Starship Trooper
第八話 War Pig
by しムす
初版:2006/7/18
改訂:-

War Pig

破壊を企む邪悪の心
死の魔術師の創造
戦場では兵士たちが斃れ
戦争機械は回り続ける


地球。宇宙軍総司令部となったジオフロントのモニタースクリーン一杯に、宇宙軍の配置状況が立体映像で示されている。
それらは小さな輝点となって火星の衛星軌道の周りを蠢いている。
「作戦開始まで、あと3時間です。艦隊の集結は・・・ちょっとしたトラブルはありますがほぼ予定通り完了。第1波の準備も順調です」
青葉大尉が、宇宙軍総司令である、碇ゲンドウに報告する。
「トラブルの内容は」
「宇宙艦同士の接触が3件、うち2件4隻は修理後戦線復帰が可能ですが、1隻は気密区画までダメージを負い、中破の判定です」
「やはり、配置の密度が高すぎたな」
副司令の冬月がつい、口を挟む。
「いや、この程度であればシナリオ通りだ。宇宙艦の3%までの損傷は織り込んでいる」
「敵の戦力見積もりが適正であれば、だがな」
「とりあえず、各戦区における投入可能戦力は、予定値を満足するはずです」
何の感情も表に出さずに、機械的に青葉が応じる。ちら、と青葉は彼の右側に位置したモニタ群に目をやる。あと2時間。いや1時間と59分か。
「いずれにせよ、ここまで来たからには、もう、策を弄する段階ではないな」
冬月は自らに言い聞かせるように議論を締めくくった。
モニタ上の、火星から遠い位置にある輝点がまた1つ、黄色から緑色に変わった。

「おい、シンジ、見てみろよ」
呆れたようなジョニーの声。シンジは作業の手を休めて外を見た。
強襲揚陸艦、ロジャー・ヤングの舷側の窓からは、漆黒の宇宙を埋め尽くすかのような大艦隊が移動しているのが見えた。
「あれは・・・新型だな」
「マラトン級って奴だよ」
そばにいた海軍の下士官が教えてくれた。
「それで、その向こうが、ヴーヴィーヌ級だな。凄いな、4杯も居るぞ」
いつのまにか、外の見える舷側には、強化服の整備作業中だった愚連隊の面々が集まってきていた。
「宇宙軍にこんなに軍艦が一杯あったなんて、知らなかったな」
「俺もだよ。書類の上では知ってたけどな」
海軍の下士官である彼ですら、こんな大艦隊を目の当たりにするのは初めてだったようだ。
正に大作戦だった。
火星軌道上に、びっしりと展開した艦隊は、それぞれの持ち場に向けて移動していくが、その列はいつまでたっても途切れることがないようだった。
「これだけの作戦なのに、軌道降下じゃない、ってのだけは、ちょっとなあ」
シンジ達愚連隊は、今回は作戦における第2波に指定されており、今回は輸送船で火星に降りることになっているのだ。

「地上で死ぬか、地下で死ぬかだけの違いだ。心配するな、モンキー野郎の諸君」
いつのまにか現れていた軍曹が雑談を締めくくった。
「そして、今、俺に殺されるか、死ぬ気でやって作業の遅れを取り戻すか。選ばせてやろう」
「サー、ノー、サー!直ちに作業に戻ります!」

「第3機動部隊、予定軌道に到達。第82機動歩兵師団オール・アメリカンズ、第185機動歩兵師団フォルゴーレ、共にスタンバイ」
「こちらはカンプグルッペ・フエルト・ヘルン・ハーレ。作戦降下準備完了。チェックリスト・オール・クリア」
「第14機動部隊、準備完了。指示あり次第、降下準備に移る。繰り返す・・・」

宇宙軍の旗艦、ハンス・ウルリッヒ・ルーデルの指揮所で、将軍は、次々と艦隊から入る報告を黙って聞いていた。
うむ。悪くはない。これだけの戦力を集中しているにも関わらず、事故は3件、今のところ順調な進捗と言っていい。
「将軍、もうすぐ『決心高度』です」
傍らの参謀肩章をつけた大佐がこちらを見る。そう。あと1分ほどで、艦隊はもう後に引けない地点に到達する。事前に定められた手順では、作戦に重大な支障がある場合、作戦を中止することになっていたが、それも、この『決心高度』まで。これ以降は何があっても作戦は強行することになっている。やめるなら今しかない。
やめる?この大作戦を?宇宙軍のありったけの資源を注ぎ込んだ、この大作戦を?
そうだ。やめるわけにはいかない。では、この苛立ちは何だ。

「第102戦隊、予定通り。艦隊に異常なし。第3機動歩兵師団マルヌは降下準備完了」
「第5機動部隊、事故による損傷は軽微。計画通りの行動に支障なし」
「未報告の艦隊は?」
「ありません。全て問題なし」
「そうか」
判っている。少なくとも、士官であれば、目の前の戦術モニタに投影された情報を読み取る力があるのならば、何も問題のないことくらいは判るのだ。
無意識のうちに、異常を期待していたのかも知れない。声の調子は、明るいものではなかった。
思考はまた表層をさまよう。
宇宙軍創立時から存在する1桁番号の精鋭師団、シングルナンバーズを第1波に集中投入すべきではなかったか。いや、2桁以上の番号の、緊急練成された部隊といえど、中核になっているのは各国から絞り出させた最後の精鋭達だ。宇宙での戦闘であっても、それなりにやってくれるだろう。第2波以降にも戦力を配分せねばならない以上、この配置は最善のもののはずだ。
判っている。判っているのだ。問題はそんなところにあるのではない。
異常な状況。敵の狙いは何だ。なぜ我々はこんなに急ぐのか。そもそも敵とは何だ?なぜ我々は戦わなければならないのだ?
「閣下?」
心配そうに、副官が、彼の表情を覗き込んだ。

いかん。今は、迷っている時ではない。
何かを振り払うように、将軍は、マイクのスイッチを入れた。

「よろしい、ボーイズ・アンド・ガールズ!予定通りだ。始めるぞ。全艦隊、レッツ・ダンス!」

「その時」は、僕らが知らされた1時間15分前には始まっていた。後で有名になる将軍の作戦開始の宣言は、低高度周回軌道に乗っていた僕らの船、ロジャー・ヤング上で輸送機に乗り込む時の準備やら何やらで聞きそびれたのだ。
事前に聞いていた話は気楽なもので、ヨハネスブルグを散歩するよりは安全だとのことだったけれど。
最初に、第1波の機動歩兵達が射出される。今回は、第1波で重火器も降ろすことになっているから、輸送機もほぼ同時に母艦を離れる。
そして彼らが地上に着く以前に、5つの上陸地点・・・ゴールド、ソード、ジュノー、オマハ、ユタ・・・めがけて、宇宙艦隊全力の、重ポジトロン砲による砲撃が行なわれる。
この砲撃で、火星表面はほとんど耕された畑のようになるはずだけど、念には念を入れて、機動歩兵が、自走砲の支援を受けつつ警戒線を前進させ、安全な橋頭堡を確立。僕らはそこへ会社の重役よろしく輸送機で乗り付けて仕事を始める手はずになっている。

非常照明だけになった、暗い宇宙艦のブリーフィングルームに、恋人のように寄り添う影があった。
「もうちょっとこっちに来なさい、これじゃ恋人同士には見えないわよ」
日向大尉は、一瞬、背筋を伸ばしたが、真っ赤になりつつも、つ、と、彼の上司の方に体を寄せた。
「・・・えっと・・・調べてみたんですが、やっぱり、ちょっと変ですね」
咳き込むような調子で、日向が報告する。
「確かに、愚連隊の最前線への投入のサイクルは短過ぎるようです。ただ、ちょっと見た目には、偶然そうなっているように見えますけど」
ミサトの目つきが光を帯びる。
「オペレーション・マッドハウス。この時愚連隊は、その1週間前に別の作戦で軌道降下を行なってます。普通だと、降下カプセル・・・連中の言う棺桶の補充のために、母港に帰るのですが、この作戦では、わざわざ軌道上で補給を受けて作戦に参加しています」
「本来投入される筈の部隊は?」
「ちょうど休暇明けの中隊が居たんですが、作戦直前に、乗艦がドック入りしてます」
「参加部隊の手当てがつかなくなったので、手近な位置にいた愚連隊にお呼びがかかった、と」
「ええ、そういうことです」
「ドック入りの原因は・・・重ポジトロン砲搭載のための構造強化ということだっけ?」
もちろん、ミサト自身、報告は受けていたが、参謀部所属の立場で、中隊規模の部隊配置にとやかく口を出す権限はない。
「どれもこれも、参謀部の作戦指導とは関係のない所での理由がほとんどですね」
「その命令はどこから出てる?」
大雑把なミサトの問いに、日向は、彼女の確かめたかった点を一言で答えた。
「手繰っていくと・・・冬月副指令のようです」
「とにかく、リツコまで復帰してるって話みたいだし。何か、怪しいのよね」

「機動歩兵部隊の射出完了」
「了解、遷移軌道8番に移行する」
ザンダー中尉は、アスカを促して、宇宙巡洋艦ツールのエンジンの出力チェックリストを読み上げさせる。
「ゲージ001から056まで、すべて正常」
「駄目だ、ゲージを全て読み上げろ!」
アスカは艦長を振り返る。艦長は黙って頷いた。その表情は、驚くほど冷たかった。
「・・・210012、380078、340089・・・」
「エレクトリック・アイからツールへ、貴艦は5分後に我々の指揮下に入る」
低周回軌道を取っているツールから地上の固定地点を砲撃できる時間は、目標地点をあっという間に飛びすぎてしまうので、実に短い。その短い時間を有効に活用するために、別の、静止軌道にある射撃管制官の指揮を受けることになっているのだ。
「ツール了解。まだ的は残っているんだろうな」
ザンダー中尉が軽口を叩く。
「ああ、心配するな。残業代で稼いでもらうくらい居るよ」

「よし、ツール、トイレは済んだか?始めるぞ、まず、こいつから」
すべてが自動的に進んでいく。スクリーンに映し出された火星の地表のクローズアップ。その中で蠢く敵。クロス線がその表面を撫で回す。
「OK。準備はいいよ、そちらのタイミングで発射」
砲台型と呼ばれる使徒もどきの上で照準線がロックされる。ゲージがグリーンから赤に移り変わっていく。
「ファイア!」
一瞬、艦内の照明が暗くなる。常識はずれのエネルギーが、火星の地表めがけて放たれたのだ。
その時、地表からも何かが光ったように見えた。

異変に気づいたのは、アスカが一番早かった。
「2番艦、軌道を変針、接近コース!」
「どうした!」
「ワーテルローが緊急事態を宣言!」
「何だ?先方に高濃度のデプリ、駄目だ、突っ込むぞ!」
ザンダー中尉が忙しげにパネルをチェックする。明らかに僚艦は制御を失っている。
「一体、どうなっているんだ?」
「こちらワーテルロー、地上からの砲撃を受けた!本艦は制御不能!」
「逃げなさい!中尉!」
デラドリア艦長の悲鳴にも似た指示が飛ぶ。
「駄目です、上も下も、僚艦だらけです!」
密集した艦隊中にあるツールに与えられた針路変更の余地はあまりにも小さかった。

「地上からの砲撃だと?」
「遷移軌道上の104戦隊が地上からの反撃を受け、退避許可を求めてきています!」
「届くのか・・・」
「第5任務群、アラモが被弾、ファニンと衝突、両艦は落下中!」
「第2機動部隊から入電、地上と交戦中、損害甚大、任務継続不可、軌道からの退避を要請する」
「止むを得ん、各艦の判断で退避」
「駄目だ、今、引いたら、地上部隊は、機動歩兵達はどうなる!」
機動歩兵の髑髏の徽章をつけた高級指揮官が提督に詰め寄った。
「見殺しにする気か!」

やっと地上に降り立った僕らラスチャック愚連隊は、いきなり混乱の中に投げ込まれた。
ラジオは戦術系も指揮官系も関係なく、無秩序な交信で一杯になっていた。
「アンガスがやられた!」
「止まるな、進め!後がつかえているんだぞ!」
「B小隊、右手の丘を確保しろ!」
「偶数番号、前進!」
「ガンナー、ガンナー、11時方向から突破してくる!」
「新米、踏ん張れ、下がるな!」
「目標は沈黙した!どうだ、貸しにしといてやるぜ?」
「第2中隊はフェーズ1を完了、聞こえているのか?指示は?」
「了解、火力支援を・・・」
「マルコム中尉、ロックボルトを解除。スケールは・・・」
「ベルタの3からドーラ7、ドーラ7だ!」
「ホリディ、そこをどけ!、俺がやる!」
「チャンの天使、指揮官は誰だ!指揮官は・・・」
「了解!」
「うわああああ!突破される!誰か」
「ええい、黙ってろ、こっちは忙しい!」
「クロードが・・・」
「爆薬筒をよこせ、こっちだ!」
「火力はどこだ!」
「こちらはヘリオン、大隊指揮官は現状を報告せよ、繰り返す、大隊指揮官は・・・」
「やったぞ、撃破!」
「あああ、駄目だ!間に合わない!」

「中隊は別命あるまで現状位置で警戒待機!」
ラスチャック少尉殿の苦々しげな指示が聞こえる。
僕らの部隊は、戦闘工兵達の着陸予定地点を中心に、直径2マイルの円を描いて展開していた。
そこはまるで嵐が過ぎ去った跡のようだった。そこかしこに、転覆して放棄された自走砲や、ばらばらになった強化服が散らばっている。
「こりゃ、降りたところを襲われたんだな」
ジョニーが周囲を警戒しながら、うっそりとつぶやく。まだ一発も撃っていない、弾帯の繋がった機関砲を拾い上げた。
「弾薬には困らないで済みそうだ」

どうやら軌道からの直接支援がうまくいっていないようだ。とりあえず、少尉殿は降着してきた戦闘工兵達を使って、急造の防御陣地を掘らせ始めた。その間も、僕たちとは別の場所で、戦闘は続いていた。

「駄目だ、間に合わない、総員、対ショック姿勢!」
ザンダー中尉が宣言したその瞬間、巡洋艦ツールは、僚艦のワーテルローの後部にのし上げるような形で衝突した。
それなりの儀装が施されているはずの艦橋だったが、衝撃で、あらゆるものが空中に舞い上がった。
「損害は?」
デラドリア艦長の声が飛ぶ。彼女もどこかを痛めたらしい。体を斜めにして、苦痛に耐えているようだった。
「かなりまずいです・・・くそ、制御系はほとんど持っていかれてます!」
操縦席にハーネスで固定されていたおかげで、アスカはほぼ無傷だったが、ザンダーは飛んできた何かが激突したらしく、額から流血していた。艦橋の至る所で赤く警報が点滅している。
「軌道は維持できるのか?」
かろうじて生きているコンソールを忙しく叩いて、アスカが答える。
「駄目です!4番までの制御系が反応しません。このままでは、S2が暴走します!」
その報告を聞いた艦長の顔色が変わった。NERVの支部一つをいとも簡単に消し去ったS2機関の危険性は、この時代、宇宙艦隊に関わるものの間では、高級士官ならずともよく知られていた。
「艦長、総員退艦を!」
アスカが叫んだ。
「駄目、それはできない」
艦長はかぶりを振った。
「S2を放置できない」
「オルタネイトで制御してみます、だから」
「まだ、脱出できる間に、早く!」
アスカの戦いは、まだ始まったばかりだった。

「モンキーども、そこから離れろ!6−デルタから大規模な敵!」
衛星軌道からだろうか。小隊系の通信に、統制指揮官が割り込んできた。
「座標を言え!この糞!」
軍曹が返す。ラスチャック愚連隊は、さっきから現れては消える、敵の大群と戦っていた。

「A小隊、C小隊の側面をカバーしろ」
「イエローからオレンジだ!復唱はどうした!」
イエローの連中が割り当てられた位置をレーダーで確認するが、その戦線にはぽっかりと穴があいていた。

「状況を整理しろ、指揮官は状況を・・・」
「ケツを上げろ!走れ、走れ!」
「違う、違う、そっちじゃない!」
「聞こえない、繰り返せ、こちらは山猫!」
「やめろ!うわああ!」
「弾幕を張れ、近づけるな!」
「軍曹!ウルリッヒとヘルマンを下げろ、そこは危険だ!」

それでも、急造の陣地と地雷原がそれなりに効力を発揮しているおかげで、ぼくらはなんとか踏みとどまっていた。

「小隊、煙幕だ。奇数番号・・・」
「ヒュー、凄え。見ろよ、地平線まで真っ黒だ」
「16時!後ろだ!」
「小隊はどこだ!どこに居るんだ!」
「お前は誰だ!邪魔をするな!」
「目の前だ!ブレイク!ブレイク!」
「座標はどこだ!」
「逃げろ、そこは駄目だ!」
「落ち着け、落ち着けってば!」
「そこだ、そこに居る!」
「8だ、8のチャーリー!」
「正確に報告しろ!」
「下がれ!下がれ!下がれ!下がれってば!」
「踏ん張れ、下がるな!」

「シンジ、ジョニー、援護しろ!」
しびれを切らしたエースが塹壕を飛び越えて、今にも友軍の左翼に襲い掛かろうとした敵の側面を衝いた。
「了解!」
僕らも塹壕を出て、前進しながらありったけの弾薬をばらまいた。
地表をびっしりと埋め尽くした蜘蛛どもの群れの横っ腹に向けて突入する。威力を増した銃は、蜘蛛どもに確実にダメージを与えているようだ。
何かが飛び散っていく。蜘蛛どもの群れが、向きを変えて、僕らに向き直った。
その一瞬、敵の動きが止まったところを見逃さず、左翼の部隊が逆襲を始めた。
「よし、いいぞ、ここから・・・」
エースがそう言おうとした刹那、何かがエースを薙ぎ払った。
砲台型だ!
「伏せろ!」
「イカどもはアテにするな!重ポジトロン砲はアテにならない。自走砲だ、自走砲をよこせ!」
臨時にカールが指揮を執っている。
「シンジ!ジョニー!下がれ!」
分隊が張る精一杯の援護射撃の弾幕の下、僕らは辛うじて元いた塹壕に転がり込んだ。

巡洋艦ツールから、生存者が続々と脱出用ボートで脱出していく。
重症を負っていた艦長も退艦させ、アスカとザンダーだけが艦橋に残っていた。
「3番、負圧上昇中!」
「3番はいい!それより、5番から16番のバルブを全部閉めろ、凍結してハイドロが利かなくなるぞ!」
ザンダーの必死の操艦が続く。周囲では異常を示す赤い表示が忙しく瞬き、操縦席の二人を不吉に照らし出している。
「8番から16番は全閉鎖完了!6番はアンコントロール!」
アスカの額にもじっとりと汗が滲む。
「接近警報!」
「1番吹かせ!フルパワー!」
生き残ったノズルの位置をすばやく計算しつつ、ザンダーは巧みに艦を操った。
「5番は・・ロスト」
「ええい、構わん、手間が省けた。樹脂を注入してしまえ」
「3系に樹脂注入・・・ベクター・・・」
「スラスターは使うな、ノズルがコントロールできなくなるぞ」
「1番、2番は閉塞完了!」
「間に合うのか?軌道は?」
アスカは再びコンソールに目を落とす。
「あと・・・30秒」
緊急遮断弁の位置が、モニタ上で、じりじりと動いている。もう少しで安全位置にたどり着く。
「くそ、頼むよ!」
その刹那、ピン、と音がして、一つ残った警報が、赤から緑に変わった。
「よし、3番と4番完了、急げ!脱出するぞ」

安定を失い、破片を撒き散らしながら火星の大地に向けて落ち込みつつあったツールから、最後のボートが飛び出した。
「ケツを蹴り上げろ!加速!」
「駄目、これでは軌道に届かない!」
パネルで同じ数字をザンダーが確認する。カウンタが示す数字は、期待した数値にわずかに足りなかった。
「くそ、遅かったか!」
「大気圏突入に備えるしかないわ!」

つづく