Crazy Train
by しムす
初版:2004/10/16
改訂:2004/11/27

Crazy Train

愛する方法を学び
憎しむことを忘れるには
多分、まだ遅くない

碇ゲンドウが、その片腕にして元愛人、一度はその手で射殺したはずの赤木リツコ博士の怪しい機械により、14歳の息子、碇シンジと同じ人格にされてしまってから、すでに数日が過ぎていた。

むやみに広い、ゲンドウの執務室の部屋の片隅でうずくまっていじけているのは、かつて己が都合のためだけに、人類の未来そのものをその右手に握り締めていた、人類補完委員会の委員にして、その闇の実行組織NERVの長、世界各国の元首でさえ一目置くという、碇ゲンドウその人であった。

体育すわりのゲンドウを遠巻きに見つめるのは、NERVの幹部3名。副司令の冬月コウゾウ、技術部の赤木リツコ博士と、なぜか復活している、作戦部長、葛城ミサト三佐である。
「本当なのね、司令がシンジ君化したっていうのは」
「見てのとおりよ」
「元に戻しなさいよ!」
「い・や・よ」
「何でよ!」
「彼って・・あれで可愛いところもあるのよ。夕べも、まるで・・」
なぜかうっとりした表情のリツコ。心持ち、お化粧のノリも良いようだ。

「あんた、今の状況、判ってるの!」
ミサトが爆発する。
「来週にはNERVの解体決議が出かねない状況なのよ!それをなんとかひっくり返さなきゃならないこの時に限って!」
「ロジックじゃないのよねえ・・男と女は」
未だにリツコはほんのり頬を染めて、上の空で話を聞いている。

「あんたの性欲の処理のために、NERVそのものが解体されてもいいって言うの!」
「下品ねえ、ミサトは。NERVは冬月副司令で持っているんですもの。大丈夫よ、それくらい」
傍らの冬月に話題を振るリツコ。しかし、おだてられながらも困惑を隠せない冬月。
「いや、そういうわけにもいかん」
「あら、どうしてですか」
「私はNERV内の良識派ということで通っている。私だけでは、どうしても抑えが利かない。詰めの会議だけでもいい。やはり碇が必要だ」
「ほら見なさい、なんとかしなさいよ、リツコ!」
「判ったわよ、そんな大声出さないで。私も彼も、寝不足なんだから」
「聞きたくないわ・・・」

数日後、リツコが出した回答は、またしても常識の右斜め上をすっ飛んでいくものだった。

「碇司令、復活されたんですか!」
「何の用だ。私は忙しい」
「あの、次の会議の議題については、私から説明することになっていますが、資料はどうしますか」
「シナリオ通りだ」
「シナリオ・・って、レジュメもまだ作ってないんですけど?」
「ふっ、問題ない」
「あの、碇司令」
「何の用だ。私は忙しい」
「ちょっと、リツコ、これ、何よ!」
「シナリオ通りだ」

「つまり、綾波レイ製造技術を使って、ダミーの碇司令を作った、ってこと?」
「問題ない」
「あんたは黙ってなさい!」
「まあ、そういうことね。技術的には結構、大変だったのよ」
「大変って、たった数日で、クローンが完成しちゃうわけ?49歳の?」
「技術部を甘く見ないことね」
「そういうレベルの問題じゃないと思うが・・」
頭を抱える冬月。

「問題は、魂が入ってないってことなの。ガフの部屋はからっぽだったの」
「で?」
「まあ、言葉のバリエーションは、追々学習していけば、増やせると思うわ」
「これで大丈夫・・・なわけ、ないじゃない!」
「いや・・とりあえず、会議等では、私が喋るから、締めの一言だけを覚えさせれば、なんとかその場は取り繕える。政治家達に必要なのは、この威圧感、存在感なのだよ」
開き直ってリツコの肩をもつ冬月。
ああ、あの時、もう少し自制心が働けば、こんなマッドサイエンティストの片棒を担ぐ必要なぞ、なかったのに・・。

「テストしてみる?」
やけに挑戦的なリツコ。
「勿論!」
こうなると後に引く事は有り得ないミサトであった。

発令所の仕事がなくなって久しいが、緊急事態に備えて、常に1人は配置されている。
今日も今日とて、日向マコトが、オペレータ席に座っている。
やることもないので、MAGIとの遊びに飽きた彼は、取り出した雑誌を読み始める。
その背後に近づく影。気配に気付き、振り向く日向。
「ああああ!」
事態を瞬時に悟った日向は、あわてて振り返り、直立不動の姿勢をとった。
「し、失礼しました!」
しげしげと日向を眺めてから、ダミーゲンドウが口を開いた。
「ふっ、問題ない」
「あ、ありがとうございます!」
感涙にむせんだ日向は、最敬礼を返す。

技術部のオペレーションルームで、伊吹マヤが、MAGIのメンテナンスを行っている。
その部屋の扉が開き、ぬっと、ダミーゲンドウが入ってくる。
「おはようございます、碇司令」
「・・・」
「現在、MAGIのシステムチェック中です。何か、気になることでもおありでしょうか」
「ふっ、問題ない」
「ありがとうございます、チェックを続行します」
マヤが敬礼を送る。ダミーゲンドウは再び、のそのそ部屋を出て行った。

「あっきれた!なんて馬鹿ばっかりなの!」
一部始終を隠しカメラからの映像で見ていたミサトが体を椅子に投げ出した。
「何よ!こんなテストで何が判るって言うのよ!」
「でも、誰も怪しまなかったわ」
「常日頃から無口だから、判らないだけでしょ!」
「それ以上、何を望むの?」
「・・もっと司令の身近な人・・そうね、肉親を騙せれば完璧と認めてあげようじゃないの!」
「司令の肉親って、シンジ君しか居ないけど?」
「・・そうよ!シンジ君よ!シンジ君。シンジ君を騙せたら、あんたの勝ちってことにしてあげるわ!」
「面白い、望むところよ!」

「でも、シンジ君と話をさせるって、かなり難しくない?」
「そうね、下手すると、NERVの誰より司令との接触が希薄かも知れないくらいだから」
「・・・それで、シンジ君でテストする意味は、あるのかね?」
冬月の疑問は、二人の耳には全く入っていない。

「シンジ君が、碇司令と話をするシチュエーションかあ」
「日常的なことじゃ、駄目よね。一言二言で完結しちゃうし」
「シンジ君から、非日常的なことを話させるわけ?」
「非日常かあ・・ユイさんの命日は・・ずっと先だし」
「要するにシンジ君の身上に関する重大な事項、ってことよね」
リツコの優秀な頭脳が、またしてもあさっての方向に向かって、フル回転を開始していた。

シンジとアスカは、NERVを出て、家に帰るところ。

アスカの様子が明らかに変だ。
帰りにちょっとアスカだけリツコさんに呼ばれていたけど、それくらいしか、思い当る節がない。でも最近、アスカはやけにリツコさんと仲がいいから、珍しいことでもない。
「ねえ、アスカ、どうしたんだよ?」
「何よ!あたしはどうもしないわよ!」
「いや、さっきから、一人でいきなり顔を赤くしたり、首を振ったり」
「え?そんなことないわよ!」
明らかに頬を赤く染めたアスカ。
「何なんだよ、全く」

「ミサトさんは今日も泊まりになるかもしれないってさ」
「チャーンス!」
アスカの青い目が怪しく光る。
「アスカ、何か言った?」
炒め物の最中のシンジには、よく聞こえなかったようだ。
「いーや、何も」

シンジがご飯を茶碗によそっている隙に、アスカが、シンジの皿に、さりげなく何かを振りかけた。

「いただきまーす」
「ねえ、あんた、料理だけは上手いわね」
「そんなこと・・・いや、まあ、毎日やってるし。自信はあるよ」
あれ?何か変だ。

「まあ、あたしみたいな美人の同居人が居るんだから、家事くらい、当然よね」
「美人はいいけど、出来ないなりに、ちょっとは手伝って欲しいんだけどね」
あ!そんなこと言ったら、アスカの鉄拳が・・

「んふふふ・・」
え?怒らない?何故アスカが笑っているんだ?

「今日はえらく本音がぽんぽん出るじゃない」
「・・・」
「さあ、本題に入るわよ!」
「アスカ、何か・・僕に盛ったね?」
「あんたにしちゃ、鋭いわね」
「一体、何を・・」
「リツコ特製の自白剤。あんたは、もう、あたしに嘘はつけないの」

「まずは、シンジ。ファーストのことはどう思っていたの?」
「あ、綾波・・初恋の相手、かな」
ぴくん、とアスカが反応する。
「今はどうなのよ」
「最初は、ちょっと違ったんだけど、今では何だか、こう、恋人、っていうのじゃなくて、僕の欠けた部分を補ってくれた。なんていうのかな、もっとこう根本的なところで・・そう、母さんって、あんな感じなんだろうと思う」
「まあいいわ」

「次に」
なんだか、シンジは居住まいを正す。
「あたしのことはどう思っているのよ!」
「がさつな同居人その2。家事もしてくれない。気まぐれに僕を殴る、理不尽な人」
「なんですってぇ!」

「・・だけど、とても大事な人。アスカが居なくなると不安になる。アスカが他の男と口を利いてるのを見ると、辛くなる」
「それって・・」

「でも、ひどいよ、アスカ。僕に薬を盛って言わせるなんて。やっぱりこんなの、おかしいよ!」
「あんたのことだから、こうでもしないと何も言ってくれないじゃない!」
「怖かったんだ。今の関係が壊れるのが、怖かったんだ。やっとここまで戻って来たのに。次のステップに進もうとして失敗するくらいなら、今のままの状態がずっと続けばいいと思っていたんだ。だけど・・最近、不安でしょうがないんだ!」
「ほんとにバカねえ・・」

「アスカはどうなんだよ!僕は言ったよ、正直に」
私としたことが、こんな展開は考えてなかったわよ・・
追い詰められるアスカ。
「アスカは何だよ。僕に気があるそぶりばかり見せるくせに。そのくせ、本音はいつも言ってくれないじゃないか!」
「あんたが鈍感なだけじゃない!」
「形のあるものが欲しいんだ!アスカの本音を聞かせてよ!」

「あたしは・・」
その場の勢いというのだろうか。アスカは自分でもびっくりするほど、素直になった。

「あたしは、あんたのことなんてどうでもいいと思ってた。ちょっとからかってみると面白いと思ってた。だけど、いつ頃からだろう、シンジが側に居ないと、とても不安に思うようになったの」

「エヴァに乗っていて、ピンチになっても、心のどこかで、シンジがあたしを助けてくれる。無意識にそう思うようになったわ」

「でもそのとき、あんたの心は確かにファーストに向いていたわ」
「それは・・・」

「そして、あんたもあたしも、傷つけ合ってた時期があったわよね。お互い、本当に憎み合ってた。覚えてる?」
「覚えているよ」

「それなのに、シンジに殺されそうになったあの時、あたし、実は、怖くなかった。ああ、シンジに殺されるんだ、と思っただけだった。なぜか、死にたくない、とは、思わなかった」

「おかしいでしょ。殺されかけてるのに。あんたの、憎しみを受け止めたい、って思ったのかしら」

「だから、あんたがあたしを殺せなかったとき、あんたが一番傷つくようなお返しをしてあげたかったの。もっと、あたしを憎んでもらえるように。もっとあたしを見てもらえるように」

「憎しみでもよかった。やっと、あたしを真っ直ぐ見つめていてくれたら。ファーストでなく、あたしを」

「そう、あんたはあたしに向き合ってくれた。愛情も、憎悪も、あたしに向けてくれた。だから、あたしは帰ってこれたの」

「あたしは帰ってきたの。平和な日常に。だから、今度こそ、もっと真っ直ぐに、あんたを見ていたいの」

「僕はアスカが大好きだよ!僕にはアスカが必要なんだよ!」
感極まったシンジが、叫んだ。
「シンジ!」
アスカがシンジに飛びついた。

それはアスカが思い描いていたような、甘い、大人の抱擁ではなく、
二人とも鼻水と涙で顔をぐちゃぐちゃにした、感情の赴くがままの抱擁ではあったけれど。

長い長いキスの後。

「言っとくけど、あんたから告白したんだからね」
「うん」
「・・じゃあ、その証を見せてよ!」
「証って・・」
「あたしを他の男に、永遠に取られないようにするには、どうするの?」
「け、結婚したい・・です」
「その言葉に二言はないわね!」
「はい!」
「じゃあ、もう一回。ちゃんと、プロポーズして」
「・・アスカ、僕と結婚してください!」
「ええ、いいわよ!シンジ。大事にしてね!」
アスカは、満面の笑みで答えた。

「へへへ、聞いちゃった」
「ミ、ミサト!いつからそこに!」
「え〜っと、『僕はアスカが大好きだ』、のちょっち前くらいから、かな」
顔を赤らめる二人。

「おめでたいことで。これは早速、碇司令にも報告しとかなくちゃね」
シンジは重大な事に気付いた。
あんなアレでも父親は父親である。
「やっぱり、父さんには、きちんと報告するべきだよね、アスカ」
「シンジさえ良ければ」
「ミサトさん。これは僕がやらなきゃいけないことですから」
「シンジ・・ありがとう!」
アスカがシンジに飛びついた。

抱き合う二人を横目で見ながら、ミサトは悪魔の微笑みを浮かべていた。
「ふっ、シナリオ通りね」

ゲンドウの執務室。
入り口で、インターホンに向かって、シンジが父親を呼ぶ。
「父さん、大事な話があるんだ」
「何の用だ。私は忙しい」

つれない返事が返ってきたが、シンジは勇気を奮い起こす。
逃げちゃ駄目だ逃げちゃ駄目だ逃げちゃ駄目だ逃げちゃ駄目だ・・・
「大事な話なんだ。5分でいい!」
「入りたまえ」
冬月の声がして、扉が開いた。

「おお、頑張るじゃん、シンジ君」
ミサトがニヤニヤして、モニタを覗き込んでいる。
リツコの研究室には、多数のモニタが用意され、あらゆる角度からこのやりとりをリアルタイムで見ることができるようになっている。
「覗き見にしちゃあ、手が込みすぎてるけどね」
「うるさいわね!これはNERVの将来を占う大事な実験なのよ!」

だだっぴろい執務室の真中に、ゲンドウがいつものポーズで座っている。寄り添うように、長身の冬月副司令。
圧倒されるような思いを意思の力で押さえ込んで、シンジは叫んだ。

「父さん!」

「僕、アスカと結婚する!」
「ふっ、問題ない」

「へ!?」

あまりにあっさりした答えに、シンジが戸惑う。
「い、いいの?」
「全てはシナリオ通りだ」
「シ、シナリオ?」
「問題ない」

冬月が、計算され尽くしたタイミングでゲンドウに声をかける。
「いくら何でも、早すぎはしないか。二人はまだ15歳だぞ」
「問題ない」
「そうか、確かに、野暮かも知れんな」

「・・父さん、何か、変じゃない?」
「なぜだね、シンジ君」
冬月の脇の下を冷や汗が一筋、伝う。
「シナリオ、って、何だよ!」
「それは・・」
「大体、僕ら、結婚できる年齢じゃないじゃないか!」

「まずいわね・・」
モニタの前で固唾を飲むリツコ。
「人類の運命は、冬月副司令に託されたわ」

「問題ない」
「また、それだ!父さん、本当に僕達のこと、考えてくれているの!」
「い、いや、碇は口下手だから・・」
なぜか狼狽する冬月。
「副司令は関係ありません!」
「うっ・・」
「父さん!父さん!父さん!これは凄く大事なことなんだ!僕ときちんと向き合ってよ!」
「何の用だ。私は忙しい」

「父さん!・・・」

その時、何かがダミーゲンドウの口をつき動かした。

「・・これは誰だ。これは私だ。私は何だ・・・」

「!」
冬月は息を呑む。
「私は自分。この物体が自分。自分を造っている形」
「目に見える私。でも私が私ではない感じ。とても変だ」

「父さん、どうしちゃったんだよ?」
シンジが一歩後退する。

「・・・シンジ・・サードチルドレン・・初号機パイロット・・私の息子・・」
「・・・アスカ・・セカンドチルドレン・・弐号機パイロット・・私の・・娘?」
「そう、そうだよ!アスカが、父さんの娘になるんだよ!」

「娘・・女の・・子供。私の、子供。子供。家族。私の・・家族ができる?」
「そう、そうだよ!アスカが、父さんの家族になるんだよ!」

「家族・・久しく失われていたもの・・あたたかい・・感じ」
ダミーゲンドウが両手を広げて、シンジを見つめた。

「・・・すまん。こういうときどんな顔をすればいいか判らない・・」
「笑えばいいと思うよ」

「こうか?」

発令所で、暇をかこっていた青葉は、MAGIの発する警報に我に返った。
「アラート!MAGIがパニックに陥っています!」
「カスパーか?どうした!?」
すばやく配置についたオペレータ達。
「何か、こう、イレギュラーな情報が流入して、処理ができなくなってる。新手のウィルスか!」
「司令の執務室は、応答しません!」
「こいつだ!このポートの最後のパケットを拾い上げろ。画像だ、こっちに回せ!」

オペレータ達の注視する中央スクリーンに、何とも形容のしようがない、ゲンドウの満面の笑みが最大限のアップになった。
皆は、ただ、呆然と立ち尽くしていた。

リツコの研究室に冬月が戻ってきた。
「とりあえず、賭けは私達の勝ちね」
「そういうことじゃなくて・・ええっと・・」
「この舞台裏を知ったら、シンジ君は怒るだろうなあ」
今回の事件の共謀者の1人とはいえ、根は善人である冬月がつぶやく。
「・・・」
「・・・」
「とにかく、幸いなことに、MAGI自身も断片的な記録しか保持できていない。私の権限において、本件事態は全てなかったこととする。皆、忘れるんだ。いいな」
「それしか、ないでしょうね」

「ところで、何か・・もう一つ、忘れている気がするのだが・・」

その頃、本物のゲンドウは、リツコの寝屋で1人、いじけていた。

「リツコ君が怖いんだ・・誰か僕を助けてよ・・・」

何も知らない二人が、手に手をとって帰っていく。
「今度は、ドイツのアスカのご両親にも挨拶に行かなきゃね」
「そうね、義理の親とはいえ、大事な親ですもの。あんた、ちゃんとした格好するのよ!」
「制服じゃ駄目かな」
「あんた、馬鹿ぁ、明日、一緒に買いに行くわよ!」

アスカがシンジの腕をとった。シンジが微笑んだ。
「ずっと、一緒に、ね」

おしまい

あとがき

なんだか詰め込みすぎて、収拾がつかなくなってしまいました。
エンディングはかなり悩んでいます。また替えるかも・・・