Last Rose Of Summer
by しムす
初出(某掲示板):2004/12/05
改訂:2004/12/20

Last Rose Of Summer

8月の柔らかく、永遠の日々を過ぎ
影は長く伸び、夕陽は血の色のように深まる
夏の最後の薔薇を、今、君に

もはや少年の面影はなく、逞しく成長したシンジと、少女の頃を過ぎ、美しく成長したアスカは、束の間の逢瀬を果たしていた。
あれから10年近い月日が過ぎていた。

日本にも四季が戻っていた。
夕陽が空を赤く染め、水平線の向こうに沈もうとしている。
二人の影が、浜辺に長く伸びる。

「もう夏も終りね」
アスカが、夕陽の方を向いて言った。彼女の言葉は、たおやかで、慈しみに溢れていた。
「朝晩は、もうずいぶん涼しくなってきたもの」
「そうだね」
シンジは柔らかい微笑を返す。
だが、二人はそれっきり、何も言わずに浜辺を歩いていた。
波が打ち寄せる音だけが聞こえる。

つぶやくように、アスカが言った。
「どうしてもシンジじゃなきゃ、駄目なの?」
「うん。これは僕の問題でもあるから」
肩を寄せ合って歩く二人。浜辺に、二人分の足跡だけが伸びてゆく。

「そろそろ行こうか」
「・・ええ」
二人は、元来た道を戻り始めた。車は廃屋となって久しいらしい農家の前に止めてある。
シンジは、壊れかかった生垣に一輪、小さな花が咲いているのを見つけた。いつかのアスカのような、鮮やかな赤い色だった。
「薔薇だよ」
「・・・独り咲く、夏の最後の薔薇 全ての可愛い仲間は消え去った はにかんだ笑顔を照り返し、ため息をもらし合うべき仲間の薔薇はもういない」
アスカは、ささやくように歌った。寂しげな横顔が、残照に映える。
「アイルランドの歌だっけ?」
アスカはかすかに肯いた。
「まるで私みたい」
「・・・ともに眠れ、その褥に あなたの葉をやさしくかけよう」
シンジもその詩の終わりに近い一節を、節をつけずに呟いた。そして、刺のないところを器用につまんで、その薔薇を手に取り、アスカに差し出した。
「だけど、僕は戻ってくるよ。こんなところで薔薇を朽ちさせたりはしない」
アスカは俯いて、少しだけ、涙ぐんだ。
「受け取ってよ。僕の代わりに。冬が終わって、また一杯薔薇が咲く頃まで」
シンジはやさしくアスカの肩を抱いた。
「待っていてよ、必ず、僕は戻ってくるから」

シンジは帰ってこなかった。

シンジはNERVの研究員兼被験者として、シンジ自身が起こしたサードインパクトのメカニズムの解明に従事していた。アスカはドイツに戻り、やはり研究者としての立場を得ていた。やるべきことは山のようにあった。二人とも仕事に忙殺され、二人で過ごせる時間は短い。年に数度会う事が精一杯だった。
シンジが、初号機と生命の樹に関する危険な実験のため、宇宙に旅立つことに決定したあの時でさえ、アスカが日本にやって来ることが出来たのは、シンジがケープカナベラルに向けて出発する2日前だった。

そして実験は失敗したらしい。

アスカはあの浜辺に座り、冬の海を見詰めている。荒涼とした風景。気まぐれな潮風が、アスカのマフラーを揺らす。
短い休暇をひとり日本で過ごすことが習慣になって、もうどれくらいになるのだろう。
傍らには、あれ以来、片時もその体から離さない、薔薇のドライフラワーの入ったガラスの瓶。
アスカはあの時のシンジの言葉を思い出す。

『僕は、いつまでも君を愛している。
いつか冬が来て、すべてが死に絶えたように見えても、それはただ、眠っているだけなんだ。
春になれば、また薔薇は芽を出す。アスカ、忘れないで。僕らが生きてきた時間のことを』

・・・格好つけちゃって。馬鹿。何回春が来ても戻ってこないで。
・・・見なさいよ、地球は氷河期に近づいているんだって。もう次の春なんか、来ないかも知れないわよ。
・・・いつまで私を待たせるつもりなの。あんた、私を騙したんじゃないでしょうね。
悪態をついていないと、涙が出てきそうだった。

陽は次第に陰り、夕闇があたりを覆い始めた。アスカは後ろ髪を引かれる思いを断ち切って、借りてきた車に戻る。その道すがら、アスカはありえないものを見つけた。シンジがあの日、薔薇を折り取った、その朽ちかけた生垣に、一輪、ぽつんと咲いた小さな花。青い薔薇だった。
「まさか」
青い薔薇なんてものが、この世にあるはずが無い。ましてや、今は冬なのだ。近づいて、よく目を凝らしてみれば、それは青ではなく、薄い紫色だった。

そう、初号機のような紫色だったのだ。

小さなその花は、寒風に耐え、全てが死に絶えたように見える世界でただ一輪、健気に咲いている。モノトーンで覆われた世界の中で、そこにだけある、色彩。
アスカの瞳が潤む。
「・・・帰って・・・きたの?」
小さな花が、折からの潮風に吹かれて・・・揺れた。

「おかえりなさい、愛しい人・・・」
涙が溢れて、止まらない。アスカは、いつまでも、そこに立ち尽くしていた。

Fin

あとがき

ごめんなさい!色々な意味でやっちゃってます。
これの最初の版を、酔っ払って全然違うところに誤爆・投稿したのは私です。
それに、エンディングもアレです・・・でも、こういう純愛モノ、書いてみたかったんです。

このお話が痛いと思った方のために、続編を用意しました。(2005/01/08)