P.T.S.D.を生きる

治療の中で




新しいドクターの所へ行って来ました

今日は、ふと体力のある日。

思い切って作業所スタッフから紹介されたドクターの所へ行って来ました。人当たりのいい先生で、聞かれるままに答えて最初の面談は終わった。今まで懸かってきたドクターの名前を全部聞かれて、こちらは嫌いだった先生の名前をすっ飛ばして十人の先生のうち、七人だけ答える。こんな小細工、本当はしなくてもいいのだけど、電話で問い合わせされて僕のことを覚えてない可能性もあると思った。今日の先生は穏やかな先生。しばらく通ってみようと思う。



新しいドクターに二度目の面談

新しいドクターは初回の診察で渡しておいた資料(前回、カルテに綴じ込んでいいかですかと聞かれたもの)にびっちり二色のマーカーで線を引いてあるものを見ながら「やはり、解離性障害だと思います」と言う。僕は緊張が肩からふっと抜ける気がした。この先生はしっかり読み込んでくれた。そして受け止めてくれた。そんな安心感を感じた。解離・外傷という診かたの出来るDr.を探してやっと出会えた。
前回の診察では換えられなかった薬も、まず眠前薬のひとつベゲタミンをメレリルに換えることになった。ベゲタミンの長期の服用が肝臓に薬剤耐性を作るらしく、他の薬の効果も抑えてしまうということで、肝臓に耐性を作りにくい薬に代えられたのだ。それによって昼間の薬も今ほど飲まなくて良くなるらしい。今の薬では一日中だるいから、すこし楽になれるかも知れない。

その後、家族関係の問診があり、安心感を保ったまま答えられた。やはり精神科医はこうでなくっちゃ。



思わぬ展開

三回目の面談から、テンポがぐぐっと変わってきた。今回からメジャー・トランキライザーをカットすることになった。これで、「分裂病」の薬はなくなるということだ。そして抗うつ剤デジレルに代えてアナフラニールを服用することになった。

これらの薬の変化でまず早朝覚醒が起こるようになった。次に頭痛、メジャーの禁断症状なのか、身体のあちこちの神経が痛む。過覚醒とでもいうものだろうか。ここ一週間、家で痛んで寝ている。このままじゃあ生活のクォリティーは低いよなあ。「分裂病」の薬がなくなるということは、かなりキツイよなあ。先生はドラッグ・フリー(お薬ゼロ)を目指します。ということであとはカウンセリングで治療(外傷治療)ということらしい。

自己臭と体感異常が一辺に押し寄せたようでキツイ。これが素直な僕の症状なのかも知れない。



Complex PTSDって何?

このあいだ、新しいドクターとの四回目の面談で、ジュディス・ルイス・ハーマンの「心的外傷と回復」をドクターが棚から出して「この本、ご存知ですか?」と聞いてきた。「この本はネット上のドクターに薦められて持ってますけれど、フラッシュバックが起きるので30ページ位しか読んでません」と答えると棚からやはりジュディス・ルイス・ハーマンの"Complex PTSD :A Syndrome in Survivors of Prolonged and Repeated Trauma" という論文の翻訳されたもののコピーを出してきて「これなら読めるでしょう。次まで読んできてください。」と渡された。

Complex PTSD とは長期にわたる反復性外傷のことらしく、症状は幅広く多様な症状を示し、単純なPTSDと明確に違うのは、身体症状、解離症状、感情症状(主に抑鬱)を示すらしい。

これが僕の病気の正体なのだろうか。自分だけの判断では確信できない。このところ、身体症状が出ているのは、確かだが。



どうやら、Complex PTSD らしい

今週、五回目の面談ではっきりしたことは、僕の病気は"Complex PTSD"だと主治医が思っているということ。長期にわたる反復され続けた心的外傷が今の自分を、その不自由さを作り上げているということ。自分の中でその外傷はすぐには想起できない外傷記憶という形で眠っているということ。次週からは外傷記憶を安全な環境で想起するためのカウンセリングが週一回の割で始まる。



外傷のカウンセリング

四月の中旬から、心的外傷のカウンセリングが始まった。今までの家族関係をカウンセラーに向かって、思い出しながら話していくという作業が続く。その中で、僕が一番話題にするのは、もう亡くなってしまった父のこと。「お父さんって、どういう人?」とカウンセラーから聞かれても僕自身の言葉で語るという行動はマヒしているから、母は父をこう語っていた。とか、昔、こんなことがあったと母に聞いたとか、僕自身の感覚をなるべく入れずに僕は話す。ただ、自分の言葉として言えたのは、父が死んで、「僕の空がはじめて晴れたと感じている」と人に言えた。言い始めると誰にでも言える。「支配的な母親」とは心的外傷の人の中に強くイメージされる言葉ではあるが、僕の場合は「支配的な父親」「被害妄想的な父親」「その場に不似合いな緊張感や不安を家族に常に押し付ける父親」それが、僕の心の苦々しいイメージ。僕がそう語り始めたことを支持的に聞いてくれるカウンセラー。これが僕のカウンセリング。始まったばかりのカウンセリング。



気持ちが少し楽になって来た

分裂病の薬が無くなり、薬の中心はアナフラニール(抗うつ剤)になり、早朝覚醒と頭痛があったが、テグレトールをやめてリボトリールに変えてから薬による副作用と思われた辛さが少なくなってきた。まだ、カウンセリングでは、自分で安全と思える部分しか話していないが今の、押さえつけられた自分から、自由になるために「解離」されたものにすこしでも近づいて、安心な記憶に置き換えればいいのだ。

この方法では、「自分を被虐待者として、父を反復して僕を虐待した者として捉えることになるが」これは父が亡くなってしまったから、僕には進めやすいことであるが、「侵害者たる独裁的親の生きている家庭では進めて行くのは限りなく難しいだろう。」と思う。特にアメリカではDSM-IVという診断基準にこのComplex PTSDは加えられていない。訴訟社会のアメリカでは「子」が「親」に多額の損害賠償訴訟を起こすことが懸念されるからだ。

先週、カウンセリングで「エゴグラム」というものをやってみた。FCというのか「自由な子供の心」で僕の点数は低い。それ故に、ストレスの溜まり易い心の形をしているらしい。



サヴァイヴァーと呼ばれて

クリニックのPSWで僕のカウンセラーは9回目のセッションで、AC概念でお馴染みの斎藤 学さんの本のコピーを目の前に示して「あなたはサヴァイヴァーです。詳しくはこれを読んでね。」と二枚のコピーを渡してくれた。それにはこう書かれている。

    「サヴァイヴァーの特徴」
   
1、心身の不調 心の障害としては、抑うつ、無気力、自殺願望、自傷
行為の繰り返しなど衝動コントロールがうまくいかないこと、過食、ギャンブ
ルなどを含む嗜癖、それに対人恐怖など。身体の不調としては、呼吸器
系、消化器系の障害、生理痛や不正出血、性交疼痛などの生殖器系
の障害、月経前緊張症、慢性の頭痛、思春期・成人期にまで引き続く
アトピー性皮膚炎や喘息などの頻度が高い。




  心の障害として、抑うつ、無気力、対人恐怖はある。身体の不調として、消化器系の障害のみある。その他に身体に交通事故後の疼痛がある。


2、怒りにとらわれている 親への怒りがあらわで、そのことをしきりに口にする。他人への不信感が強い。この怒りは自分自身にも向けられ、己懲罰的で、自殺や自傷と結びつきやすい。


  亡くなった父への怒りと恐怖は消えない。自己懲罰的である。が、自殺、自傷は断じてない。


3、自己不信と著しく低い自己評価 自分を生きるに値しないもの、世間の迷惑者と考えていることが多い。サヴァイヴァーとしての自己に気づくまでは、この低い自己評価が、他人への過度な迎合、従順さ、そして仕事依存的な完璧主義になっていた。


この傾向は認めざるを得ない。仕事を離れてからは他人に過度な迎合をしていた。それはいつも懲りるほど。


4、親を憎みながら、親とよく似た行動をとる 子どもを持てば親と同
じように虐待する親を演じてしまう。力への渇望の強い暴力的な男に
なったり、そのような男に仕える従順な女を演じたりしている。


 親であったり、夫であったりしていないので、ここでの傾向は自分への戒めとして聞くほかはない。


5、子ども返りしやすい かつてのトラウマ状況によく似た状況に遭遇
すると、いっぺんに子ども返りしてしまう。男の怒鳴り声、ドアのしまる
大きな音、ガラスの割れる音など、暴力を匂わせる各種の音が、その
きっかけになることが多い。震え出したり、逆に不自然な笑い顔が出
てきたりする。


これは完全に心当たりあり。男性の大声で怯える。遠くから聞こえても。


6、時間感覚の障害 一定の時間が、何もしないうちに過ぎてしまっ
たように短く感じたり、退屈で空虚な時間の群れに圧しつぶされるよ
うに感じたりする。現在の苦痛が一生続くかのように考えて絶望す
る。過去の外傷体験が、いつまでも生々しく甦る。


これも心当たりありだが、深く考えたくない。


7、記憶や記銘の能力に障害を生じていることが多い 外傷体験や
その周辺の状況を「語れない」(忘れている)ことがある。この想起の
不能には抑圧によるもの、解離によるもの、分割によるものなどがあ
る。


外傷周辺だけではなく、普通の固有名詞も記銘できないことがある。


8、フラッシュバックに陥ることがある 外傷体験によく似た状況で、生々しい恐怖や視覚イメージ、それにともなう逃避反応を起こすことがあり、解離性フラッシュバックと呼ばれる。


この病気に関する専門書がリアル過ぎて読み続けられない。


9、離人症をともなうことが多い 透明な膜を通して現実と接しているような感覚、今自分が何をしていたかわからなくなる感覚、自分のしていることを傍らから自分が見ているような感覚などに長期間包まれていることがある。


これはどうなんだろう?よく解らない。


10、生きることに意味を見出せない 世の中を危険なもの、自分に
敵対するものに満ちたものと考え、その中で「生きるに値しない自
分」は敗北し、排除されるという思い込みを抱いていることが多い。


 この部分は最近自分の中で変わってきた。生きる主体が自分であるということに興奮し、喜びを見出しつつある。

二枚目にはスライヴァーという言葉が出てくる。サヴァイヴ(survive)が生き残ると言う意味なら、スライヴ(thrive)は成長するという意味で、サヴァイヴァーが成長したのがスライヴァーらしい。つまり完成予想図みたいなものだ。


    「スライヴァーの特徴」

1、ひとりでいられる、ひとりを楽しめる。

2、さびしさに耐えられる。

3、親のことで過剰なエネルギーを使わない(親を憎んだり、依存
したりしない)。

4、自分にやさしい(あるがままの自分を受け入れている)。

5、他人(世間)の期待に操られない、他人の評価にとらわれな
い。

6、自分で選択し、決定できる。

7、自分の選択したことに責任をとり、他人のせいにしない。

8、自分は世の中に受け入れられていると思える。


どんな段階を辿ればスライヴァーになれるのだろうか?



SSRIを服用し始めて

三月ぐらいから抗うつ剤中心に薬が変わり、まずアナフラニールを75mg/dayから始まり、眠剤を飲んでいる時間以外にも、自然睡眠で昼寝が出来るようになった。が、アナフラニールでは口渇がひどく、一日中、水を口に含まないと、歯と唇がくっ付いてしまってしゃべることも出来なくなってしまうので、主治医に薬をすこし変えて貰った。アナフラニールを30mg/dayに減らして、僕にとってははじめてのSSRIであるデプロメールを初期量である50mg/dayで二週間前から入れて貰った。傾眠傾向が強くなり、手足に痒みを感じて、家で寝転がって、手足をボリボリ掻いて過ごしている。SSRIは確かに過緊張は取れるが、週に三日くらいしか行動できなくなる。眠れているので、心は落ち着いている。
ところで、先日、数十年振りに「銭湯」へ行ってきた。
相変わらず、意気地のないことに、仲間二人と三人で行った。空いていたし仲間の一人がシャンプー、リンス、ボディーシャンプーと用意がよくて、浴槽の42度の熱いお湯も気持ちが良くて、さっぱりした。一緒に行った中の一人は190センチ以上の大男で、あちこちのドアの梁に頭をぶつけて、「背の高すぎるのもこまりものだな」などと僕は思っていた。ところが、風呂から出で、涼んでいると、とんでもないことを言い出した。
「女風呂には若い人はいなかったよ」って、「えっ、境の向こう側、見えたの?」と聞くと、「うん、銭湯はたいてい向こう見えるよ」と。これがメリットなのか、デメリットなのか、僕にはわからない。(なんてね)



僕にはSSRIは合わなかったみたいです。

この二週間SSRI(デプロメール)を初期量の50mg/day試してみたのだけれど、どうも眠剤を飲んでいない時間でも眠くて一日12時間以上確実に眠っている。これでは何も出来ず、クォリティ・オブ・ライフがすこぶるよろしくない。それにSSRIは初期量の50mg/dayからピークの150mg/dayにいきなり量を増やすのだから、とても身体も心も付いていけない。主治医と相談してカットして貰った。ただ、メリットが少しもなかったわけではない。睡眠時間がとても長くて、夢も見るのだが、この薬を飲んでいる間、悪夢は見なかった。実に、夢見は良いのだ。これはかなりなメリットと言えると思う。



SSRIをまた服用することに

このところ、薬を頻繁に変えたりしていて、自分のちょっとした違和感で変えてもらったりしたものだから、薬をだいぶ減らしたら昼夜逆転の生活になってしまった。それで、夜に眠れた頃の薬に戻してもらった。やはり、デプロメール(SSRI)があったほうが、睡眠の質がいい。夢見がよいので、眠ることで疲れたりしなくなった。昼間の眠気は少しはあるが、昼夜逆転よりは良い。

この頃、喫茶店にも割と楽に緊張せずに入れるようになって、けっこう人から誘いがあると頻繁に出かけるようになった。やはり、話して共感の持てる人と話していると楽しくて時間が経つのも忘れ、無口な人や共感できない人といるとちょっと苦しい。



このところ気だるくホワホワ過ごしております。

このところ、カウンセリングの効果なのか、デプロメールの効果なのか、あまり心配事もなく過ごしています。毎日が苦痛ではないのです。今は眠剤であるサイレースも飲まずに、抗不安剤のデパス1mg2錠でぐっすり眠れます。分裂病の薬から離れても僕は大丈夫だったみたいです。眠れるということ。毎日が苦痛ではなくなったこと。よい傾向であると自分では思っています。ただ、この少し解放された気持ちは副産物があるようで、いままで他人に対して好き嫌いなどあまりなく過ごせていたのですが、今は人間的に馬が合わないという感覚を持ってしまう相手が何人か出来てしまって、批判的感情を隠さないものだから、その何人かと出会うと疲れるなと感じる。この場合、苦痛の対象が外部にあるので、その対象に近寄らなければ問題はないので、家にいればホワホワした気分でいられる。作業所には週二日だけ通っている。