ハニー!
僕がそうさ
君の愛する僕さ
なんでこんなことになっちゃったのかなあ。
シンジは独りつぶやいた。
サードインパクトの後、解体の危機に瀕したNERVだったが、それでもぐだぐだ存続しつづけた。
設立根拠となっている法律が改正されずそのままになっているので、お役所的には今も何も変わらない。お役所仕事万歳、という奴だ。政治的にはいろいろあって、副司令をはじめとする上層部はその駆け引きに奔走しているみたいだが、そのあたりはよく判らない。
言えるのは、技術部に暇を与えるとろくなことにならない、ということだ。
「MAGIの技術やら、A10神経接続やら、ダミープラグやらの研究の過程でね」
研究室に呼びつけられたシンジとアスカの前で、リツコが説明を始めた。
「・・どれもこれも平時じゃ許されない、正に悪魔の研究よね」
拳銃で撃たれても復活して来ただけあって、これくらいのことではリツコは全く動じない。
「脳の作用に関して、色々なデータが得られたの。ややこしいことは置くとして、人格のある部分は人為的に変えられるんじゃないか、ってことなの」
「それって、倫理的に問題、ないんですか?」
「なぜ?」
心底不思議そうにリツコは尋ねた。
「世間には自己啓発セミナーみたいに、自分を変える、ってことを売り物にしている団体はそれこそ星の数ほどあるわ」
シンジは、水槽に泳ぐ綾波レイの大群を思い出して、リツコに倫理を説く無駄を悟った。
「とにかく、これはリツコ好みの、かなり・・マッドな装置、ってことね」
怪しげな装置を見上げてつぶやいたアスカに、冷たい一瞥をくれて、リツコは続ける。
「問題は、実際に、人体で実験していないってことなのよね」
アスカとシンジの背筋に冷たいものが走る。
「できれば、色々なデータが沢山蓄積されててて・・特徴的な人格タイプである・・そう、まさにあなたたちチルドレンのような・・」
「あの・・失礼します!」
ドアに向かって突進した二人だが、ドアは目の前で締まった。
白衣のポケットに手を突っ込んだリツコが微笑を浮かべる。
その手にはコントローラーが握られているに違いない。
「あら、まだ話は終わってないのよ」
アスカとシンジは顔を見合わせた。
「まさかあたし達にモルモットになれ、って言ってるんじゃないでしょうね!」
「被験者はとりあえず1人でいいわ」
あっさりとリツコは肯定する。
「つまり、どっちか1人、ってことですよね」
「シンジ、あんたが乗りなさい!」
「な、なんでだよ、アスカこそ、これでおしとやかにしてもらえよ!」
「な、なんですってぇ〜!このかよわい美少女を、リツコの実験の生贄にするつもり?あんた、それでも男?」
「全然かよわくないじゃないか!」
「嫌って言ったら嫌!」
こうなるとシンジに勝ち目はなかった。
そういうわけで、シンジはおかしな装置に括り付けられ、体中に電極を貼り付けられたまま、つぶやいていたのだった。
実験動物から傍観者に。
立場の変わったアスカは、やけに嬉しそうにリツコとデータを見ている。
「ふーん、このD因子ってのはなに?」
「これはDepression。抗うつ性の指標ね。シンジ君の場合、この数値が平均より低いでしょう」
「これは?」
「それはSocial Extraversion。社会的外交性を見る指標よ。彼の場合、極端に低いわね」
「それで・・どういう風に変えるの?」
「そうね。まずこのデータは、シンジ君のシナプス結合をMAGIが解読した結果なんだけど、これを逆算して、指定したとおりになるように、シナプス結合を組替えるわけ」
「男らしくて、自信満々のシンジにもできるわけ?」
「理論上はね」
「それ、面白そう!」
「じゃあ、それでいきましょう」
「じゃあ、この数字は・・これくらい?」
「普通じゃ面白くないわね・・」
「・・そんな勝手な!」
シンジの声は二人には届かない。
「そういえば、どうやってシナプス結合を変えるの?」
「よく聞いてくれたわ。それがこのマシンの最大のミソなのよ。さすがに手間がかかりすぎるから、脳を外科的にいじったりはできないから」
データ入力を終えたリツコが立ち上がり、装置から突き出た、やけに大仰なスイッチレバーに手を掛けた。
「シナプス結合は外的刺激によって変化するの。だから、MAGIで目的のシナプス結合を変更するためのシミュレーションを繰り返して、最適の回数で目的の配列が得られるようにして・・」
「何の回数?」
「痛覚の刺激」
がこん。とスイッチが入った。
そのとたん、装置に括りつけられたシンジが飛び上がるのが見えた。
「があああああああああああああああああああああああああ・・・・・」
体中に貼り付けられた電極が、シンジの痛みの感覚を直接、刺激しているらしい。
「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!」
「で、今回はどれだけ刺激を与えるわけ?」
「約8千万回、ってとこかしら」
リツコは平然と応えた。
「これって、拷問じゃないの?」
アスカは、被験者が自分でなかったことに心の底から感謝した。
全てが終わった後には、すっかり憔悴しきったシンジが残されていた。
シンジは薬で眠らされ、どこからともなくやってきた黒服に、家に連れて帰ってもらった。
翌朝。
アスカはまだ目を覚まさない。
「アスカ、もう起きるんだよ。爽やかな朝だよ」
「・・?」
「アスカ、さあ!」
「・・あんた!勝手にあたしの部屋に入るなって言ったでしょ!」
アスカの怒りをシンジはあっさりかわす。
「おお、これは失礼。でもさ、もう7時30分だよ」
これっぽっちも動じないシンジに、アスカは昨日の出来事を思い出す。
「・・なんか調子、狂うわね」
「おはよう、アスカ、シンジ君!」
「おはよう、委員長。素晴らしい朝だね!」
そこにはヒカリがはじめて見る、シンジのこぼれんばかりの笑顔があった。
朝日に白い歯が、きらりと照り返すのさえ見えるようだ。
「ねえ、シンジ君ったら、どうしちゃったの?」
「・・頭打ったのよ!」
アスカがつっけんどんに応える。
「そういうことにしといて」
改造シンジは、最初こそ皆に気味悪がられたが、その自信あふれる物腰と、それに伴う、真に自信を持つことのできる者だけが持つ優しさで、慣れるに従い、次第に受け入れられた。昼を過ぎるころには、人気は急上昇し、留まるところを知らない勢いである。
「センセ、一体どないしたんや」
「いや、昨日、ちょっとした事があってね。それから世界が何か、変わって見えるようになったんだ。なんて世界は美しいんだろう、ってさ。あ、トウジ、急ごう、次、体育だよ」
「センセ、そないに体育好きやったっけ?」
「いや、そうでもないよ。でも今なら何でもできる気がするんだ」
その言葉どおり、体育のソフトボールでも、好守好打を当然のごとく連発した。
「今までは、正面の球とか、怖いと思ってたんだけど、不思議だね。自信を持って、やれると思ってやれば、なんてこと、なかったんだね」
「それができないから皆苦労するんじゃないか」
ケンスケはため息をついた。
何事にも前向きで素直な改造シンジは、周りに居る人間まで明るい気分にさせる。放課後にはシンジの周りに人の輪ができて、移動するのも一苦労だった。
「参ったわね、こんなに効き目があるなんて」
アスカはなぜか面白くない。
「バカシンジのくせに。調子に乗っちゃってさ!」
なんとなく、自分ひとり置いていかれたような気持ちを覚えた。
「さあ、アスカ、帰ろう」
こぼれんばかりの微笑みを向けて、シンジがやってくる。
「碇君、また明日ね」
「うん、また明日」
クラスメートの女の子は、いちいちシンジにまとわりついては去っていく。
シンジは律儀に笑顔を返す。
「いい!あたしは勝手に帰る!」
アスカは独りで駆け出した。
アスカは独りで商店街をぶらついて、それにも飽きてゲームセンターへ行った。格闘ゲームで延々遊んだけれど、気持ちは晴れない。
「何やってんだろ。馬鹿みたい。あたしって」
家に帰ると、シンジがいつものように夕食の支度をしていた。
「寄り道、してたのかい?遅いから心配したよ」
あえて問い詰めようとはしない、寛容なシンジの物腰。
「うるさい!馬鹿!あっち行きなさいよ!」
「ご機嫌斜めだね」
こんな状況であるにも関わらず、改造シンジスマイルが炸裂する。きらりん。白い歯がこぼれる。
目が合ってしまったアスカは、どぎまぎする。
シンジはアスカの顔の正面で、アスカの顔を見つめて。
「怒った顔も可愛いよ」
歯の浮くようなセリフを恥ずかしげもなく吐いた。
「!!!!」
真っ赤になったアスカは、鞄をシンジの顔面に叩きつけて、部屋に戻った。
「何でこんなにどきどきしてるんだろ、あたし・・」
翌日。
わざわざ学校を休んで、アスカはまっすぐにシンジをリツコの研究室に引っ張っていった。
「効果あったってことね」
「見て判んない?」
相変わらずアスカは不機嫌だ。
「まるで生まれ変わったような気分です。全てがポジティブに受け止められるようになりました。そうすると、世界までも僕に優しく微笑みかけてくれるようなんです」
シンジは歌うように言った。暗いリツコの研究室の、そこだけ陽が差したみたいに明るい。
「まるで怪しい通信販売の売り文句ね。この機械を売り出すときには、今のセリフに第三東京市、碇シンジ(仮名)ってつけときなさいよ!」
「よかったじゃない、アスカ。シンジ君がこんなに元気になって。何が不満なの?」
「すいません、リツコさん。アスカは今、戸惑っているだけなんです」
「勘違いもはなはだしいわよ!何であんたのことであたしが戸惑わなきゃいけないのよ!」
「まあ、落ち着いて。そうだ、お茶でも飲もう。僕が淹れてあげるよ」
「もおおおおお我慢ならないわ!」
アスカが机を叩いて叫んだ。
「リツコ!戻してよ!シンジを元に戻してよ!」
「元には戻らないわよ」
「え!?」
「言わなかったかしら?」
リツコは腰掛けた椅子をずらして、足を組んだ。
「シナプス結合って、外界の刺激を受けてどんどん変化していくものなの。だから、昨日、このマシンが作り上げた時点のシナプス結合と、今のシンジ君のそれは、もう違うものになっているの。もちろん、昨日の、加工前のデータは残してあるんだけど・・」
リツコは白衣のポケットからタバコを取り出して、火をつけた。
「それに、このマシンは直接脳をいじくるわけじゃないから。例えて言えば・・そうね、金属を叩き出して、別の形にしたものを、またハンマーでこつこつ叩いて元にもどすような作業になるから、完全に元に戻すというのはそもそも無理なの」
リツコはあさってを向いて紫煙を吐く。完全に他人事である。
「僕としても、あの機械にもう一度乗るのはご免こうむりたいですね」
アスカが爆発した。
「嫌!嫌!嫌ぁ!シンジを、あたしのシンジを返してよ!」
リツコは不思議そうだ。
「どうして?こんなに明るくて、素直で、かっこいいシンジ君になったのに」
「嫌なの・・こんなのシンジじゃない・・」
「僕は僕だよ。碇シンジだよ」
「そりゃあんたはモテモテで気持ちいいでしょうけどね!」
アスカは泣き出した。
「どうしてそうムキになるのかしらねえ、アスカ?」
意地悪い笑みを浮かべて、リツコがアスカに尋ねる。
「・・・」
「別にいいじゃない。他人は他人なんでしょう?」
「・・・」
「シンジ君だけは特別なのかな?」
「・・!」
「わかりました。僕、乗ります」
言葉の出なくなったアスカを優しく見つめていたシンジが言った。
「!」
「完全に元にもどる保証はないわよ」
「でも、大体は、戻るんでしょう?」
「そりゃMAGIの力をもってすれば、近いところまでは」
「リツコさんは言いましたよね、シナプス結合は毎日変わっていくって。だったら、大体のところまででも戻してもらえれば、あとは僕次第ということでしょう」
「そりゃそうだけど・・あなた自身、戻りたいの?あの根の暗い貧弱な自分に」
とてつもなく失礼な事を面と向かって言われているのに、改造シンジには応えないらしい。
「そりゃ、今の状態は健康的だと思いますけど」
「けど?」
「やっぱり・・僕はアスカには弱いんです」
機械に乗り込み、準備を完了したシンジがリツコに尋ねる。
「あのう、これ、麻酔とか、そういうことは考えてないんですか?」
「脳に刺激を与えるのが目的なんだから、そんなことしたら意味ないじゃない」
心の底からあきれた顔でリツコが答える。
心持ち青ざめる改造シンジ。
現金なもので、さっきまで泣きじゃくっていたアスカはデータを見ながら、リツコと相談をしている。
「ねえ、リツコ、あのさ、相談なんだけどさ。せっかくだからちょっとデータをいじって・・」
「元に戻すんじゃないの?」
リツコの耳元にアスカが口を寄せて何事か、ささやいた。
「・・・」
「駄目ね。そこまでは無理だわ」
「ケチ!」
「ま、でも、アスカ、その心配はいらないと思うわ」
作業を続けながら、リツコが思い出したように微笑んだ。
「な、何でよ」
「判らないの?」
リツコが微笑みながらスイッチを入れる。
がこん!
「うがあああああああああああああああああああああああああああ!」
「全く。鈍いのは、アスカ、あなたも同じ、よ」
シンジの叫び声にかき消されて、その言葉はアスカには届かなかった。
おしまい
子供の頃、好きだった一話完結のTVアニメの雰囲気を出せればなあ、と思っているのですが。
お話をつくるのはやっぱり難しいです。
最初の版は、とある場所に投稿したものです。例によってちまちま修正しています。