Take Me Away
by しムす
初版:2005/01/15
改訂:2005/01/22

Take Me Away

ファンタジーが心を充たす
僕の番が来る前に行こう
地球の枷から解き放たれて
僕の夢は君の悪夢かもね

面白い話ねえ。

僕はそっちの話はあんまり得意じゃないんだ。だから、酔い覚ましに、ちょっと怖い話でもいいかい。地獄の話さ。

今までも、僕は、本当に僕のことを判ってくれそうな人に、時には面白おかしく、時には執拗に、僕の見てきた地獄の話をしたことがあった。けれど、大抵の人は、一緒に面白がってくれたり、嫌そうな顔をしたり、反応は様々だったけれど、共通して、最後には「大変だったんだね」と言った。皆、例外なく、そう言ったんだ。それに気付いてから、僕はこの話をしたことはない。違うんだ。僕は、そんなつもりじゃなかった。そんな言葉をかけてもらうために話をしたんじゃない。ただ、ちょっと気の利いた話がしたかっただけなんだ。だから、この話をするのは随分久しぶりなんだ。

僕は僕自身で、自分の経験を特異なものとは思っていないよ。今では、誰でもが遭遇する可能性のある話だったろうとすら思っている。それこそ、明日、交通事故で死んだりするくらいには。
例えば、戦争になれば、人を殺めるために、万の単位ではきかない人達が駆り出されて、それこそ銃弾や爆弾が飛び交う中で、殺し殺されして、飢えたり傷ついたりして。それでも、死ななかった人は沢山いて、また帰ってくる。そして、その後の人生を歩むわけだ。凄惨な記憶も時と共に薄れ、結婚し、子供もでき、いつしか嬉々として孫の相手をするようになる。もちろん、良い事だと思うよ。でも、みんな、忘れてるのさ。その人が、どんなところに居たのか。
かと思えば、ちょっとしたことに思い悩んで、自殺する人だって居るよね。ニュースで、借金を苦に自殺した人のニュースがあったけど、その人には、その借金ってのは、どんな戦場に比べても過酷な現実だったんだろう。
だから、結局、それをどう受け止めるかはその人その人の問題ってことで、その地獄がどの程度の地獄だったか、なんて、まるで意味のない話なんだよ。だから、僕の話も、そんな、ごくありふれた、どこにでも転がっている地獄の一つだ。そう、丁度、今みたいに、終電を逃がしてしまって、お酒を飲む雰囲気でもなくて、何にも話をする事がなくなっても、まだちょっと話し足りない時、ファミリーレストランの、お代わり自由のアメリカンコーヒーを啜りながらするべき話なんだ。いや、君は綺麗だし、僕は本当に心惹かれているんだよ。酔っ払ってるから言ってるんじゃないよ。こんな気持ちになったことは、今まで一度も無い。断言してもいい。だから、本当に誘うべき場所がわからないんだ。決して、君を安く見ているわけじゃないよ。ましてや、財布の中身が寂しいから、なんてことでは断じてない。

さて、実は、僕は昔、人類を救うために、巨大ロボットに乗っていたんだ。

のっけから飛ばしてるって?
いや、これは大真面目な話さ。そういうロボットが実際に、あったんだよ。でも、そのロボットも、それを動かしてた組織も、今はもうないし、記録も完全に抹消されている。大国の陰謀で、情報操作されているのさ。何も、なかったことになってる。
その搭乗員になるには、僕みたいに、母親の居ない子供でないと都合が悪かったらしい。どうも、母親の魂がそのロボットに宿っているからなんだって。それもまた凄い話だけど、まあ、それはともかく。実の父親は、その人類を救う組織のトップでね。そっちの仕事が忙しくて、僕はずっと別の場所に預けられていた。だから、僕には、あんまり普通ってのが、よくわからないんだ。

全然信じられないと思うよ。でも、まあ、僕はそのロボットに乗って、戦ってたんだ。

もちろん怖かったし、失敗して死にそうになったこともある。嫌々乗ってたよ。だけど、僕だけじゃなかったからね。そう、僕の他にもパイロットが二人いて、それは同じ年頃の女の子だったのさ。だから、僕はそれほど力みかえってたわけじゃなかった。
状況は異常だったけど、今思うと、その娘達との生活は、楽しかったよ。意識したりされたり、近づいたり離れたり、拗ねたり妬んだり。多分、その年頃の子供がするような、普通の生活だったよ。四六時中戦ってたわけじゃないし。つまり、思い出すと恥ずかしくなるんだけど、僕も年相応の、普通の中学生だったってことだよ。
普通じゃなかったのは、そのうちの一人はクローン技術で作られた人造人間だったし、気が強いけど可愛いもう一人の娘は、僕と同居してたんだけど、いつしか心を病んでしまったってとこぐらいかな。
全然普通じゃないって?
いや、それでも、僕にとってはそれが日常だったんだもの。

そのうちに、僕自身もおかしくなってしまって。やっとできた友達を、この手で殺してしまう羽目になったんだ。一人は中学の同級生で、乗ってたロボットを乗っ取られてしまって。もう一人は、最初から敵だったそうだ。でも、僕が殺したんだ。その上、同僚パイロットがクローンだって気付いたりして。しかもその子まで死んじゃって。そのくせ、次の日には何事もなかったように僕の前に現れてさ。
それで、僕はすっかり駄目になった。洗濯機の中の雑巾の気持ちがよく判ったよ。振り回されて振り回されて、擦り切れちゃって。もう、何もしたくなかったし、実際、何もできなかった。今なら病院に行けば、立派な病名がもらえるような状態だったろうと思うけど、その時にはそんなことなんか判らない。周りの大人も余裕がなかったし。それで余計に悪化したんだろうね。
ただ、今になって思えば、その病気の程度が世間の基準に照らして、よほど酷かったかというと、そうでもなかっただろうと思う。後で、世の中には心を病んでしまっている人達は沢山居るって知ったし、まあ、どこにでもある、ありふれた病気だっただろうね。もちろん、その病が原因で亡くなる方も多いと聞くから、盲腸よりも軽い病気だとは思わないけどね。盲腸になったら、一大事でしょ。少なくとも、会社や学校は休めると思うよ。普通ならね。

この奇妙な仕事も、間もなく最後を迎えた。心を病んでた一人の娘は、それでも一人で敵に立ち向かい、そして八つ裂きにされた。僕はそれを指を咥えて見ていた。いや、正確に言うと、見てすらいなかった。もう外の世界がどうなっていようと、関心が持てなくなっていたんだ。そのおかげで、僕も兵隊さんから鉄砲で撃たれる寸前だったんだけどね。
ある人から叱責されて、僕は嫌々ながら、そのロボットに再び乗った。多分、その人も死んだ。遺言だったわけだ。でも、もう、とっくに手遅れだったんだ。その娘の乗ってたロボットは、もうひどい有様でさ。人間で言えば、内臓ははみ出すわ、目玉は抉られてるわで、まともに見てられないような惨状だったよ。僕はその時やっと、地獄って言う場所に、自分が立ってるというか、ずっと、そういう場所に立っていたことに気付いたんだ。
そうだね、一番見たくないものを、無理やり目を見開かされて見せ付けられてる感じ。ニュースの映像ならそういう残酷な映像には規制がかかるんだろ。R指定くらいつけてくれても良かったんじゃないかな。僕は14歳だったんだから。ところがあいにく、この地獄には倫理委員会はなかったみたいでさ。その場で、そのロボットの、性能のいい機械の目で、それを見てたんだよ。そして僕は心理的にも素晴らしく最低の状態だったから、もう耐えられなかった。

そこからが傑作だったんだ。それで、どうなったと思う。僕は、・・・神様になっちゃったんだ。
その娘をずたずたにした敵のロボットが、なぜか僕のロボットを生贄にして、儀式を始めちゃってさ。凄い儀式だったよ。僕は、大気圏を突破して、宇宙から地球を眺めていたよ。もちろん、地球は青かったさ。この目で見たんだもの。さすがに感激はしなかったけどね。いや、それどころじゃなかったよ。なにせ、僕の見てる前で、人類が滅んじゃったんだから。

あ、別に、いけないお薬とか、変な葉っぱを決めてたわけじゃないよ。当時は14歳の純真無垢・・・でもないけど、まだまだ子供だったんだ。今でもやってないって。話で聞いたことがあるだけだって。今は酔っ払ってるだけさ。

もう僕は生きる気力も失っていたし、何がどうなっても構わなかったはずだけど、そこで、クローンだったもう一人の女の子に諭されてね。色々気づかされたんだ。そう。この娘も、というか、その娘が神様みたいなものだったみたい。
それでね、僕に、人類の行く先を決める権利が与えられたみたいだったんだ。
最初は、どうでもよかったんだけど、色々考えるうちに、結局、その娘に、他のことはどうでもいいから、皆を元に戻して欲しい、ってお願いしたんだ。

こうして、世の中はまた、元に戻ったのさ。
今じゃ、何事も無かったみたいになってるけど、実際に人類は一度滅んで、それから復活したんだよ。
神様になった女の子がその後どうなったかは知らない。神様だからね、どこかでよろしくやってるだろうよ。
そして、僕はその後、憧れていた普通の生活って奴をやっと手に入れて、今、君と、コーヒーを飲みながら話をしているんだ。

どう、怖いと思わない?
君の前に居るのは、一度は世界を滅ぼした男だよ。そして、その男は、それすらも、ただの思い出として、日々、机に座って電話を取ってたり、伝票を切ったり、稟議書を書いたりしててさ。ある時はよその会社の人と真面目くさった顔で話をしてたり、ある時は同僚とお酒を飲んでたりさ。そしてたまには羽目を外し過ぎて終電に乗り遅れちゃうような。そんなどこにでも居る、風采の上がらない男が、実は、一度、世界を、君達を滅ぼしてたんだよ。知らなかったろ。どうだい、これ以上にこの場にふさわしい話はないと思うよ。

そんなことを真顔で言うほうが怖いって?
そうだろうね。だから、本当に心を許せる人の他には、この話はしたことはないんだよ。

もう一人の女の子のこと?
皆、それを聞くんだね。ああ、なるほどね。そうだよ。その娘は、僕の初恋の人なんだろうね。遊びでキスしたこともあったよ。だけど、そこまでだったな。いや、そうじゃなくてさ。僕が幸せだった時間は、ってこと。

そうだね・・・どこから話せばいいのかな。

神様に、元に戻して欲しい、ってお願いしたから、彼女は元に戻ったはずだった。でも、彼女も僕も、心を病んでたし、そして何より僕はまだまだ子供だったから、あんなに願った彼女だったのにね、うまくいかなかったんだ。
彼女は僕から去っていったよ。当たり前だよね。あまりに不甲斐ない男の子だったからね。
それで、僕はまた、彼女とうまくいかなかったのは、あんまりにも状況が普通じゃなかったからだ、と勝手に責任転嫁して、普通になろうと努めた。その秘密組織ともロボットとも手を切って、名前も変えて、ただの孤児としてやり直した。外見ももう変わっちゃっただろうから、昔の僕を知ってる人でも、もう判らないだろうね。世間には戦災孤児が一杯居たからね、あとは本当に普通の話さ。学校を出て、働いて。僕もいつしか、あの地獄の夢は見なくなったし。今じゃこうして平気で話していられる。時間の流れってのが偉大なのか、人間が忘れっぽくできてるのか判らないけど、僕は感謝しなくちゃいけないね。

だけど、今でもちょっと懐かしく、切なく思うことがある。今日のように、ちょっと飲みすぎた時、一人で寮に帰る道すがらとか。休日の午後に雨が降って、外に出かける気分にもなれなくなって、部屋でごろごろしている時とか。ふと思うんだ。あの女の子は、今、どこでどうしてるんだろうか、ってね。秘密組織と手を切った代償として、僕には何の情報も入らなくなったから、もう手がかりも無いんだ。中学校の同窓会の名簿にも載ってない。彼女に関する情報がすっぽり欠落しているんだよ。最初から居なかったみたいに。ここまで徹底していると、今じゃ、全部幻だったんじゃないかとも思えてくる。もう10年以上前の話だしね。

元気だろうか。多分、彼女のことだから、もうすっかり立ち直って、僕の知らないところで、知らない誰かと幸せに生きてるだろうと思うけど、それもね、ちょっとやるせない。と言うか、正直、心が痛い。彼女の隣に、僕の知らない男が居るなんて、想像したく無い。
いや、彼女の幸せを願わないわけじゃない。彼女が今も苦しんでたり、不幸な状態だったら、それもやっぱり悲しい。まさかそんなことはないだろうけど、売春婦に身を落としてたりなんてしたら、ちょっと耐えられそうにもないよ。だけど、それは、ちょっと悲しみの質が違う感じがする。
そりゃ、彼女の人生は彼女のものだし、それは僕の勝手な思いであることはよく判ってるけど、僕が自分で勝手に苦しむ自由くらいはあってもいいだろう。所詮人間なんて利己的なものだし。そういうものだと思うよ。少なくとも、僕はそうだ。うん、もし今の僕が幸せだったとしても、多分、そうだろうと思うよ。

やり残したことがあるからだろうって?
そうだね。そうかも知れない。戻れるものなら、今でもあの時に戻りたい。今の自分なら、あの頃のことを笑い話にできる自分なら、もっときちんと向き合えただろうね。彼女にも、自分にも。だからかも知れない。でもさ、こうも思うんだ。あれがあったからこそ、今の僕があるわけで。やっぱりこれも必然なんだろうと。そんな気がするよ。

でも、ごめんね、初めて出会った女性を口説くにしては、違う女の娘の事ばっかり喋りすぎだね。失礼な話だよね。酔っ払っているんだろうね。僕、普段は無口だし、こういうシチュエーション、本当に経験がないんだよ。信じて欲しいな。これは本当だってば。
そう、お話の方は嘘だよ。信じたの、こんなヨタ話。いや、全部嘘さ。掛け値無し。そんなこと、あるわけないじゃないか。昔見たアニメの話だよ。結構好きだったんだよ。うん。ちょっと気の利いた話がしたかっただけさ。何でだろうね、多分、君と、少しでも何か、話がしていたかったんだよ。寂しいふりをして、君の気を引こうとしているんだよ。そう、最低な奴なんだよ、僕は。

それ、嘘だね。実はそんなアニメなんて、ないんだ。君が知ってるわけ無いじゃないか。
さあ、もう帰りなよ。送って行けないけど、君のタクシー代の分くらいは残してあるんだ。いいよ。話を聞いてくれたお礼だよ。

・・・いや、確かにその通りだけど。何でそんなことを。

・・・やっと見つけたって?

・・・あ、あ・・・あ!

おしまい

あとがき

これを晒して以降、いくら酔っ払ってるからって、何でシンジが最初っから気付かないんだ、という当然のご指摘をいくつか頂きました。
実は、これでも色々考えてたんです。なんでこうなったかというと・・・『エンディング別案』をご参照ください。

・・・あああ、またしても蛇足・・・

(2005/01/22)