九一】  吾人は己れに害なき缺點の爲めに其友を責むる尠なし。 【二九二】  愛着し居る婦人は、些々たる小不忠實行爲よりも容易に大無分別[#「無分別」に白丸傍点]行爲を恕《ゆる》す。 【二九三】  戀愛の老いたるは年齡の老いたるが如し、諸ろの疾苦には生き、人生の凡ての快樂には死す。 【二九四】  天眞《ナチユラル》と見すべく強ひて努むるほど天眞たるを大に害するはあらず。 【二九五】  誠意《まごころ》を以て善行美擧を讚むるは、幾分か自ら之に與《あづ》かる者とす。 【二九六】  特に一箇人を領曾するよりは人間を一般に知る方却つて易し。 【二九七】  吾人若し其の獲んと欲する事物の何物たるを審詳《つまびら》かにしたらんには、熱心に希求する事物は極めて鮮なかるべし。 【二九八】  婦人が概して友誼を感ずる少なきは、既に戀愛を感じたる身に取りて※[#「研のつくり」、第3水準1-84-17]《そ》が餘り に淡《あは》くして味なきに由る也。 【二九九】  友誼上に於ては、戀愛上に於けると同じく、往々吾人は己が知れる事よりも知らざる事に由て幸福なる多し。 【三〇〇】  吾人は已が改むるを欲せざる缺點を辯護し、且つこれを以て自ら誇りとせんと試む。 【三〇一】 滔々たる世人の感謝は、更に大なる恩惠を今後に受けんとの隱秘《ひそか》なる望に外ならず。 【三〇二】  弱行は徳行に悖ること惡徳よりも大なり。 【三〇三】  正善なる精神〔の人〕は、邪僻なる精神〔の人々〕を理《をさ》め導《みちび》くよりも、之に服從することの却つて容易なるを見る。 【三〇四】  愚物にして憖《なまじ》ひに多少の才氣ある者ほど與《くみ》し惡《にく》きはあらず。 【三〇五】  凡そ人にして、己が最も尊重しをる人士にも何等かの美質を以て匹敵すべく自ら信せざる者はあらず。 【三〇六】  重大なる事件に際しては、現に呈《あら》はれたる機を執へよ、更に好機を捕へんことを塑むべからす。 【三〇七】  世人をして吾人の惡を復た言はしめずとの條件ならば、彼等([#割り注]世人[#割り注終わり])が從來吾人につきて語りし一切の善事を放棄するも、※[#「研のつくり」、第3水準1-84-17]は吾人に取りて甚だ有利なる交易なりとや謂はん。 【三〇八】  人は時としては才を以ても癡漢たるを得べし、然れども判斷力を以ては決して然る能はず。 【三〇九】  吾人は自分を過度に愛し呉るヽ人々よりも、却って自分を憎む人々を愛するの容易なるを見る。 【三一〇】  吾人は己れの情慾が吾人をして爲さしめ得べき極度の果して如何なる者なるかを知らず。 【三一一】  老齡は暴君の如し、死の罰を挈《ひつさ》げて、壯時の快樂を悉く吾人に禁止す。 【三一二】  吾人をして己れに無しと信ずる缺點を攻撃せしむる所の傲慢心は、亦吾人を騙つて己が缺ける良品質を蔑如せしむ。 【三一三】  己が敵の不幸を哀憫するは、往々好意よりは寧ろ傲慢より出づる者とす。吾人が彼等を憫み弔《とむら》ふは、彼等の上に位ゐする者なるを知らしむべき方便のみ。 【三一四】  獨り理性[#「理性」に白丸傍点]の指導に由て始めて希求する如き事物は、吾人の熱心に希求するところに非ず。 【三一五】  善にまれ惡にまれ吾人の諸ろの品質は不確《ふたしか》にして疑はし、皆殆んど時と場合とに左右せらる。 【三一六】  婦女子は初戀《はつごひ》に於ては其人を戀《こひ》し、其餘の情事に於ては戀愛《こひ》を戀《こひ》す。 【三一七】  傲慢[#「傲慢」に白丸傍点]も諸餘の情と均しく自家撞着の變態を呈す。例へば吾人は嫉妬しつヽある時には之を告白するを恥づ、然れども後《のち》には嘗て嫉妬したりし事あるを名譽とし、且嫉妬し得る者なるを誇りとす。 【三一八】  眞の戀愛は、如何に稀なるにもせよ、眞の友誼よりは更に多し。 【三一九】  婦人にして、其|功徳《メリト》が其美貌よりも長く保つ者は鮮なし。 【三二〇】  吾人の腹心話《うちあけばなし》は、多くは其れ憫れまれんに爲又は讚められん爲めに爲す而已。 【三二一】  通例吾人の嫉妬(或は媚嫉《そねみ》)は吾人が嫉む(媚《そね》む)人々の幸運よりも長く持續す。 【三二二】  戀愛を排《しりぞ》くるを得る鞏固の意志は、亦戀愛を熱烈ならしめ、且永續せしむるを得べし。之に反して薄弱なる意志の人々は始終情熱に浮かされ居るが故に、終生眞に充實せらるヽ無し。 【三二三】  最も大なる宗教心の裏面にも常に必ず幾割の自愛[#「自愛」に白丸傍点]は隱れ潜む、又以て吾人の利他行爲[#「利他行爲」に白丸傍点]を制限するに足る。 【三二四】  世には眞箇の善心ほど稀なるはあらず、自らこれ有りと信ずる人々は、通例只自滿自得せる徒に非ずば、即ち薄志弱行の輩のみ。 【三二五】  或は懶惰なるに因り或は忠貞なるに因りて、吾人の精神は容易き者若くは愉快なる者に附着す、此習慣は常に吾人の知識を局限して、之を狹くす。是《こヽ》を以て何人もその精神を※[#「研のつくり」、第3水準1-84-17]が往き得るだけ遠く廣く開拓し推擴するの[#「※[#「研のつくり」、第3水準1-84-17]が往き得るだけ遠く廣く開拓し推擴するの」に傍点]勞を取るを欲する無し。 【三二六】  普通に吾人は惡意よりも多く虚榮に由て惡聲を放つ。 【三二七】  人或る情の餘瀝に尚其心を惱され居るときは、全く其迷を醒《さま》されんよりは、或る他の新らしき情緒を執へて之に代へんと欲す。 【三二八】  幾多の大情慾を長く懷き來りし人々は、之を以て其生涯の幸福を形づくれる者と想像し、其迷夢を覚醒《さま》さるヽをば却つて不幸と思惟す。 【三二九】  利害の念なき人よりも、媚嫉《そねみ》の心なき人は鮮《すく》なし。 【三三〇】  吾人の精神は、懶惰を悦ぶこと形體に讓らず。 【三三一】  心氣の静動安險は、人生に起る大事件より生じ來るよりも、多くは日常起り臨む小事の安排上より生ず。 【三三二】  吾人は往々戀愛より功名心に移る、然れども功名心より戀愛に歸るは幾《ほと》んど稀なり。 【三三三】  過度の貪慾は概して失擧なり、凡そ情慾にして屡ばその目的を逸し去る斯の如く甚だしきはあらず、又現在に制せられて將來を犧牲とするも是れより大なるはあらず。 【三三四】  貪慾は往々反對なる結果を生ず、貪慾の爲めに無數の人々は獲否の疑がはしき希望の爲めに己が善福を悉く犧牲にす、而して或る他の人々は又現在の小利の爲めに將來の大益を蔑棄す。 【三三五】  世人は吾等が想像するよりも遙かに善く己が過失を知れり、是《こヽ》を以て彼等が己れの行動を[#「己れの行動を」に傍点]語る[#「語る」に白三角傍点]を聞けば、其の過まてる([#割り注]非理なること[#割り注終わり])は稀なり。普通([#割り注]即ち他の時に於て[#割り注終わり])彼等の目を暗《くら》ましむる自愛心は、茲に彼等の明を開きて事の眞相を彼等に示すが故に、世の排斥を受くべき最小の件々をまでも能く彼等をして變裝せしむ。 【三三六】  始めて世に出づる青年は、多少臆病なるが如き者か左なくば事に迂《うと》き如き者なるを要す、物慣れて落つきたる態度の如きは、動《やヽも》すれば轉じて人を蔑《なみ》する擧動《ふるまひ》と ならんとす。 【三三七】  喧嘩の長びくは雙方の惡しきに因る。 【三三八】  〔婦人にとりては〕若《わか》しとも美ならざれば詮なし、美なるも若《わか》からざれば用なし。 【三三九】  婦女子の初《はつ》情事は次ぐに第二の情事を以てしたる時に始めて語るに足る。 【三四〇】  戀愛は極めて愉快なる者には相違なきも、其物自身よりは、※[#「研のつくり」、第3水準1-84-17]が現はれ來る態度に由て幾層快味を増す者とす。 【三四一】  利害《インテレスト》の念は、普通に吾人が諸惡行の原因として非難せらるれども、往々是れ 吾人の諸善行が受くべき稱讚を値する者とす。([#割り注]利害の念に由て屡ば善行を爲すと也[#割り注終わり]) 【三四二】  形體の勞動は精神の苦痛を救ふ、是れ貧者をして〔比較的〕幸福ならしむる所以なり。 【三四三】  吾人は自ら幸福ならんとするよりは、幸福なりと他《ひと》をして信ぜしむべく苦心す。 【三四四】  愛人は其愛婦の容色衰へ了るや、只其缺點のみを見る。 【三四五】  初一念を撲滅するは易し、爾後續起する諸ろの慾念を滿足せしむるは遙に難し。 【三四六】  眞友は諸ろの賓《たから》の中にて最も大なる者なり、而して吾人は之を獲べく苦慮する最も少なし。 【三四七】  人は皆其心の善きを語る、然《さ》れど何人も其の才のを説くを敢てせず。 【三四八】  賢者を幸福ならしむるには多くの物を要せず、之に反して愚者は何物も遂に滿足せしむる能はず。 【三四九】  世人は己れに於てする事を、他《ひと》に在りても亦缺點と思惟す。 【三五〇】  幸福の一大都分は、人は如何ばかり不幸ならざるを得ざるかを審らかにするに在り。 【三五一】  吾人は現在の歸趨にさへ迷はんとす、如何にして他日己れが悦ぶ所の何物たるを知らんや。 【三五二】  正義とは、衆人《ひと/″\》に取りては、只是れ己が財産を奪はるヽを恐るヽの事のみ。既に之を恐るヽが故に、彼等は隣人《ひと》の財産をも尊重して、敢て之を侵さず。然り、この恐怖心こそ人々をして其の生れや幸運に由りて獲たる其財産の範圍内に止まらしむる者なれ、若し是なくば、人々は相互に侵略を逞うして底止するところなからん。 【三五三】  名譽の人、正義の士たるの芳名は、眞正堅實の價値よりは寧ろ常に形式に基ゐし、假扮手段の熟練に基ゐす。 【三五四】  友人の幸運を喜ぶ第一の動機は、必ずしも好氣質若くは友愛の結果に非ず、重《おも》に自愛の情より生ず、或は己が幸運なるべき順番近づきぬとの希望を以て自ら賀し、或は其友人の幸運に頼りて多少の利益を獲得せんとの胸算を以て自ら慶するのみ。 【三五五】  自愛は自己を變貌する而已を以て足れりとせず、更に進んで又其目的物を變貌す、而して其の之を爲すや甚だ奇なる者あり。然り、自愛は啻に自ら欺くべく、その目的物を巧みに變裝するのみならず、更に又之が本性を一變し去らんとす。例へば茲に人ありて吾人に反對して事を爲すや、自愛は極めて嚴刻にその一擧一動を批判し、彼が各種の缺點を針小棒大に攻撃し、彼が長處をすらも漫畫的に指斥す。然りと雖も、吾人の事業にして此人の力に由て利する者あらんか、其滿足は忽ちにして彼が功徳を回復し、其の曩《さき》に下したる貶辭を悉く飜《ひるが》へして、反對に稱讚の辭と爲す。其人の惡き品質は悉く忘れられ、其良き品質は凡て誇張せらる、而して彼が嘗て吾人に向ひて挑みし爭鬪は慾目《よくめ》よりして正當視せらる。何れの情《パシヨン》も皆然らざるは無けれども、特に戀愛の上《うへ》に於て之が眞なることは著るしく證明せらる。情人は其情婦の不實を怒りて、其肉を食はんまでに激してありとも、一たび彼女が其顏を出し來るを見るや、今までの忿怒は忽ち和《やは》らげられ、喜んで彼女を罪なき者と稱し、只之を怒りし己れの輕率を自ら責むる而已。自愛の此奇絶なる魔力に由て、其情婦の最も腹黒き行爲も白くして雪の如き者と見做《みな》され、彼女の過失は悉く己が身上へ移さる。 【三五六】  人々は世間より合理の待遇を受くべき希望一度び絶え果つれば、己れも亦全く合理の擧動を失ひ了る([#割り注]自暴自棄に奔るとなり[#割り注終わり])。 【三五七】  人は物事を飽くまでも語り盡したる時ほど善く之を忘れ了るはあらず。 【三五八】  自愛は、人をして天生の深刻《きびしさ》や粗氏sきあら》を超えて幾倍殘忍ならしむ。 【三五九】  若干の惡徳を有する人は悉くは輕蔑せられず、然れども一も美徳なき人は輕蔑せらる、又輕蔑せられざる可らず。 【三六〇】  華麗なる厚葬は、死者を榮せんとするよりは、寧ろ生者の虚榮心を滿足せしめんとの計のみ。 【三六一】  何等の功績も無くして稱讚せらるヽの恥[#「恥」に白三角傍点]は、往々人々を驅つて眞に功を樹《た》てしむるに至る、是《こ》は斯《かヽ》る恥だに無くば到底試みざりし事なりけらし。 【三六二】  大概の人々の交際及び友誼は、單に商賣的交通のみ、只自家の都合よき間持續せらる。 【三六三】】  稱讚を辭する如く見ゆる謙遜も、底を洗へば、只是れ其稱讚の足らざるを歉《あきた》らず思ふ者なる而已。 【三六四】  吾人の自信は、吾人が他人に置く信用の大部分を構成す。 【三六五】  世界萬民の盛衰興亡上にも、一種の大『革命』は行はる、但《たヾ》吾人の智力及び嗜好上に於ける變化と均しく潜回默運す。 【三六六】  國家に於て奢侈及び文弱の弊を見るは、其國勢が日に月に衰へつヽあるの必證なり、如何となれば人々己れ自身の事に若《し》か齷齪勞攘しつヽある時には、私利の外は何をも顧みず、公事をば全く忘却すれば也。 【三六七】  吾人が動《やヽも》すれば陷らんとする諸ろの情慾の中、懶惰ほど吾人の知覺せざる者はあらず。懶惰は最も強暴にして且最も有害なり、而も同時に其強暴は吾人の決して感ぜざる者にて、其の爲めに吾人の蒙る損害は目に見ゆること稀なり。吾人若し其力を仔細に考ふるならば、※[#「研のつくり」、第3水準1-84-17]が凡ての場合に於て、吾人の諸ろの觀念利害及び苦樂を全然支配するを見るべし。是は最大なる船舶をも停め得る大蛸《レモラ》なり、暗礁や暴風よりも甚だしく事に害ある海和《なぎ》なり。實に怠慢の惰眠は心魂を魅する魔力にして、其の最も熱心なる追求を停止し、其の最も斷乎たる決心を震撼す。 【三六八】  大抵婦人は愛情に由るよりは氣弱《きよわ》なるに因つて聽き從ふ者とす、是れ大膽鐵面皮なる人々が、容貌も金銭も己より優《まさ》れる他の人物を凌《しの》いで其志を達する所以なり。 【三六九】  戀愛は熱病に酷似す、熱の高下と繼續期とは兩つながら人力の左右し得る所に非ず。 【三七〇】  哲人は勝つよりも戰かはざるに其智慧をあらはす。 【三七一】  時としては佯りて欺かれたる眞似《まね》するは甚だ得策なり、若し狡兒をして吾人の欺かれざるを知らしめば、更に大なる陷害策を弄せしむる危險あれば也。 【三七二】  偉大なる精神は、凡て己れに臨む事を[#「己れに臨む事を」に傍線]甘受す、他人の良品質を認《みと》むるに於ける如く、他人の缺點を忍ぶ[#「他人の缺點を忍ぶ」に白丸傍点]に於ても亦同じく智慧の大なる者あるを見る。 【三七三】  若干の惡品質は往々偉大なる才藝を建設す。 【三七四】  世の中には己れが愛せられつヽありと信ずるほど自然なるはあらず、又欺かれたるはあらず。 【三七五】  吾人は己れが恩を受けたる人々よりは己が恩を施せし人々を常に見るを悦ぶ。 【三七六】  自己《おのれ》が懷かぬ情念を佯り裝ふよりは、其の懷ける情念を佯はり隱くすは更に難し。 【三七七】  一たび失ひて後回復せられたる友誼は、未だ嘗て破れざりし友誼よりも細密の注意を要す。 【三七八】  詐僞漢は決して氣樂ならず、其詐術の暴露せんとするものを彌縫すべく毎《つね》に苦めば也。 【三七九】  吾人の親切行爲は往々敵を作る、忘恩漢は決して半途に其惡業を止めざれば也。彼は啻に其恩を報いざるのみならず、又恩人を活かしおきて己が背恩の行動を目撃せしむるは、其の安んずる所に非ず。 【三八〇】  富は決して吾人に足ることを教ふる者に非ず、富厚は却つて貧者の安靜を有する能はず。 【三八一】  人々は往々不明の爲めに成功を博す、聰明の人は敢て危ふきに近よらざれば也、之に反して思慮の乏しき者は盲動して、往々僥倖を得る也。 【三八二】  利己自愛《セルフラブ》は往々己れの手を以て自らくび切る馘《くびき》る、其れ單に己が利害のみを考へて、全く他《ひと》の利害を度外視し、斯《か》くして人々相助くる親切行爲の交換を失ひ了れば也。 【三八三】  幸運は、十中八九、人の行動及び態度を一變し、之をして其行状及び談話に於て全く別人とならしむ。是れ己が有に非ざる物を以て自ら飾る者にして、人間の一大弱點とす。徳行にして若し萬事に超えて尊重せられたらんには、如何なる寵遇も、如何なる昇進も、人々をして其顏色をも、変變ぜしむる能はざあらん。 【三八四】  人若し他人の胸中に在る事を看破し、而も己れの胸中に在る事を隱祕するを得ば、是れ其判斷力の優秀なる明證と謂うべし。 【三八五】  一切《すべて》を悉く語るは、大なる過失なり、事務上に於ても、談話上に於ても、佳話は短かければ、却つて夫れが爲めに倍して佳話たるを得べし。然れば冗漫なる長談に由て往々失ふ所の者を吾人は簡潔なる短話に由て得ること多し。 【三八六】  吾人は通例己が最も善く知悉する人々の上に勢力を得て、之を左右す、如何となれば全く他《ひと》の知る所となれる人は、其の之を知れる人に幾分か服從せざるを得ざれば也。 【三八七】  人々は世間が其才能の限度を知らざる時に最も尊重せらる、單に半ばしか領會せられざる事物は常に其實價よりも大なる者と認定せらるれば也。 【三八八】  智者と思はれんとの願望は、屡ば其人の智者となるを妨たぐ、如何となれば斯る人は世間をして如何なる知識を己が有《も》てるやを知らしむるに汲々たる而已、敢て己が要する事を學ぶべく努めざれば也。 【三八九】  或る友が幾何《いくばく》の善益を我に爲したりやと考ふるは宜しからず、寧ろ彼が幾何《いくばく》の善益を我に爲さんと欲したりしや、努めたりしやと顧みるを要す。 【三九〇】  自己を愛する事(自愛)は、概して是れ吾人が友誼の準繩《はかりなは》なり、尺度なり。利害の關する處に於ては、義務は復た問題にあらず、吾人は己が名利を大に助け成すに於ては仇敵に對する怨恨をすらも忘るヽを辭せず。 【三九一】  吾人は己れに均しからんと競ふ者よりは、己れに模倣せんと努むる者を悦ぶ、其理由は他なし、模倣は尊重を表すれど、企だて及ばんとの望は媚嫉《そねみ》を表すればなり。 【三九二】  凡ての事は悉く許容すべきに非ず、凡ての人は悉く滿足せしむべきに非ず。宜しきを得たる時に拒むは、宜しきを得たる時に與ふると同じく全く稱讚すべき者とす。是に於てか或る人の『否《い》な』は或る人の『然り』よりも歡迎せらる。拒絶も好情を以て陳《の》べ、禮貌を以て和《やは》らぐれば、無禮の態度を以て冷淡に許諾されたる恩惠よりも大なる滿足を識者に與ふ。 【三九三】  各箇の人には其容貌と才能とに適する風彩及び態度あり、之を棄てヽ他を冒《と》らんとする時には、必ず失敗す。己れに最も自然なる者を認《みと》めて之を完成するは、最も策の得たる者とす。 【三九四】  我等或る人の徳行を爲すを見て直ちに彼を徳行家なりと言ふは、正當の結論に非ず。例《たと》へば吾人は己れに便せん爲めに時としては恩義に報ゆることを爲す、是れ或は恩を知るとの好名聲を得んが爲めのみ、或は又己が承認するを欲せざる或る他の恩に幾層大膽に負《そむ》くの便益を獲んが爲めのみ。 【三九五】  世間の交友は決して友誼てふ貴き名を値《あた》ひする者にあらず、然れども吾人は機を見て之を善用せば、益する所大なるべし、之を譬ふるに猶商業の如し、其の倒るヽ、朝たにして夕べをはからず、且時々刻々瞞着せらるヽ恐ありと雖も、巧みに之を運用せば、己れを利し、且世を益せざるに非ず。 【三九六】  戀愛は既に之に陥りて在る時に止《や》むるよりは、未だ之に陥らざる時に控ゆるは更に易し。  【三九七】  人々は一挙一動ことごとく自己の利害得失を按《かんが》へて爲すとは云ふことは大なる眞理なりと雖も、之が爲めに人々の行動は凡て腐敗して、正義公道など云ふ者は天下に絶無なりとは斷言すべからず。人々は猶高尚なる目的を懷《いだ》いて進退するあらん、其利害觀には潔白にして稱讚すべき者何ぞ乏しからん。而も、實に、所謂る正義の士とは畢竟自愛の理を審らかにして之を整ふに宜しきを得たる者[#「自愛の理を審らかにして之を整ふに宜しきを得たる者」に傍点]のみ、如何となれば、結局己れの利益を目的として事を爲すとは雖も、其行動亦人間社會保安の理に則《のつと》りて悸らざれば也。 【三九八】  眞確必須なる功徳[#「眞確必須なる功徳」に白丸傍点]は精神の修養に係る者とす、併し乍ら此等の能力を活用して、貴重ならしむる術[#「此等の能力を活用して、貴重ならしむる術」に傍点]は第二の功徳[#「第二の功徳」に白三角傍点]にして、是れ處世上、吾人の名聲を揚げ、吾人の幸運を高むる爲めには、前者よりも却つて有用なる者とす。 【三九九】  他《ひと》に快感を與ふべく自負する者は往々反對に他《ひと》に不快の感を與ふ。 【四〇〇】  男子に於ては勇、女子に於ては貞、是れ行ふに最も難き者なるが故に、一は男性、一は女性の主徳と尊重せらる。然し乍ら此等の美徳は若し其の之を支持し保維する所の體力と美容とを缺くときは、忽ち弱り來りて、直ちに生命《いのち》の愛惜《をしさ》と快楽の愛好《ほしさ》とに犧牲とならんとす。 【四〇一】  人々は正しと思はれんことは欲すれども、正しく在らんことは務めず。 【四〇二】  譎詐は低級貧弱なる精紳の必驗なることは、贋造貨幣が貧寒なる財嚢の必證なる如し。 【四〇三】  吾人は理性に歸するに、其の宜しく受くべきより以上の者を以てす([#割り注]理性を買かぶれり[#割り注終わり])、屡ば理性は吾人の體格に屬すべき件々を簒《うば》ひて己れの有と爲す、理性若し嚴密に己れの有たる者より以上を有せずば、甚だ貧弱なる者なるべし。 【四〇四】  理性が情《パシヨン》の妄動を醫治するは、甚だ稀なり、但《たヾ》甲の情は乙の情に醫せらるヽ而已。理性は常に強者に與《くみ》するが故に、如何に放恣なる情と雖も、強くだにあらば、理性は之を辯護するを辭せざらんとす。 【四〇五】  名聲は、吾人若し如何に世人が之を與へ復《また》之を奪ふに擅濫沒義道なるかを深く考へだに爲《し》たらんには、決して然か大に珍重されじ。吾人若し善く行ふことをだに努め、之が成功を餘りに苦慮せずんば、吾人は確《たし》かに之を値《あたひ》する者となるべし。 【四〇六】  他人の毀貶《そしり》を餘りに氣に懸くるは、只是れ世人の惡意をして益々《ます/\》得意ならしむる而已、吾人を懊惱せしむることは、是れ其の冀《こひねが》ふ所なれば也。 【四O七】  世人の毀誉褒貶を全く度外に置きて、毫も顧みざるは、亦是れ前者と反對なる極端の行動にして、同一の結果を生ず、是《こ》は太甚《はなはだ》しき世評の輕蔑なれば、世人これに復讐せでは惜《お》かざらんとすれば也。 【四O八】  此等兩端の間《あひだ》に中庸なる状態及び精神あり、世間の人々をして甲の人に於ける或る行動をば假借せしめ、同一の行動と雖も他の人々に在れば之を容赦なく攻撃せしむ。此心状は婦人と婦人との間に大なる軒輊を生ず、同じ無遠慮なる行動を爲《な》しても、一は童貞の如く貴《たつと》ばれて、何等の非難も無く、一は罵しられて、之と偕《とも》に在るも愧《はぢ》とせらる。 【四O九】  或る國民が戀愛《こひ》を神として拝むといふことは強《あなが》ち奇代に非ず、如何となれば、戀愛の結果、及び是《これ》より生ずる憤恨は、極めて奇、極めて怪にして、自然力以上なる如き者と見ゆれば也。 【四一〇】  美女の談話は最も柔靡《ぬれ●ば???》き演劇《しばゐ》よりも男子を魔道へ堕《おと》すに力あり、前者は原物にして、後者は模寫《うつし》なれば也。甲は戀情《パシヨン》を燃し起し、乙は只これを醒《めざま》し、娯《たのし》ましむ。 【四一一】  人にして戀愛《こひ》の情なくば、演劇も昔楽も賞する者|鮮《すく》なかるべし。 【四一二】  吾人は常に大勢力家や大資産家を眞誠に愛すと信ず、然し乍ら此事は其人が富と貴とを悉《こと/″\》く喪《うしな》ひ了りて見るまでは確實《たしか》ならず、其時に至るや、吾人は曩《さき》に己が愛情を牽《ひ》き居りし者は果して何物なりしかを直ちに着破すべし。 【四一三】  世には輕浮癡愚極まれる人々あり、啻に賢實なる善徳なき而已ならず、亦眞確たる過失だも無し。 【四一四】  人々は如何に不良なるも自ら善億の敵と公言するの勇氣を有せず、然《さ》れば徳を迫害せんと欲する時には、※[#「研のつくり」、第3水準1-84-17]が虚妄なるを信ずる佯《まね》し、又は或る罪惡を想像して之に歸し、以て口實を作る。 【四一五】  屡ば死を觀ずる事は縱《よし》や吾人を君子たらしめずとも、我は思ふ是れ吾人の情慾[#「情慾」に白丸傍点]を節制し、吾人の貪欲[#「貪欲」に白丸傍点]と野心[#「野心」に白丸傍点]とを多少覊絆するの功は即ち有りと。 【四一六】  此世に於ては百事偶然ならざる無し、吾人を此世に出でしむる誕生すらも然り、唯獨り吾人の必《ひつ》し得る者は死なり。然るに吾人は、死濁り不確實《ふたしか》にして自餘《そのほか》の衆事物《ものども》は悉《こと/″\》く確實《たしか》なるが如くに擧動《ふるま》ふ。 【四一七】  生命《いのち》は其性質上誠に善き物なり、世界に於ける最大の善福なり、然るに是《こ》は湯水《ゆみづ》の如く費やし棄てらる。然《さ》れば吾人が呟《つぶや》くべき者は、人生には非ず、吾人の放逸是れ也。 【四一八】  世《よ》の中には愚行にして深く考へたる者あり、太《いた》く自ら滿足して、智慧の形相《ぎやうさう》を帯ぶ、彼《か》の何をも考へざる、滑稽的なる愚行よりは百千倍も厭ふべし。 【四一九】  人中《ひとなか》に於て談話を善くするの術は、話題《こと》を餘り細かに説明《ときあか》すに在るに非ず、只一半を言ひ顯《あら》はし、聽く人々をして其餘を考へ補《おぎな》はしむるを善しとす。是《こ》は偕《とも》に語る人々の智慧を尊敬するを示す者にして、自愛心に取りて是れよりも愉快なるは無ければ也。 【四二〇】  天地間には優秀なる物夥だしく、美なる物夥だし、而して皆其宜しきに合《かな》ふ。若し何等の秀美か無用の贅物と思はるヽあらば、※[#「研のつくり」、第3水準1-84-17]は吾人が之を選用するの惡しきに由る者とす。 【四二一】  人々は吾人に忠告を與ふ、然れども之を善用すべき思慮[#「善用すべき思慮」に白三角傍点]を與へず。 【四二二】  世俗は百事百物を其の優秀なるが爲めに稱讚せずして、重《おも》に之を其の新奇なるが爲めに尊重す、是《こヽ》に於てか策士は天下の喝采を博せんと欲して種々の術策を弄す。 【四二三】  野心家が己が野心の目的物[#「目的物」に白丸傍点]を定むと思ふは、自ら欺くなり、其等《それら》の目的物たる や、一たび達すれば更に或る其《そ》れ以上の物を獲得すべき手段[#「手段」に白丸傍点]に化せらる。 【四二四】  大名聲は一大罪案の如し、之を立派に遣《や》り脱《ぬ》くは難しとす。卑微無名なる生活、是れ幾層自然にして、且幾層容易なる者なり。 【四二五】  高位高官は從来大なる重荷《おもに》と稱せられしこそ宣《うべ》なれ、其服役は公衆に事ふる者なるが故に特《こと》に大なりとす、人民は殆んど※[#「厭/(餮−殄)」、第4水準2-92-73]《あ》くことを知らざる主人《しゆじん》なれば也。 【四二六】  嘲笑は毀害の變裝せる者にして、惡意と惡性充ち滿てり、而して之を用ふる人は吾人よりも上《うへ》なる者らしき態度を取るが故に、殊に吾人をして之を忍ぶに難からしむ。 【四二七】  貴人は特に嘲弄の辭を大に愼むを要す。彼等の嘲弄に對する怨恨は秘せらるヽが故に、殊に危險なりとす、人々は之に復讐すべき秘密の方策《はかりごと》を竊かに講じをれば也。 【四二八】  嘲弄は往々智性の缺乏を暴露す。人々は辯駁或は議論に窮するや、嘲弄を應援に呼び來る。 【四二九】  吾人が其隣人([#割り注]他人[#割り注終わり])に向ひて唱ふる苦情の最大部分は、吾人自ら省《かへり》みる事の缺乏《とぼしき》に起因す。 【四三〇】  吾人が自愛の甚だしきや、人生の諸ろの快樂や福祉《さいはひ》をば己れの有《もの》と呼ぶべき權利を有するが如く考へ、害惡や災禍《わざはひ》をば己れに不自然なる損害なるが如く想像す、是れ人生に對する非難攻撃を聞ぐの頻々たる所以なり。 【四三一】  英雄豪傑は大抵油畫の如し、若し之を賞美せんと欲せば、遠く離れて觀ざる可らず。 【四三二】  各人は自ら法廷を開き、其隣人([#割り注]他人[#割り注終わり])に向ひて裁判を試み、宛然《さながら》大特權にても有する者の如く、權柄づくにて、擅濫《ほしいま》まに宣告を下だす。併し乍ら他の人々も吾人 に向ひて同樣の自由行爲を取り、同樣の酷評を下す者なるを聊《いさヽ》か考へなば、吾人は須らく他人を臧否するに謙讓温和なるべき者とす。 【四三三】  吾人は何物にまれ之を獲《え》んと心がくる前に、先づ其物を既に有する人々は果して如何に幸福なるやと退いて熟慮するを要す。 【四三四】  結婚は、時としては好都合なる者なれども、決して愉快なる者に非ず。 【四三五】  善福(幸運)若くは惡禍(惡運)は通例之を最も多く有せし人に來る。 【四三六】  吾人の傲慢心を喜ばす者は高貴なる人々の特別なる腹心談《うちあけばなし》より大なるは無し、蓋し吾人は己が功徳に由て之を招き來れる者と思へば也、然れども其實多くは只是れ彼等の虚榮よりするに非ずば、秘密を守る能はざるの結果のみ。 【四三七】  吾人が既に獲たる名譽は、將に獲んとする名譽の保證《てつけ》なり。 【四三八】  成る人々は俗謠に髣髴たり、只暫く歌はるヽ而已。 【四三九】  吾人は己れの事につきて何をも言はざらんよりは、寧ろ己が惡事をすらも語りて辭せざらんとす。 【四四〇】  己れの事を語るを好み、己れの缺點をば其の見らるヽも憚からぬ點に於て示すを好む事([#割り注]比較的無難なる方面に於て懺悔話を爲すを云ふ[#割り注終わり])、是れ吾人の所謂る眞摯てふ者大體なり。 【四四一】  其言動に一種の魔魅力を有する人々あり、其の往く處として、亨《とほ》らざる無く、先づ以て他《ひと》の尊敬を博す。此力は諸ろの時機《をり》に有用にして、其志望を達するにも倔強なる者とす。(次項参照) 【四四二】  此魔魅力は、斯く有ゆる時機に甚だ有用なる者なるが、畢竟是れ精神の高大なるより生ずる愛嬌ある權威なりとす。 【四四三】  幸運の神[#「幸運の神」に白丸傍点]突如として吾人を高き地位に榮達せしめ、吾人順次の昇級に由て其處《そこ》へ進みしにも非ず又己が希望に由て其處《そこ》へ陞《のぼ》りしにも非ざるときは、吾人は善く其地位に自ら[#「其地位に自ら」に白丸傍点]支持《さヽ》へ、且眞に之を占むるに足る者[#「且眞に之を占むるに足る者」に傍点]なるを明らかにすることは殆ど不可能事に屬す。 【四四四】  吾人の惡き品質は其の善き者よりも通例交際上(談話上)に歡迎せらる。 【四四五】  何人も多分の智慮なくしては、全く正善なる能はず、健正なる理致ありて始めて吾人は一擧一動に正しき方面を選ぶを得べし。世人が常に爲す如く惡人[#「惡人」に白丸傍点]を譽《ほ》めて才子智者[#「才子智者」に傍点]と稱するは、愚かなる事なり。斯る人々は單に思慮の一部分[#「思慮の一部分」に傍点]を有する者なるが故に、或る時機[#「或る時機」に白丸傍点]に於ては彼等をして成功せしむれど、他の百千[#「百千」に白丸傍点]の場合には彼等を五里霧中に迷はしむ。 【四四六】  男女の淫交に於て最も乏しきを見る者は眞の愛なり。 【四四七】  世人の稱讚を博せんとの望みは吾人の徳操を強むるに大効あり、即ち人々の才や、勇や、美を稱讚するは、即ち此等の資質を増大するに與《あづ》かりて力あるものとす。 【四四八】  高貴の人々に取りては、名譽を渇望するの功名心あるは甚だ善し、否な、’此情([#割り注]功名心[#割り注終わり])全く無きよりは、寧ろ其善行を誇るの虚榮心[#「寧ろ其善行を誇るの虚榮心」に傍点]あるを夐《はるか》に勝《まさ》れりとす、如何となれば彼等が爲す善業は徳を愛するの精神よりは出でずとも、虚榮よりして之を爲すが故に、世界は之が惠に浴す、是れ一に虚榮の賜物[#「虚榮の賜物」に白丸傍点]なりと謂ふべし。 【四四九】  榮辱とは、其の焉《これ》に伴《とも》ふこと有るべき實際の利害損得と離して之を見るならば、空名のみ、幽靈の如き者のみ。 【四五〇】  單に大名を後代に遺《のこ》さん爲めに絶大の勞苦に服し、百千の危險を冒《をか》すは、我を以て之を見れば、癡狂家のみ。彼等が不朽と見倣《みな》す所の此名譽、此聲聞は、畢竟彼等の想像裏に於ける一小區域に限らるヽ者のみ。 【四五一】 『最も隱れたる事も終《つひ》には必ず露現《あらは》る』との格言は、少なくとも甚だ覺束なし。吾人は己が既に知れる所を以て未だ知らざる所を揣摩し得るのみ。然《さ》れば吾人が未だ知らざる所の事は何等の光明をも此問題に與ふるを得じ。 【四五二】  若き婦人にして媚弄者《コケツト》と思はれざらんと欲する者、及び老人にして可笑《をかし》く見ゆるを欲せざる者は、嘗て己れが關係したる者の如くにして戀の話を爲すこと無きを要す。 【四五三】  人々は互に相愚にする無くば、決して然か長くは社會に共棲して親交を保つ能はじ。 【四五四】  渝《かは》らざる鞏固の決意[#「鞏固の決意」に傍点]を有する人にして、始めて眞箇の甘和なる態度[#「眞箇の甘和なる態度」に白丸傍点]を持し得べし、單に然るらしく見ゆる態度の如きは通例輕浮の状態にして、容易く酸苦辛辣の態度[#「酸苦辛辣の態度」に傍点]に化す。 【四五五】  謬見は時としては大眞理とひとしく長く遠く行はる、他なし、此等の謬見は、一たび眞理として受容《うけいれ》らるヽや世人これに盲從して復《また》問はざれば也、而して奇怪にも己が迷妄を聞《ひら》かんとする如き意見をば、悉ぐ排斥し若くは等閑《なほざり》にす。 【四五六】  世には奇にして可笑《をかし》く見ゆる無數の行事あり、然れども其の基づける隱約の理由は甚だ堅實にして鞏固なる者あり。 【四五七】  小才は小事に懊惱す、然れども大才は一切《すべて》を觀ず、而して何物にも懊惱するなし。 【四五八】  人若し己が心理に安靜を得る能はずば、他處に之を覺《もと》むるは徒勞のみ。 [#割り注]ラロシフコー[#割り注終わり] 寸鐵[#「寸鐵」は中見出し]終 底本:「寸鐵」玄黄社    1913(大正2)年10月21日発行