大きな病院での最初の診断は後々まで付いて回るものだけれども、・・・・・
P.T.S.D.を生きる 壊れないために PTSD 心的外傷
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壊れないために
ボクは長いこと、分裂病(統合失調症)という診断をされていて、分裂病の薬をのんできた。今は診断が変わって、初めは「解離性障害」次に「
ComplexPTSD
」という診断が付いた。分裂病の薬はもう飲んでいない。SSRIと情動安定剤だけになり、カウンセリングを受けている。三分診療の大病院をやめて、街の小さなクリニックに通っている。父親による精神的虐待が原因という心的外傷がここまで生きることに障害となっているということは、父親が亡くなってから理解できるようになった。生きているうちはそう思うことさえできなかった。さらに成人してから交通事故にあって、その時受けた身体とココロの傷についても直視できないし、言葉にして表現できない。ココロの傷にはその存在さえ意識できない透明で丈夫な鍵が付いていて自分一人では見つけることができない。
統合失調症(当時は精神分裂病)として長いこと治療を受けて生きてきました。作業所でパソコンを習って、自宅でインターネットに接続出来るようになって、あるネット上のメーリングリスト(今は多分、名前も主催者も変わっていると思う)に加入して自分の病気のことをもっと知りたいと積極的に話題の中に参加していった。当時そのメーリングリストは癒し系でも和み系でもなく厳密に病気の症状のことを話し合う医療系のもので精神科医も何人か参加していて、自分の症状とか発症状況とか、飲んでいる薬のこととか、多くのアドバイスを受けることができた。そこで「心的外傷」でも幻聴や妄想が現れることを知った。そしてそういう方向で積極的に治療を進めていく精神科医も少数ではあるがいるということを知った。あとは自分が行動するだけだ。「心的外傷」を勉強しておられるドクター探しを始めることから始まった。多くの人に相談したし、動き始めると応えてくれる人もいた。今はComplexPTSDとして治療を受けている。幼児期からの「虐待」が原因ではと、いまのところ思われている。交通事故にも遭っているのでカウンセリングの進行状況によっては、自分自身の納得の仕方も変わってくると思う。
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