だって、とってもかっこいいじゃない
スチールギターを斜めに背負ってさ
女の子達はみんな知っている
あいつはイカしたWay Cool Jr.
僕達のバンドは、長いツアーを終えて、休みに入っていた。
休みとは言っても、貧乏暇なしとはよく言ったもので、それぞれに忙しい日々を送っている。
僕とカヲル君はギター雑誌の企画で、教則ビデオを撮影することになっていたし、アスカと綾波は、マネージャーをやってる委員長のコネで、ある有名バンドのトリビュートアルバムに参加していた。
シゲルさんは、昔の仲間のしがらみとかで、とある企画物のレコーディングに借り出されていた。
そんな時、マコトさんの元にも、連絡があったらしい。
「へえ、あのミサトさんが、ね」
ここのところ僕達が根城にしている、とあるライブハウス。開店前の店内は、がらんとしている。
スタジオから帰ってきたらしいシゲルさんが、にやにやしながらマコトさんをからかっている。
「どうしたんですか?」
僕とカヲル君は、打ち合わせから帰ってきたばかりだった。上着を椅子の背にかけて、腰掛けた。
「ああ、ミサトさんからさ、マコトに、2週間だけヘルプしてくれないか、って話があったんだよ」
「ミサトさんって、あの葛城ミサトのことかい?」
「そうか、カヲル君はあんまり知らないんだ。カヲル君の加入前にね、アマチュア時代のミサトさんとは、僕ら、ちょっとだけ同じライブハウスで演ってた時期があるんだよ。というか、この辺りの出身のバンドは、皆そうだけどね」
ミサトさんは、僕達がまだアマチュアだった時代に、折からの女性シンガーのブームに乗ってデビューしていたヴォーカリストで、年はマコトさんより1つか2つ、上のはずだった。今ではしっとりとした歌声の実力派シンガーとして名が通っている。
「シンジ君も知らないことがあるよ。ずっと昔、こいつはミサトさんのバンドに居たんだ」
「おい、シゲル!」
「でさ、こいつ、ミサトさんに惚れちゃって、勢い余って告白したはいいが、玉砕して、それでそこを辞めて、俺と知り合ったわけ」
「ガラスのように繊細な心だったんだね」
カヲル君が笑う。
「でも、またお誘いが来たんでしょう」
「ん、ミサトさんのバンドのドラムスがちょっと怪我したみたいなんだ。一時的なヘルプだよ」
「いや、わからんぞ。元々あそこのドラムス、ソツはないけど、あんまり上手くはないからな。惚れ直すかもよ」
「惚れられたこともないのに、惚れ『直す』っていうのは変じゃないかな」
「カ、カヲル君ってば!」
それでもマコトさんはくじけずに言った。
「・・まあ、久しぶりにミサトさんのお顔を拝めるだけでも、チャンスだと思わなきゃな」
「何、なに、何の相談?」
アスカが帰ってきた。綾波も一緒だった。
「マコトさんのアルバイトの話だよ」
これはカヲル君。
「ミサトさんのところから、お誘いがかかったんだって」
アスカは僕の横の椅子にやってきて、どっかり腰掛けた。
「へえ、たいしたもんじゃない」
アスカは僕の飲んでいたコーヒーのカップを当然のように取り上げて、一口すすった。
「でも・・」
綾波が着ていたコートを丁寧にたたんで、カウンターの所に置きながら言った。
「確かミサトさんって、ギターの加持さんと出来ちゃってたんじゃなかったかしら・・」
とりあえず鞄一つで、指定されたスタジオに、マコトは出かけた。
「あら、ひっさしぶりぃ、元気だった?」
相変わらずハイテンションなミサト。
「ごめんねえ、うちの馬鹿、調子に乗って足首ひねっちゃって。忙しかったんでしょ」
「いえ、丁度ツアー、終わったところでしたから」
「ギャラの話は、あとでウチのマネージャーからさせるから、とりあえず、音、合わせてくれないかな」
「ええ、いいですよ」
スタジオにはベーシストが1人、所在なげに座っているだけだった。
「おはようございます」
「あ、おはようございます」
スタジオに置かれたドラムセットをセッティングにかかる。
スネアの位置が気に入らない。
タムは・・まあ、こんなもんか。
「すいません、ちょっとAの音、下さい」
「あいよ」
ベーシストと共にざっとチューニングを確認する。
マコトは性格上、セッティングにはじっくり時間をかける方だったが、それでもまだメンバーは揃っていない。ミサトのバックバンドはここ数年、メンバーが変わっていないので、スタジオミュージシャンの集まりとはいえ、結構ルーズな雰囲気でやっているようだ。
なんとか納得のいくセッティングが出た辺りで、キーボードがやってきて、更にずいぶん遅れてギタリストがやってきた。
「よお、マコト、久しぶりだな」
長髪を後ろで束ねた無精ひげ。以前と変わらない加持リョウジだった。
ジャムっているうちに演奏は白熱してしまい、ちょっとだけのつもりが、いつの間にか2時間ばかり経過していた。
「腕のほうは錆び付いてないみたいね」
借りたタオルで汗を拭いていると、ミサトが缶ビールを差し出した。充実感あふれる笑顔。綺麗だなあ、マコトは幸福感に浸った。
「車じゃないんでしょ」
「ええ、頂きます」
ビールは冷えていて、格別の味だった。
「じゃ、俺も」
横合いから、ひょいと加持が出てきた。
「駄目よ。帰りはあんたが運転するんでしょ!」
「君が飲まなきゃいいんじゃないか?」
「駄目よ!」
じゃれあう二人の方を見ずに、マコトはじっとビールのプルトップを見詰めていたが、一気に残ったビールを空けた。美味しいけど・・苦いビールだな。
「で、すごすご帰ってきたわけ?」
なぜかアスカがマコトを詰問している。
「アスカちゃんには関係ないだろ」
「何言ってんのよ!バンドのメンバーの恥は即ちアタシの恥だわ!」
「・・・恥、ってことはないんじゃないの?」
シンジがフォローするが、アスカは収まらない。
カヲルとレイはシンジがオタオタする様子をにやにやしながら見ている。
「こうなったら、もう、アタシはアンタの味方よ!あの二人に思い知らせてやるわ!」
「なんだか良くない予感がするんだけど・・・」
「問題は加持さんよね。よし、アタシが加持さんを誘惑して、二人の関係をぶち壊すってのはどう?」
「そんなに上手くいくかな?」
「どういう意味よ!アタシの魅力に参らない男なんていないわ!」
腰に手をやるお得意のポーズで、アスカが吼える。
「勘弁してくれよ・・・」
頭を抱えるマコトをよそに、アスカは1人で盛り上がっていた。
「そういえば、アスカも、昔、加持さんに憧れてたんだよね・・・」
ヒカリに聞いたことがある。シンジ達と出会う前のアスカは、加持の居たバンドの熱心なファンだった、ということだった。シンジは複雑な表情だ。
「まずは敵情視察よ!」
というわけで、早速、シンジとアスカはミサトさん達の出演するライブハウスに潜り込んだ。
マコトのカウントでステージは始まった。
さすがにベテラン達だけあって、渋くまとまった音だった。マコトは、このバンドの色に合わせて、手数を抑えた、タメの利いたドラミングを披露している。
「へえ、さすが。マコトさんって、こんな音も出せるんだ」
加持はタバコを咥えながら、テレキャスターのカッティングをさらっと決める。スタジオミュージシャンに転ずる以前の、シンジが良く知っていた技巧的なスタイルは影をひそめているが、深みのあるブルージーなフレーズが見事に決まっている。大人の風格というか、なにしろ格好いい。
そこに艶かしいミサトのヴォーカルが絡み合う。昔のような露出過剰気味の衣装ではないが、何倍も色っぽい。
シンジ達はいつの間にか、ステージに引き込まれてしまっていた。
2回のアンコールが終わって、客電が点いた。
「アタシを誰だと思ってんのよ!」
制止する店員を怒鳴りつけて、アスカは強引に楽屋に入り込んだ。あわててシンジもついていく。
「加持さん、かっこよかったですうう!」
アスカが、目をうるうる潤ませて、タオルで汗をぬぐっている加持さんに声をかけた。
「おっ、アスカちゃんか、久しぶり。マコトの応援か?」
「いえ、もう、加持さんだけを見てましたぁ・・」
もうアスカの目は、恋する乙女の目だった。
「あ、あの、アスカ?」
「何よ!うるさいわね!」
シンジは気が気ではない。
「アスカ、久しぶりじゃない」
加持にかぶりつかんばかりになっているアスカに、冷ややかなミサトの声。
「あらぁ、いらしたの、ミサト『大』先輩」
敵意のこもった視線が交錯する。
「アスカってば、もう帰ろうよ」
「邪魔よ!アンタは勝手に帰ってなさい!」
「・・・ひどいや、アスカ」
「なんだか変なことになっちゃったね」
シンジとマコトが、とぼとぼ二人で帰っていく。駅までの道のりが遠い。
「ま、明日も見に来てよ。明日、ビデオ取りは夕方までなんだろ」
「ええ・・・なるべくそうします」
次の日のシンジは散々だった。
たった15分の素材を撮影するのに、失敗続きで延々と時間ばかりが過ぎていく。
相変わらずカヲルはマイペースだが、まわりのスタッフのイライラがシンジにも伝わってきて、それがまたプレッシャーになってシンジはとちりまくった。やっとの思いでOKテイクが撮れた時には、もう日もとっぷりと暮れていた。
あわててライブハウスに駆けつけた。
演奏はもう始まっていたが、アスカは最前列に陣取って、加持に声援を送っていた。
恐る恐るシンジが楽屋を覗くと、ミサトが強張った表情でシンジを呼んだ。
「ちょっと、シンちゃん、あれ、何とかしなさいよ!アンタが飼い主なんでしょ!」
見ると、アスカは加持にじゃれついて離れない。
「まったく、アイツもアイツだわ!鼻の下伸ばして!全く!」
ふと、ミサトがシンジを見た。
シンジの、まるで捨てられた子犬のように、情けなくアスカを見つめる姿を見て、よこしまな何かがミサトの心に芽生えた。
「彼女もあの調子だし、どう、今夜はお姉さんとちょっと飲まない?」
色っぽい流し目で、ミサトが悪戯っぽく言う。わざと胸の谷間を強調するポーズ。
・・・ええっと・・・あの・・・その・・・アスカさん?・・・なんだか違うものが釣れちゃったみたいなんですけど・・・
「マコトさんも呼んでいいですか?」
「だ〜め。ふ・た・り・で、って言っているでしょ」
前世の因縁か、なぜか逆らえず、シンジはミサトに引きずられて行った。
彼女の「飲む」は文字通り「飲む」という意味だった。質実剛健な感じのする居酒屋の席につくなり、ミサトはピッチャーでビールを頼んだ。アルバイトが目を丸くしている。
「大体ね、アンタがしっかりしないから駄目なんじゃない」
「はあ、すいません」
ミサトはがんがん飲んだ。シンジはミサトのジョッキにビールを注ぐのに忙しい。
「それにしても、アイツもアイツよね。若い女の子となると見境ないんだから」
「昔からそうでしたもんね」
「何ですって?」
「いえ、すいません・・・」
酔いも回った頃、シンジは、おずおずと切り出した。
「ミサトさんは・・マコトさんのこと、どう思っているんですか?」
「なあに?日向君を引き抜かれそうで心配?」
人心地ついたのか、ミサトにも余裕が出てきたようだ。
「いえ、マコトさんさえ良ければ、それはそれでしょうがないと思いますけど・・」
「じゃあ、何が聞きたいの?」
「マコトさんは、まだミサトさんのことが好きなんですよ、多分」
「判ってるわ」
「じゃあ、なぜ、わざわざ呼んだりしたんです?」
「・・・日向君はね、私が初めて結成したバンドのオリジナルメンバーだったわ」
「彼の音を聞いてると、あの頃の自分に戻れるような気がする」
「でもね、それは多分、男と女、ってことじゃなくて、同じ時間を共有した人間だけが持つ、そうね、絆ってものかも知れないわね」
「絆、ですか」
「シンちゃん達にもあるんじゃないの、そんな、絆」
「うちは寄り合い所帯ですから・・」
「そんなこと、関係ないわよ」
ミサトはビールのジョッキを傾けた。何か、もの思いにふける表情。シンジも、なぜだかアスカに初めて出合った頃のことを思い出した。
「・・何だか白けちゃったわね。出ましょうか」
財布を出そうとするシンジを制して、ミサトがお勘定を払った。とはいえ、飲んだ量で言えば、圧倒的にミサトが多かったのだが。
居酒屋を出たところで、アスカを背負った加持と鉢合わせした。
「ア、アンタ、何やってんのよ!」
ミサトが怒髪天を突く勢いだ。
「え、あ、その・・・アスカちゃん、酔っ払っちゃったから・・ちょっと・・」
「こ、こ、こ、この浮気者!女の敵!女たらし!よくも、よくも、まあ、いけしゃあしゃあと・・」
「君こそ、そんな、若いツバメ捕まえちゃって・・」
「こ、これは関係なぁい!」
「アスカぁぁぁ!」
おろおろしたシンジの様子に、加持が気付いた。アスカをそっと下ろして、シンジに背負わせた。
そして、とりなすように言った。
「心配要らないよ。アスカちゃん、酔っ払ってからはのろけ話ばっかりだったから。シンジ、シンジ、ってね。さすがの俺でも、そんな状態じゃ、ね」
「それは言い訳?じっくり話、聞かせてもらおうじゃないの」
「い、痛いって、痛いって」
加持の耳を引っ張って、ミサトさんはずんずん歩き出した。
それでも一瞬、加持はシンジに振り返り、微笑んだ。
「アスカちゃん、大事にしなよ」
シンジはアスカの重みを背中に感じながら、ネオンの消えつつある夜道を歩いていた。
「シンジ?」
シンジの背中で、アスカが呟いた。
「目、覚めた?」
「シンジ、何でアタシ・・・」
「よくわかんないんだけど、加持さんがアスカをおぶって歩いているところに鉢合わせしちゃったんだよ」
「あ、加持さん、どうしたんだろ」
「ミサトさんが怒って、引っ張っていったよ」
「・・あの年増、余計なことを」
「ねえアスカ、加持さんと飲んでたんだろ、どうだった?」
ちょっと意地悪がしたくなって、シンジは尋ねた。
「そりゃ、素敵だったわよ!誰かさんと違って、大人だし。そりゃいいムードだったのよ」
「へえ、そりゃ良かったね」
シンジはくすくす笑った。
「何よ、アンタ、ちっとも妬かないのね。つまんない男ね!」
「アスカのこと、信じてるからね」
アスカの表情は見えなかったが、アスカは一瞬固まって、それから微笑んだはずだ。ふわっとした気配が背中に広がるのを感じる。
「よし。今の答えは良かったぞ」
アスカは体を伸ばして、シンジの頬にキスをした。
ちょっとアルコール臭かったけど、アスカの髪の香りがシンジに届いた。シンジは、それだけでもう、充たされた気分になれた。
「・・・でも、ちょっと待ちなさいよ」
「え?」
「なんでミサトがその場所にいたのよ」
こういう時のアスカはやけに鋭い。
「アタシと加持さんがいて、シンジとミサトが居たってことは・・・」
シンジの脇を冷や汗が一筋伝う。
「アンタ、ミサトと二人っきりで、一体何やってたのよ!」
「アスカ、暴れないで・・・」
「黙んなさい!この浮気者!」
アスカは後ろからシンジの首を締めた。
「白状しなさい!何やってたのよ!」
「アスカ、苦しい、苦しい・・・」
翌日。
「そうか、絆、って言ってくれたんだ」
顔を絆創膏だらけにしたシンジが昨日の顛末をマコトに語っている。アスカはそのシンジの隣で、そっぽを向いて座っている。
「そんなことで騙されてちゃ駄目よ!あの女、油断も隙もあったもんじゃないんだから!」
「まあ、そう言ってくれるなよ」
マコトは席を立った。
「今日はちょっと遠い場所なんで、早めに出なきゃいけないんだ」
「じゃ、機材車で送っていきましょうか?」
シンジは気をきかせたつもりだったが、シゲルが遮った。
「じゃ、気をつけてな」
「ああ」
マコトが出て行ってから、シゲルは言った。
「1人になりたい時もあるのさ」
休暇は終わった。僕達のバンドは活動を再開した。
「みんな、用意はいい?帰ってきたわよ!」
アスカのMCで、久しぶりのステージが始まった。湧き上がる歓声。
マコトさんのカウントが入る。僕の鳴らすコードの中から、カヲル君のリードが浮かび上がり、そのまま音の階段を駆け上がっていく。シゲルさんが絶妙のタイミングでリズムを紡ぎ出し、マコトさんのハイハットがきらめく。
「1、2、3、GO!」
アスカと綾波が歌い出した。ライトがまぶしい。
絆、って言われてもよく判らないけど。
一瞬、アスカが振り返った。
僕も微笑を返す。
まあ、いいや。
とりあえず、今、やれるだけのことを、やろう。
考えるのは、それからでも遅くないだろう。
ねえ、アスカ。
おしまい
Helter Skelterの続編希望をいただいた皆様、どうもありがとうございました。Helter Skelterシリーズ第4弾、Way Cool Jr.でございます。
このシリーズでは、シンジ、カヲル、アスカ達は同じ年齢、シゲル、マコトがその2〜3歳上くらい。で、ミサトと加持はそのちょっと上という設定になってまして、アニメ本編より年齢差が縮まってます。しかし、それでも最初の設定のままではどうしても年齢が高くなりすぎるので、Helter Skelter本編の方も、ほんの少しだけいじって、辻褄を合わせています。
それにしても、レイは不遇ですね。もっと登場させたいんですけど、僕にはどうやっても上手く描けないんですよ。