Starship Trooper
第壱話 Why Me?
by しムす
初版:2005/01/22
改訂:-

Why Me?

ヒューストン、聞こえるかい
それとも僕がおかしくなったのか
どうして僕なんだ?

人類補完計画とその失敗は、世間には何の影響も及ぼさなかった。
綾波は、どうもある程度時間を遡って世界を再構築してくれたらしく、世界は再びいつもの退屈な日常に戻ったかに見えた。
この経緯を知るのは、人類補完計画に関わった当事者、つまり僕や父さん達限られた一握りの人間だった。
ジオフロントで開催された秘密会議に無理やり参加させられた僕は、ほとんど会議の内容は理解できなかったものの、SEELEと呼ばれる団体の人達が、父さん達を使って人類補完計画を実行しようとしたこと、そして人類補完計画は発動されて、SEELEの人たちはどうやらLCLの海に満足して帰っていったこと、そして、一つ、大きな問題が残ったことを察した。そう、初号機の問題だった。

初号機は、なぜか生命の樹という得体の知れない何かに姿を変え、明確な敵意を持って人類を滅ぼそうとした。
だが、不思議なことに、なぜかそれを事前に察知していた父さんは、衛星軌道上に、ありったけの大量殺戮兵器を並べていた。そして、大気の層がどうとか、そういった雑音をきれいさっぱり無視して、接近してきた生命の樹にそれを浴びせ掛けた。どうやら不意をつかれたらしい生命の樹は、火星を回る軌道で傷を癒していたようだったが、地球には火星に届く宇宙船がなかった。やがて、生命の樹は、半年後、再び反撃に転じ、手当たり次第に隕石を地球に投げつけ始めた。

この攻撃に意表をつかれたNERVだったけれど、国連を通じて、とりあえず各国の手持ちの従来型宇宙船を全部動員した。その宇宙船で、石油の採掘屋のチームを次々に打ち上げ、大きな隕石の表面で穴を掘らせ、その穴に埋めた核爆弾で隕石を割って回るという無茶な作戦、通称アルマゲドン作戦を続け、辛くも難局を切り抜けていた。
しかし、隕石を割りつづけていても根本的な解決にはならない。犠牲もまた大きかった。最初に大きな彗星級の隕石を処理したチームのマッチョなリーダーは文字通りお星様になった。ダイハードな彼のことだから、再び復活してアルマゲドン2作戦が企画されるはず、という願いも空しく、彼はどうやら帰ってこなかった。ご都合主義など屁とも思っていない不屈の軍団、「ハリウッド・ヴァンパイア−ズ」ですら、この計画のあまりの無茶さに怖気づいたらしい。

元を断つには、生命の樹をなんとかしなければならない。ここに至り、NERVは国連宇宙軍と名前を変えて再編成された。司令官は引き続き父さんが務めることになった。
父さんは、とりあえず九州の沖に沈んでいた旧日本軍の戦艦にS2機関を積み込んで、不死身の宇宙戦艦に仕立て上げた。波動エンジンでないのが残念だ、と父さんがつぶやいたのを確かに聞いた気がするが、僕にはその意味は判らなかった。
宇宙戦艦は激戦の末、ついに生命の樹を火星表面に撃墜することに成功した。その顛末は映画化され、大ヒットしたが、しかし、それは一時的成功にしか過ぎなかった。気をよくした父さんは、今度は大西洋に沈んだ豪華客船を宇宙戦艦に再生して今度こそ息の根を止めようとしたが、さすがに同じ手は2度と通用しないだろう、という常識的な意見に珍しく屈した。実は、後から武装を載せる余地がないことに気付いたのが真相だと言うのは、最高機密となっている。

宇宙で戦争は続いていたけれど、僕らの日常は、あまり変わり映えのしないものだった。
アスカが、あの日、何を見たのか、僕には判らない。とにかくアスカは、還ってきた。僕達の間には色々あったけれど、精神崩壊はほぼ治癒し、中学を卒業する頃にはすっかり元のアスカに戻っていた。きりのいいところでドイツに帰る、とか言っていたくせに、なぜか僕達と同じ高校に進み、今までどおり、ミサトさんの庇護の元、コンフォート17マンションで同居しつつ、普通に高校生活を送っていた。
本人によると、ドイツで味わい損ねたモラトリアムというものを満喫するのだ、ということだった。アスカは相変わらず、僕にとって謎でありつづけた。

旧NERVの研究部門が独立した国連人類進化研究所。僕とアスカは高校に通いながら、そこで継続されていた実験の被験者として、そのプロジェクトに中途半端に関わっていた。乗るべき機体を失った僕らはもうパイロットではなかった。
ミサトさんや日向さん、青葉さんといった面々は、国連宇宙軍の所属となっていたけれど、ジオフロントがそのまま国連宇宙軍の司令部になってしまっているので、僕らにとっては今までと何の変わりも無かった。人類進化研究所にしてからが、今までの経緯から国連宇宙軍の傘下組織と位置付けられていたので、なおのことだった。
初号機というか、生命の樹との戦いに、S2機関を搭載したエヴァシリーズを投入することが検討された時期もあったが、旧NERV首脳部はそれに強硬に反対した。エヴァが何機も集まって、初号機とコンタクトしようものなら、再び人類補完計画が起動してしまう。外部に向けては、サードインパクトが起こる、と説明していたけれど、要するにそういうことだった。
だから、エヴァに関するすべて、即ち僕らや僕らのデータは、起こってしまったことに対する研究のためのものに成り下がり、今の地球にあっては、もはや最優先事項でも何でもなくなってしまっていた。

僕達はそろそろ高校の卒業を間近に控えていたけれど、進路のことなんて、全く考えていなかった。いや、一応、大学に進むべく、普通に受験勉強はしていたけれど、大学のどんな学部に入って、何を学んで、なんていう計画は一切持って居なかった。相変わらず流れに掉ささず、無難に低い方に流れていたと言うべきなんだろう。

そんなある日。僕は下校途中、近道をしようとして、公園を横切って家に帰る途中だった。

「あんたなんかがこのアタシに釣り合うとでも思ってるの!」

アスカの怒鳴り声がした。
「このアタシに告白しようなんて、100年早いわよ!」
「こんなモノ要らないから、とっととどっか行きなさいよ!」
僕は思わず首を竦めた。紛れもなく、アスカの声だった。声のした方向を見ると、木立の影で、アスカと、制服を着た同年代の男が立っていた。アスカは怒鳴るだけ怒鳴ると、身を翻して去っていった。残された男は、気の毒なくらい悄然と、その場に立ち尽くしていた。

風が吹き抜ける。男は、そのうち、がっくりとうなだれて、とぼとぼと歩き去った。
見たことのない男だった。その後姿を見送りながら、僕の胸の内には、複雑な思いが交錯した。
「アスカって、僕の知らない男から告白されるくらい、人気があるんだ。そりゃ、そうだよな・・・」
アスカって、そんなにモテるんだ、という実感。突然、アスカが手の届かない人のように感じられた。
「でも、アスカも、あそこまで言わなくてもいいのに」
勇気を振り絞った結果であろう告白が、最悪の結末を迎えてしまった男に対するシンパシー。そのくせ、アスカがすげなくその男を振ったことに対する安堵感。
「あれ、僕は何を考えているんだろう・・・」

買い物を済ませて帰ると、予想通りアスカはご機嫌斜めだった。
「何してたのよ、アンタ!遅いじゃないのよ!」
僕は、怒鳴られているのにも関わらず、安堵感に包まれる。さっきまでの心のもやもやは嘘のように晴れた。
「何笑ってるのよ!気味悪いわね!」
「何でもないよ」
「今日は見たいTVがあるんだからね、さっさと晩御飯、作りなさいよ!」
「はいはい、ちょっと待ってね」
「変な奴!」
流しっぱなしのTVから、いつもの宇宙軍のコマーシャルのテーマミュージックが聞こえる。
「宇宙軍は勇気ある君たちの志願を待っている!いざ、宇宙へ!」
僕は皿を並べながら、気が付いたら、無意識のうちに、そのテーマソングの鼻歌を歌っていた。

宇宙軍は、旧国連軍の要員を中心に編成されていた。宇宙艦の運行を主任務とする通称「海軍」には、従来の海軍、空軍の人達が割り当てられており、それとは別に従来の強襲上陸を専門とする海兵隊を中心に編成された機動歩兵の部隊があった。いずれも急激に拡張されつつあるため、常に要員の不足に悩んでおり、このごろは至るところで志願兵募集のコマーシャルを流していた。加えて、宇宙軍の軍人には、政治上の様々な特典の大盤振る舞いがされていたが、ここのところ火星上で苛烈な戦闘が続いており、補充は追いついていないらしい。

翌日。
「今日はアタシ、帰り、遅くなるから。晩御飯、先に食べてて」
登校中にアスカに言われて、僕の心臓はどくん、と大きな鼓動を打った。
「え・・・どうしたの?」
「アンタには関係ないでしょ!」
「そうだね・・・」
僕は無意識に頬の筋肉に力を入れて、微笑みを作る。もう条件反射のようになった動作。アスカは、向こうにヒカリ達の姿を見つけて、手を振っている。僕の視界には靴先と道路だけしか映らない。
授業中も、アスカから目が離れない。僕の知らないアスカ。僕の手の届かないところに居るアスカ。なんだか大げさだってことは判っていたけれど、落ち込んでいく気持ちを止められない。

こういう時に限って、同居している保護者は帰りが遅い。僕が夕食を食べようかどうしようか迷っているうちに、どんどん時間は経っていった。TVでは、火星で敵が大攻勢に出ているというニュースを延々流していた。宇宙軍は増援部隊を投入したらしいけれど、そちらはあっさり返り討ちにあったらしい。どうやらミサトさんが帰ってこれない理由はこれらしいと見当がついた。

そうこうしているうちに、アスカが帰ってきた。僕は子犬のように走って出迎えたい衝動をこらえるのに、苦労する。
食卓の様子を見て、アスカが不思議そうに尋ねた。
「あら、アンタ、先に食べてて、って言ったのに」
「え、あ、いや、僕も遅くなったから・・・」
僕はなぜだか狼狽する。
「いまから料理、温めるから、先にお風呂に入ってなよ」
「じゃ、そうさせてもらうわ。覗くんじゃないわよ!」
「そんなこと、しないよ」
僕は心の底から温かいものに包まれるのを感じる。

布団に入ってからも、考えつづけた。
「何でこんな気持ちにならなきゃいけなんだよ」
「つまり、僕はアスカに、僕の知らないところに行って欲しくない、そばに居て欲しいって、思ってるって事だよな・・・」
「それは、つまり・・・」
昨日の男の背中が、立ち現れる。
『あんたなんかがこのアタシに釣り合うとでも思ってるの!』
アスカの怒鳴り声が僕の頭の中でリフレインした。
そう。アスカは美しい。見てくれだけなら、と揶揄していたこともあったけれど、それでも、その見てくれだけでも充分に価値があった。それに、彼女はとてつもなく優秀だ。14歳までに大学を出て、NERVの正規のパイロットコースを歩んできた、超のつく、常識外れのエリートだ。それに比べると、自分はどうだ。一応パイロットとしては同僚だったし、実績はそれなりだったかも知れない。ただ、それも自分の力ではなく、初号機あっての話だった。アスカはそれでも対抗意識を燃やしていたけれど、本来は相手にもならないくらいの落差があったはずだ。自分がアスカに勝っている所って、どうだろう。それを考えると、自嘲の言葉が口をついて出るのを止められない。
「はは・・・そうだよな・・・僕なんかには資格、ないよな・・・」

悶々としているうちに夜は明けた。いつものように朝食の用意をする僕だが、なぜか、アスカとまともに目を合わせることができない。
「あら、シンちゃん、どうしたの?また喧嘩?」
朝方近くに帰ってきたミサトさんだったけれど、こういうことになると、疲れは関係ないらしい。いつも通り、やけに鋭い。
「え?いや、何でもないですよ?」
しどろもどろになる僕。
アスカは訳もわからずきょとんとしている。
「ふうん、そうなの」
ミサトはさんは僕らを交互に見比べていたが、
「ふん、まあ、いいわ」
とだけ言った。

火星軌道をめぐっていた宇宙艦隊の母艦は、今回の作戦のため増援として降下させた機動歩兵部隊の全滅を確認した。機動歩兵部隊は、指揮官自らも陣頭指揮を取ることを名誉としていたため、生存した機動歩兵は、体調不良のため降下禁止指定を受けていた5名のみ。損耗率を計算する必要もない。宇宙軍は、宝石よりも貴重な、歴戦の連隊を、その幹部もろとも永遠に失ったのだ。母艦の艦長は、火星に向けて敬礼して、艦隊を月軌道に向けた。火星の拠点の維持すら怪しくなってきた。長い戦いになりそうだった。

学校への道すがら、僕はアスカにまともに接することが出来ない。
「・・・・でさ、そろそろ進路についても考えなきゃと思うの・・・・って、聞いてる?」
「うん」
僕は、顔も向けずに相変わらず下を向いたまま。進路と言っても、ピンとこない。まあ、今の状態で受験をしても、アスカならこの国の最難関大学にだって入れるだろう。それすら、彼女にとっては意味の無いことだと言うのに、自分には、到底そのレベルの大学に受かる気がしなかったから、ますます気が滅入った。
「何よ、大事な話をしてるのに!あんた!あたしを無視するつもりなの!」
「いや・・・そんなこと・・・ないよ」
「今朝から何か変なのよね、アンタ」
「別に・・・」
アスカに構ってもらえることが、心の底では嬉しくて、ずっとずっと罵っていて欲しかった。だから、アスカが僕の態度に腹を立てているのはよく判っているけれど、止められない。もっと困らせたい。自分でも、馬鹿げているとは思うけれど、どうにもこうにもならない。
「いらいらするわね、もう!」
「あ、アスカ、僕、忘れ物したから、先に行ってて」
僕はアスカの返事も待たずに今きた道を駆け出した。
「何よ!このバカシンジ!」
アスカは僕の背中に叫んだが、もう僕は振り返らなかった。僕はアスカが追ってきてくれるのを期待してたのだろうか。もう自分でもよく判らなくなってしまった。僕は、本当に、馬鹿だ。

今朝の一件で、ますます僕は身の置き所がなくなった。
「はあ、普通にすればいいだけなのに、どうしてこうなっちゃうんだろう・・・」
昼休みになった。僕はグラウンド脇の木陰で、ひとり膝をかかえて座り込んだ。
「もういいや。もう何もかも嫌になっちゃった。もうどうでもいいや・・・」

教室から、そんなシンジの様子をアスカはじっと見詰めていた。
「何やってんだろ、あのバカ・・・」
その様子に、ヒカリがアスカの視線の先を追う。
「一体、どうしちゃったの?シンジ君。落ち込んでるみたいだけど」
「何でアタシに聞くのよ!」
慌ててアスカは、シンジから視線を外したけれど、顔に血が集まってくるのを感じる。
「だって、アスカが一番良く知ってる筈じゃない」
「・・・アタシにも判んないのよ。今朝から変だったんだけど」
「また、アスカ、何かしたんじゃないの?」
「そ、そんなわけないでしょ!」
「ははあ、朝から、アスカが何となく落ち着かなかったのもこのせいだったのね」
「何を言ってんのよ!関係ないわよ!バカシンジのことなんか!」
「早めになんとかしなさいよ」
「な・・・」
いつの間にか、シンジは居なくなっていた。

ジオフロントの、国連宇宙軍総司令官執務室。碇ゲンドウ司令官は、冬月副司令と共に、配下の青葉中尉から、報告を聞いている。
「第2機動歩兵師団第211連隊は全滅しました。軌道上の母船によれば、蜘蛛型の生命体が地下より現れ、降下した直後の機動歩兵達を急襲したようです。記録はパニックに陥った兵士達の叫びの断片ばかりです。基地のほうは相変わらず、圧倒的に優勢な敵の攻撃に晒されており、陥落も時間の問題です」
「むう、基地が陥ちると、軌道上での作戦にも支障が出てきかねないぞ」
冬月副司令の憂色は濃い。なにしろ敵の出方がわからない。
「厄介だな。位置すら掴ませるつもりはないということだな」
それでも、ゲンドウは何か楽しそうだった。

同じ頃、コンフォート17マンションの一室で。
「ちょっと、アンタ、どういうつもりなの!」
まっすぐ帰宅したらしいアスカが、僕の部屋にずかずかと入ってきた。僕はそれを咎める気力もなく、ただ座り込んでいたが、アスカは僕の襟首を掴んで、僕をリビングルームに引きずり出した。
「何でもないよ、放っておいてくれよ」
この期に及んでも、僕はアスカに顔向けできない。アスカの顔なんか、見るものか。変に意地になってしまう。
「このアタシを無視しようとは、いい根性だわ!訳をいいなさいよ!」
「アスカには関係ないだろ!」
あいかわらずあさっての方向を向いたまま、僕は答える。
「関係ない・・・って、関係あるでしょ!」
「うるさいな!放っておいてくれって言ってるだろ!」

いきなり、静かになった。諦めたのかな、と思った瞬間。
視界が一瞬、赤く染まった。ビンタが僕の頬に炸裂したのだ。
「何よ!このバカシンジ!」
「・・・何でアタシがアンタの心配なんかしなくちゃいけないのよ!」
それこそ余計なお世話だったのだけれど、僕の心は掻き乱されて、まるっきりこの事態に対応できない。なぜだか、アスカの瞳が揺れているのが見える。何で?何で?疑問符ばかりが脳内を飛び交う。
「アンタなんか、居なくなればいいのよ!」
言うや否や、きびすを返したアスカは制服のまま走って家を出て行ってしまった。後には訳の判らなくなった僕が取り残された。
「あれ?何でこうなっちゃうんだろう・・・」

とにかく追いかけないと。何かアスカを怒らせたことは間違いないし。
我に返った僕は家を飛び出した。
既にアスカの姿は見えない。アスカの行きそうなところは・・・
闇雲にアスカの姿を探すうちに、あの高台にたどり着いた。
以前にもこんなことがあったことを思い出した。あそこだ、僕には確信があった。

思ったとおり、そのベンチに、俯いたアスカが座っていた。どうしようか・・・逡巡したけれど、結局僕は、アスカの隣に、腰を降ろした。
「ごめん」
「何がよ!」
アスカは取り付く島もない。
ビル群をバックに、夕日が沈んでいく。僕はしばらくそれを見詰めていた。空は見る見る色を変えていく。

「実は、さ」
「何よ」
「アスカが、公園で、誰かしらに怒鳴ってるのが聞こえたんだ」
「・・・え?」
アスカが顔を上げた。
「それを聞いてさ、僕は・・・僕はどうなんだろう、アスカに釣り合うんだろうか、なんてさ・・・」
僕は、この期に及んでまだ夕日を見詰めたままだったが、じれてしまって、ふとアスカの顔を見た。

僕を見詰めていたアスカと目が合った。
泣き濡れた、青い目。
その目からどんな感情を読み取るべきなのか、人生経験の浅い僕には判断がつかなかった。
ただ、今まで見た中でも、一番か二番目かくらいの、可愛い表情だった。心臓がせり上がってくる感触。だめだよ、これ、反則じゃないか。

真っ赤になって再びそっぽを向いた僕の右手に、アスカの手が重なった。驚いてそちらを見た僕の目に映ったのは、しかし、いつもの勝気なアスカだった。

「盗み聞きしてたってことね」
「いや、その、だって、あんな大きな声で・・・」
「それで・・・拗ねてたわけだ」
「拗ねてた、ってわけじゃ・・・」
「拗ねるって以外に、どんな表現があるのよ。このバカシンジ!」

「まあ、いいわ。アンタにしちゃ、上出来だわ」
すっかり機嫌を直したらしいアスカが、いつもの調子で言った。
「実はね、私ね、宇宙軍のパイロットに志願しようと思うの」
「はあ?」
宇宙軍の中でも、宇宙艦を操縦する兵科であるパイロットは人気の的だった。今、宇宙軍は大量の宇宙艦を軌道上で建造していた。
「アタシって、今、国籍はアメリカだわ、義理の親はドイツだわで、色々ややこしいのよね。それが、正式に軍人になれば、一切合財解決するわけ。今、宇宙軍人は特別国籍になるのは知ってるでしょ」
「それって、でも」
「もともと私はNERVのパイロットだったわけだし、よく考えたら、別に軍人になっても状況は何にも変わらないってことに気付いたの。それで、今、色々手続きの準備をしているの」
「じゃ、今のままでもいいじゃないか」
「今のアタシ達って、国連軍から見ると、人類進化研究所にぶら下がった、軍属の扱いになってるのよね。特殊な民間人。このまま宙ぶらりんじゃ、かえってみんな困っちゃうわよ。それに、今度こそ、今までの自分をさっぱりリセットして、一から、自分の力で、自分の居場所を見つけてみたいの」
「でも、訓練とか、大変じゃない?」
「今までだって、そうだったじゃない。大丈夫よ。それに・・・」
なぜかアスカはそこで一旦言葉を切って、僕の瞳を覗き込むようにして、続けた。
「アンタも、当然、一緒に志願してくれるわよね」

そういうわけで、僕は宇宙軍を志願することになった。
兵科は、2日に渡る厳密な適性検査の結果振り分けられることになっている。アスカは、そのずば抜けた数学的センスを評価されて、最難関ではあったが、希望通り宇宙軍パイロット養成コースに進むことになった。彼女の場合、最短6ヶ月で少尉として任官することになる。
しかし、僕の適性評価の結果は・・・

「整列!豚ども、整列だ!」

「私が訓練教官のズイム軍曹である!」
彼の手に握られた柄のついた棒が、ひゅん、と音をさせて空を切った。
「話しかけられたとき以外は口を開くな!」
「そして、その汚い口でクソをする、その前と後ろに、必ずサーと言え!判ったか!ウジ虫ども!」
「サー、イエス、サー!」
僕は半分、やけになって叫んだ。
「ふざけるな!もっと大声を出せ!玉なしども!」
「サー、イエス、サー!」
整列した僕達の前を軍曹の階級章をつけた小男がゆっくり歩く。胸には髑髏の徽章。

「貴様らが俺の訓練に生き残れたら、各人は晴れて二等兵となる。国連の作戦行動を支える、地獄の軍団の一員だ。だが、その日まではウジ虫だ!ゾウリムシだ!宇宙で最下等の生命体だ!貴様らは人間ではない!犬のクソをかき集めただけの値打ちすらない!」
「俺の使命は、役立たずを放り出すことだ!俺の愛する機動歩兵の害虫を!分かったか、ゾウリムシども!」
「サー、イエス、サー!」
「全然聞こえん!腹から声を出さんか!」
「サー、イエス、サー!」

・・・僕の配属されたのは、泣く子も黙る宇宙の荒くれ、生身一つを武器にして、命を捨てて戦う特攻野郎、狂気と矛盾と暴力に充ちたマッチョで単細胞なナイスガイが織り成す人の石垣・肉の壁、僕には全く遠くて縁のなさそうな形容詞が地平線の彼方まで続いていきそうな、スターシップ・トゥルーパーズ、よりによって機動歩兵科だった・・・

「なんでこうなっちゃうわけ!ねえ、どういうつもりよ!」
自分自身の入営を明日に控えたアスカがミサトに詰め寄っている。
「シンジの適性評価なら、パイロットで間違いない、って言ってたじゃないのよ!」
「いえ、なんでも、司令が、この際だから、シンジ君の根性を叩き直した方がいいから、って。これまた親心らしいわ」
「バッカじゃないの!自分の息子の向き不向きもわからないの!」
「司令は元々軍人じゃないし。日向君に、一番キツい兵科はどこ、って尋ねたらしくて。日向君、旧国連軍の海兵隊にも知り合いがいたから、海兵隊を中心に編成された機動歩兵でしょうね、って答えたらしいわ」
「まったく、揃いも揃って・・・どうしてみんな、アタシの邪魔ばっかりするのよ!」
「でも、私は賛成よ。マッチョになったシンジ君ってのも、いいかも」
「この・・・・」
「あ、それからね、アスカ、あなたも明日から宇宙軍所属なんだから、上級者にはちゃんと敬礼しないとね」
ミサトはケケケ、と笑った。そう、これでもミサトは宇宙軍参謀部のエリート軍人、しかも佐官なのだ。軍隊を舐める人間を許すつもりはない。

軍曹が僕の前で立ち止まった。行け、行ってしまえ、という僕の願いも空しく、軍曹は、僕の前に立ち止まり、僕に正対して、尋ねた。
「ほう、チェリーボーイ、貴様、何しにこんなところに来た。ピクニックか?」
泣きそうだった。正直なところ、そんなつもりは全く無かったのだ。教えて欲しいのは僕のほうだ。何かの手違いだ。僕はパイロットになるつもりだったのに。ああ、でも、もう冗談でした、では済みそうにない。
「サー!機動歩兵になるためであります!サー!」
僕は模範解答を叫んだつもりだった。しかし、軍曹は、僕の顔に、その鼻息がかかるところまで顔を近づけて、凄んだ。
「機動歩兵をなめるんじゃねえぞ、このオカマ野郎!ママのおっぱいはここにはないぞ!」
「サー!違います!サー!」
「よろしい。では、生まれてきたことを後悔するくらいシゴイてやる!耳から脳みそがはみ出し、ケツの穴から煙が出るまでシゴき倒してやる!楽しみにしてろ!」
煙草のヤニで、ま黄色に染まった歯をむき出して、軍曹が叫ぶ。そして、整列した新兵一同に向き直った。
「マスかき止め!ケツの穴を締めろ!さあ、地獄を見せてやる!気合を入れろ!」
「サー!イエス!サー!」
「声が小さい!」
「サー!イエス!サー!」

ああ、僕は、アスカにふさわしい男になれるのだろうか。

つづく・・・かな?